第45話 M.O.V. ケイローン
ガストン・カマラは窓の傍に腰掛けながら、サイドテーブルに置かれたジョッキを手に取った。赤みを帯びた色のこのビールは彼のお気に入りであり、
『北側、
このVIPルームの上にある運営本部から、決勝戦に臨む
セローは、この大会で勝つために雇った男だ。酒や女の誘いにも応じない陰気な男だが腕は確かで、元々は別の
昨日、決勝相手のパイロットであるルック・ブリーガーに工作を仕掛けた。彼が棄権するという情報が来なかったため失敗したかと思っていたが、あの女はきっちり仕事をしていたらしい。まさか代理のパイロットを用意してくるとは思わなかったが、直前に交代したパイロットにどれほどの勝機があろうか。しかも、女だ。
『南側、
「――ああ? ブリーガー?」
ガストンはアナウンスされたパイロット名に眉を
「アナウンスが間違ってるんじゃない? アイツは大怪我して出られないんだし、女が代わりに乗るって言ってたんでしょ?」
そう言ったのは、隣で長い足を組んで座っている娘のラシェルだ。母親に似て美形に育った自慢の娘で、今年で二十歳。可愛らしい頬を不満げに膨らませ、細い眉尻を吊り上げている。
まぁ有り得ることか、とガストンは納得した。ブリーガーを襲ったのは昨日の午後だ。それから交代を決め、運営に報告するのは今日でなければ無理だったのかもしれない。もし交代の情報が太守に直接届けられたとしたら、その情報を下の者全てが共有していないことは不思議ではない。自身もそうであるが、下々の者にまで気を回している余裕はないのだ。
「ほんっと誰なのよ……。ねぇパパ? まさかルックの新しい彼女じゃないでしょうね? ホントにアイツ、見る目がないんだから!」
ラシェルの不満は爆発気味だ。それを聞き流しながら、ガストンはビールを喉に流し込んだ。ブリーガーについて調査していた際、彼を気に入ったラシェルが配下にしようと誘ったのだ。が、それはあまりにもあっさりと断られた。「ごめんよ、俺の好みじゃない」そう、ブリーガーは可愛い娘に言い放ったのである。
「パパ! どんな女だか知らないけど、ルックみたいにやっちゃってよ!」
「試合中は無理だ。それに、どのみちセローが勝つ」
「あの暗い人ね。まぁ勝ってくれるならいいけど!」
ふん! と鼻息荒くソファに背を沈めたラシェルの口が、手にしたコップから伸びる
「コテンパンにされるといいんだわ! それを後で見て楽しませてもらうんだから」
「ああ、そうしろ」
セローに指示ができたなら、試合が盛り上がるよう、適当に遊んで
ガストンは
◇◇◇
「試合開始ね」
なかなか
そう思いながら、ロクサーナは左方向へと
塔の外は、かつての街の
これらの残骸は、おそらく闘技において適度な障害物として利用されることを期待されているのだと思われる。
塔から出てやや右側の奥にも、木立が見られた。道路舗装が
ロクサーナはふと、
これほど入植が難しいものだからこそ、二期以降の入植者は情報だけでなく、建物も
ロクサーナは、軽く首を左右に振った。
疑問は残るが、今はこれ以上詳しく考える余裕はない。それに、再利用については、今も確かにしてはいる。
対戦相手の
『そろそろ、壁が切れます』
ヴァージルからの報告が上がった。
もし、この天然の
闘技の勝敗は、アナウンスがあったように基本的にはポイント制となっている。そのポイントを取る条件の一つに、敵地に一定時間以上留まる、というものがある。それだけで勝利に至る要素というよりは、時間切れや双方が損耗して決め手を欠き、試合終了を宣言された時の、
『左方、侵入口です』
ヴァージルからの報告で、
左をチラリと見れば、肩より高い位置にある左側面モニターが、先程までとは違い、壁ではない景色を見せてくれていた。しかし、側面モニターは正面に比べて更に小さい。
向いた先に外の景色が広がっていない状態は、ロクサーナに
しかし、このコックピットにも良い点はある。上下の移動で出入りに手間がかかるブリガンダインとは違い、クラージュは背面ハッチから搭乗できるのだ。これは、昨夜から何度も出たり入ったりを繰り返して調整しなければならなかった身としては、かなり助かった部分だった。
敵陣の侵入口を左手に見たロクサーナだが、移動速度を緩めず、移動方向はそのままを維持する。敵陣へはまだ侵入しない。
「ヴァージル、索敵をお願い」
『
ロクサーナはそう言いながら、自身でもモニターに映った景色に敵影らしき姿がないか、目を走らせた。しかし狭い視界のため、いつも以上にヴァージルの処理能力に頼っている状態だ。
今、見えているのは、進行方向に対し、ほぼ左に九十度向いた光景である。それは移動に応じ、左へと流れていく。そこに、敵の姿はない。進行方向に気を配る余裕はなかったが、もし大きな障害物があれば、そちらもケアしてくれているヴァージルから警告がある
『敵影、確認できません』
「
ロクサーナはそこでようやく操縦桿を切り、敵陣への侵入を開始した。もし、敵が同じようにしてロクサーナの陣地へ入ろうとしていたならば、ここで鉢合わせる確率は五割だった。相手が待ち伏せていた場合も同じだ。事前に仕入れたケイローンの近接用の武装から考えても、相手が同じように壁から距離を開けて待っているとは考えにくい。相手は待ち伏せをするならサイドを選ぶ必要があり、壁が切れた侵入口から入ってくるクラージュの横っ腹を狙うだろう。それらを考慮し、ロクサーナは壁からかなり距離を取り、見える範囲の敵陣に敵影がないことを確認したうえで、敵陣に侵入したのである。
上半身と下半身の向きを変えられる
敵
『敵影確認! 自陣より迫っています』
「え? 早い!」
ロクサーナの駆るクラージュは、塔から伸びている壁の端よりも内側に入り込むところだった。左側面モニターを確認すると、確かに
減速しつつ、ロクサーナは旋回を開始した。速度を落とさず旋回しようとすると、どうしても旋回半径が大きい――いわゆる
「くっ」
現れた四脚
「コックピットは
クラージュのように
次に注目したのは、四脚
ロクサーナは、ケイローンが持ち上げた
「
『衝撃に備えてください!』
敵は得物を振り被り、クラージュの右側から打ち掛かって来た。
ガツン!!
衝撃が機体を大きく揺らす。構えていたのに、ロクサーナは吹き飛ばされそうになった。
気を抜いていたら失神していたかもしれない衝撃だったが、ショックで
「ええーいッ!」
ロクサーナは声を上げて自らを奮い立たせ、クラージュを前進させるとトリガーに指を掛けた。
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