第45話 M.O.V. ケイローン

 格納庫ハンガーの上部にある北側のVIPルームは、キャバリエ商会にあてがわれた部屋だ。半円である北側部分が全て硝子ガラス張りになっており、広い戦場の約半分を見下ろすことのできる観覧室である。正確な位置は知らされていないが戦場の至る所にカメラが仕掛けられており、ドローン撮影――M.O.V.ムーブ同様先鋭技術ネオ・テクノロジーだが、この一帯だけ使えるよう設備が整えられているらしい――もおこなわれている。


 ガストン・カマラは窓の傍に腰掛けながら、サイドテーブルに置かれたジョッキを手に取った。赤みを帯びた色のこのビールは彼のお気に入りであり、芳醇ほうじゅんな苦みと後味が楽しめる『勝利の美酒』なのだ。

 

『北側、M.O.V.ムーブシュバルのケイローン! パイロットはプロスフェル・セロー!』


 このVIPルームの上にある運営本部から、決勝戦に臨むM.O.V.ムーブとそのパイロットの名がアナウンスされた。ガストンは深くうなずく。


 セローは、この大会で勝つために雇った男だ。酒や女の誘いにも応じない陰気な男だが腕は確かで、元々は別の支援者パトロンかかえていたパイロットだった。その支援者パトロンに圧力をかけてセローを手放させ、後ろ盾を失ったセローにガストンが声をかけたのである。


 昨日、決勝相手のパイロットであるルック・ブリーガーに工作を仕掛けた。彼が棄権するという情報が来なかったため失敗したかと思っていたが、あの女はきっちり仕事をしていたらしい。まさか代理のパイロットを用意してくるとは思わなかったが、直前に交代したパイロットにどれほどの勝機があろうか。しかも、女だ。


『南側、M.O.V.ムーブベルラトールのクラージュ! パイロットはルック・ブリーガー!』


「――ああ? ブリーガー?」


 ガストンはアナウンスされたパイロット名に眉をひそめた。確かに先程、アンスフェルムからパイロットは交代したと聞いた。あれは嘘だったのか、と疑るが、アンスフェルムが嘘を吐く必要などない。


「アナウンスが間違ってるんじゃない? アイツは大怪我して出られないんだし、女が代わりに乗るって言ってたんでしょ?」


 そう言ったのは、隣で長い足を組んで座っている娘のラシェルだ。母親に似て美形に育った自慢の娘で、今年で二十歳。可愛らしい頬を不満げに膨らませ、細い眉尻を吊り上げている。


 まぁ有り得ることか、とガストンは納得した。ブリーガーを襲ったのは昨日の午後だ。それから交代を決め、運営に報告するのは今日でなければ無理だったのかもしれない。もし交代の情報が太守に直接届けられたとしたら、その情報を下の者全てが共有していないことは不思議ではない。自身もそうであるが、下々の者にまで気を回している余裕はないのだ。


「ほんっと誰なのよ……。ねぇパパ? まさかルックの新しい彼女じゃないでしょうね? ホントにアイツ、見る目がないんだから!」


 ラシェルの不満は爆発気味だ。それを聞き流しながら、ガストンはビールを喉に流し込んだ。ブリーガーについて調査していた際、彼を気に入ったラシェルが配下にしようと誘ったのだ。が、それはあまりにもあっさりと断られた。「ごめんよ、俺の好みじゃない」そう、ブリーガーは可愛い娘に言い放ったのである。


「パパ! どんな女だか知らないけど、ルックみたいにやっちゃってよ!」

「試合中は無理だ。それに、どのみちセローが勝つ」

「あの暗い人ね。まぁ勝ってくれるならいいけど!」


 ふん! と鼻息荒くソファに背を沈めたラシェルの口が、手にしたコップから伸びる麦わらストローくわえた。ガシガシとその先を噛むくせは、いくら言っても直らない。


「コテンパンにされるといいんだわ! それを後で見て楽しませてもらうんだから」

「ああ、そうしろ」


 セローに指示ができたなら、試合が盛り上がるよう、適当に遊んでなぶってやれと言うところだ。だが、残念ながらできない。闘技の駆け引きに対する不正な情報提供を防ぐため、パイロットとの通信は禁止されているためだ。ただ、手旗などの大まかな指示は黙認されている。伝える情報が限られるうえ、手旗信号を確認する余所見よそみが、パイロットにとってマイナスにすらなりるからだ。


 ガストンはからになってしまったジョッキをサイドテーブルに置き、部下がビールをそそぐ音を耳の端で聞きながら、眼下に現れたM.O.V.ムーブケイローンを見つめた。



◇◇◇



 格納庫ハンガーから外へとM.O.V.ムーブを発進させたロクサーナは、突如、頭上で上がった軽い炸裂音さくれつおんを聞いた。クラージュで見上げれば、正面モニターに上空の様子が映る。青空に、キラキラとした微かな光の広がりが見えた。夜空ほどえはしないが、花火のようだ。それらは空気中に溶けるようにして消えていく。


「試合開始ね」


 なかなか洒落しゃれた合図だ。

 そう思いながら、ロクサーナは左方向へとM.O.V.ムーブクラージュを前進させた。背後にある塔の中央部分からは、高い壁が東西に伸びている。その壁から少し離れた状態で平行する形だ。


 塔の外は、かつての街の残骸ざんがいだった。この惑星に最初に入植した者たちの遺跡だ。煉瓦れんが造りの街並みが造られていたようだが、度重なるM.O.V.ムーブ闘技による損傷なのだろう、原形をとどめている建物は無い。


 これらの残骸は、おそらく闘技において適度な障害物として利用されることを期待されているのだと思われる。ただし、ほとんどの構造物がクラージュの体高の半分以下のため、射撃に対する遮蔽しゃへいというよりは、移動方向の制限として機能している。射撃に対する遮蔽としては、各所に点在している木立の方が、役目を果たすことだろう。


 塔から出てやや右側の奥にも、木立が見られた。道路舗装がげている場所に自然と生じたものなのか、あるいは、植えられたものなのかもしれない。クラージュに迫る高さまであるので、植えられたとすれば十年以上前か。もっとも「」であるので、視界をさえぎるという意味では役立つが、銃弾をはばむ障壁としては期待できない。


 ロクサーナはふと、何故なぜこの街は放棄されたのか、ということが気になった。入植が失敗した点については、疑問には思わない。それは不思議なことではないからだ。生活ができると計算されて入植をこころみられているのは何処どこも同じなのだが、その計算にはどうしてもが込められてしまう。実際に住んでみて初めて気付く欠陥はあるし、作物等の収率が想定より下回る期間が続くとそれだけで立ち行かなくなってしまうくらい、惑星入植とはもろいものなのだ。であれば、下振れしても確実に入植できる惑星のみに限定すれば事故は起きないのかもしれない。だが、そういう人類にとって都合の良い惑星は、なかなか見つからないものだ。だから初期入植者ファウンダーズは、次のチャレンジのために情報を命がけで集めるという、苛酷かこくな使命をになってもいる。


 これほど入植が難しいものだからこそ、二期以降の入植者は情報だけでなく、建物も初期入植者ファウンダーズのものをできる限り利用するのが通常だ。ロクサーナがヴァージルと出逢ったのも遺跡だが、居住地から離れすぎているため放棄したのは止むを得ないと考えられる場所だった。だが、ここはストラングル・コーストと線路で繋がり蒸気機関車で行き来できる、放棄するには惜しい立地なのである。


 ロクサーナは、軽く首を左右に振った。

 疑問は残るが、今はこれ以上詳しく考える余裕はない。それに、については、今も確かにしてはいる。


 対戦相手のM.O.V.ムーブシュバルについては、あいにくヴァージルにその情報は登録されていなかった。しかし、当然ながら対戦する予定だったルックは知っており、彼から幾らか聞いている。四脚M.O.V.ムーブであり、長柄武器ポールウェポンをメインに使う近接用機体らしい。四脚M.O.V.ムーブといえば、ファル・ハルゼの騎士ユーインの駆るウィンディ・ドラゴンフライが思い浮かんだ。だから、そこに長柄武器ポールウェポンという武装はロクサーナの中でマッチしない。ルックに確認すると、ケンタウロスタイプと呼ばれる四脚の上に人型の上半身が付いた機体らしい。ロクサーナにとっては初めて見ることになる形状で、実際、M.O.V.ムーブとしては珍しいようだ。


『そろそろ、壁が切れます』


 ヴァージルからの報告が上がった。

 もし、この天然の闘技場コロシアムを上空から見下ろすことができれば、中央の塔を東西に貫く一直線となる形に、M.O.V.ムーブよりずっと高い壁がそびえ立っているのが見えるだろう。そこをさかいに一方を自陣、他方を敵陣として定義されているのだ。


 闘技の勝敗は、アナウンスがあったように基本的にはポイント制となっている。そのポイントを取る条件の一つに、敵地に一定時間以上留まる、というものがある。それだけで勝利に至る要素というよりは、時間切れや双方が損耗して決め手を欠き、試合終了を宣言された時の、わば判定における勝敗に大きく効いてくる要素らしい。闘技に慣れていないロクサーナだからこそ、こういう小さなポイントを拾っていくことは重要だ。ルックからも「敵陣を踏んでいなければ、想像以上にプレッシャーとなる」とアドバイスをもらっているため、狙いにいかないわけにはいかない。


『左方、侵入口です』


 ヴァージルからの報告で、そびえていた左側の壁が切れたことが分かった。だが、ロクサーナの視界はほとんど変わらない。壁から距離を取った状態で平行に進んできているため、正面モニターに映る景色は同じだからだ。ブリガンダインの周囲モニターとは異なり、クラージュのメインモニターは前面の一部のみ。他は様々な機器が壁を埋めている。


 左をチラリと見れば、肩より高い位置にある左側面モニターが、先程までとは違い、壁ではない景色を見せてくれていた。しかし、側面モニターは正面に比べて更に小さい。


 向いた先に外の景色が広がっていない状態は、ロクサーナに窮屈感きゅうくつかんもたらしていた。しかしM.O.V.ムーブとしてはこのつくりが普通であり、ブリガンダインが特別なのである。実際、ファル・ハルゼで他のM.O.V.ムーブのコックピットを覗かせてもらった時も、似たような造りだった。ただ、ワーカーのコックピットからの景色は、ブリガンダインに似ていた。強化ガラスで視界が開けていたからだ。


 しかし、このコックピットにも良い点はある。上下の移動で出入りに手間がかかるブリガンダインとは違い、クラージュは背面ハッチから搭乗できるのだ。これは、昨夜から何度も出たり入ったりを繰り返して調整しなければならなかった身としては、かなり助かった部分だった。


 敵陣の侵入口を左手に見たロクサーナだが、移動速度を緩めず、移動方向はそのままを維持する。敵陣へはまだ侵入しない。いで、クラージュの上半身を下半身に対して左へひねった。人であれば苦しい姿勢だが、M.O.V.ムーブにとっては当たり前の機動だ。


「ヴァージル、索敵をお願い」

了解ラジャー


 ロクサーナはそう言いながら、自身でもモニターに映った景色に敵影らしき姿がないか、目を走らせた。しかし狭い視界のため、いつも以上にヴァージルの処理能力に頼っている状態だ。


 今、見えているのは、進行方向に対し、ほぼ左に九十度向いた光景である。それは移動に応じ、左へと流れていく。そこに、敵の姿はない。進行方向に気を配る余裕はなかったが、もし大きな障害物があれば、そちらもケアしてくれているヴァージルから警告があるはずだった。


『敵影、確認できません』

同意ポジティブ


 ロクサーナはそこでようやく操縦桿を切り、敵陣への侵入を開始した。もし、敵が同じようにしてロクサーナの陣地へ入ろうとしていたならば、ここで鉢合わせる確率は五割だった。相手が待ち伏せていた場合も同じだ。事前に仕入れたケイローンの近接用の武装から考えても、相手が同じように壁から距離を開けて待っているとは考えにくい。相手は待ち伏せをするならサイドを選ぶ必要があり、壁が切れた侵入口から入ってくるクラージュの横っ腹を狙うだろう。それらを考慮し、ロクサーナは壁からかなり距離を取り、見える範囲の敵陣に敵影がないことを確認したうえで、敵陣に侵入したのである。


 シールドを構えられる、クラージュの左側面をかしやすい方向からの侵入だ。敵陣へ踏み込むと、ロクサーナは速度を緩めつつ更に左へと進行方向を変えた。同時に、上半身の向きも進行方向へと合わせる。


 上半身と下半身の向きを変えられるM.O.V.ムーブだが、操作するうえでは適宜ゼロ補正をするのが基本である。本来の人間とは違う挙動のためパイロットが混乱しやすいせいもあるが、片側にほとんど振り切った状態では逆側の旋回しか使えないためだ。それが不利に働く危険がある。敵の現在地や動きが分からない状態であるからこそ、どちらにも旋回余地のある正面方向に戻すべきなのだ。


 敵M.O.V.ムーブがこちら側に見えないということは、敵は塔より奥の位置にいるに違いない。向こう側からロクサーナの陣地へ侵入してきているにせよ、向こうの侵入口付近で待ち伏せているにせよ、だ。ここで、ロクサーナには三つの選択肢が生まれた。このまま敵陣を進むか、自陣へ戻るか、はたまたここで待ち伏せるか。ロクサーナは迷わず、このまま敵陣を横切るようにして進む選択をした。


 M.O.V.ムーブシュバルの機動性能は高いと聞いているため、もし相手がロクサーナと同じ行動を取っていたならば、こちらが背後を取れる可能性は低い。しかし、逆側の侵入口でロクサーナを待ち構えているならば、相手の側面が取れるはずだ。だが、この手にはリスクがともなう。敵影が確認できなければ、逆にこちらの背後が取られそうになっている危険があるからだ。ゆえに、予想される位置――塔の向こう側の侵入口付近――に敵影が確認できないならば、ロクサーナは旋回して後方から迫る敵を迎え撃つ必要がある。勿論もちろん、そのタイミングの判断は難しい。


『敵影確認! 自陣より迫っています』

「え? 早い!」


 ロクサーナの駆るクラージュは、塔から伸びている壁の端よりも内側に入り込むところだった。左側面モニターを確認すると、確かにM.O.V.ムーブらしき影がチラリと見え、すぐに壁の向こうへ消えてしまう。ヴァージルが警告してくれなければ、気付くのがもっと遅れていただろう。やはり正面モニターの視野が狭いという理由もあるが、想定以上に相手の移動性能が高いのだ。まさか、こんな近くまで迫られているとは思わなかった。しかし、ヴァージルだからこそ見落とさなかった。やはり頼れる相棒パートナーだ。


 減速しつつ、ロクサーナは旋回を開始した。速度を落とさず旋回しようとすると、どうしても旋回半径が大きい――いわゆるふくらむ――軌道を取ることになる。そうなれば、左方向へ回る途中で壁にぶつかってしまう。それを避けるために右方向へ回れば、今度は盾を活かしにくい。盾を活かし、移動方向を限定されないためにも、左方向への旋回が必須だ。そしてそのためには、減速旋回が絶対に必要だった。


「くっ」


 仮想運転シミュレーターで実感し、今も操縦しながら自身に言い聞かせているのだが、やはりクラージュの機動性はブリガンダインに比べれば劣る。思わず食いしばった歯から息が漏れた。それでも、ヴァージルの警告が早かったおかげで、敵が壁の向こうから姿を現すまでにそちらへ向きを変えるのが間に合った。


 現れた四脚M.O.V.ムーブは、確かに半人半馬のケンタウロスに似た形状をしていた。しかし、子供の頃に神話として読んだケンタウロスは前脚の上に上半身が乗っていたが、これは中央部分に生えている。変だと感じた直後に、安定性のうえではこちらが有利かと気付いた。頭部の見かけ上のバランスもいびつだ。上半身のおよそ半分もの大きさがある。ロクサーナはその理由を推測した。


「コックピットは頭部あそこなのね」


 クラージュのように動力部BGGを頭部に据えている可能性もあるが、それにしては大きいからだ。よく観察すると、前部から乗り込むらしく開閉ハッチのきわも分かった。


 次に注目したのは、四脚M.O.V.ムーブシュバル――ケイローンの胴部から左右に伸びる長い棒だ。その棒が上半身に付いている両腕の動きに合わせ、持ち上げられる。そこで初めて、ロクサーナはそれが胴部に付随しているパーツではない、と気付いた。あれが聞いていた長柄武器ポールウェポンだ。両端がやや太くなった鉄杖アイアン・スタッフは、ブリガンダインのソードよりも長い。当然重さも上回るはずなので、その破壊力もあなどるわけにはいかない。


 ロクサーナは、ケイローンが持ち上げた鉄杖アイアン・スタッフが取るであろう軌跡を読んだ。


シールド!」

『衝撃に備えてください!』


 敵は得物を振り被り、クラージュの右側から打ち掛かって来た。シールドを構える逆方向だ。しかし、シールドを操るのはヴァージルなので、限界ギリギリまで正面へと持ってきてくれる。ロクサーナはそれを更にかすように、上半身を右に旋回させた。


ガツン!!


 衝撃が機体を大きく揺らす。構えていたのに、ロクサーナは吹き飛ばされそうになった。咄嗟とっさに操縦桿を強く握りしめたが、シートベルトを締めていなければ、コックピットの中に転がされていただろう。クラージュを歩かせている時の振動もブリガンダインに乗っているのと比べて大きかったが、打撃を受けた時の衝撃波はその差以上だ。


 気を抜いていたら失神していたかもしれない衝撃だったが、ショックで強張こわばっている場合ではない。動きを止めるべきでないのは、生身の戦闘と同じだ。こういう時の対応は慣れている。


「ええーいッ!」


 ロクサーナは声を上げて自らを奮い立たせ、クラージュを前進させるとトリガーに指を掛けた。


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