第34話 成果と焚火の夜
――夜。
充分に
結局、あれから適当な量の木の実を
まだ魚と
「なぁ、ヴァージル。まだアイツ、水浴びしてる?」
『今、川から上がってきましたよ。どうやら体を拭くものを探しているようですが』
「ああ~出しときゃ良かった!」
じゃあ今は素っ裸でうろついているわけか。
濡れたシャツをまた着られても風邪をひくかもしれないし、このまま視界に入られても困る。背後から遠慮なく近付いてくる草を踏む音を聞きつけ、フェリオンは片手を挙げてロクサーナを制した。
「待て! ちょっとそこで待ってろ。動くんじゃない」
「え? どうして? テントにタオルと着替えがあった
「俺が取ってくるから!」
普段は肌を隠し気味な服装のくせに、水浴びの時は無防備すぎるのだ。今まで、襲われる心配などしたことがないのか。それとも、こちらが試されているのか。――いや、これは、自分が男として全く意識されていないからか。
「ほら!」
タオルを掴んだ手だけをテントから突き出せば、少し驚いた息遣いと共に「ありがとう」と返ってきた。それから
「
焚火の向こうで座っているロクサーナを見れば、ブリガンダインの足を背にし、焼いた魚を
「なぁに? フェリオン、私の顔に何か付いている?」
「えっ」
不思議そうなロクサーナに、フェリオンは我に返った。
「いや、その、あれだ――、あんたがファル・ハルゼに来るまでもさ、大変だったんだろうなと思って」
ロクサーナが
「そもそも、よくこの
「ええ、そうよ。実を言うと、
「
フェリオンは眉を
「そいつらって、危ない連中だろ? よく乗せてくれたな」
そこにいた
「そうよねぇ」
意外にも、ロクサーナが首を傾げた。
「全く知らない相手ではなかったけれど、乗せて逃げてくれるかは賭けだったのよね。お父様が、キンゴを頼れって言ったのよ」
「キンゴ?」
聞き慣れない名前だ。
フェリオンが聞き返せば、ロクサーナの小さな頷きが返った。
「キンゴ・ブレイスフォード。私を助けてくれた
「え、じゃあ、親父さんがソイツと親しかったのか?」
「まぁ、そうね。ブレイスフォード家とはお
当時の心細さを思い出したのか、ロクサーナが小さく溜息を吐いた。
「そうなのか……」
フェリオンは、驚きと共にロクサーナを見つめていた。
「なぁ、その……、キンゴって奴はやっぱり、麻薬なんかを運んでるのか?」
黙っていられずに問えば、ロクサーナが「ああ、」と気付いたように目を
「いいえ、違うわフェリオン。私も詳しくはないけれど、キンゴは
「そ、そうか……! じゃあ、麻薬とかじゃないんだな……」
ホッとした。
「ん? そもそも、なんで禁止されてるんだ? 麻薬みたいな危ないもんじゃないだろ?」
「んー、情報を外に出したくないんじゃないかしら。いつまでも優位でいるために、
そんなものなのか。正直、あまりピンとは来ていないが、フェリオンはなんとなく納得した。こういう政治的な話を聞くと、ロクサーナはやっぱり貴族なんだなと思う。それに、少しキンゴが格好良くも感じた。
「そうそう、このクロちゃんも、ご禁制の品かもね。
「えっ、そうなのか!?」
「ええ」
『ミュゥ~』
まるで
「ふふ。ね~、クロちゃん」
フェリオンはそんな光景を見ながら、話を戻した。
「でもよくブリガンダインを乗せられたよな。丁度良く船の中が
「それが、そうでもなくてね。どうしてもブリちゃんを置いていけないって言ったら、乗せるために荷物を降ろしてくれたの」
「マジで?」
「すっごく文句を言われたけれどね」
「ハハハ……」
そりゃそうだろうと思う。ブリガンダインのスペースを空けるために、取引した大事な荷物を降ろしたのだろうから。後から取りに戻るとしても、きっと大変な労力だ。金もかかる。仕事の信用問題にも関わりそうだ。
フェリオンはキンゴという人物に、驚きと同時に尊敬と感謝の念を抱いた。彼のお陰でロクサーナは生き延びられて、こうして、今ここに居るのだ。ロクサーナの祖父の代から取引をしているなら、老年の男なのだろうか? 立派な
「それからキンゴの船でザルドを出て……、彼のお得意様がいるこの
「それ、なんで途中だったんだ? ファル・ハルゼに
「うーん、難しかったんじゃないかしら。残り燃料が
ふふ、と笑ったロクサーナが、
「あの時もフェリオンがいたらね」
しみじみと、
胸にじわりと広がった嬉しさを隠して、フェリオンは奥歯で骨を噛み砕く。自分にはよく聞こえるガリガリとした音が、少し気持ちを落ち着かせてくれた。
「ストラングル・コーストのことは、キンゴからも少し聞いているの」
「ソイツの行先?」
「そう。正解。もう今はどこにいるのか分からないけれどね」
ロクサーナが、視線をこちらに向けた。焚火に照らし出されている顔に、笑みが浮かぶ。
「ソタティ氏族の首都で、このテクトリウスで一番工業的に発展している都市なんですって。
「へぇ! じゃあ
「どうかしら。あ、そういえば、アレクシス様も戦ったことがあるって聞いたわね。これはサンダー隊長から聞いた話だけれど」
「へぇ~!」
そういえば、エトラ・プラートでは人同士が戦う
どんな施設なのかは知らないが、特別な場所が造られているのだろうと想像してみる。どでかい建物で、巨大な壁で囲われたりしているのだろうか? 正直、心惹かれた。しかも、
「そっか……」
しかし、フェリオンの気持ちはそれ以上、
「フェリオン」
ロクサーナに、名を呼ばれた。下がっていた視線を上げると、炎に照らされている
「フェリオン、サンダー隊長から聞いた話を教えてあげるわ。この惑星全土を巻き込むかもしれなかった
「……あ、ああ、
少し反応が遅れてしまった。少し眠気が来ているのかもしれない――そう思っていれば、ロクサーナの腕が伸べられ、彼女の隣に誘われる。魅惑的な誘いに
「眠くなったら寝てしまっていいからね」
「寝ないよ。ちゃんと聞いてる」
「そう?」
微笑むロクサーナに、甘やかされている気がする。いや、これは甘やかされているんだろう。
「アレクシス様が若い頃――、ストラングル・コーストの前太守が協定を破ろうとしたらしいの。協定っていうのは、いわゆる、ここでは戦争しないでおこうっていう約束みたいなものよ。その彼が、自分のところが三氏族
「ふぅん、そいつ、強かったのかな……」
ロクサーナの穏やかな声が、いつか聞いた子守歌のように聞こえる。
眠気が強くなってきた頭で、フェリオンはストラングル・コーストの太守とやらを想像してみた。ファル・ハルゼの騎士隊長みたいな
「エトラ・プラートの太守はね、カイレンに聞いてみてくれって言ったんですって。ふふ、サミュエル様らしい気がするわね。アレクシス様は当然、そんなことを受け入れられなくて、直接
ロクサーナの声が、とても心地良い。なんだか柔らかくて……、甘い……いい匂いもする。まだ起きていたいのに、目が閉じていくのを止められない。
「……おやすみなさい、フェリオン。きっとティアは大丈夫。信じましょう。……また、明日ね。色々とありがとう」
体に染み込むような、優しい声が耳元で聞こえる。遠い昔に聞いた、母親のような――。
そっと、頭を撫でられた気がして。
フェリオンは穏やかな心地良さに
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