第34話 成果と焚火の夜

 ――夜。

 充分に充電チャージできたらしいブリガンダインの脚元で焚火たきびをし、フェリオンは串焼きにした川魚を口にしていた。


 結局、あれから適当な量の木の実をって戻ってきた時には、ロクサーナの成果はゼロだった。なんでもできる奴かと思っていたが、意外にそうでもないらしい。素手が無理なら細剣レイピアで刺すのはどうかしら……などと真剣な顔でブツブツと言っていたため、そこはめておいた。「俺が言うのもなんだけどさ、その、作法ってやつが違うんじゃないか?」と言えば、少し考えるような素振りを見せた後、「それもそうよね」と納得したようだ。


 まだ魚とたわむれようとする彼女に、体を洗うなら早くそうしろとうながした。自分は背を向けて焚火の準備だ。必要な枝は木の実のついでに取ってきていた。


「なぁ、ヴァージル。まだアイツ、水浴びしてる?」


 しばらくしてロクサーナの方を向いているブリガンダイン――ヴァージルに声をかければ、いつもの落ち着いた声が落ちてきた。


『今、川から上がってきましたよ。どうやら体を拭くものを探しているようですが』

「ああ~出しときゃ良かった!」


 じゃあ今は素っ裸でうろついているわけか。

 濡れたシャツをまた着られても風邪をひくかもしれないし、このまま視界に入られても困る。背後から遠慮なく近付いてくる草を踏む音を聞きつけ、フェリオンは片手を挙げてロクサーナを制した。


「待て! ちょっとそこで待ってろ。動くんじゃない」

「え? どうして? テントにタオルと着替えがあったはずだから取りた――」

「俺が取ってくるから!」


 なかば駆け出し、フェリオンは薄暗いテントに飛び込んだ。タオルは確かここに、と手探りでさがしていると、「あった?」とすぐ外でロクサーナの声がした。慌てて荷物の奥底にあったタオルを見つけ、引っ掴む。


 普段は肌を隠し気味な服装のくせに、水浴びの時は無防備すぎるのだ。今まで、襲われる心配などしたことがないのか。それとも、こちらが試されているのか。――いや、これは、自分が男として全く意識されていないからか。


「ほら!」


 タオルを掴んだ手だけをテントから突き出せば、少し驚いた息遣いと共に「ありがとう」と返ってきた。それからしばらくは、テントの中から出られなかった。先にテントへ入れていたC.L.A.U.-1クロウ・ワンに慰められた気分になったのは、ロクサーナには内緒だ。


美味おいしい~」


 焚火の向こうで座っているロクサーナを見れば、ブリガンダインの足を背にし、焼いた魚をかじって満足そうな笑みを浮かべている。あみの上で骨と頭をカリカリになるまであぶってやれば、おそるおそる口に入れ、また美味うまそうな顔をした。アリーの店でもよくを輝かせて菓子を食べているが、自分が捕った魚でそんな顔を引き出せたことが嬉しくて、胸の内が落ち着かない。


「なぁに? フェリオン、私の顔に何か付いている?」

「えっ」


 不思議そうなロクサーナに、フェリオンは我に返った。


「いや、その、あれだ――、あんたがファル・ハルゼに来るまでもさ、大変だったんだろうなと思って」


 ロクサーナが何故なぜファル・ハルゼに来ることになったのか、簡単には聞いている。その時には思わなかったが、こうして旅の大変さを実感すれば、おのずと疑問が湧いてきた。


「そもそも、よくこの惑星ほしに来られたよな? 確か……、海賊に襲われて、誰かの船に乗せてもらったって言ってたっけ」

「ええ、そうよ。実を言うと、密輸業者スマグラーの船に乗せてもらったの」

密輸業者スマグラー?」


 フェリオンは眉をひそめた。

 密輸業者スマグラーというものを、聞いたことはある。詳しくは知らないが、表沙汰にはできない裏取引をする連中のはずだ。


「そいつらって、危ない連中だろ? よく乗せてくれたな」


 そこにいた密輸業者スマグラーたちも巻き込まれると思ったのかもしれない。だが、人一人乗せるのではない。この巨大なM.O.V.ムーブが一緒なのだ。宇宙船を近くで見たことはないが、こんな大きなものを乗せるとなると、簡単にはいかない気がする。


「そうよねぇ」


 意外にも、ロクサーナが首を傾げた。


「全く知らない相手ではなかったけれど、乗せて逃げてくれるかは賭けだったのよね。お父様が、キンゴを頼れって言ったのよ」

「キンゴ?」


 聞き慣れない名前だ。

 フェリオンが聞き返せば、ロクサーナの小さな頷きが返った。


「キンゴ・ブレイスフォード。私を助けてくれた密輸業者スマグラーボスよ。私がロクサーナ・カイレンだと知れば、きっと助けてくれるはずだって、お父様が」

「え、じゃあ、親父さんがソイツと親しかったのか?」

「まぁ、そうね。ブレイスフォード家とはお祖父じい様の代から取引しているみたいだから。たまに姿を見かけたりはしていたの。でも、向こうから話しかけてきたことはなかったわね。だから、本当に助けてくれるのかは不安だったわ」


 当時の心細さを思い出したのか、ロクサーナが小さく溜息を吐いた。


「そうなのか……」


 フェリオンは、驚きと共にロクサーナを見つめていた。密輸業者スマグラーというのは、裏取引――きっとハルカカのような麻薬や、エトラ・プラートにいた奴隷どれいのように人を売り買いしたりする連中なのだろう。ティアリーを絶対に近付けたくない相手だ。そんな連中とロクサーナの父親が取引しているという話に、もやもやとした気持ちが湧いた。世の中、そう綺麗なことばかりで回っていないことは知っている。が、ロクサーナには、そんな者たちと関わっていて欲しくない。


「なぁ、その……、キンゴって奴はやっぱり、麻薬なんかを運んでるのか?」


 黙っていられずに問えば、ロクサーナが「ああ、」と気付いたように目をまたたかせた。こちらの心配を見透かしたように微笑ほほえまれる。


「いいえ、違うわフェリオン。私も詳しくはないけれど、キンゴは内陣サンクチュアリから新機軸のM.O.V.ムーブのパーツなんかを――まぁ、言ってみれば、新しい技術で作られた物ね。そういう物は輸出が禁止されているの。それを買い付けて売ってくれたりしているのよ。キンゴ、というか彼のお父様がいなければ、多分、ブリちゃんは完成していないわね」

「そ、そうか……! じゃあ、麻薬とかじゃないんだな……」


 ホッとした。

 いで、疑問が湧き上がる。


「ん? そもそも、なんで禁止されてるんだ? 麻薬みたいな危ないもんじゃないだろ?」

「んー、情報を外に出したくないんじゃないかしら。いつまでも優位でいるために、内陣サンクチュアリだけでとどめておきたいのだと思うのよ」


 そんなものなのか。正直、あまりピンとは来ていないが、フェリオンはなんとなく納得した。こういう政治的な話を聞くと、ロクサーナはやっぱり貴族なんだなと思う。それに、少しキンゴが格好良くも感じた。


「そうそう、このクロちゃんも、ご禁制の品かもね。地球テラ製だって聞いているから」

「えっ、そうなのか!?」

「ええ」

『ミュゥ~』


 まるで相槌あいづちを打つようなタイミングで鳴き声が上がった。ロクサーナの膝上から頭をもたげたC.L.A.U.-1クロウ・ワンを、彼女の手がいとおしそうに撫でる。


「ふふ。ね~、クロちゃん」


 指無しフィンガーレス・籠手ガントレットを着けている手は、ロクサーナの手だからか、不思議と柔らかな感じがする。


 フェリオンはそんな光景を見ながら、話を戻した。


「でもよくブリガンダインを乗せられたよな。丁度良く船の中がいてたのか?」

「それが、そうでもなくてね。どうしてもブリちゃんを置いていけないって言ったら、乗せるために荷物を降ろしてくれたの」

「マジで?」

「すっごく文句を言われたけれどね」

「ハハハ……」


 そりゃそうだろうと思う。ブリガンダインのスペースを空けるために、取引した大事な荷物を降ろしたのだろうから。後から取りに戻るとしても、きっと大変な労力だ。金もかかる。仕事の信用問題にも関わりそうだ。


 フェリオンはキンゴという人物に、驚きと同時に尊敬と感謝の念を抱いた。彼のお陰でロクサーナは生き延びられて、こうして、今ここに居るのだ。ロクサーナの祖父の代から取引をしているなら、老年の男なのだろうか? 立派なひげたくわえた、眼光鋭い男だろうか? いや、案外優しい目をしているのかもしれない――そんなことを想像している中、ロクサーナの言葉が続く。


「それからキンゴの船でザルドを出て……、彼のお得意様がいるこの惑星テクトリウスに来たというわけ。それで、私と同じ氏族がいるから助けてもらえって言われて、途中で降ろされたのよ」

「それ、なんで途中だったんだ? ファル・ハルゼにじかに届けてもらえば良かったんじゃないか?」

「うーん、難しかったんじゃないかしら。残り燃料がりないって言っていたから。でも、ギリギリまで寄ってくれたんだと思うの。なんだかんだ言いながら色々と準備もしてくれたしね。近くの村で携帯食料を手に入れて持たせてくれたし、ファル・ハルゼへの方向も教えてくれたし。まぁ途中で尽きちゃって、お腹きすぎてどうしようかと思った時はあったけれど」


 ふふ、と笑ったロクサーナが、あぶった魚の骨の残りを口にくわえた。焚火が立てる音で、彼女が骨を噛み砕く音は掻き消されて聞こえない。それを抜きにしても、食べ物が何であれ優雅に見えるのは不思議だ。


「あの時もフェリオンがいたらね」


 しみじみと、つぶやかれた。

 胸にじわりと広がった嬉しさを隠して、フェリオンは奥歯で骨を噛み砕く。自分にはよく聞こえるガリガリとした音が、少し気持ちを落ち着かせてくれた。


「ストラングル・コーストのことは、キンゴからも少し聞いているの」

「ソイツの行先?」

「そう。正解。もう今はどこにいるのか分からないけれどね」


 ロクサーナが、視線をこちらに向けた。焚火に照らし出されている顔に、笑みが浮かぶ。 


「ソタティ氏族の首都で、このテクトリウスで一番工業的に発展している都市なんですって。M.O.V.ムーブ同士が戦う闘技場コロシアムがあるらしいわよ」

「へぇ! じゃあM.O.V.ムーブがいっぱいいたりする?」

「どうかしら。あ、そういえば、アレクシス様も戦ったことがあるって聞いたわね。これはサンダー隊長から聞いた話だけれど」

「へぇ~!」


 そういえば、エトラ・プラートでは人同士が戦う闘技場コロシアムがあるらしかった。結局見ることはなかったが。


 どんな施設なのかは知らないが、特別な場所が造られているのだろうと想像してみる。どでかい建物で、巨大な壁で囲われたりしているのだろうか? 正直、心惹かれた。しかも、格納庫ハンガーで見ていた太守アレクシスのM.O.V.ムーブクァンタム・リープがそこで戦ったというならば、更に興味が湧くというものだ。


「そっか……」


 しかし、フェリオンの気持ちはそれ以上、高揚こうようしなかった。はしゃぐ気持ちにはなれないのだ。いや、燥いではいけないような、気持ちがあるのだ。エトラ・プラートでも見つからなかった妹が、どこかでつらい思いをしているかもしれない。そう考えれば考えるほど、気持ちが苦しくなる。今ここで焦っても仕方がないことくらい、分かっているのに。


「フェリオン」


 ロクサーナに、名を呼ばれた。下がっていた視線を上げると、炎に照らされているあおい瞳が優しげに見つめてきていた。

 

「フェリオン、サンダー隊長から聞いた話を教えてあげるわ。この惑星全土を巻き込むかもしれなかったM.O.V.ムーブ戦の話よ」

「……あ、ああ、M.O.V.ムーブ


 少し反応が遅れてしまった。少し眠気が来ているのかもしれない――そう思っていれば、ロクサーナの腕が伸べられ、彼女の隣に誘われる。魅惑的な誘いにあらがえず、断る理由などあるわけもなく、フェリオンは立ち上がって傍に寄り、腰を下ろした。丁度、背にブリガンダインの足が触れる位置だ。しかし、踏み潰されるかもしれない恐怖は感じない。それはきっと、すぐ傍にロクサーナがいるからなのだろう。


「眠くなったら寝てしまっていいからね」

「寝ないよ。ちゃんと聞いてる」

「そう?」


 微笑むロクサーナに、甘やかされている気がする。いや、これは甘やかされているんだろう。


「アレクシス様が若い頃――、ストラングル・コーストの前太守が協定を破ろうとしたらしいの。協定っていうのは、いわゆる、戦争しないでおこうっていう約束みたいなものよ。その彼が、自分のところが三氏族まとめて指揮をった方がいいんじゃないかって言い出したらしいの。一番発展していることと、きっと、自分にすごく自信があったのね」

「ふぅん、そいつ、強かったのかな……」


 ロクサーナの穏やかな声が、いつか聞いた子守歌のように聞こえる。

 眠気が強くなってきた頭で、フェリオンはストラングル・コーストの太守とやらを想像してみた。ファル・ハルゼの騎士隊長みたいな強面こわもてなのだろうか。ロクサーナに雇われてから彼を見ることも多くなったが、引き締まった顔に片方の黒い眼帯が馴染なじんでいる、渋みのある男なのだ。


「エトラ・プラートの太守はね、カイレンに聞いてみてくれって言ったんですって。ふふ、サミュエル様らしい気がするわね。アレクシス様は当然、そんなことを受け入れられなくて、直接M.O.V.ムーブ闘技場コロシアムに乗り込んだらしいの。あの白いM.O.V.ムーブ、クァンタム・リープで。そこで勝ち上がって、最後に向こうの太守と戦って、勝って、その騒動を収めたらしいのよ……。その時の相手のM.O.V.ムーブはね、改造に改造を重ねていたらしくて……」


 ロクサーナの声が、とても心地良い。なんだか柔らかくて……、甘い……いい匂いもする。まだ起きていたいのに、目が閉じていくのを止められない。


「……おやすみなさい、フェリオン。きっとティアは大丈夫。信じましょう。……また、明日ね。色々とありがとう」


 体に染み込むような、優しい声が耳元で聞こえる。遠い昔に聞いた、母親のような――。


 そっと、頭を撫でられた気がして。

 フェリオンは穏やかな心地良さにひたりながら、眠気にあらがうことを放棄した。



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