第35話 闘技場のM.O.V. 乗り

 エトラ・プラートを出てから約ひと月後の昼時。ロクサーナたちはストラングル・コーストを目の前にしていた。


 気持ちは、少しばかり興奮で浮き立っている。近付く前から、知っている都市とは異なる光景に驚かされっぱなしだからだ。何より、近くの村からこの都市まで、舗装ほそうされた道が造られていたのである。


 石を敷き詰めたにしては均一過ぎる灰色の道は、凹凸おうとつがなくたいらだ。そこを行き交う馬車の車体は、揺れが少なく見えた。そして馬車だけでなく、馬がいていない四輪車にも出合ったのである。あれは、車体に何らかの動力源を有しているのだろう。それら車輪の移動を容易にしている平らな道は、都市までの道筋も示してくれていた。お陰で、ここまで迷うこともなかったのだ。


 視線の先には、高い灰色の壁がそびえている。都市を囲むように建っていると思われるその外側には、何機ものM.O.V.ムーブの姿が見えている。少し離れた場所には大きめの赤いテントが張られており、そこには複数人の姿があった。彼らの服装は、ファル・ハルゼでよく見るものと、それほど変わらないようだ。エトラ・プラートでのように、自分たちの格好が目立つことはないだろう。


何処どこめてもいいのかしら……」


 ロクサーナは、壁際に丁度よくいている場所を見つけた。有難いことに、陽当たりが良さそうだ。足元の安全を確認しつつ、そこへ慎重にブリガンダインを寄せる。そして、壁を背に立つよう方向を変えた。


「ヴァージル。ここで待っていてもらうことになるわ。何日かかるか分からないけれど」

『イエス、マスター。充分にお気を付けください。状況把握のため、定時連絡をいただけますか?』

「ええ、勿論もちろん。じゃあ、寝る前にね」


 ヘルメットを脱いで髪を軽く整えてから、ロクサーナはコックピットから外への梯子はしごを上った。上部のハッチはヴァージルによってすでに開かれており、仰げば曇天どんてんが見えている。外へと出れば、暑いくらいの暖かい風にさらされた。乱された髪を片手で押さえ、すぐ近くのM.O.V.ムーブの姿を眺め見る。ワーカーのようだが、改造されているようだ。その奥にも、見たことのない機体が並んでいる。


 興味深く眺めていると、足元でフェリオンの興奮気味な声が上がった。


「すっげぇ……! アレなんかハンマーみたいなのが腕に付いてるぞ!」


 彼も、壁際に並んでいるM.O.V.ムーブを眺めているようだ。ロクサーナは足元に差し出されたブリガンダインの左掌に乗り、フェリオンの傍へと降り立った。


「フェリオン、ここでは私はただのM.O.V.ムーブ乗りだからね。ファル・ハルゼの特使ではないから、気を付けて」


 ここへは、個人的な用事のみで来ているのだ。エトラ・プラートの時のように特使を名乗ることはできない。それは、何かあっても権力を振りかざすことができないことを意味している。しかし、ここの太守に挨拶をする必要がないのは気が楽だ。闘技場コロシアムがあるため、ブリガンダインが目立たないのも有難い。


 フェリオンが「分かった」と素直に頷いてくれた。

 そんな彼の後ろにいる馬の背から、C.L.A.U.-1クロウ・ワンが頭をもたげる。


『ミュゥ!』

「はい、クロちゃん。おいで」


 ロクサーナは両手を伸べ、C.L.A.U.-1クロウ・ワンを抱き寄せた。幾つもの機械脚が、胸元にしがみつくようにして甘えてくる。よしよしと撫でてやれば、頬に頭が擦り寄せられた。ようやく、目的地に辿り着けたのだ。C.L.A.U.-1クロウ・ワンもそれを分かっているのかもしれない。


「クロちゃんたら、甘えん坊ね」


 自然と頬が緩むのに任せ、ロクサーナはC.L.A.U.-1クロウ・ワンを抱き締めた。


「なぁ、このまま中に入れるのか?」

「うーん、どうなのかしら……、と」


 視界の端から、誰かが近付いてくることに気付く。見れば、背の低い男がテントの方から駆け寄ってきていた。平たい帽子を被り、痩せ型の体に斜め掛けの大きな鞄を下げている。


 C.L.A.U.-1クロウ・ワン身動みじろいだため抱く腕を緩めると、右肩によじ登られた。C.L.A.U.-1クロウ・ワンはそのまま背中に回り、左肩に脚をかけて少しだけ頭を出してくる。まるで近付いてくる男を嫌がるような動きに、ロクサーナは少しばかり警戒して、その男を迎えた。


「やぁー、お嬢さん! 立派なM.O.V.ムーブだ。パイロットは――」

「私ですが」

「え! ほ~、こりゃたまげた! お嬢さんも賞金稼ぎに?」


 じろじろと眺め回され、どうにも居心地が悪い。しかしそれを顔には出さず、ロクサーナは応じた。


「いいえ、人探しです」


 そう答えれば、男が少し眉根を寄せ、自身の尖った顎を片手で撫でた。


「人捜しねぇ……。それはそうと、お代をいただきますぜ」

「お代?」


 言われた意味が分からず問い返せば、男の眼に一瞬、鋭さが宿った気がした。片掌を上にして、ずいと差し出される。


「ここの場所代でさぁ。まさかただで置いておくつもりじゃあないでしょうな?」

「ああ、場所代……なるほど」


 そうか、と納得するも、手持ちの貨幣は残り少ない。町での宿や食事代のことを考えると、痛い出費だ。


「では、別の場所に移動します」

「いやいやいや! 他に安全に置いておける場所なんてござんせんよ! この周りはもう埋まってますしね。乱暴な野郎共もいますから、ここが一番安全ですぜ」


 片手を大きく左右に振ってまくし立てる小男に、ロクサーナは困った。確かに、町から離れすぎればブリガンダインが心配だ。ヴァージルには独断で攻撃行動を取る許可は与えていないし、これほど平坦な道が造られている都市近郊ならば、巨大なM.O.V.ムーブをそのまま運んでしまう手段もありるかもしれない。


「おい、おっさ――」


 隣から何か言おうとしたフェリオンの動きを察し、ロクサーナは片手でそれを制した。ここで騒ぎを起こすのは、もっと不味まずい。


「ここの場所代は、お幾らでしょうか」

「へへへ、一日、金貨五枚でさぁ」

「……金貨五枚」


 相場が分からず、ロクサーナはうなった。正直、今の懐具合には大打撃だ。しかし他に安全に置いておける場所がないなら仕方がない。そう思い支払う覚悟をした時、更に奥から誰かが近付いてくることに気付いた。

 

「相変わらずだな~マルク。それはやり過ぎなんじゃないか?」


 なかなか体格の良い男だ。大きく開かれた青いシャツの胸元から、鍛え上げられた胸板が覗いている。彼の髪と同じ金色の胸毛が、陽光に透けている。


「ゲッ、散歩ですかい。ルックの旦那」

「俺の日課も忘れたのかい。ついでにいつもの値段も忘れたか?」


 傍まで来た男が、小馬鹿にしたような口ぶりで小男を上から覗き込んだ。髭が綺麗に剃られた割れ顎が、小男に突きつけられている。


「金貨五枚って言ったか?」


 軽い口調で男が言えば、小男が慌てたように胸元で両手を握り合わせた。両肩がすぼめられたため、小さな男が更に小さく見える。


「き、聞き間違えでしょう、旦那。五枚――いや、もう昼ですから三枚で構いませんよ」

「だとよ、お嬢さん」


 振り返った男の人懐こそうな目が、ウィンクを寄越してきた。暑い日の青空のような瞳を持つ目だ。悪い人間ではなさそうに思う。それに、大層お安くなった。


 ロクサーナは小男の気が変わらぬ内にと、ウェストバッグから財布を取り出す。そこから銀貨三枚を取り出し、小男に差し出した。


「では、これでお願いします」


 その銀貨は、小男の掌にすぐに握り込まれた。


「明日の朝からは銀貨五枚、日毎ひごとにいただきますぜ」


 そう言い置き、小男が足早に去って行く。それを見送り、ロクサーナは溜息を小さく吐いた。それから、男に向き直る。歳の頃は、肌質から見て三十代前半といったところだろうか。


「ロクサーナと申します。本当に助かりました。ありがとうございます」

「おっと、ご丁寧に嬉しいねぇ。俺はルック。ルック・ブリーガーだ。この辺を散歩するのが日課なのさ。今日はこんな美女に出逢えるとは超絶幸運ミラクルラッキーだよ。坊主と――おー珍しいね! それ、先鋭技術ネオ・テク?」


 男がしたのは、肩口から頭を出しているC.L.A.U.-1クロウ・ワンだ。言葉通り物珍しげに眺めてくる男――ルックの顔が、思わぬ近さにまで寄った。


「え、ええ。まぁ、そんなところです」


 ロクサーナは少し驚き、曖昧あいまいに答えながら半歩下がる。しかし、それ以上は下がる必要がなかった。ルックとの間にフェリオンが割って入ってきたからだ。


「で、何の用だよ。おっさん」


 長身のルックに対して威嚇いかくするように、フェリオンが言い放った。自分をかばってくれたのだろうが、恩人に対しての口の利き方ではない。いさめようとするも、ルックが眉尻を下げて笑んだことで、ロクサーナは言葉を呑み込んだ。


「こりゃあ立派な騎士ナイトだな。俺が悪かったよ、坊主。お嬢さんも。レディーに対して無作法だった」


 一歩引いたルックから、笑顔で謝罪された。なんとも屈託がなく、人好きのする笑顔だ。フェリオンもそう感じたのかは定かではないが、気が削がれたような溜息が微かに聞こえた。そんなフェリオンの肩に手を置き、ロクサーナは感謝と、大丈夫だから、の意を込めて軽くたたいた。


「いえ、少し驚いただけですから」

「ありがと、お嬢さん! じゃ、坊主もキュートな芋虫くんも、よろしくな!」


 C.L.A.U.-1クロウ・ワンにウィンクを投げたルックに、肩口から元気のよい鳴き声が上がる。どうやら、彼のことは気に入ったようだ。 


闘技場コロシアムがあるから、これほどのM.O.V.ムーブがあるのですね? これほど多くのM.O.V.ムーブを一度に見るのは初めてです」


 ルックに素直な感想を述べると、隣に一歩引いたフェリオンが、壁際に並び立つM.O.V.ムーブの方を見上げた。


「うん。なんつーか、あつかんだよなぁ」

「それを言うならね、フェリオン。でも、の方がいいわね。確かに素晴らしい眺めだわ」

「壮観?」

「ええ、壮観」


 正確に覚えられるように、単語を繰り返してやる。ふうん、と興味なさげに呟きながらも小さく単語を復唱するフェリオンを、ロクサーナは微笑ほほえましく見守った。学校に通えていなかったため、彼は同年代に比べて学が無い。だが恥じることはないのだと伝えている。知らないことは、こうしてその都度つど覚えていけばよいのだ。自分とて、知らないことはまだ山ほどある。


「坊主もM.O.V.ムーブが好きかい? 俺、実は闘技場コロシアムM.O.V.乗りムーバーなんだよな」


 ルックが自身に親指を向け、楽しげな笑みを見せた。


「えっ、そうなのですか!」

「ああ、中量級のね。明日が決勝戦。勝てば修理費も含めて黒字になる。勿論、俺が勝つがね」


 決勝戦、と聞き、更に驚く。このルックという男は、腕の良いM.O.V.乗りムーバー――どうやらここでは、闘技場コロシアムのパイロットのことをM.O.V.乗りムーバーと呼称しているらしい――のようだ。明日の試合に勝つ自信も満々か。ティアリーのことが無ければ、フェリオンに試合を見せてやりたいと思う。いや、捜索は自分だけでもできるので、行かせてやればいいのだが――、心配が先に立った。またフェリオンが何かに巻き込まれてしまうのが怖い。フェリオンが傍近くにいなくて不安なのは、ロクサーナ自身なのだった。


「ロクサーナ?」


 フェリオンに不思議そうに声をかけられ、我に返る。ロクサーナはフェリオンに向けて意識的に笑みを作り、小さく首を左右に振ってみせた。


「試合、見たい?」

「見たい、けど……、ティアが見つかったら一緒に、がいい」

「うん」


 それがフェリオンの正直な気持ちだと、彼の真摯な眼差しからはかる。本当に、サミュエルが言ったように、ティアリーがこの町に居ることを願う。無事な彼女を、この胸に抱き締めたいと願ってやまない。


 ロクサーナはルックに視線を戻した。


「町には修理のできる格納庫ハンガーがあるのですか?」

 

 ルックの話から気になったことだ。修理は、M.O.V.ムーブ同士で戦えば必ず必要になる。設備の整った格納庫ハンガーは必ずあるだろう。もし、部外者でも使わせてもらえる格納庫ハンガーがあるならば、ブリガンダインに充分な充電チャージができる。ずっと旅を続けているため、しっかりとした整備もしたいのだ。


 しかしルックから返ってきたのは、それが叶う答えではなかった。


「ん~、あるにはあるが、出場者の特権みたいなもんだね。戦闘前後の格納庫ハンガーの使用料と修理費は出場料に含まれてるのさ。だから、一戦も勝てなきゃ赤字。修理費がかさめば、更に赤字ってわけだ」

「そうですか……なら、仕方ありませんね」


 ルックの説明に、ロクサーナは頷いた。

 格納庫ハンガーの使用は諦めるしかなさそうだ。


「あ、でも、お嬢さんも出場したら使えるぜ? 今からでも次の大会に登録すればいい。勝てばかせげる。俺みたいにでっかい支援者パトロンがつけば、生活も保障されるし、普段も格納庫ハンガーを使わせてもらえるかも」


 そう言ったルックが、ブリガンダインを見上げるように視線を上げた。


「俺の知らん型だが……いい顔だ、随分と男前だな」

「ふふ、ありがとうございます」


 ブリガンダインへの褒め言葉は、そのまま受け取っておく。男前だという感想には、正直、言葉通りの気持ちだ。稼げる、という言葉には心が動いたが、今はその気持ちの余裕はない。


「ですが、今は人を探しているのです」

「ふぅん、人捜しね。逃げた恋人でも追っかけてたりして?」


 茶化すように言ったルックが、片手で空に向かって拳銃ピストルを撃つ真似事をする。その可笑おかしそうな笑みを見つめ返すことで、ロクサーナは静かに否定した。


「大切な妹を探しています。まだこのくらいの背の……、この子と同じの色をした女の子です。町で見かけませんでしたか?」


 今は隣にいないティアリーの髪を撫でるようにし、フェリオンの肩に手を置く。

 少し考えるように黙ったルックが、しばらくして「いや、申し訳ないが」と言った。記憶を辿るように視線を動していたルックは、真面目に思い出そうとしてくれたようだ。軽薄そうに見えて、やはり悪い男ではないように思う。


「町に入ったら、まずは警備隊の詰所に行って聞いてみるといい。この町は初めてなんだろ? 昼飯で近くまで行くから案内するよ」

「それは、とても助かります。ありがとうございます、ルック」


 初めての町で、右も左も分からない。

 ルックからの申し出を、ロクサーナは有難く受けた。


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