第52話 ちょっとした悪戯

「勝った、の……?」


 自分でも信じられず、ロクサーナは呆然としていた。この耳で聞いた花火の音とアナウンスが、夢であったような気さえしている。


『おめでとうございます、マスター・ロクサーナ。お見事でした。私の予測を上回る結果です』

「あ、ありがとう……。でも、勝てたのは貴方あなたの力添えがあったからこそよ、ヴァージル。あと、勿論、クラージュもね!」


 ロクサーナは感謝を示し、操縦桿をタップした。


パシュッ!


 小さな爆発音がして、ロクサーナは顔を上げた。正面モニターに映るケイローンの鉄杖アイアン・スタッフの中央から、煙が出ている。その後、ケイローンが鉄杖アイアン・スタッフの両端を合わせるように立てた。先程の煙は、中央部分で鉄杖アイアン・スタッフを分割する小規模爆発だったようだ。


「あれって割れたのね」


 驚きから、ロクサーナは呟いた。口にしてみると、それは当たり前だと思えた。クラージュの騎兵槍ランスシールドに対するバックアップがあるように、ケイローンにも鉄杖アイアン・スタッフがうまく機能しない時の対策が用意されていたのだ。


 そうとは知らず、ロクサーナはケイローンの片腕の機動をさまたげることができれば戦いは有利になる、と考えていた。本来両手で操る鉄杖アイアン・スタッフを、片手で使わざるを得なくさせられるからだ。だが実際は、この片手仕様に切り替えられただけだろう。それでも一応、相手の攻撃力は弱められたのだろうが、もっと弱体化できると予想していたギャップから落胆させられ、心理的に不利な状態におちいりかねなかった。ある意味、片腕の部位破壊に成功しなくて良かったともいえる。


『見事な戦いだった』


 ケイローンから、セローの声がスピーカーで発せられた。鉄杖アイアン・スタッフが割れた驚きに気を取られてしまっていたが、改めて見れば、ケイローンは敬礼を取っている構えだ。


「ヴァージル、返礼を。それから、スピーカーを開いて」

『イエス、マスター』


 ヴァージルによって、ハンドアックスがクラージュの前で斜めに掲げられる。スピーカーがオンになったアイコンが画面端に表示されたことを確認し、ロクサーナは口を開いた。


「こちらこそ、敬意をお返しします。私が勝てたのは運が良かったからでしょう」 

『フフフ、運は全ての闘技者に必要なものだな。とにかく、そちらの防御の豊富さには驚かされた。こちらは両手の動きの組み合わせで多彩な軌跡が取れるようにしているのだが、まさかそれに対応できるほどの型を用意されているとは思わなかった。もしかするとこの一戦は、M.O.V.ムーブ闘技のトレンドを変えるものになるかもしれないな?』


 ロクサーナは答えられなかった。多彩な防御の型だと褒められた部分は、ヴァージルの能力に頼っていたからだ。あらかじめプログラムしていた機動ではなく、相手の動きに合わせた防御だった。なので、厳密には型とすら呼べない。


『最後の機動は、恥ずかしながら……、いまだに何が起きたか分かっていない』


 セローの楽しそうな笑い声が届いた。


『今回ほど上映が楽しみな戦いはない。見て確かめねばな』

「光栄です。ですが、私はただ必死に動き回っていただけですわ」

『ハハハ、謙遜けんそんを。まぁM.O.V.乗りムーバーに憧れている子供たちには悪いが、内幕はかなり見苦しいものだからな』


 セローがまた笑うと、ケイローンの双棒ダブルロッドが下ろされた。


『では』

「ええ」


 ケイローンが旋回し、自陣へと戻って行く。ロクサーナはスピーカーを切る操作をしてから、障害を示す警報が鳴りっぱなしだったことに気付いた。きっとマイクを通してセローにも聞こえていただろう。途端に恥ずかしくなったが、今更だ。


「ヴァージル、警報を切ってくれない? 何のエラーなのかしら」


 そう言えば、すぐに警報が鳴り止んだ。


『脚部の障害です。着地の衝撃でサスペンションに不具合が生じています』

「ああ……、だから動きが悪かったのね」


 ケイローンを射程内に取り込もうと、フットペダルを踏み込んだ時のことを思い出す。もし旋回にまで影響が及んでいれば、闘技者のグラディエーターズ心臓ハートとらえることはできなかっただろう。


「やっぱり、運が良かった」


 改めて、ロクサーナは幸運を噛み締めた。

 同時に、試合に勝ったのだ、という実感もじわじわと湧いてきた。少しは恩返しができたかと思えば、自然と心も軽くなる。


「この運は格納庫ハンガーに戻るまで続いて欲しいわね。頑張ってね、クラージュ!」


 ロクサーナもクラージュを塔の基部へと向けた。格納庫ハンガーへ戻せば、簡易な補修が受けられるはずだ。


 そこで、ロクサーナは気にしていたはずの重要なことを思い出した。


「ああっ!」

『どうかしましたか?』

「どうもこうも、上映よ、ヴァージル。確かこの中にもマイクとカメラが仕掛けられているのよ。ということは、ヴァージルとの会話も全部られちゃっているのよね?」

『イエス、そうなりますね』

「あああ~」


 当初から分かっていたことではあるのだが、どうしようか考える前にすっかり頭から抜け落ちていたのだ。今している会話も、現在進行形で録られているのだろう。


『お困りですか? マスター。それは、私の協力が違反事項であるから、ということでしょうか』

「いいえ、そうじゃないの。私も規約を見せてもらったのだけれど、AIの助けを受けることがダメとは書かれていなかったわ」


 その理由は、そもそもヴァージルのような高等なAIの存在が想定されていなかったからだと思う。


『それはそうでしょうね。AIの使用が禁止されればM.O.V.ムーブは歩くこともままなりません。対話型のAIだけ限定排除するというなら別ですが。しかしそれなら何故、私の存在が知られることに不都合が?』

「それは……ヴァージルが有能だと知られることで誘拐されたら困るから、に決まっているじゃない。私はもうゴメンよ? 今度は貴方あなたが誘拐されるなんて」


 想像するだけでゾッとする。

 当然、そうなったら何処どこまでだって追いかけるつもりはあるけれど。


『……なるほど。マスターの懸念を理解しました。しかし御安心ください。正当な理由があれば、不逞ふていの輩に電撃を加える機能は有しています』

「え、電撃なんてできたんだ……!?」

『イエス。もし強奪されたとしても、マスターの許可がない限り、M.O.V.ムーブの操作に関わることはいたしません』

「そう……、うーん、それなら……」


 ロクサーナは新たに知ったヴァージルの機能に驚きつつも、それは一旦横に置いて考える。


 今回ヴァージルについて周りに話さなかったのは、誘拐の懸念に加え、説明すると時間が掛かりすぎるからでもあった。ヴァージルがいたため闘技に備えた数々の設定をスキップできたが、それでも時間に余裕があったわけではなかったのだ。しかし、この後はクラージュからブリガンダインへヴァージルを戻す作業が待っている。もうヘトヘトなロクサーナは、ヴァージルについて説明してまで周囲の協力をうべきなのかを悩んだ。


「……いえ、ダメね」


 出した答えはノーだ。それは理屈ではなく、心理的な理由だった。周りの、特にM.O.V.乗りムーバーからは、ルール違反ではなくとも「ずるい」という声が上がることは容易に想像できる。


 ただし、ずるいという指摘そのものは、ロクサーナは気にならなかった。ヴァージルと一緒にM.O.V.ムーブに乗ることに、ずるいという声がつきまとうなら、「『ずるい』で上等よ」という開き直りがすでにある。困るのは、ずるいと思われることで周りの態度が変わってしまう点だった。保護すべき子供たちを抱えている今、そうした事態になることは歓迎できるものではない。


『では――、マイクが故障したというのではどうでしょう? 映像だけならば、角度的に私は映っていません。それとも、人は口の動きだけで言葉を完璧に再構築できるものなのでしょうか?』

「え?」


 ロクサーナはヴァージルの話に付いて行けなかった。

 とりあえず、疑問を投げる。


「マイクが故障していたの?」

『いえ。ざっと確認しただけですが、録音はできていると考えられます。今から、しっかり確認しましょうか?』


 また、意思疎通がすれ違っているのを感じた。が、遅れてさっきの話の意図が、ロクサーナにも分かってくる。


「いいえ、らないわ。録音については、故障していたらという仮定――というか、そういう工作ができちゃうってこと!?」


 ようやく、ロクサーナはヴァージルが前提とした事実に追いつけた。


『イエス、マスター。通常のOSポーラスター画面からは録音データにアクセスしにくいようですが、こちらからは問題なくアクセスできます。データにロックは掛けられていませんので』

「そうなんだ……!」

『イエス。それでは、録音を止めて音声データの消去を開始しますが、よろしいでしょうか?』


 ヴァージルの言葉を聞きながら、ロクサーナは口元がニマニマ緩むのを抑えられなかった。真面目な彼から、データ改竄イタズラの提案をされたのだ。予想外の提案に、幼い頃、悪戯イタズラに凝っていた頃の血が騒ぎ出す。


「ちょっと待って。全部じゃ露骨すぎるから……初めて打撃を受けた時が最適ね。それならマイクに問題が起きた理由に説得力が出るわ。それ以前に私がヴァージルに話しかけている箇所があるなら、上書きしましょ。上書きする情報は、改めて録り直せばいいわ」

『なるほど……。では、最初に打撃を受けた時以降を空白ブランクに変更します。変更してよろしいでしょうか?』

「う~ん。そこはいきなり切れるよりもノイズを入れて、言葉を途切れ途切れにしてから完全に聞こえなくなる方がいいかしら……」

『そういうものですか。実に参考になります』

「ええ、任せて! これでも小さい頃は『リライ宮のイタズラ姫』と呼ばれた事もあったんだから」


 色々やった記憶があるが、いつだったか、自分の誕生日のために部屋に飾り付けてくれた花々がとても珍しくて綺麗で、小さな花冠を幾つか作って格納庫ハンガーへ忍び込んだことがあった。キャットウォークの傍で固定されているワーカーのコックピットが開かれていたため、ちょっとお邪魔して操縦桿に花冠を引っ掛けたりしたものだ。気付いた誰かが驚いて笑顔になるといいなぁ、などと当時は思っていたのだろう。ブリガンダインのコックピットには入れなかったため、肩に下り、背伸びをして頭の上に……はさすがに無理だった。ここに置いておくしかないかと思った時には整備士長に見つかり、なんだか大事おおごとな感じになって、キャットウォークに回収されたのだ。母親には叱られ、兄には抱き潰されそうになった。


 今なら、ブリガンダインから落ちる心配はないなと思う。

 ヴァージルが、支えてくれるからだ。


『それについては初めての情報ですが、予測の範疇はんちゅう内の呼称ですね』

「えー? ちょっと、それどういうこと?」


 不満そうな声を出しながらも、ロクサーナは自身が笑っていることを自覚していた。ヴァージルにイタズラ心を植え付けたが誰なのか、よく分かったからだ。


「あのね、ヴァージル。こういう時はお世辞でも、『そうだったのですか?』とかね、意外そうなふりをするべきよ?」

『お世辞ですか? 分かりました』

「あ、やっぱり却下。考えてみたら、私はお世辞ってあまり好きじゃないの。これまで通り、思ったとおりに話しかけてちょうだい」

『よろしいのですか?』

「ええ。貴方あなたと私の仲だもの!」


 ロクサーナは楽しい気分のまま、笑みが零れるに任せた。ヴァージルから肯定の返事を得て、満足もする。


 クラージュの歩みは遅く、塔へ帰還するにはしばらく時間がかかりそうだ。

 ロクサーナはそれまでの時間潰しを、大いに楽しむことにした。



 

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