第四章 蒸気都市ストラングル・コースト
第32話 旅路の問題
久し振りの晴天の下。
ロクサーナはブリガンダインの右肩の上で、両腕を空へと伸ばしていた。凝り固まりそうだったあちこちの筋肉に、心地良い痛みが広がる。
「んん~~ッ」
慣れているとはいえ、ずっとコックピットで座っているのは
エトラ・プラートを出発してから、早二十日。ロクサーナたちは今、山と山との広い谷間にいる。森林が近く、高い鳥の声に混じって渓流の涼しげな音も聞こえる。高い位置からの陽光も届く、休憩には持って来いの場所だ。
目指している場所は、ソタティ氏族の中心都市ストラングル・コーストで、エトラ・プラートの太守サミュエル・マウリの占いによって示された、ティアリーが居るかもしれない場所である。占いのような不確かなものに頼ることについては自分でも
寝転んで空を仰げば、樹々の葉の隙間から届く眩しさに視界を奪われた。ロクサーナは一度目を
「ここの太陽は故郷のものとはちょっと……、色が違うのよね」
こうして浴びる光自体は、
視線をずらせば、ブリガンダインの背から伸びて広げられた、
勿論、
ティアリーを捜すための今回の旅は、
故郷ザルドのアルシエルを脱出した際は、ブリガンダインに外付け
「ロクサーナ!」
「ん~?」
下からフェリオンに呼ばれ、ロクサーナは寝返りを打ちながら応じた。下から添えられたブリガンダインの指先に抱き付く形で、下を覗き込む。そこには簡易テントを広げ、昼食の準備をしているらしいフェリオンの姿が見えた。傍には、足元の草を
「次の村まであとどのくらいなんだ?」
フェリオンが手に持って示すのは、干した果実や肉などの携帯食料が入った袋だ。それを見て、少し考えることを放棄していた問題が思い出された。
「あー……」
率直に言えば、食料が足りない問題だ。
「ちょっと待って、降りるわ」
ずっと上を向かせていては首を痛める。
そう思って上体を起こせば、何も言わずともブリガンダインの掌が、体を受け止める位置に添えられていた。その気遣いに心を
「ありがとう、ヴァージル」
『どういたしまして、マスター』
大きな掌に乗り移れば、ゆっくりと視界が下りていく。
地面近くにまで下ろしてもらい、ロクサーナはフェリオンの傍の草地に降り立った。
フェリオンが、袋を手にして待っている。怒っている様子ではなく、少し困った様子だ。同じく困っているロクサーナは、素直に肩を
「このところ連日の雨で進めなかったでしょう? もらった地図にある村までは、あと二日ほどかかりそうなの。
「ああ、あと二回分」
「そう……足りないわね」
そうなのだ。予想以上に雨が続いた。雨の間はソーラーパネルで
「私の分もフェリオンが食べてちょうだい。でもそれからは、我慢してもらうしかないの。本当にごめんなさい」
ロクサーナは申し訳ない気持ちで謝った。
正直、腹は
しかし、その我慢させられる
「謝るなよ。あんたのせいでもないし。二日程度食べなくたって、死なないしさ」
「フェリオン」
「でも、そうだな。あんたは食べられないとだよなぁ……」
何か思案しているかのように、彼の首が僅かに
「うん、なんとかするか」
「え?」
フェリオンの呟きに、ロクサーナは驚いた。
「なんとか、できるの?」
つい、期待を込めて彼を見つめてしまう。
携帯食料のことも含め、旅支度はパウエルとフェリオンに丸投げしていたのだ。なので、
「多分。やってみる。近くに丁度良さそうな浅い川もあるし……」
そう言いながら、フェリオンがテント内に入っていく。ロクサーナは、それに付いてテント内を覗き込んだ。
薄暗いテント内には、馬たちを休ませるために降ろした荷物が置いてある。フェリオンが、それらを
「パウエルのオッサンに色々持たされたんだよな。多分、心配してくれてたんだろうけど。あー、コレ使えるかな……」
フェリオンが手にしたのは、大きめのバケツと縄、取っ手のある鍋だ。
「何をするの?」
「魚捕り」
フェリオンの答えに、ロクサーナは驚き、次いで期待を高めた。どうやって魚を捕るつもりなのか、興味がある。
「一緒に行ってもいいかしら!」
前のめりにお願いすれば、フェリオンの目が驚いたように瞬かれた後――、「いいけど」と言ってくれた。
「あ、期待しすぎるなよ! 失敗するかもしれないし」
「そう?」
そんなことを言われても、もう期待してしまっているのだ。このまま期待させてもらおう。
「クロちゃんもいらっしゃい」
ロクサーナはテントの中から顔を出した
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