第四章 蒸気都市ストラングル・コースト

第32話 旅路の問題

 久し振りの晴天の下。

 ロクサーナはブリガンダインの右肩の上で、両腕を空へと伸ばしていた。凝り固まりそうだったあちこちの筋肉に、心地良い痛みが広がる。


「んん~~ッ」


 慣れているとはいえ、ずっとコックピットで座っているのはつらい。そのため、こうして小休止せざるを得ない時間は、なるべく外に出るようにしているのだ。


 エトラ・プラートを出発してから、早二十日。ロクサーナたちは今、山と山との広い谷間にいる。森林が近く、高い鳥の声に混じって渓流の涼しげな音も聞こえる。高い位置からの陽光も届く、休憩には持って来いの場所だ。


 目指している場所は、ソタティ氏族の中心都市ストラングル・コーストで、エトラ・プラートの太守サミュエル・マウリの占いによって示された、ティアリーが居るかもしれない場所である。占いのような不確かなものに頼ることについては自分でもいささかどうかと思うが――、サミュエルが言うのだ。旅の間によくよく考えてみて、そこには何らかの根拠があるに違いないと思うようになった。それは魔術的――いや、先鋭技術ネオ・テクノロジーによるものなのかもしれない。


 寝転んで空を仰げば、樹々の葉の隙間から届く眩しさに視界を奪われた。ロクサーナは一度目をつぶってやり過ごし、少し頭の位置をずらしてからそっと目を開け、木漏れ日を眺める。ゆらゆらと降り注ぐ柔らかい光に包まれるような感覚は、とても心地良い。故郷でも、お気に入りの昼寝場所があった。宮殿内の大きな樹の枝だ。


「ここの太陽は故郷のものとはちょっと……、色が違うのよね」


 こうして浴びる光自体は、ほとんど変わらない。が、故郷の方はもう少し青みがあったような気がする。こうした故郷との違いを認識するたび、遠いところへ来たものだと、しみじみ思うのだ。別の恒星系の惑星ほしへ行くことなど、あっても婚姻の時ぐらいだろうと思っていたのに。


 視線をずらせば、ブリガンダインの背から伸びて広げられた、えりのような黒いソーラーパネルが見えた。これは、この高級M.O.V.ムーブに備え付けられている、非常用充電エマージェンシー・チャージシステムだ。光エネルギーを電気エネルギーに変換し、充電池バッテリーへの充電チャージをするもので、その間は立ち止まる必要がある。M.O.V.ムーブが動けばどうしても振動が発生するため、パネル保護のためには停止が必要なのだ。


 勿論、充電器チャージャーも持参している。しかしそれは焚火たきびで再使用できる小型BGG搭載型ではなく、植物性オイルを燃料とする充電器チャージャーだ。当然、補充用オイルも持参していた。だが、今は使い切ってしまっている。ゆえ何処どこかでオイルを入手するまでは、こうして非常用充電エマージェンシー・チャージシステムに頼らざるを得ない状況なのである。


 ティアリーを捜すための今回の旅は、わばロクサーナの私事だ。パウエルたちの護衛という名目と、さらわれた子供たちを捜す特使という立場は用意されたものの、元々予定していた長距離移動ではなかった。そのために、高価で貴重な小型BGG搭載型の充電器チャージャーを貸し出してもらうわけにはいかなかったのである。


 故郷ザルドのアルシエルを脱出した際は、ブリガンダインに外付け蓄電池バッテリーを追加装備して乗り切った。当然、重量が増えるため動きは悪くなるが、途中で動けなくなるよりはいい。そして使い切った外付け蓄電池バッテリーを放棄して機体を軽くし、なんとか密輸業者スマグラーの元まで辿り着いたのだった。


「ロクサーナ!」

「ん~?」


 下からフェリオンに呼ばれ、ロクサーナは寝返りを打ちながら応じた。下から添えられたブリガンダインの指先に抱き付く形で、下を覗き込む。そこには簡易テントを広げ、昼食の準備をしているらしいフェリオンの姿が見えた。傍には、足元の草をむ二頭の馬もいる。


「次の村まであとどのくらいなんだ?」


 フェリオンが手に持って示すのは、干した果実や肉などの携帯食料が入った袋だ。それを見て、少し考えることを放棄していた問題が思い出された。


「あー……」


 率直に言えば、食料が足りない問題だ。


「ちょっと待って、降りるわ」


 ずっと上を向かせていては首を痛める。

 そう思って上体を起こせば、何も言わずともブリガンダインの掌が、体を受け止める位置に添えられていた。その気遣いに心をくすぐられ、自然と頬が緩むのを自覚する。


「ありがとう、ヴァージル」

『どういたしまして、マスター』


 大きな掌に乗り移れば、ゆっくりと視界が下りていく。

 地面近くにまで下ろしてもらい、ロクサーナはフェリオンの傍の草地に降り立った。


 フェリオンが、袋を手にして待っている。怒っている様子ではなく、少し困った様子だ。同じく困っているロクサーナは、素直に肩をすくめてみせた。


「このところ連日の雨で進めなかったでしょう? もらった地図にある村までは、あと二日ほどかかりそうなの。りなさそう?」

「ああ、あと二回分」

「そう……足りないわね」


 そうなのだ。予想以上に雨が続いた。雨の間はソーラーパネルで充電チャージができない。食料調達のためにも進む目安というものがあるため、その間はBGGの方を使用して進んできた。充電池バッテリーとBGGを交互に繋いでなんとか前に進んできたのだが、ここにきてどちらも尽きてしまったのだ。かろうじて、ヴァージルが稼働していられるだけの電力が残っただけである。そして今日、ようやく待ちに待った充電池バッテリーへの充電チャージ日和なのだった。


「私の分もフェリオンが食べてちょうだい。でもそれからは、我慢してもらうしかないの。本当にごめんなさい」


 ロクサーナは申し訳ない気持ちで謝った。

 正直、腹はいている。空腹を我慢するつらさは、テクトリウスに降り立ち、ファル・ハルゼに辿り着くまでに散々味わった。あの時に比べれば、まだ先が見えているだけマシだ。そんなことより心苦しいのは、フェリオンにも我慢させなければならないことだった。雇う際、衣食住は保障すると言ったのに、だ。


 しかし、その我慢させられるはずのフェリオンは、意外にも落胆した様子を見せなかった。少し驚いたように目をまたたかせ、困ったように僅かに眉をひそめただけだ。


「謝るなよ。あんたのせいでもないし。二日程度食べなくたって、死なないしさ」

「フェリオン」

「でも、そうだな。あんたは食べられないとだよなぁ……」


 何か思案しているかのように、彼の首が僅かにひねられた。それから何かを思い付いたかのように、一つ、うなずく。


「うん、なんとかするか」

「え?」


 フェリオンの呟きに、ロクサーナは驚いた。


「なんとか、できるの?」


 つい、期待を込めて彼を見つめてしまう。

 携帯食料のことも含め、旅支度はパウエルとフェリオンに丸投げしていたのだ。なので、充電器チャージャー以外、どんな旅用品を馬たちが運んでくれているのかを、ロクサーナは把握していない。正直、そういう細々こまごまとした準備作業は苦手なのだ。


「多分。やってみる。近くに丁度良さそうな浅い川もあるし……」

 

 そう言いながら、フェリオンがテント内に入っていく。ロクサーナは、それに付いてテント内を覗き込んだ。


 薄暗いテント内には、馬たちを休ませるために降ろした荷物が置いてある。フェリオンが、それらをあさり始めた。荷物の上に乗っていたC.L.A.U.-1クロウ・ワンが、彼の邪魔にならないよう移動している。ロクサーナに気付いたのか C.L.A.U.-1が顔を上げ、ミュゥ、と甘えるような声を上げた。


「パウエルのオッサンに色々持たされたんだよな。多分、心配してくれてたんだろうけど。あー、コレ使えるかな……」


 フェリオンが手にしたのは、大きめのバケツと縄、取っ手のある鍋だ。


「何をするの?」

「魚捕り」


 フェリオンの答えに、ロクサーナは驚き、次いで期待を高めた。どうやって魚を捕るつもりなのか、興味がある。


「一緒に行ってもいいかしら!」


 前のめりにお願いすれば、フェリオンの目が驚いたように瞬かれた後――、「いいけど」と言ってくれた。


「あ、期待しすぎるなよ! 失敗するかもしれないし」

「そう?」


 そんなことを言われても、もう期待してしまっているのだ。このまま期待させてもらおう。


「クロちゃんもいらっしゃい」


 ロクサーナはテントの中から顔を出したC.L.A.U.-1クロウ・ワンを抱き上げ、フェリオンの後を追った。



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