第28話 夕闇の城塞戦①
ロクサーナは操縦桿に軽く手を添え、モニターに映る石造りの城塞を注意深く見ていた。高い塀の上では、怯えた様子の兵士たちが
エトラ・プラートからそう離れていない城塞都市ゴルガ。このゴルガの閉じられた正門を見据えた位置に、ロクサーナはブリガンダインで立っていた。ゴルガは、捕らえた男から少々手荒なことをして吐かせたフェリオンの居所だ。彼らは人身売買組織の者らしく、その拠点がこのゴルガにあるらしい。治めているのはあのサミュエル・マウリの息子の一人なのだそうだ。だが、それはロクサーナにとって、
場所を突き止めると、ロクサーナはすぐに行動に移した。宿に戻ってきたパウエルに
『マスター。中から
ヴァージルの報告を聞き、ロクサーナは閉じられた巨大な門を注視した。
「なら、プランBね」
『ミュゥ~』
「そうよ、クロちゃん。多分、戦闘になるわ。しっかり掴まっていて」
背凭れの後ろにしがみ付いている
ロクサーナは、
「BGGをスタンバイ-ワンからビジーへ」
『イエス、マスター』
エネルギー充填状態のBGGを、エネルギーを放出する活性化状態へ移行させる。
いやがおうにも緊張が高まってきた。相手の戦力を下調べする間もなく来ているのだ。緊張と共に、今更ながらの不安が湧き上がる。それを抑えつけて振り払うように、ロクサーナは首を軽く左右に振った。やるしかないのだ。そう決めて、ここに来た。ここに来る前、ヴァージルにもそう言った。
『マスター・ロクサーナ』
「ん」
『
思いがけない言葉をかけられた。いや、ヴァージルは、いつも自分に寄り添ってくれているのだ。そんな彼の言葉は心地良い響きを伴い、すんなりと不安な胸に染み入った。
「そうね、ヴァージル。頼りにしているわ」
不思議と気持ちが楽になっている。自身の気持ちの変化を確かに感じながら、ロクサーナは意識的に静かに息を吐き出した。フェリオンを攫ったことに対する怒りと焦りをぐっと胸の奥に収め、まずは道を開くことに集中する。
重なる地響きが近くなり、開かれた城塞正門から出て来た二機のワーカーの姿が露わになった。町中に踏み入れば人的被害が出るかもしれない。それを避けたいのは双方同じらしい。そして単純に、
赤で塗装された一機の武装は、クレーンショベルアームとコンテナ盾だ。もう一機は緑色。右腕は通常の三爪アームのままだが、左腕は肘から
ワーカーの装備を観察しているうちに、更に奥からもう一機が現れた。
「三機目……!」
しかも普及型
「あの機体は何? 大きいわ」
『私の持っているデータによれば、プサラスですね。重量はブリガンダインよりもありますが、総合的な機動はこちらの方が上です。スペックデータを表示しますか?』
「ええ。お願い」
その言葉を言い終えると同時に、フロントモニターの左半分にズラズラと文字情報が表示される。透過されて向こう側は見えるのだが、見づらく集中しにくい。ロクサーナは左手を操縦桿から離すと、
「ごめんなさい。やっぱり今確認している余裕は無いわ」
『了解しました』
視界がクリアになると、ロクサーナは操縦桿を握り直した。
『問題は個体性能差よりも数の差かと。何か策はありますか? マスター』
「うーん、そうね。今はまだ良い案は浮かばないけれど……先にあの模擬戦を経験しておいて正解だったわ」
ファル・ハルゼで体験したワーカー二機との模擬戦だ。今回は実戦だが、多対一を経験できていることは大きい。
まず、一歩前に出てきたのは赤いワーカーだった。クレーンショベルアームとコンテナ盾の装備はチャックのものと同じようだ。
『――ここがオラツィオ様の町だって知って来ているのか?
スピーカーで発せられた相手の声は、軽い調子の男の声だった。それに応えるため、ロクサーナもスピーカーを開いた。
「私はファル・ハルゼの特使よ。私の連れの子供を攫ったことは分かっているわ。返してくれるかしら。今すぐに」
『お前、女か? いや、ファル・ハルゼの特使だって? なんだってそんな――、まさかあの小僧……』
「心当たりがあるようね」
ワーカーからの男の声が途絶える。何やらぶつぶつと言っている声が漏れ聞こえてくるが、言葉としては捉えられない。
「返答なさい! 今すぐ返すかそれとも――」
『おっと、三対一で勝てるって? 豪気だねぇ』
意外にも、相手が強気な発言をした。
『あんたの連れなんざ知らねぇな。いくら特使だからって仕掛けてきたのはあんたの方だ。その
「……不愉快だわ」
『俺は愉快だね』
本当にそう思っているのだろう抑揚で、男の声が響いた。いやに自信たっぷりではないか――。ロクサーナは
『モレノの旦那! ササッとやっちまいましょうぜ。出来れば捕獲してもらえると、いい金になる。後はあの方に任せておけば何とかなるさ』
なるほど。後ろにいる
ロクサーナはワーカーの強気な発言に納得し、同時に呆れた。
他氏族からの特使を何だと思っているのだ。捕らえた自分をどこかへ隔離でもして、シラを切り通せるとでも思っているのか。それとも、死人に口なしか。いや――、事実、そうなのだろう。この自分に何かあれば、氏族間の外交問題に発展するのは必定だ。それこそ躍起になって
『――貴様の都合など知らぬが、それが主の意向であれば為すまで』
『私はかつて
「私はファル・ハルゼの特使にして、惑星ザルドのロクサーナ・カイレン。
『カイレン家の
プサラスの振り上げた
ロクサーナはスピーカーを切った。
「格好付ける割には正面から来ないのね」
『おそらくは、ワーカーに隙を作らせたいのでしょう』
「なら、
フェリオンのことが気懸かりだ。時間的余裕はない。
「ヴァージル、攻撃を許可。
『
ヴァージルにより、ブリガンダインの右腰から脚部にかけて装着されている
『手加減なしでよろしいですね?』
「勿論よ! でも、コックピットには当てないようにしてちょうだい。一応、サミュエルに言い訳ができるようにはしておきたい」
『イエス、マスター』
踏み込んで振られたクレーンショベルアームを、ヴァージルが
『四時方向から打撃攻撃、来ます』
ヴァージルの警告に従い、右方からのクレーンショベルアームを、今度は後方に機体を移動させることでギリギリ
チャックの操縦する機体は、武器を振り切っても機体が振られている様子はなかった。それに、交戦中のワーカーは次の攻撃までに間があるが、チャックはほんの僅かな間で仕掛けてきていたのだ。このブリガンダインの進路を塞ぐようにして。
もう一機のワーカーが
「やっぱりあの二人はすごいんだわ」
改めて、ファル・ハルゼ騎士隊の練度が高いことを実感する。若いチャックに実戦経験が足りないというのは事実なのだろうが、ワーカーの機動は熟達していた。日頃の鍛錬の成果なのだろう。
それに比べ、これらのワーカー二機は機動すらお粗末だ。おそらく、ろくに鍛錬などしてはいまい。これを使って仕事に従事しているわけでもないだろう。
「ヴァージル、一気に片付けるわよ!」
『イエス、マスター』
懲りずにクレーンショベルアームを振ってきたワーカーに対し、その軌道を読んでいたロクサーナは難なく避けた。ワーカーの方へ踏み込む。と、クレーンに持っていかれている機体の背中が見えた。そこには、ワーカーの姿勢保持のために付いている
「
『
目掛け、下からの斜め一閃。尻尾は中程から折れて吹き飛んだ。
尻尾を頼りに姿勢を戻そうとしたワーカーが、後ろの重心を失ったことにより、前のめりにバランスを崩す。そこに居たのは、緑色のワーカーだ。大きな音を立て、二機が接触した。当然、緑色の方もバランスを崩す。ロクサーナは迷わずブリガンダインを前進させた。
「左腕を切断!」
ぐらぐらと未だ揺らいでいる緑色のワーカーに対して、ブリガンダインの
これで二機とも攻撃続行は不可能。
片付けた――。そう、ロクサーナが少しばかり気を抜いた瞬間。
『九時方向から投擲物!』
ヴァージルの警告に、
「えっ! な、なに!?」
『ミュッ』
操縦桿も全く利かない。
操縦不能にされた?
ヴァージルも落ちた?
「ヴァージル……!?」
突然の事態に、ロクサーナは自身の血の気が引くのを自覚した。
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