第28話 夕闇の城塞戦①

 ロクサーナは操縦桿に軽く手を添え、モニターに映る石造りの城塞を注意深く見ていた。高い塀の上では、怯えた様子の兵士たちが鋸壁のこかべの隙間からこちらをうかがっている。


 エトラ・プラートからそう離れていない城塞都市ゴルガ。このゴルガの閉じられた正門を見据えた位置に、ロクサーナはブリガンダインで立っていた。ゴルガは、捕らえた男から手荒なことをして吐かせたフェリオンの居所だ。彼らは人身売買組織の者らしく、その拠点がこのゴルガにあるらしい。治めているのはあのサミュエル・マウリの息子の一人なのだそうだ。だが、それはロクサーナにとって、躊躇ためらう理由になりはしなかった。


 場所を突き止めると、ロクサーナはすぐに行動に移した。宿に戻ってきたパウエルにことの次第を説明したが、そのことについて是非を問うことはしなかった。格納庫ハンガーからブリガンダインを出すことは、サミュエルの許可を得ていると押し通った。急いだ理由は、捕らえた男から聞いた話にあった。人身売買組織とゴルガの城主オラツィオは繋がっている。更にオラツィオの奴隷の扱いは酷いもので、自分たちもああなりたくないために従っているというのだ。しかも、耳を疑う言葉を聞いた。「きっとあのガキは献上品だ」と。それから色々と口走っていたが、皆まで聞く必要もない下衆なことだった。時間が経てば経つほどフェリオンの身が危ない――そう、ロクサーナは判断したのだ。


 M.O.V.ムーブで正面突破を仕掛けたのは、相手が怯えて門を開けると考えたからであった。だが、その考えは甘かったと認識せざるを得ない。先ほどから、振動を感じているのだ。


『マスター。中からM.O.V.ムーブが複数機、接近してくるようです』


 ヴァージルの報告を聞き、ロクサーナは閉じられた巨大な門を注視した。


「なら、プランBね」

『ミュゥ~』

「そうよ、クロちゃん。多分、戦闘になるわ。しっかり掴まっていて」


 背凭れの後ろにしがみ付いているC.L.A.U.-1クロウ・ワンに声を掛けている間にも、大地を揺るがす振動は大きくなってきている。交渉でことが済めばと思っていたが、どうやらそうもいかないようだ。


 ロクサーナは、M.O.V.ムーブ相手に力で物を言わせる方向に切り替えた。BGGの状態は完璧だ。昨日、謁見から戻った後に整備士長より申し出があり、BGGCの窯入れが為された状態なのだ。旅路で多少使ってしまっていたため、有難い申し出だった。今日、慌てる足で格納庫ハンガーへ行くと、BGGCの収められたBGGが、ブリガンダインに戻されたところだった。まさに不幸中の幸いだ。


「BGGをスタンバイ-ワンからビジーへ」

『イエス、マスター』


 エネルギー充填状態のBGGを、エネルギーを放出する活性化状態へ移行させる。

 いやがおうにも緊張が高まってきた。相手の戦力を下調べする間もなく来ているのだ。緊張と共に、今更ながらの不安が湧き上がる。それを抑えつけて振り払うように、ロクサーナは首を軽く左右に振った。やるしかないのだ。そう決めて、ここに来た。ここに来る前、ヴァージルにもそう言った。


『マスター・ロクサーナ』

「ん」

貴女あなたには、私がいます』


 思いがけない言葉をかけられた。いや、ヴァージルは、いつも自分に寄り添ってくれているのだ。そんな彼の言葉は心地良い響きを伴い、すんなりと不安な胸に染み入った。


「そうね、ヴァージル。頼りにしているわ」


 不思議と気持ちが楽になっている。自身の気持ちの変化を確かに感じながら、ロクサーナは意識的に静かに息を吐き出した。フェリオンを攫ったことに対する怒りと焦りをぐっと胸の奥に収め、まずは道を開くことに集中する。


 重なる地響きが近くなり、開かれた城塞正門から出て来た二機のワーカーの姿が露わになった。町中に踏み入れば人的被害が出るかもしれない。それを避けたいのは双方同じらしい。そして単純に、ひらけた場所の方が戦いやすいと考えたのだろう。ロクサーナは、十数メートルの距離がある状態でワーカー二機と対峙する形となった。


 赤で塗装された一機の武装は、クレーンショベルアームとコンテナ盾だ。もう一機は緑色。右腕は通常の三爪アームのままだが、左腕は肘から機関銃マシンガンが装着されている。確か通常は資材を運ぶための、大きなトレイ状キャリアを装着しているはずの左腕だ。武装カスタマイズとしてシールドを装備するのが一般的だと聞いているが、あの機体は防御を捨てているらしい。そもそもの用途から、あの機関銃マシンガンの射角は正面から九十度程度しかないはずだ。腰の動きを見ていれば、撃ってくる角度は予測できる。


 ワーカーの装備を観察しているうちに、更に奥からもう一機が現れた。


「三機目……!」


 しかも普及型M.O.V.ムーブのワーカーではない。二脚の人型M.O.V.ムーブだ。これまで見たことのない明らかな左右非対称アシンメトリー機体で、右腕には三叉槍トライデントが持たれているが、左腕は肩部分だけしかない。いや、そこには何らかの発射機構のようなものが見える。白い機体のその肩部分から青いペイントが胴体を斜めに走っており、日が暮れようとする薄暗がりの中、各関節部に僅かな発光が確認できた。


「あの機体は何? 大きいわ」

『私の持っているデータによれば、プサラスですね。重量はブリガンダインよりもありますが、総合的な機動はこちらの方が上です。スペックデータを表示しますか?』

「ええ。お願い」


 その言葉を言い終えると同時に、フロントモニターの左半分にズラズラと文字情報が表示される。透過されて向こう側は見えるのだが、見づらく集中しにくい。ロクサーナは左手を操縦桿から離すと、払ったワイプした


「ごめんなさい。やっぱり今確認している余裕は無いわ」

『了解しました』


 視界がクリアになると、ロクサーナは操縦桿を握り直した。


『問題は個体性能差よりも数の差かと。何か策はありますか? マスター』

「うーん、そうね。今はまだ良い案は浮かばないけれど……先にあの模擬戦を経験しておいて正解だったわ」


 ファル・ハルゼで体験したワーカー二機との模擬戦だ。今回は実戦だが、多対一を経験できていることは大きい。


 まず、一歩前に出てきたのは赤いワーカーだった。クレーンショベルアームとコンテナ盾の装備はチャックのものと同じようだ。


『――ここがオラツィオ様の町だって知って来ているのか? M.O.V.ムーブ乗りの売り込みなら間に合ってるぜ。それとも、そのM.O.V.ムーブを置いていってくれるのかい』


 スピーカーで発せられた相手の声は、軽い調子の男の声だった。それに応えるため、ロクサーナもスピーカーを開いた。


「私はファル・ハルゼの特使よ。私の連れの子供を攫ったことは分かっているわ。返してくれるかしら。今すぐに」

『お前、女か? いや、ファル・ハルゼの特使だって? なんだってそんな――、まさかあの小僧……』

「心当たりがあるようね」


 ワーカーからの男の声が途絶える。何やらぶつぶつと言っている声が漏れ聞こえてくるが、言葉としては捉えられない。


「返答なさい! 今すぐ返すかそれとも――」

『おっと、三対一で勝てるって? 豪気だねぇ』


 意外にも、相手が強気な発言をした。


『あんたの連れなんざ知らねぇな。いくら特使だからって仕掛けてきたのはあんたの方だ。そのM.O.V.ムーブはいい資産になりそうだしな。ついでにあんたが俺の好みのタイプなら、首輪をつけて可愛がってやるぜ。気に入らなけりゃ奴隷どもにくれてやる』

「……不愉快だわ」

『俺は愉快だね』


 本当にそう思っているのだろう抑揚で、男の声が響いた。いやに自信たっぷりではないか――。ロクサーナはいぶかしむ。ワーカーに乗っていながら、このブリガンダインに勝てると踏んでいるのだろうか。そう思っていると、ワーカーが一歩下がった。


『モレノの旦那! ササッとやっちまいましょうぜ。出来れば捕獲してもらえると、いい金になる。後はに任せておけば何とかなるさ』


 なるほど。後ろにいるM.O.V.ムーブを当てにしているのか。


 ロクサーナはワーカーの強気な発言に納得し、同時に呆れた。

 他氏族からの特使を何だと思っているのだ。捕らえた自分をどこかへ隔離でもして、シラを切り通せるとでも思っているのか。それとも、死人に口なしか。いや――、事実、そうなのだろう。この自分に何かあれば、氏族間の外交問題に発展するのは必定だ。それこそ躍起になって隠蔽いんぺいするのだろうと思う。そうなれば、非常に不味まずい。


『――貴様の都合など知らぬが、それが主の意向であれば為すまで』


 M.O.V.ムーブプサラスから発せられた声は、意外にも渋みのある、年配の男の声だった。右手が持つ三叉槍トライデントの切っ先が、こちらに向けられる。


『私はかつて地球テラ闘技場コロシアム『鮫の猟場』でM.O.V.ムーブ戦をしていたモレノ・フォルティスだ。名乗れ、M.O.V.ムーブ乗りよ!』


 剣闘士グラディエーターのように名乗りを上げられれば、ロクサーナとて応じるしかない。一つ息を吸い込み、静かに吐き出してから、声を張る。


「私はファル・ハルゼの特使にして、惑星ザルドのロクサーナ・カイレン。貴方あなたに私怨はありませんが、私の前を塞ぐのならば排除します」

『カイレン家のM.O.V.ムーブとは、相手にとって不足なし! だが倒れるのはそちらの方だ、ロクサーナ』


 プサラスの振り上げた三叉槍トライデントに従うようにして、ワーカー二機が前進してきた。一騎討ちで勝負するのではないらしい。


 ロクサーナはスピーカーを切った。


「格好付ける割には正面から来ないのね」

『おそらくは、ワーカーに隙を作らせたいのでしょう』

「なら、ずはワーカーを黙らせましょう!」


 フェリオンのことが気懸かりだ。時間的余裕はない。


「ヴァージル、攻撃を許可。長剣ロングソードを!」

了解ラジャー


 ヴァージルにより、ブリガンダインの右腰から脚部にかけて装着されている長剣ロングソードが、逆手で抜かれた。すぐさまそれが半回転され、順手に持ち直される。


『手加減なしでよろしいですね?』

「勿論よ! でも、コックピットには当てないようにしてちょうだい。一応、サミュエルに言い訳ができるようにはしておきたい」

『イエス、マスター』


 踏み込んで振られたクレーンショベルアームを、ヴァージルが長剣ロングソードで受け、弾いた。ワーカーが大きくバランスを崩す。そこへ攻撃を仕掛けようとしたところに、もう一機から機関銃マシンガンが撃たれた。それはブリガンダインの跳弾シールドによって弾かれる。跳弾シールドは、シールド内に侵入した高速飛翔体のベクトルを捻じ曲げる。それゆえ、侵入角によっては充分に逸らせない。しかし、角度の付いた銃弾は装甲に弾かれる。その硬く高い音が、耳に微かに響いた。


『四時方向から打撃攻撃、来ます』


 ヴァージルの警告に従い、右方からのクレーンショベルアームを、今度は後方に機体を移動させることでギリギリかわす。アームを振り切ったワーカーの重心が持っていかれている様を見ながら、ロクサーナは感心していた。このパイロットにではない。模擬戦を戦ったチャック・リーパーにだ。


 チャックの操縦する機体は、武器を振り切っても機体が振られている様子はなかった。それに、交戦中のワーカーは次の攻撃までに間があるが、チャックはほんの僅かな間で仕掛けてきていたのだ。このブリガンダインの進路を塞ぐようにして。


 もう一機のワーカーが機関銃マシンガンで狙ってきているのも、ブリガンダインの装甲だ。これがヨヨであったなら。確実に関節部分を狙ってきているだろう。


「やっぱりあの二人はすごいんだわ」


 改めて、ファル・ハルゼ騎士隊の練度が高いことを実感する。若いチャックに実戦経験が足りないというのは事実なのだろうが、ワーカーの機動は熟達していた。日頃の鍛錬の成果なのだろう。


 それに比べ、これらのワーカー二機は機動すらお粗末だ。おそらく、ろくに鍛錬などしてはいまい。これを使って仕事に従事しているわけでもないだろう。


「ヴァージル、一気に片付けるわよ!」

『イエス、マスター』


 懲りずにクレーンショベルアームを振ってきたワーカーに対し、その軌道を読んでいたロクサーナは難なく避けた。ワーカーの方へ踏み込む。と、クレーンに持っていかれている機体の背中が見えた。そこには、ワーカーの姿勢保持のために付いている姿勢制御棒ステイブルアームがある。いわゆる尻尾テイルだ。ワーカー乗りたちは、この尻尾を小刻みに動かすことで喜びを表現する。


尻尾テイルを折って!」

了解ラジャー


 目掛け、下からの斜め一閃。尻尾は中程から折れて吹き飛んだ。


 尻尾を頼りに姿勢を戻そうとしたワーカーが、後ろの重心を失ったことにより、前のめりにバランスを崩す。そこに居たのは、緑色のワーカーだ。大きな音を立て、二機が接触した。当然、緑色の方もバランスを崩す。ロクサーナは迷わずブリガンダインを前進させた。


「左腕を切断!」


 ぐらぐらと未だ揺らいでいる緑色のワーカーに対して、ブリガンダインの長剣ロングソードが振り落ろされる。ヴァージルが瞬時に計算、調整した角度は正確だ。機関銃マシンガンを持つ左腕の関節部が切断された。バランスを失ったワーカー二機が更に大きく揺らぐ。しかしそこは片方の尻尾テイルのお陰だろう、倒れずに踏み止まった。しかし、それだけだ。互いに支え合ったような体勢のまま、もう動けず、その場からの攻撃手段はない。

 

 これで二機とも攻撃続行は不可能。

 片付けた――。そう、ロクサーナが少しばかり気を抜いた瞬間。


『九時方向から投擲物!』


 ヴァージルの警告に、ぐさまロクサーナは気持ちを引き締めた。ヴァージルの操作が、左方から発射されたネットを長剣ロングソードで絡め取る。次の瞬間、目の前のスクリーンに映る景色が火花が弾けるような嫌な音と共に揺らぎ――、暗転ブラックアウトした。コックピットも暗闇に浸かる。代わりにスクリーンに表示されたのは、赤く明滅する警告ワーニングの文字だ。と同時に甲高いビープ音が鳴り響く。


「えっ! な、なに!?」

『ミュッ』


 操縦桿も全く利かない。


 操縦不能にされた?

 ヴァージルも


「ヴァージル……!?」

 

 突然の事態に、ロクサーナは自身の血の気が引くのを自覚した。


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