第29話 夕闇の城塞戦②

「勝負あったな」


 前面スクリーンには、動きを止めたM.O.V.ムーブの姿がある。その右手に持たれている長剣ロングソードに絡まっているのは、モレノが仕掛けた電磁ネットだ。


 モレノは勝敗がついたことを確信し、自身の口元を緩めた。


 捕まえた瞬間、強力な電気を流したのだ。狙い通り、M.O.V.ムーブの動力、計器類を強制シャットダウンさせることに成功した。関節部位に見えていた微かな光も消え、完全にM.O.V.ムーブが動きを止めている。マッティアたちのワーカーは当分使い物にはならないが、M.O.V.ムーブの隙を作るという働きは充分に果たしてくれた。


『さすが旦那だ、終わってみればあっけなかったな』


 マッティアから通信が入った。見れば、姿勢制御棒ステイブルアームを折られた赤いワーカーが、緑のワーカーと接触した状態で辛うじて立っている。いや、立っているというよりは、もう寄りかかっていると言っていい。


『にしても、まさか折られるとは思わなかったぜ。もしかして手加減されてたか?』

「だろうな。普通は、できん芸当だが」


 下から斬り上げる動きには、姿勢制御棒ステイブルアームに合わせた角度調整が必要だ。それを、あのM.O.V.ムーブはやってのけた。驚くべき事実だ。それに、ワーカー二機の損傷は最小限といえる。コックピットを狙う方がよほど楽な攻撃だろうに、特使としての矜持からか、こちらを殺すつもりはなかったのだと思われた。


 子供を取り戻しに来た、とロクサーナは言っていたが、おそらくそれは事実なのだろう。マッティアがまた適当な子供を攫ってきたのだと思う。時折耳に入る話から、おおよその事情は把握している。彼らのしていることを肯定しているわけではない。それでも自分の雇い主はこのゴルガの城主オラツィオであり、その命令に従うのが自身の矜持なのだ。地球テラを出てやり直したいと願った自分を、拾い上げてくれた恩義は忘れてはいない。


『だがこれでオラツィオ様にいい報告ができるな。あのM.O.V.ムーブのパイロットももらえるかもしれねぇ。あのM.O.V.ムーブは、もらえないかねぇ』

「貴様にあれは扱えん。ワーカーとは全く違うのだ。だからこそ、訓練されたM.O.V.ムーブ乗りは重宝される』

「へーへー、分かってますよぅ」


 マッティアのいつもの軽い声を聞きながら、モレノは動きを止めているM.O.V.ムーブを見つめた。


 この型式は、自分の知る中にはない。地球テラ闘技場コロシアムでも見たことがなかった。このプサラスよりも重量は軽そうだが、その分、機動力が高い。二機のワーカーを相手にしていた動きから見て、訓練されたパイロットが乗っている。声からしておそらく若い女だろうということは分かっているが、にわかには信じ難い。だが、終わってみれば、こちらの勝ちだ。


 操縦桿から手を離し、モレノは再びスピーカーを開いた。


「投降しろ、ロクサーナ・カイレン! 手動でハッチを開けて出て来るのだ。抵抗しなければ、殺しはしない」


 オラツィオがどうするのかは考えたくもないが、モレノは勝敗のついた相手をどうこうするつもりはなかった。通信の向こうでマッティアが「俺がもらうぞ!」などと言っているが、それは無視する。これほどのM.O.V.ムーブ乗りならば、丁重に扱われてしかるべきだ。できることなら三叉槍トライデントでやり合ってみたかったと思う。


 目の前のM.O.V.ムーブは、微動だにしない。やはり完全に落ちている。ここから復旧させるには、それなりの時間がかかるはずだ。

 

 返答のないM.O.V.ムーブに向かってプサラスを進め、あと二歩ほどの距離で止めた。ロクサーナがハッチから出てくれば、腕を伸ばして確保できる距離だ。相手M.O.V.ムーブの武器である長剣ロングソードは、ネットで完全に抑えている。もっとも、動けないM.O.V.ムーブ相手に恐れることは何もない。


「いい加減、負けを認めて出てきたらどうだ?」


 中で震えているのか。

 その様子を想像すれば、それも仕方のないことかもしれないとモレノは思った。いくら威勢の良いことを言っていても、頼みのM.O.V.ムーブが動かなくなったのだ。恐怖で出て来られないのだろう。モレノは同情心すら抱いた。自分がどうにかせずとも、若い女がマッティアに捕まった後のことなど容易に想像がつく。それを自分が止めないことも、分かっている。力が及ばないのではなく、自身の拠り所を失くした心持ちの問題だ。


 その時、予想外のことが起こった。


『旦那、さっさと女を引きずり出してオラツィオ様に報告を――』


 それは通信器から、そんなマッティアの声が聞こえた時だ。

 

 動けないはずM.O.V.ムーブが、突然動いた。一瞬で動力を取り戻したかのように関節部から光を発し、モレノに向かって踏み出してきたのである。


「ありえん……!」


 信じ難い現実に戸惑うも、相手の武器は封じている。あのネットはそう簡単に断ち切ることはできない――。


 そう思っているうちにも、間近に紫紺色のM.O.V.ムーブが迫る。そしてモニターが感情を排した顔で占められた瞬間。コックピットを揺るがす衝撃と共に、前面モニターが暗転ブラックアウトした。


「な! 何が起き――」


 外の景色が見えなくなり、モレノは信じられない思いで手元の制御盤を見た。赤く点滅しているのは、メインカメラの状態を表すキーだ。


「まさか、メインカメラを狙ったのか!?」


 確か、相手のM.O.V.ムーブには長剣ロングソードと逆の位置に小剣ダガーが見えていた。あれを使ったのだろう。一撃で破壊した狙いの正確さに感嘆を覚える。だが、何故なぜ動けたのかが分からない。


 地球テラに居た頃。闘技場コロシアムでは一対一の戦いが主だった。まずは三叉槍トライデントで戦い、相手M.O.V.ムーブの動きを弱めてから、電磁ネット攻撃をするのが通常の流れだった。いわゆるとどめの一撃だ。それで相手の戦意を完全に削いだ。だが強者が集まる闘技場の戦いでは当然、電磁ネット用の対策をしてくる者もいた。互いに他人との試合を見られる闘技場コロシアムだからこそ、次に当たる相手の情報を収集して挑んでくるのだ。電磁攻撃を防ぐ仕様を備えてくるのである。電磁攻撃が効かずとも相手の武器を封じられるネットが全くの役立たずということはなかったが、攻撃方法を知られているというだけで、幾らか戦いにくくなったものだ。


 だが、今対峙しているM.O.V.ムーブは、奴らとは違う。全くの初見であり、もしこの機体を知っていても、肩部の武装はそれぞれ異なる。こちらの手の内が分かるはずはないのだ。ということは、電磁ネットに対する対策などしていまい。いや、実際に動けたのであるから、対策をしていたと考えるのが妥当なのか。しかし、どう見ても確実に攻撃は効いていた。あの瞬間、相手M.O.V.ムーブの動きは完全に止まり、駆動系の光も消えたのだ。


「……まさか」


 ありえない想像をした時、目の前のM.O.V.ムーブから、凛とした女の声が聞こえた。



◇◇◇



 ――数分前。

 暗闇に浸かったコックピット内で、ロクサーナは血の気が引く思いでいた。操縦桿が全く利かなくなり、計器類もダウンしたのだ。

 

「ヴァージル……!」


 ヴァージルも落ちたのではないか――。その不安に耐え切れず、ロクサーナは声を上げた。が、そこへ馴染みの声が返ってくる。


『――マスター、ご安心を』

「ヴァージル! 良かった……っ」


 どっと胸に安堵が訪れた。それでも周囲は暗くなったままなのだが、ヴァージルが起きているという事実に心底ほっとする。おそらく背凭れに張り付いたままであろうC.L.A.U.-1クロウ・ワンからも、元気の良い鳴き声が上がった。


「ねぇ、これ、どうなっているの?」

『電磁攻撃を受けました』

「え! じゃあ、それで動けなく?」


 不安が、再び頭をもたげる。


『問題ありません、マスター。アースしましたので』

「え? アース?」


 ロクサーナは意味が分からず、問い返した。


『ブリガンダインを造った博士は、電磁攻撃を受ける想定もされていたようです。この長剣ロングソードは避雷針の役割もできるよう設計されています。長剣で受け、それを機体の右側を伝わせながら、大地に逃がしたのです』


 ヴァージルから、丁寧な説明が返ってきた。

 ロクサーナは小さく唸る。そんな設計もされていたとは知らなかった。もしかしたら、ブリガンダインを造った博士はろくに説明書を残さずに慌ただしく去ったのだろうか? いや、おそらくは単に、まだ自分には知らされていなかっただけのことだ。ヴァージルはブリガンダインと一体化することで何もかもの機能を把握しているのだろう。そのヴァージルが言うには、問題ないらしい。それでも、ロクサーナはまだ不安をぬぐえなかった。


「それって凄いと思うけれど、中の機器は大丈夫なの?」

『問題ありません。そのために、この機体の重要な精密機器は左型に設置されています。覚えておいてください』

「分かったわ」


 一応は納得したロクサーナだが、ここからどうすべきかが何より重要だった。電源を落とされたこの機体を完全に復旧させるには、それなりの時が要る。その間に機体を捕獲されてしまえば、身動きが取れなくなってしまうだろう。そうなれば、万事休すだ。なんとかして時間稼ぎをしなければならない。


「攻撃できるようになるには、どのくらい?」

『すぐにでも』

「え! すごい、」

『死んだふりをしているだけですので』

「――え?」


 ヴァージルの放った言葉に、ロクサーナは思わず耳を疑った。

 死んだふり、と言ったのか。とすると、この暗転ブラックアウトはヴァージルによるもので、操縦桿が利かないのもヴァージルの仕業か。


「ええええぇ、死んだふりなのこれ……!」


 驚きが収まらない。

 まさかヴァージルがこんなことをするとは思わず、ロクサーナは感心するやら呆れるやらで二の句を告げなかった。コックピットまで暗くする必要はなかった気もするが、いつでも動ける状態だという事実は歓迎すべきことではある。


『イエス、マスター』


 しれっとしたヴァージルの返事が聞こえた。


『相手の隙を作るには、これが最も手早い手段かと。相手は完全にこちらが落ちたと見ているでしょう』

「それは、まぁ……そのようね」


 モレノのM.O.V.ムーブからの追撃はない。こちらの様子を窺っているようだ。


貴女あなたに首輪をつけて可愛がるなどという輩の仲間です。汚い手はお互いさまですよ』

「あ、う、うん」


 ヴァージルの声に、仄かな怒気がはらんでいる気がする。そのことに、ロクサーナは密やかに驚いた。


 ヴァージルに声をかけようとしたその時、モレノの声が聞こえてきた。スピーカーをオンにし、こちらに投降を呼びかけてきている。ヴァージルの作戦通り、こちらが完全にダウンしていると思い込んでいるのだろう。


『プサラス、近付いてきます』

「よし、じゃあ、さっさと片付けましょ」


 ロクサーナは気を引き締め直し、操縦桿を握った。

 長剣ロングソードはネットに絡めとられたままだ。しかしブリガンダインには、まだ攻撃手段が残っている。これ以上もたもたしている時間はない。


「ヴァージル! 小剣ダガーの使用を許可! メインカメラを狙って!」

了解ラジャー

 

 一気にコックピット内が明るくなり、計器類に光が戻った。ブリガンダインで敵M.O.V.ムーブに踏み込めば、ヴァージルによって左手で抜かれた小剣ダガーが、敵に向かう。モレノは、まさか動くと思っていなかったのだろう、回避行動が追い付いていない。


実行エクスキュート!』


 阻むものがないまま、ブリガンダインの小剣ダガーが敵M.O.V.ムーブの頭部に向かう。要求した通りの位置に勢いよく直撃した刃が、プサラスのメインカメラを破壊した。


貴方あなたの負けね、モレノ・フォルティス! 貴方こそ、今すぐ投降なさい!」


 

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