第26話 路地裏の攻防
「フェリオン!?」
ロクサーナは遠ざかる男たちに声を上げていた。彼らの内、一人の肩に担がれているのは、フェリオンに違いない。
こちらをチラリと振り返った男が、他の者たちを促すように足を速めた。後を追おうとロクサーナは駆け出したが、すぐに、目標としていた男たちの姿が見えなくなってしまう。行く手を阻むようにして、別の男たちが立ちはだかったからだ。腕力には自信がありそうな大柄の男三人で、にやにやと値踏みするような視線を寄越してきている。
「
ロクサーナの一喝は、男たちには効かなかった。その不快な笑みを深くするばかりで、男たちは前から退こうとしない。
「私が誰だか分かっているの? ファル・ハルゼの特使なのよ!」
本来、ロクサーナは市民を相手に、あまり権力をひけらかすやり方は好まない。が、今はそんなことを言っている場合ではなかった。だが、どうやら目の前の男たちには響いていないようだ。小馬鹿にするように笑い合っている。戻ってきた彼らの眼差しは、明らかにこちらを
「誰だって通せねぇなぁ、お嬢ちゃん。通りたかったら俺たちを――」
「倒せばいいのね」
相手が喋り終えるのを待たず、ロクサーナは口を挟んだ。彼らには自分は到底、特使には見えないらしい。そもそも、彼らには特使が何なのかすら分からないのかもしれない。
少し驚いたように言葉を止めた彼らに対し、ロクサーナは苛立ちを微笑みで包んだ。常に優雅であれというのは、ザルドで礼儀作法を自分に教え込んだジュリアの口癖だ。
彼らが二の句を告げる前に、ロクサーナは続ける。
「あなた達、さっきの彼らの仲間ということでいいのよね?」
そう問えば、男たちがまた少し、顔を見合わせた。それから、その内の一人が一歩、踏み込んでくる。追従するような他の二人の態度から、おそらくは彼が纏め役なのだろうと思われた。
「俺たちは金をもらっただけさ。奴は金払いがいいからな。あんたを売れば、もっと懐が潤うぜ」
返答から、今回だけでなく仕事を貰っているニュアンスを感じ取る。ならば、彼らについて多少なりとも知っているとみて良いだろう。
「なら、相手をする価値はあるわ」
ロクサーナは、剣帯に下げている
「一人で俺たち三人を相手にする気か? 逃げ出すなら今の内だぜ」
中央の男が腰の後ろから取り出したのは、
ロクサーナは男たちを観察しながら、次にどう動くべきかを考えていた。この場所で三対一は分が悪すぎる。盗賊団を相手にした時とは状況が異なるのだ。あの時は準備万端で、加勢の用意もあった。しかし今は
「あら、逃がしてくれる気があるのかしら?」
「いんや? 逃げる獲物を取っ捕まえて組み敷くのが
「ひどい趣味ね」
正面から当たってもまず勝ち目はない。
視界の端に見えている細い路地に踵を向け、じりじりと後退する。それを追うように、男たちがにじり寄ってくる。銃を持っていない二人が前に出て来た。
「稀に見る上玉だ。逃がさねぇぜ」
「なら、捕まえてみなさい!」
ロクサーナは
両腕を広げるので精一杯の道幅だ。両側は古びた石壁が続き、民家の扉や窓が嵌り込んでいる。ところどころ剥げた青や赤の塗装が特徴的だ。視線を上げれば、上階の向かい合わせの窓の辺りに、衣服と思われる布が掛けられた細いロープが何本も渡されているのが見えた。奥の方では片方が切れて壁に垂れているロープも見えることから、強度はそれほど高くないのだろう。空を隠すように様々な色布が緩やかにはためき、淡い影を路地裏へと落としている。こんな時でなければゆっくりと眺めていたい、なんとも情緒的な光景だ。
「ほらほら! 逃げないと簡単に捕まえちまうぞぉ!」
完全に舐めてかかっているのだろう男の野太い声が、すぐ後ろに聞こえた。ロクサーナはそれには答えなかった。男が伸ばしてきた腕を視界の端に捉え、上半身を軽く
「おぉわッ!」
バランスを崩した男は仰向けにひっくり返る。その際、嫌な音がした。どうやら狭い路地のため、向かいの壁の出っ張った石部分に後頭部をぶつけたようだ。これは痛い、と思う。失神したのか、男に起き上がる気配はない。だが心配してやる義理も余裕もなかった。すぐさま、ロクサーナは次の男の対処に当たる。
「てめぇ! よくも兄貴をやりやがったな!」
怒りを露わにした声と共に、もう一人の男からの拳が飛んできた。それを身を
勢いのまま数歩進んだ男が、慌てたようにバランスを崩しながらも振り返る。ロクサーナは男との間にある石塀に左手を掛け、塀に飛び上がった。そこで素早く抜いた
「お前ッ! ――な、」
三人目の男が向けてきた銃口を、ロクサーナはその目で捉えていた。が、その瞬間、視界は鮮やかな布で遮られる。頭上から色布が重なり合い、空気を
視界を舞う色彩豊かな布地。その隙間を縫ってロクサーナが
銃口から身をずらしながら突きを繰り出せば、短い呻き声と共に男の手から拳銃が落ちた。ロクサーナは
目を剥いた男が、動こうとして制止した。鋭い切っ先が、あと皮膚一枚の位置で止められていることに気付いたのだろう。
「そうよ、動かないで。あなたには聞きたいことがあるの」
「……あの小僧の行先は喋らねぇぜ」
減らず口を叩く男の目の奥には、まだ余裕が見える。いや、そう見せているだけで、こちらがどう出るのかの様子見か。そう惨いことはできないと思っているのだろう。
愚かだ。非常に。
「あなたは喋るわよ。だって私、今ひどく怒っているもの」
ロクサーナは男を見据え、口元だけで綺麗な笑みを浮かべてみせた。
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