第21話 行方を追って
「見えたわ!」
山裾を越えて目の前に広がった扇状地に、ロクサーナは一つ、安堵の溜息を吐いた。問題は片付いてはいないが、ひとまずは目的地に無事辿り着けたことに対する安堵だ。モニターにはフェリオンや、ファル・ハルゼの交易担当官、それに同行する護衛や商人たちと、彼らに引かれる荷を積まれた馬たちの姿が
ひと月と少し前。
ティアリーが人身売買組織に
ここに辿り着くまでは、そこそこの難所があった。その中の一つが、随分と幅広で深い川だ。人間は船で渡れば良かったが、ブリガンダインは川を歩いて渡らねばならなかった。膝上ほどまで水に浸かっての移動だ。当然のことながら、川底は整地されてなどいない。足元の地形を正確に把握することが難しい中、頼ったのは
今、高い位置から見渡す平野には石塀に囲まれた広大な白い町並みが、手前には都市を象徴するかのような石造りの巨大な門が見えている。ブリガンダインでも優に通り抜けられる高さだ。山側にある一際大きく高い建物は太守の宮殿だろうか。これもやはり白く輝いて見えている。石造りの壁が陽光を反射しているのだろう。しかしその建造物に、移民用宇宙船の面影は見られない。通常、新しい惑星で生き延びるための機能を備えた移民船は、都市の核となるものだ。とすれば、この地では石壁で完全に覆い隠しているのだろう。故郷のザルドでは、宮殿のあちこちに移民用宇宙船の名残が見られた。塔の一部が、石とは明らかに材質が違う、輝きが異質なものであったりしたのだ。
眺めてみれば、整然と区画整理された道と、何らかの植物を栽培していると思われる広大な畑が町の内外に広がっている。白い花が咲いているようだ。それがまるで絨毯のように連なっており、町を更に白く印象付けているように思えた。
町中を流れる幾つもの支流の源流は、扇状地を抱えている高い山々にあるのだろう。ファル・ハルゼは両側に山があり、なだらかな傾斜のある土地だが、今見えているのはそれよりも広く平らな扇状地である。
『あれがエトラ・プラートですか』
「そのようよ。マウリ氏族が治める地域の首都みたいね」
ヴァージルの呟きに、ロクサーナは町を眺めながら答えた。互いに、この土地に来るのは初めてだ。
「ティアは……ここにいるかしら」
たった六歳の幼い少女が置かれている状況を想像するたびに、焦りと不安が胸に渦巻く。それでも冷静に、とロクサーナは自身に言い聞かせ続けてきた。まだ敵の姿も不明瞭なのだ。
『マスター、出迎えが来たようです』
ヴァージルの言葉に、ロクサーナは自然と下がっていた視線を上げ、モニターを見た。ヴァージルの操作によって、門の下部が拡大されている。門から出てきた数人が、出迎えの者たちなのだと思われた。
こちら側の交易担当官パウエル・コールリッジが彼らと話し始める。それを
「ここで待っていて、ヴァージル。まずはここの太守に会ってくるわ」
『マスター。くれぐれもお気を付けを。ここはファル・ハルゼではありませんので』
「分かっているわ」
『女児のことが心配なのは理解しますが、どうか落ち着いて行動を。決して無茶はなさらないでください』
言葉を重ねたヴァージルに、ロクサーナはヘルメットを両手で外した。一旦、背凭れに背を預け、空間を仰ぐ。
ヴァージルは心配してくれているのだろう。確かに、無茶をした実績はある。それに、今の自分の気が
「分かってる。大丈夫よ、ヴァージル。私はちゃんと冷静だから」
ロクサーナは改めて気持ちを落ち着かせてから、自身にも言い聞かせるようにして言葉を紡いだ。
操縦席から立ち上がる。
「謁見が終わればすぐに戻るわ。
『イエス、マスター。どうか、ご武運を』
「ええ、」
『ミュィ~!』
返事をすると同時に、肩口で元気な声が挙がった。
「クロちゃんたらご機嫌だわ。ふふっ、お散歩が嬉しいのね?」
『……お気楽な
『ミュイッ』
呆れたようなヴァージルの声に答えるかのように、また
◇◇◇
人、人、人!
町に入り目にした想像を超える人波に、ロクサーナは圧倒されていた。
「なぁロクサーナ! これって、祭りの日に来ちまったんじゃないか!?」
フェリオンの驚きの声に「そうかも」と思うほど、通りを行き交う人が多い。それに伴い、とても賑やかだ。少し声を張らなければ、隣の者にも届かないのではないかと心配になる。
「ハハハ、いや、これがここでの日常ですよ。まずは案内してくれる宿に荷物を置きましょう。はぐれないように付いてきてください」
先を歩く交易担当官パウエル・コールリッジが、人の良さそうな顔で笑った。
長旅だったにも
そう思っているうちに、パウエルの姿は人の波に呑まれていく。先導する者の姿は既にロクサーナからは見えなくなっており、パウエルの護衛や商人たちも慣れているように後に続いていく。
「はー、すげぇ……」
辺りを見回しているフェリオンも、見知らぬ土地に圧倒されているようだ。
ティアリーのことはあれど、子供らしいその様子は微笑ましい。が、ロクサーナの胸には別の不安がすぐに首をもたげた。
「フェリオン!」
ロクサーナは慌ててフェリオンに声をかけ、左手を差し出した。
不思議そうな表情が返ってくるが、構わない。
「手。繋いでいて」
「なんでだよ」
「あなたまで見失いたくないの」
長旅で薄れてきていた、ティアリーが攫われたと思った時の衝撃と恐怖が蘇ってきたのだ。ティアリーの行方も分かっていないこの時に、フェリオンまで見失うなど、考えるだけで怖ろしい。
フェリオンは恥ずかしがって手を繋ぐのを嫌がるだろうと、ロクサーナは予想していた。それなら強引にでも手を掴んで引っ張っていこうと思っていたのだが、結果、そうする必要はなかった。
「これならいいだろ。……ちゃんと付いてくから」
上衣の裾が、フェリオンに掴まれている。
手を繋ぐのは恥ずかしいが、はぐれるのは危険だ、と判断したらしい。裾を掴んだのは、彼なりの妥協点のようだ。
「まぁ、いいわ。離さないでね」
本音を言えば、しっかりとこちらから手を握っておきたかった。だが無理強いは止しておいた方がいいのだろう。それでも一応の安心を得て、ロクサーナはフェリオンを促し、慣れない人混みを縫うようにしてパウエルの後を追った。
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