第11話 決定打は既に

『――そこまで!!』


 突如、威厳が感じられる男の声がチャックの脳天に響いた。ヨヨからではない、隊長のいる本営からの通信音声だ。反射的に、チャックは今にも攻撃しようとしていたアイアンオクスの挙動を止めた。

 見れば、ブリガンダインの動きも止まっている。


「はぁ~~」


 チャックは操縦桿から両手を離し、大きく溜息を吐いた。


 勝った。

 あのロクサーナに勝ったのだ。


 やり切った感覚が四肢に染み渡っていく。 

 戦いを止めた声は、太守アレクシスのものだった。あの英雄に勝利を宣言されたようなものだ。そのことに、胸に湧いた興奮が更に増した。


「ヨヨ! やりましたよ! 俺たちの勝ちです!」


 両拳を強く握って振り上げ、チャックは叫んだ。

 目の前のブリガンダインは直立姿勢へと戻り、太守や隊長、そして観客たちがいる崖上の方を向いている。


『チャック』


 ヨヨから通信が入った。

 いつも通りの落ち着いた声だ。が、そこには僅かになだめるような響きがあった。


『お前は、もうやられていたぞ』

「え?」


 チャックは何を言われているのか分からなかった。

 自分はまだ動けており、次の攻撃が止められていなければ、確実にブリガンダインの背に当てることができていた。それを認めたために、戦闘が止められたはずなのだ。


『ブリガンダインはお前を飛び越える際に、空中でお前の方へと向きを変えていた。そしてお前が旋回し終える前に、アイアンオクスの動力部を破壊したんだ』

「え、だって、俺は動けてますよ!? 破壊されたんなら――」

『忘れたのか、チャック。これは模擬戦だ。実際には破壊せずに、寸止めしてくれた。――そうだろう? お嬢さん』


 ヨヨが、ロクサーナに呼び掛けた。

 それに応えるようにして、ブリガンダインの左手が胸元に上がった。その手には、小剣ダガーが握られている。


 ロクサーナが通信を繋いでいることに気付き、チャックは操作パネルの上部にあるトグルスイッチ――個人同士ではなく騎士隊員で共有する周波数に合わせてある通信専用のスイッチ――を押し上げた。


『――ですね、ヨヨ』


 ロクサーナがヨヨに話しかける声が、途中から聞こえた。


『破壊してしまえば、修理が長引きます。それでは日常業務に支障が出るでしょう』

『ああ、その通りだ。さすがだな』

貴方あなたこそ。味方機を挟んだ状態で、あれほど正確にロールを投げ込まれるとは思いませんでした。素晴らしい投擲とうてき技術です』


 ロクサーナがヨヨを賞賛する声を聞きながら、チャックは思い出していた。確かに、機体に僅かな衝撃があったのだ。


「……あの時のが、それだったってのかよ……」


 あの時、地に降り立つとほぼ同時に、ブリガンダインはこのアイアンオクスの動力部に小剣ダガーを当てていたというのだ。その操作性のため、前進後退の単純な移動を除き、攻撃や防御を同時に行うことは、M.O.V.ムーブにとっては難しい。だがブリガンダインのソードでの防御を目の当たりにしていたため、ブリガンダインなら不可能も可能にするのだろうと思わせられた。


 自分は、負けたのだ。先輩騎士に冷静に指摘されたことで、それは認めざるを得ない。実戦なら、動力部を破壊されて動けなくなっていたということなのだ。


『ヨヨの言った通りだ、チャック』


 騎士隊長サンダーからの通信が入った。

 先程、制止の声が発せられたのは、『チャックのアイアンオクスが行動不能になったと看做みなされたことによるもの』だったとの確定の言葉である。


『有意義な模擬戦でした。ヨヨ、チャック。お二人とも、お相手していただき、ありがとうございました』


 馬鹿丁寧な、ロクサーナの言葉が気に障る。勝ったも同然なのだから、もっとはしゃいで喜べばいいのだ。……いや、それはそれで、腹が立つのかもしれない。


「は~~っ」


 今度は両手でヘルメット越しに頭を抱え、チャックは盛大に溜息を吐き出した。



◇◇◇



「ふぅ……、終わったわね」


 ヨヨとチャックとの通信を切ったロクサーナは、左肩に降りてきたC.L.A.U.-1クロウ・ワンの頭を撫でた。今まで背凭れの後ろで大人しくしていたC.L.A.U.-1だが、どうやら戦闘が終わったことを分かっているらしい。


『お見事でした、マスター』


 ヴァージルにそう言われ、ロクサーナは肩を竦めた。


「ヴァージルがいなかったら、投擲物に当たって倒れていたわよ。ヴァージルのお陰だわ」


 それはロクサーナの本心だった。このブリガンダインが相手からの攻撃を長剣ロングソードで受け止められるのは、ヴァージルが居てこそのものだ。このブリガンダインにも、登録している攻撃の型がある。攻撃に至る複雑な動きをあらかじめ計算し、設定しておかねばならないためだ。しかしヴァージルは相手の動きに合わせ、まさに一瞬でその計算をこなす。ブリガンダインが通常のM.O.V.ムーブでは有り得ない動きができるのは、そのためだ。司令塔であるロクサーナと自律AIのヴァージルが、移動と攻撃、防御を分担することで、ブリガンダインは唯一無二のM.O.V.ムーブとなる。


ソードを手放すのが遅れていたら、あのロールの重さにバランスを崩していただろうしね」


 二脚のM.O.V.ムーブは、そのバランスを取って倒れないようにすることが最も重要なことなのだ。あのヴァージルの素早い判断は、勉強になったと思う。


貴女あなたは、よく考えて動かれたと思います。模擬戦の主旨をお忘れにならず、ご立派でした』

「そ、そう?」


 ヴァージルから褒められれば、悪い気はしない。なんだか胸がこそばゆくて、頬が緩んでしまう。


「ふふ。ありがとう、ヴァージル」


 ロクサーナは少し照れながら礼を言った。


 暑苦しさに耐えかねてヘルメットを脱ぎ、汗で頬に張り付いた髪を払う。肩から膝へと下りてきたC.L.A.U.-1クロウ・ワンが、もぞもぞと向きを変え、胸元に落ち着いた。


『――ご苦労だった、これにて模擬戦は終了だ』


 騎士隊長サンダーから通信が入り、ロクサーナはそれに応えた。チャックとヨヨにも同じ声が聞こえているのだろう。

 サンダーの声の周囲から、観客たちと思われる声が微かに聞こえてくる。それは、結局どっちが勝ったんだ、と勝敗をねだる声のようだ。


『三機とも、すみやかに格納庫ハンガーへ帰還。三時間後に隊長室へ集合せよ』

 

 そう言って、サンダーからの通信が切れた。

 民衆の騒めきを聞いたことで、カフェでのことが思い出される。


「そういえば賭けをしている人たちもいるんだったわ。確かに、これじゃあどうにもならないわね」


 チャックのワーカーは行動不能ということにしたものの、まだヨヨが残っていたのだ。

 近付けば、麦稈ばっかんロールや木を投げつけてきていたカタパルトは使えないだろうが、杭を撃ったと思われるパイルバンカーと、更にはネイルガンの武装が見えていた。装甲壁に護られたブリガンダインには軽量の杭の効果は薄いが、結果的に長剣ロングソードを手放さざるを得なかった一撃を決めた相手である。関節部やセンサーなど弱点を狙い撃ちされると考えれば、軽視できる武器ではない。ネイルガンにしても厳密には投射武器だが、近接戦闘にも効果的だろう。


 あの時点で戦いを止めてくれた太守には、感謝している。おそらくは遠眼鏡で観ていたのだろう。お陰で、チャックの攻撃を背中で受けずに済んだ。


「さて、帰りましょ、ヴァージル。帰ってブリちゃんを綺麗にしてあげなくちゃ。ペイント弾の反射をちょっと浴びちゃったはずだもの」

『では、格納庫ハンガーまで休まれますか?』

「え、いいの?」


 正直に言って、疲れている。

 体もだが、精神的に疲れた自覚がある。思ったよりも気を張っていたようだ。

 胸元にC.L.A.U.-1クロウ・ワンの頭が擦り付けられる。小さく鳴きながらの可愛いおねだりには、どうしたってあらがえない。


「よしよし。じゃあ、お願いしちゃおうかな……。ありがとうヴァージル」

『どういたしまして、マスター』


 ここは素直に甘えることにし、ロクサーナはC.L.A.U.-1クロウ・ワンを抱き締めた。そのまま、背もたれに完全に体を預ける。

 ブリガンダインが、ゆっくりと移動を開始した。




 衝撃吸収に優れているブリガンダインのコックピットはそれでも揺れるが、ファル・ハルゼに辿り着くまでに散々過ごした場所だ。もはやロクサーナにとっては揺り籠といってよい。


「ふふ」


 自然と零した自身の笑みに、また笑みを誘われる。

 コックピットの周囲の大半を占めるモニターに映っているのは、ファル・ハルゼへの風景だ。緑豊かな土地で、都市は両側を高い山に囲まれた斜面のある窪地に当たる。


『快適ですか?』


 少し眠気が襲ってきた頭で、ロクサーナは可笑おかしむような声を聞いた。


「そうね、快適よ。それに……、ここにはヴァージルが居るでしょ」

『私が、居るから? ですか?』

「そうよ。だって、ここは宇宙一安全な場所だもの」


 胸元にいるC.L.A.U.-1クロウ・ワンを撫でれば、まるで同意するような小さな鳴き声が上がった。


「ふふ、クロちゃんもそう思う?」

『……ロクサーナ』

「ん。なぁに? ヴァージル」


 名を呼ばれたため返事をすれば、沈黙が返ってくる。ロクサーナは不思議に思いながらも続く言葉を催促せず、うとうととしながら外の景色を眺めた。

 

『光栄です』


 しばらくのち、ヴァージルの短く発した言葉が聞こえた。ロクサーナの好きなバリトンボイスは、眠気に誘われている脳にも心地良く響く。もっと喋ってくれてもいいのにと思うくらい、いつまでも聞いていたい声だ。そう言ったら、ヴァージルはどう返してくるのだろう。


「じゃ、着いたら起こして」

『イエス、マスター』


 格納庫ハンガーに帰れば、整備士長のクライドが待ち構えているはずだ。観に来たがっていたフェリオンも、他の整備士見習いたちと共にM.O.V.ムーブの修理に追われるに違いない。きっと夕食時には疲れたとぼやくフェリオンのために、今日の模擬戦の様子を話してあげようと思う。


 ロクサーナはC.L.A.U.-1クロウ・ワンに頬を寄せた。晴れやかな空と樹々が映るモニターが、ヴァージルの操作によって徐々に暗くなっていく。完全に寝かせてくれるつもりのようだ。そんなヴァージルに感謝しつつ、ロクサーナは目を閉じた。



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