第10話 ブリガンダインVSアイアンオクス

 模擬戦の発案から二か月。

 その間に、騎士団内だけの話だったM.O.V.ムーブの模擬戦は、ほとんどの市民の知るところとなっていた。それは、町中を歩いていれば嫌でも分かった。顔見知りでない者からも、声を掛けられるようになっていたのだ。人伝ひとづてにブリガンダインのパイロットとして知られていることに困惑しつつアリエットのカフェに行けば、「ロキシィ、巻き毛の坊やと決闘するんだって?」などと言われる始末である。


「アリー。決闘じゃなくて、模擬戦なのよ」

「同じようなもんでしょ。要は一戦交えるってことなんでしょう?」

「う、うーん」


 違うんだけれども。と思いながらも香り高いマリスム茶に癒されていれば、カフェの常連と思われる男たちに肩を叩かれもした。


「頑張ってくれよ、お嬢ちゃん! 俺たちゃあんたに賭けてんだから!」

「えっ? え、賭け事まで?」

「頼むぜぇ!」


 こんな会話を何度したことだろう。

 確かに、太守アレクシスの廷臣マルコットが当然のような口ぶりで言った「M.O.V.ムーブが動けば大地が揺れますからな」の通り、知られないまま密やかに行われることは不可能だったのかもしれない。


 マルコットのことを思い出していたロクサーナは、いやいや、と思い直した。

 ノリノリで模擬戦場がよく見える崖上に観客席を設置するなどのマルコットの行動を見る限り、彼が市民に噂を漏らしたことも考えられる。大事おおごとになりすぎよ……と堪らずぼやいた時、口ひげの両端がくるりと上がった自慢のカイゼル髭を指先で整えながら、マルコットは実に楽しげな笑みを浮かべたものだ。模擬戦を金儲けの好機と見たに違いない。


 市民は当然、M.O.V.ムーブの模擬戦に興味を示し、マルコットが提示した観客席のチケットを買い求めたそうだ。抜かりのない運営だと思う。勿論、望む全ての者に席が与えられるわけもないが、こういうイベント開催の運営に明るいマルコットのお陰か、ああしてご機嫌な市民たちが崖上に居るというわけなのだ。噂によれば、ファル・ハルゼの市民だけでなく、近隣の町や村の支配者階級の人々も招待されているらしい。


「ふぅ……」


 そして、模擬戦当日となり、まさにこれからその一戦が始まろうとしている。 

 ロクサーナはモニターに映る観客たちを眺め、小さな溜息を吐き出した。自身を落ち着かせるためのものだ。


「ヴァージル。いつもの長剣ロングソードじゃないけれど、問題ないわね?」

『イエス、マスター。問題ありません。この長剣ロングソードの長さと重さは既に把握しています』

「さすがね」


 今、ブリガンダインが手にしている長剣ロングソードは、クライドがこの二か月で作成した木製の剣だ。長さはいつもの剣に近い六メートルほどはある。


『――こちらサンダーだ。準備はいいか?』


 ようやく、騎士隊長サンダーから通信が入った。

 対するワーカー二機の姿は見えない。小高い岩山か木々の陰にでも身を隠していると思われる。彼らがワーカーをどんな武器に換装しているのかを、ロクサーナは知らされていない。駆け引きはもう始まっているのだ。


 被っているヘルメットのベルトに緩みがないか再度確認し、シートベルトの連結部分に異常がないことも再確認する。模擬戦とはいえ、気は抜けない。M.O.V.ムーブが地に倒されるだけで、パイロットには死の危険がある。


「いつでもいけます」


 ロクサーナは僅かな緊張感を笑みに逃がしながら、操縦桿を握った。




 開始の合図が聞こえた。

 だが、ロクサーナはすぐには動けなかった。相手に動きがなかったからだ。視界には変わらずワーカーの姿はない。


「ヴァージル、二人の位置が分かる?」

『残念ながら。こちらからは、障害物に隠れているワーカーを見つけることができません』


 ブリガンダインの全高は約十メートル、対してワーカーは約七メートルだ。向こうからは、障害物の上に顔を出しているブリガンダインがよく見えているかもしれない。もしそうなら、理屈の上ではこちらから向こうを見つけることも可能なはずだ。ワーカーの視界は、コックピットからの肉眼視がメインのはずなのだ。


「相手が木々の間からこちらを見ているとして、それを洗い出せない? 肉眼だと見つけるのは困難だわ」

『確かに、風景に溶け込む異物を発見するのは人間の脳では処理が難しいと考えられます。対して、AIなら適切なソフトウェアがあれば発見は容易です』

「……で、そのソフトウェアは?」

『問題がないようでしたら、帰還後、開発を開始します。その際の地形データは現在の風景でよろしいでしょうか?』

「つまり、今はどうしようもないのね?」

『イエス。それとも、今から処理を分けて開発を開始しますか?』

却下ネガティブ。相手の出方を窺いましょう」


 無いものをねだっても仕方が無い。

 むしろ、その必要性に駆られたことが既にこの模擬戦の収穫といえる。

 ロクサーナはそう気持ちを切り替え、モニターに映る周囲に視線を巡らせた。


警告ワーニング! 投擲とうてき物が来ます!』


 ヴァージルの警告に、ロクサーナは操縦桿を握る手に力を込めた。モニター越しに目視した物は、大きな丸いロールケーキ状の物体。速度も質量も跳弾シールドの対象外だ。


 驚いたが、ヴァージルによる軌道予測と緊急回避行動のお陰で、なんとか当たらずに済んだ。それが後ろに落ちてから、収穫後の小麦畑で見掛けたことのある麦稈ばっかんロールだったと思い当たる。予想外の物に、驚きがまだ胸に残っている。


『次弾、来ます!』

「あんなのに当たったら倒されちゃうわよ!」


 麦稈ばっかんロールの重さは幾らだか知らないが、きっと百キロは優に超えているだろう。大きさは、一番長い部分で百五十センチほどはある。放物線を描いて飛んでくる麦稈ロールを投げ込んできているのは、ワーカーの内の一機だと思われた。二つ同時には飛んできていないからだ。


何処どこから投げ込んできているのかを割り出しました。攻撃を仕掛けるのは可能ですが、を待ちますか?』


 ヴァージルの提案は、一理ある。

 ここは小麦畑とは離れている場所だ。チャックたちはわざわざ麦稈ばっかんロールを自分たちの陣地にあらかじめ運んでいたのだろう。重い物体の運搬はワーカーの得意とする行為だが、持ち込んだ麦稈ロールがそれほど多いとは考えにくい。本来の使い道があるからこそ、小麦を収穫した後の麦わらを麦稈ロールとしているのだ。それをこの模擬戦で消費しきるわけがない。


 一番の狙いは、意表を突く攻撃でこちらの動揺を誘うことなのかも知れない。それは事実成功している。しかし、ロクサーナは動揺しない相棒がいるお陰で、容易に相手の策に乗せられることはなかった。


「そうね、その方がいいかも」


 相手はおそらく、投擲物に苛立った自分たちが前へ出てくるのを待っているのだ。こちらの行動としては弾切れを待って前へ出て、まずは一機を行動不能にする。その後、もう一機を叩く――そう結論を出したところで、木の柱が撃ち込まれてきた。


「今度は何!?」


 ロクサーナは、叫びながらも回避行動を取った。長さ三メートルほどの太い木が、宙をぶれながら飛んでくる。結果、それはこちらに至る前の地面に落ちた。


『あれは飛翔体としては不安定ですね。命中精度が低い反面、こちらの軌道予測の精度も低くなります』

「弾切れを待つ戦術は放棄します!」

『イエス、マスター』


 ロクサーナは、ヴァージルが予測した敵の位置へとブリガンダインを向かわせることにした。周囲にある木を投げられては、弾切れなどなかなか起こり得ないからだ。


『次弾、接近! 今度は杭です』


 飛んできたのは、槍のように真っ直ぐ飛ぶ杭だった。枝葉を落とされ、長さも一メートルほどに切られている。その工夫のお陰で、狙いは正確だ。


 反面、ヴァージルの軌道予測も正確に提示される。が、この木の杭はこれまでの攻撃で一番速かった。回避までの猶予時間は短い。そして、軌道予測をしているのはこちらだけではないようだった。


 撃ち込まれる杭が、ブリガンダインが過ぎた後の地面に当たっていく。ヴァージルによる外部カメラ映像によれば、その杭は地面に突き立ってはいない。本当の槍のように片端が削られてはいないようだ。しかし、あの質量と速度を持つ物体が機体に当たれば、特に移動している状態では転倒させられかねない。


「できる! ……ここまでとは思わなかったわ」


 ブリガンダインの動きはワーカーに比べて速い。二機を相手に油断はしていなかったが、正直なところ、相手を掻き回すのはこちらだと思っていた。しかし、今は明らかにこちらが走らされている。


 相手の思惑に嵌まる形にはなるが、このままではいつか当たってしまう。それならば、近接戦闘に持ち込んだ方が勝機がある。このブリガンダインは本来、そういう戦闘スタイルを得意とする機体なのだ。


 ヴァージルにより割り出されたワーカーの位置は、障害物となっている木々や岩山の向こうだ。その位置から、ロクサーナはもう一機の位置を予測する。地形による空間的制約から、突進していくブリガンダインの横から攻撃してくる手は使えないだろう。ならば、きっと相手は立ち塞がる位置にいて、遠距離機体を護っているはずだ。そう判断すると、ロクサーナは迷うことなくブリガンダインを前進させた。


 

◇◇◇



 チャック・リーパーはワーカーのコックピット内で操縦桿を握り締めながら、同じ言葉を繰り返していた。


「ロックを外して移動、ロックを外して移動、ロックを外して移動……」


 そうしながら、極限にまで高まっている緊張に、唾を呑み込む。この戦いは、太守アレクシスも観戦しているのだ。詳しいことは知らないが、惑星全土を巻き込んだ戦争になるのを止めた英雄なのだと聞いている。そんな英雄に、自分の戦いぶりを観てもらえるまたとない機会なのだ。


 チャックのワーカーは近接戦闘仕様に換装されている。普段は農耕作業に従事しているため胴部の後ろ腰には巨大くわが装備されているが、戦闘時には動きを制限することになるため、今は外した状態だ。右腕にはクレーンショベルアーム、左腕には通常は土砂運搬用として使うコンテナを盾モードに切り替えて装備している。


 後方に居るヨヨが、多目的アームの一つパイルバンカーアームで木の杭を岩山の向こうへ発射し始めてそう時を置かず――ひと際大きく地面が揺れた。これまでもブリガンダインが移動する地響きは感じていたが、これは明らかにM.O.V.ムーブが大きく行動を開始したことの知らせだ。ヨヨの狙い通り、ブリガンダインを誘い出すことに成功したのだ。


「よし、来い!」


 近接戦闘には自信がある。

 このクレーンショベルアームは、ブリガンダインの主武器と思われる長剣ロングソードよりも間合いが広い。その質量も引けを取らないだろう。当てることができれば、それだけであの巨体を倒すことができる。そう、チャックは期待していた。


 ブリガンダインが岩山の左側から回り込み、こちらに向かってきているのがよく見える。

 

『チャック! 来るぞ! 気を付けろ!』

「了解です!」


 ヨヨからの通信に答え、チャックは干上がった喉に唾を押し込んだ。もう一度、イメージトレーニングを繰り返す。機動性で劣るのは分かっているのだ。だから、チャックが警戒していたのは相手に振り切られることだった。自分が抜かれ、ヨヨに辿り着かれれば、こちらのだ。


 その時、チャックは偶然にもブリガンダインの左肩の機関銃マシンガンに目が行った。反射的に、左腕に装着しているコンテナ盾を構える。と同時に機関銃が発射され、視界が一瞬鮮やかな黄色に染まった。ブリガンダインから発射されたペイント弾を、ワーカーの跳弾シールドが弾き返したのだ。全てのワーカーに跳弾シールドが装備されているわけではない。M.O.V.ムーブ隊の盾たる、このアイアンオクスだからこその防御機構だ。相手の遠距離武器を封じ、得意な接近戦に持ち込む、それがアイアンオクスの戦い方なのだ。


 チャックは間合いに踏み込んできたブリガンダインに対し、攻撃に出た。長いクレーンショベルアームを振るう。その勢いで機体が持っていかれないようロックを掛けているため、ワーカーは地を踏みしめたままだ。


 渾身の横凪ぎの一撃が、ブリガンダインの胴体部分に向かった。強化ガラスのコックピットを持つワーカーとは違い、ブリガンダインのコックピットは完全に外装に隠されている。幾つものリベット留めが為されたような鋼の鎧に護られているのだ。


 M.O.V.ムーブの攻撃や防御は、あらかじめ登録している一定の動きに制限される。両手それぞれで握る操縦桿と足元にあるフットブレーキ、それに加え個々に設定したボタンがあれど、人間がその肉体で格闘戦をするような動きは不可能だ。故に、相手の攻撃を防ぐためには大きなシールドを持つしかない。しかし、ブリガンダインは盾を装備してはいない。


 近接攻撃を仕掛けるのは上手くとも、防御は弱点なのではないか――チャックがそう思った時、目を疑う光景を目の当たりにした。ブリガンダインの長剣ロングソードが、的確にチャックのクレーンショベルアームの攻撃を受けたのだ。しかも回避行動を取りながら、おそらくはぶつけられた力をうまくいなすようにしている。


「なんだよその動き!?」


 ダリウィンの言った『規格外』という言葉が、頭をぎった。それでも、チャックにも意地がある。


「ロックを外して移動だ!」

 

 すぐに、操縦桿横のバーを掴んで引き上げ、機体保持のロックを外す。それから、ブリガンダインがチャックの左手側から背後に回ろうとする動きを許さず、その前に回り込んだ。予想外だったのか、ブリガンダインが剣を構えたまま急停止する。それをブリガンダインの動きに合わせ、チャックは繰り返した。作戦通りの、膠着こうちゃく状態だ。


『よし、いいぞチャック!』


 ヨヨの声が聞こえた直後、チャックの後方にいるワーカーから、再び麦稈ばっかんロールがブリガンダインへと投げ込まれた。正確な投擲とうてきは、山なりを描きブリガンダインの頭上へと落とされる。命中すると思った時、ブリガンダインの長剣ロングソードが防ぐように上げられた。頭部への直撃を防いでも、受けた打撃は消せない。しかしバランスを崩すはずのブリガンダインは、長剣を手放すことでそれをのがれた。


「武器を落としたぞ!」


 転倒回避の行動には驚いたが、これは思わぬチャンスだ。チャックは攻撃を仕掛けようと操作したが、果たす前にブリガンダインの機体が下がり、間合いを開けられる。


「ちっ!」


 舌打ちをしつつも、チャックは冷静だった。自分を抜かせさえしなければ、こちらのだ。向こうが長剣ロングソードを落とした今は、間合いの優位さは更に大きくなった。そしてブリガンダインは、次の投擲弾を防ぐのは難しい。


 動きを一旦止めたブリガンダインを、チャックは操縦桿を握り直しながら見詰めた。ブリガンダインの両膝が、僅かに曲げられる。それを不思議に思った次の瞬間、ブリガンダインの巨体が空中に跳んだ。


「なにっ!?」


 チャックは思わず叫んでいた。遅れて、ブリガンダインにはジャンプ機構が付いていると聞いていたことを思い出す。その時は、太守のM.O.V.ムーブクァンタム・リープと同じなのか、と羨ましく思っただけで、目の前で実行される今の今まで想像できていなかった。

 

 ブリガンダインの姿はすぐに、アイアンオクスを越えて見えなくなる。

 まずい、と思いながら、チャックは旋回行動を開始した。ロクサーナは、先に後方のヨヨを倒そうというのだろう。ヨヨは麦稈ばっかんロールを投擲するためにカタパルトを使用しており、一時的に動けなくなっている。今、接近戦を仕掛けられてはまずい状態だ。


 いつも早いとは思っていなかったが、M.O.V.ムーブの旋回が気が遠くなるほど遅く感じる。上半身と下半身を同時に同じ方向に動かしているのだが、変わる景色は緩やかだ。ブリガンダインの着地の衝撃を感じても、アイアンオクスは未だ九十度の回転しかできていなかった。


「くっそ!」


 ガツンと何かが当たった音と衝撃が伝わった。体が揺らぐ程ではなかったので、旋回に岩山か木が巻き込まれて接触したのだろう。

 チャックは、この程度で倒れる心配はしなかった。ワーカーは特に安定性に優れているからだ。


 ワーカーには三本目の脚ともいえる姿勢制御棒ステイブルアームがある。皆は『尻尾テイル』と呼んでいるそれが、バランスを崩しそうになった時に自動で動き、安定するように重心を移行させるのだ。


 なんとか百八十度の回転を終えたチャックが見た光景は、今まさにヨヨのワーカーへと向かうブリガンダインの後ろ姿だった。


「もらった!!」


 湧き上がった興奮と共に即座に機体にロックを掛け、クレーンショベルアームを振るわんとする。無防備なブリガンダインの背中に直撃するであろうショベルアームの軌跡が、チャックにははっきりと見えた。


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