第6話 優雅なティータイム
午後の陽射しを受けているカフェの窓の向こうには、行き交う人々や向かいの店先が見えている。それらを何とはなく眺めながら、ロクサーナはカウンターテーブルの端でティータイムを満喫していた。
ここは各種商店が並ぶ区画の中にあるカフェだ。ファル・ハルゼの中心部に位置する、かつての移民用宇宙船からなる宮殿にほど近い場所にある。
「んー、いい香り」
鼻腔を優しく撫でてくるマリスム茶は、香り高さでは群を抜いている。ほんのりとした甘さの中に、スパイシーさが混じっているのだ。惑星テクトリウス地産の茶葉から抽出したものらしく、透き通った紅色をしている。味わいは
惑星テクトリウスの、特にこの首都ファル・ハルゼ周辺には緑が多い。植物が多く自生しており、近くの森には原生動物もいるようだ。しかし温暖で暮らしやすい惑星であるにも関わらず、未だ他惑星に比べて人口が少ないと聞く。それはこの惑星テクトリウスが、自分の知らない大きな問題を抱えていることを示唆しているのかもしれない。しかし今は、この穏やかなひと時を享受したいと思う。
「
カウンターの上で、
「ふふ、可愛い子」
追加の木の実をC.L.A.U.-1の口元へ置いてくれたのは、このカフェのマスター、アリエットだった。母親ほどの年と思われるアリエットは、最初こそC.L.A.U.-1を気持ち悪がったものの、今では楽しそうに木の実を分けてくれる。キモ可愛い、のだそうだ。
「ここの生活には慣れたかい? ロキシィ」
「ええ。おかげさまで」
ロクサーナは笑みと共にアリエットに答えた。
この惑星は、故郷よりも時間が長い。故郷の惑星ザルドは、その
テクトリウス地産のマリスム茶の栽培も忘れてはならない。基本的な食に関しては、各段に惑星テクトリウスの方が上なのだ。故郷の皆にも食べさせてやりたい物が、ここには多く存在している。食の好みが似ている兄も、話せばきっと来たがることだろう。生きていてくれればだが――。
再び気持ちが沈み込みかけた時、手元に色鮮やかな菓子の乗った白い小皿が置かれた。
「これはサービスだよ」
置かれたのは、赤い色が鮮やかなベリーのタルトだ。やや焦げ目の付いた掌サイズのタルト生地にカスタードクリーム、その上に所狭しと乗っているベリーは、この近くで採れる野生の野苺だろう。あまりの見事な出来栄えの菓子に、一気に気持ちが浮き立った。
「わあ! ありがとうございますアリー! とっても
「上出来だから、あんたに食べて欲しくてね」
アリエットが嬉しそうに笑った。
ここに来て初めて彼女の作ったタルトを食べた時は、感動して震えたことを思い出す。アリエットの作る菓子は、ロクサーナの大のお気に入りなのだ。
「クロちゃんも好きなのよね? このベリー」
拝むようにして眺め倒してから、ロクサーナはまずは一粒、指先に取る。瑞々しさを感じる、弾力のある球体の集まりだ。それを
「ふふっ、慌てないでもあげるから」
ベリーをC.L.A.U.-1の口元に寄せてやり、ロクサーナは喜んで小さな鳴き声を上げている様を楽しむ。本当に、この芋虫みたいな体の中で、どんな処理が為されているのだろう。エネルギーに変換された後の残りかすは、ちゃんと
そうだ! とロクサーナは思い付いた。
「クロちゃん、ヴァージルに繋いでくれる?」
そうお願いすれば、
『――どうかしましたか、マスター』
すぐにヴァージルの声が、
「見てみて! アリーにタルトをもらったの」
白い皿に乗せられたベリーのタルトを
「あら、だめよクロちゃん、私にも食べさせて」
そう言いつつも、ロクサーナは再びベリーを摘まみ、C.L.A.U.-1に食べさせてやった。喜んでいる様を見ているだけで癒される。
『色が鮮やかですね。新鮮な果実なのでしょう』
「そうなの! とっても綺麗でしょ? だからヴァージルにも見せたくて――」
そこまで言い、ロクサーナは
『どうしました?』
こちらの様子を、ヴァージルは
「んー、食べられないのに見せて悪かったかなと思って。ごめんね」
謝れば、ヴァージルの
『お気遣いなく。そもそも私にそういう欲求はありませんので。ですが、こうして様々なものを観ることは私にとっては有益なことですよ』
「そう?」
『イエス、マスター。
「えっ」
予想していなかった返答に、ロクサーナは途惑った。どこでこんな言葉を覚えてしまうのだろう? なんでもないことのように口にされ、こちらだけが妙に気恥ずかしい。
その時、カフェの入口扉に付けられた鐘が軽い音を立てた。
「いらっしゃい」
「よぅ」
入ってきた二人が、ロクサーナから椅子一つ隔てたカウンター席に腰かけた。二人を見て、ロクサーナは軽く会釈を向ける。奥に座ったダリウィン・スレイターは、昨日、盗賊団を押さえる時に同行していた大柄な男だ。彼はこのファル・ハルゼ騎士隊員であり、消防を担う『水亀隊』隊長でもある。加えて、町で起こる犯罪に対してメインで動く刑事の役割も持っている。
手前のユーイン・カーライルはダリウィンに比べれば線の細い優男で、言葉遣いも貴族出身らしく丁寧な人物だ。ダリウィンと同様、騎士隊員であり、若年ながら警備隊長をも務めている実力者である。羨ましくなるほどの滑らかそうな髪が、ユーインの肩口に掛かっている。外の暖かな陽射しが含まれている気さえする、明るい髪色だ。
比較的接する機会の多いこの二人を、ロクサーナは兄のように頼りにしている。
「レディ・ロクサーナ。ここで
そう言って穏やかに笑むユーインに、ロクサーナは彼の髪に見惚れながら笑みを返した。店内のあちこちから熱い視線を感じるのは、気のせいではないのだろう。ちらと見れば、そわそわしている女子たちが居る。
アリエットが言うには、たまにここに来る彼を見たいがために、店に通ってくる女子たちがいるという。彼女たちにとっては『王子様』なのだそうだが、彼女たちの中には、ちゃんと結婚の約束をした恋人がいたりするそうだ。好きな人と『王子様』は別物なのだろうか? ロクサーナにはまだ理解し難い区別だった。
「お二人ご一緒だなんて珍しいですね」
「ええ。今日は彼ら水亀隊と、私の警備隊との定例会議がありましてね。その後、ダリウィンがお腹が
ユーインの緑葉のような瞳から注がれる視線が、手元のタルトに向けられる。それに気付き、ロクサーナは笑顔で「
「お嬢さんは今日は休暇か?」
「ええ、隊長が休暇をくださったので、有難く」
「それがいい。昨日はお嬢さんのお陰でこっちの被害ゼロで奴らを押さえられたからな。俺は暴れ足りなかったが」
大きな口の片方の口角を上げ、ダリウィンが満足そうに笑った。
「おぅおぅ、コイツもご褒美タイムか。ちゃんと尻尾が戻ってるじゃないか」
ダリウィンが指したのは、
「昨日はこっちに付けていましたから」
ロクサーナは腰の剣帯に下げている
この
黒光りする黒い
「レディの腕前は確かですよ。よく鍛錬されています。まだ伸びしろもありますしね」
「ありがとうございます、ユーイン。またお時間のある時に、稽古をつけていただけると嬉しいのですけれど」
「ええ、勿論。
ユーインの
ロクサーナがタルトを食べ終わった頃。
軽食を注文した彼らの元に、実に
「おい、お嬢さん、何なら一口
「え! あ、いえ、大丈夫です!」
「私は、お茶をもう一杯――」
いただきます、と言い切る前に、ロクサーナはふと意識を窓の外へ向けていた。ユーインとダリウィンの向こうにある窓の外だ。昼下がりの往来は、そこそこの人出がある。その向こうの青果店で品物を選んでいる恰幅の良い男性客がおり、その背後に一人の痩せ気味の少年が立っている。二人が家族ではないことは服装の質の違いから予測できた。明らかに男性客の方は裕福そうだ。それに比べ少年の方は貧しいのだろう。僅かに辺りを見回すような動きをした少年の衣服の胸元に、小さな可愛らしい青い花が見えている。それが粗野に見える少年が身に付けるものにしては不自然さを覚えた。
いくら住み良い町といっても、貧富の差はどうしても生まれてくるものなのだろう。目に留まったのは、少年の挙動に僅かな不審を感じたからだった。すぐにその少年が男性客から離れていく。
「すみません。用事を思い出しましたので、お先に失礼しますね」
ロクサーナは言うや否や、すぐさま席を立った。必要に足るであろう貨幣をカウンターに置き、
暖かな陽射しの中、行き交う人々の間に目当ての少年の後ろ姿を見つける。ポケットに両手を突っ込んだ格好で、緊張しているのか、両肩が僅かに上がっている。その後を、ロクサーナは静かに追った。
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