第4話 ブリガンダイン=ヴァージル

 ロクサーナは、紫紺のM.O.V.ムーブ『ブリガンダイン』の手から肩へ乗り移ると、ブリガンダインの頭部が後ろにスライドするのを待ってから、胸部のコックピットへと乗り込んだ。


 もし、盗賊のボスがこの姿を見ていたならば、コックピットに二人乗りすることに違和感を覚えただろう。しかし、真実は二人乗りではなかった。ロクサーナの降り立ったコックピットにはロクサーナ以外の人間は居ない。つまり、ブリガンダインはパイロットなしで動いていたのだ。


「ありがとう、ヴァージル」


 ロクサーナが操縦席に座りながら、『相棒』に話しかけた。


『どういたしまして。マスター』


 姿無き声がそれに答えた。

 通信器を通したような音声ではあるが、流暢な喋り方だ。大人の男性が発しているような声は、少し硬質だが深みを感じるバリトンボイスで、ロクサーナの耳に心地良く響く。ヴァージルは、M.O.V.ムーブとしては希有な自律AIなのだ。


「状況を報告して」

C.L.A.U.-1シー・エル・エー・ユー・ワンからの報告では、入口扉はあと十地球テラ分ほどで突破できる見込みです。誤差は八十パーセント確度で、二地球テラ分。扉を押さえていても、扉そのものを破られれば意味はなくなりますので』

「水亀隊は消防士でもあるから、アックスの使い方はさすがに上手うまいわね。で、クロちゃんは無事?」

『イエス、マスター。C.L.A.U.-1シー・エル・エー・ユー・ワンは既に目標に到達しています』

「よし。なら、後は投降させるだけね」


 ロクサーナはシートベルトを装着し、ヘルメットを被り、両手それぞれに操縦桿を握った。コックピット内は、操縦桿のある下部を中心に、ボタン及び操作パネル、計器などが設置されており、周囲の大半がモニターになっている。通常は、そこに各部のカメラから統合された外部風景が映されるので、狭さは感じない。むしろ慣れない者は、自分が剥き出しになっている気分にさせられ、不安になりがちだ。


『ところで、マスター。血のにおいがしますが、どこか負傷されましたか?』


 そう言われ、ロクサーナは自分の半身を見下ろした。


「ううん、怪我はしなかったはずよ。もしかして返り血かしら……」


 思い返しながら答えると、一呼吸のち、ヴァージルの声が返ってくる。


『マスター・ロクサーナ。私には臭覚センサーは付いていません。冗談ジョークです』


 冗談というわりにはいつまでも冷静な声に、ロクサーナは眉を寄せた。


「ヴァージル。それ、ちっとも面白くないわ」

『そうですか。見え透いた嘘は冗談になり得ると判断していたのですが、なかなか難しいものですね』

「そうよ、いつも私を子供扱いするけれど、そういうところはヴァージルの方がまだまだね」

『データが足りないだけです。十分なデータさえあれば、すぐに適応できますので。それまで優位をお楽しみください』

「まっ。可愛くないんだから。クロちゃんとは大違い」

C.L.A.U.-1シー・エル・エー・ユー・ワンは愛玩用の機械メカです。私とは高等性が違います』


 軽口を叩きながらも、ロクサーナはブリガンダインを操作し、谷から上がり、建物正面へと移動していた。


『マスター。屋上に質量兵器を確認。稼働準備中のようです』


 モニター上で、屋上の一点が小さな円で区切られる。それが脇の大きな円で拡大表示された。


大型弩砲バリスタね」


 利用できる資源の限られている辺境惑星では、資源の採取場所は、そこの稼働状況が悪化すれば即経済に波及するほど、重要な拠点だ。それゆえ、この採掘場もかつては要塞化しており、六基の大型弩砲バリスタが設置されていたと聞いている。しかし、そういう装置もまた貴重なため、鉱山の閉鎖と共に大型弩砲バリスタも回収されていそうなものだ。ということは、今残っているのは故障していたため放棄されていた一基を修理して使えるようにした物、なのかもしれない。


「勿論、脅威にはならないわよね?」


 ロクサーナが問えば、ヴァージルから答えが返る。


『イエス、マスター。しかし装甲は貫通しないにしても、傷が付く可能性は高いでしょう』

「うーん、それは嫌だわ。跳弾シールドは……飛翔体の速度不足ね」

『イエス。しかし、速度を合わせられたとしても、弾き飛ばすには質量が大きすぎます』

「だったら、破壊しましょう。周りの人はできるだけ傷付けないように。できる?」

『イエス、マスター』


 明確なヴァージルの答えを聞き、ロクサーナは次の行動を決めた。


「よし。攻撃許可。手段は長剣ロングソード

了解ラジャー


 ブリガンダインの右腰から脚部にかけて装着されていた、長さ六メートルに渡る長剣が逆手で抜かれた。すぐさまそれは、器用に半回転されて、順手に持ち直される。ブリガンダインで駆け出すと、大地を揺るがす振動で察したのか、建物へ進入しようとしていた仲間たちが退避してくれた。屋上にいる、大型弩砲バリスタの準備をしていた連中も慌てているようだが、彼らにブリガンダインを止めるすべはない。


実行エクスキュート


 屋上より高いブリガンダインの巨体から、鋼鉄の剣が振り落ろされた。爆発するかのように大型弩砲バリスタが木っ端微塵になる。周りにいた連中は早々に放棄して逃げ出していたため、被害はなかったようだ。ただし、あまりにも大きな破壊力を目の当たりにし、腰を抜かしている者は少なからずいるようだった。


「さすがに、もう戦う気は失せたようね」


 怪我人が出ていないことに安堵し、ロクサーナは深く息を吐いた。直後、足元の入口の両開きの扉が、内側から吹き飛ぶように開いた。中から飛び出してきたのは、大きな人影だ。それはロクサーナからは見えにくい位置にいるが、すぐにヴァージルによって拡大映像が中央に浮かぶ。


 大人を一回り大きくしたサイズのそれは、機械の鎧をまとった人間だった。


A.S.H.E.アッシュ!?」


 A.S.H.E.アッシュシリーズ。特殊環境での活動に適応したスーツの総称だ。最も知られているタイプの一つが宇宙服である。装甲及び兵器を追加したバージョンも存在し、こうして戦闘用として利用されているのだ。


 ロクサーナの前に現れたA.S.H.E.アッシュは、元採鉱用に適応されたタイプだった。この盗賊団が廃鉱を譲り受けた際に、このA.S.H.E.アッシュも入手し、拠点防衛用に強化を施していたのだろう。装備の換装が比較的容易なのがA.S.H.E.アッシュの売りであり、普及している理由でもある。


警告ワーニング! 火炎放射器フレイムスロワーを確認』


 ヴァージルの報告に、ロクサーナは迷わなかった。


「威嚇射撃!」

了解ラジャー


 そのやり取りの間に、ロクサーナはブリガンダインを操作し、足元を狙いやすいよう下がってスペースを作る。モニター上に、射撃に使われる武器と目標位置が上書き表示された。


「発射!」

実行エクスキュート


 息のあった呼び掛けに続き、ブリガンダインの左肩に備わった機関銃マシンガンが火を噴いた。A.S.H.E.アッシュの足元に銃弾を叩き込む。

 凍り付いたように動きを止めたA.S.H.E.アッシュに対し、ロクサーナは攻撃を止めさせた。

 

「スピーカー」

『回線、開きました』


 ヴァージルの言葉を待ってから、ロクサーナはスピーカーでA.S.H.E.アッシュに対して呼び掛ける。


「無駄な抵抗は止めなさい! 次は当てるわよ」


 火炎放射器フレイムスロワーを向けていたA.S.H.E.アッシュの男は、自分がいかに危険な行為をしていたかを理解したのだろう。ゆるゆるとA.S.H.E.アッシュの両手が上がった。片方には火炎放射器、片方にはドリルが装着されている。緊張してレバーを握り締めてしまったのか、A.S.H.E.アッシュの持つ大型ドリル――勿論、M.O.V.ムーブ 基準になると小型だ――が、乾いた音を立てて空転した。


 こうして、武闘派を謳っていた盗賊団『アルスの群』は、実質一機のM.O.V.ムーブによってあっさりと壊滅させられたのだった。



◇◇◇



 暗い坑道の中、『アルスの群』のボス――クトゥブはカートを押し、急いでいた。手下たちには逃げる時間を稼いでもらっている。勿論、自発的にではない。しかし、裏切りだとは思われはしないだろう。何故なぜなら、証拠のほとんどをクトゥブが運び去っているからだ。無論、陪審員が手下たちを無罪にするとは思っていないが、きっと全ての罪をクトゥブになすり付けようとするはずだ。その主張は、「手下を見捨てて、自分だけ麻薬を持って逃げた」なら説得力が増す。つまりクトゥブなりの、手下たちのための逃走でもあった。


 それに、大口の取引のためにと所持している麻薬を掻き集めたことが、不幸中の幸いとなっている。資産の大半が手元にあるのだ。組織は壊滅させられたが、これだけのグロイデン麻薬があれば、他所よそで幾らでもやり直しがきくだろう。


 最初から、大量の麻薬を抱えていると知られれば、相手に奪い取られかねない。それをどこかに隠した後、少しずつ売りさばき、また力を蓄えなければならない。面倒ではあるが、捕まってしまうよりずっとだ。そして、身一つで逃げ切ることに比べても、ずっとだと思えた。


 追っ手はすぐに掛かるだろうが、追い付かれるとはクトゥブは思っていなかった。拠点から坑道へと抜ける道も隠し通路にしていたのだ。それを見つけられても、複雑に入り組んだ坑道をどう進めばいいのかは分からないはずなのだ。念のため、幾つか罠を仕掛けてもきている。もはや、完全に逃げ切ったと言ってもよい状況だ。


 とはいえ、現在進行形で荷物を押し続けなくてはならないのは確かで、当然身も心も安まらない。坑道を抜けた先に用意してある、脱出用の船に乗るまでは、休むのはお預けだ。


 船は、元々補助用の運搬手段として使われていた運河を通る。狭いため、大量の資材を運ぶのには不向きで、かつての坑道からの産出物は正面の鉄道を使って運び出されていた。その鉄道は、遙か昔に線路を含めて解体されている。小さな運河がまだ生きていることを知っているのは極少数で、手下を含めてほとんどの者が知らないだろう。


 その数少ない一人である従兄の息子を先に、クトゥブは船の準備をさせるために送り出していた。そのまま待っておくように伝えていたが、今になって、準備ができたら手伝いに戻るよう指示すべきだったと後悔している。


 今も体力には自信があったクトゥブだったが、年を取って知らない間に低下しているのを実感させられているのだ。坑道の空気が良くないこともあり、どうしても息が切れる。


 ようやく、行く手に出口の光が見えると、クトゥブは安堵の息を大きく吐いた。手助けを呼ぼうとしたが、息が切れて、大きな声が出せない。息を整えつつ、ペースを落として運び続け、ようやくへばっているのがバレないほど回復したなと思った時には、もう出口は近くだった。


 出口から見える外は日は沈んでいたが、従甥いとこおいの持つカンテラが周囲をぼんやりと照らしている。そこで照らし出されている従甥の表情が弱々しいことに、クトゥブは気付いた。きっと心細かったのだろうと推測し、薄笑いを浮かべてクトゥブはカートを坑道から押し出した。


 その時、従甥いとこおいの視線の先にクトゥブは違和感を覚えた。頻繁に訪れる場所ではなかったが、そこに柱など立っていなかったはずだった。向きを変えて正面から見上げ、クトゥブは自分の認識が間違っていたことに気付いた。それは柱ではなく、巨大なソードだったのだ。


 M.O.V.ムーブが近接戦闘用に振るう剣。人の背丈の倍以上あるその剣には、当然それを支えるM.O.V.ムーブ がいた。拠点を襲撃していた紫紺のM.O.V.ムーブだ。


「バカな! 何故、先回りを……」


 すぐに思い浮かんだのは裏切りの可能性だ。しかし、この場所を詳しく知るのはクトゥブ以外には、従甥しかいなかった。そして、従甥に口を割らせるには、この場に来なくてはいけない。明白な矛盾に従甥への疑いは晴れるが、クトゥブの混乱は大きくなった。


『私たちを出し抜いたつもりだったのでしょうけれど、残念だったわね』


 紫紺のM.O.V.ムーブからスピーカーを通して降ってきた声は、紛れもなく、貴族の振りをして――実際に別の惑星の貴族だった――M.O.V.ムーブ乗りの若い女、ロクサーナの声だった。


『クロちゃん、もういいわ。出てらっしゃい』


 ロクサーナの呼びかけに、クトゥブの視界の端でカートの中の袋が反応した。もぞもぞと動き出したのだ。気持ち悪い事態にクトゥブが後ずさると、グロイデン麻薬の詰まった袋の間から何かが頭を出した。幼児の頭くらいの大きさのそれは、芋虫の頭のようだ。虫の巨大さに一瞬ぎょっとしたが、目の輝きからそれがロボットだと分かる。淡い灰色の体は機械的ではなく、表面は柔らかそうな素材で覆われているようだ。


『ミュ~ゥ!』


 その芋虫が、何やら楽しげに鳴いた。


『ほら、その子があなたの居場所をずっと教えてくれていたのよ。あなたたちの目を盗んで、取り付いてくれていたの。鉱山の中はどう通ればいいのか分からないけれど、行く先に検討がつけば、先回りするのは簡単だわ』


 ロクサーナの声を聞きながら、クトゥブは深い溜め息を吐いた。M.O.V.ムーブに敵わないのはすぐに理解したが、ならば頭で上回れば良いと考えていたのだ。だが、その頭の勝負でも、クトゥブはロクサーナに対して白旗を上げざるを得なかった。


「おじさん……」


 後ろから、従甥が泣き出しそうな声を出した。

 クトゥブは振り返らずに告げる。


「すまねえな、ここまでだ」


 クトゥブは腰の後ろから拳銃ピストルを抜き、それを大地に投げ捨てた。投降の意志を示すべく、両手を上げる。


 諦めると、重い肩の荷が下りた気がした。妙に新鮮な気持ちになったクトゥブは、眼前にそびえる巨大な剣を改めて見上げる。カンテラの灯りに照らされているそれは、巨体と共に夕闇を背負い、なんとも雄大な光景だ。


「いや、やっぱり……こりゃぁ柱だな」


 さすがにファル・ハルゼの守護神と呼ばれるだけはある――そう、クトゥブは呟いたのだった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る