第4話 ブリガンダイン=ヴァージル
ロクサーナは、紫紺の
もし、盗賊の
「ありがとう、ヴァージル」
ロクサーナが操縦席に座りながら、『相棒』に話しかけた。
『どういたしまして。マスター』
姿無き声がそれに答えた。
通信器を通したような音声ではあるが、流暢な喋り方だ。大人の男性が発しているような声は、少し硬質だが深みを感じるバリトンボイスで、ロクサーナの耳に心地良く響く。ヴァージルは、
「状況を報告して」
『
「水亀隊は消防士でもあるから、
『イエス、マスター。
「よし。なら、後は投降させるだけね」
ロクサーナはシートベルトを装着し、ヘルメットを被り、両手それぞれに操縦桿を握った。コックピット内は、操縦桿のある下部を中心に、ボタン及び操作パネル、計器などが設置されており、周囲の大半がモニターになっている。通常は、そこに各部のカメラから統合された外部風景が映されるので、狭さは感じない。むしろ慣れない者は、自分が剥き出しになっている気分にさせられ、不安になりがちだ。
『ところで、マスター。血の
そう言われ、ロクサーナは自分の半身を見下ろした。
「ううん、怪我はしなかった
思い返しながら答えると、一呼吸のち、ヴァージルの声が返ってくる。
『マスター・ロクサーナ。私には臭覚センサーは付いていません。
冗談というわりにはいつまでも冷静な声に、ロクサーナは眉を寄せた。
「ヴァージル。それ、ちっとも面白くないわ」
『そうですか。見え透いた嘘は冗談になり得ると判断していたのですが、なかなか難しいものですね』
「そうよ、いつも私を子供扱いするけれど、そういうところはヴァージルの方がまだまだね」
『データが足りないだけです。十分なデータさえあれば、すぐに適応できますので。それまで優位をお楽しみください』
「まっ。可愛くないんだから。クロちゃんとは大違い」
『
軽口を叩きながらも、ロクサーナはブリガンダインを操作し、谷から上がり、建物正面へと移動していた。
『マスター。屋上に質量兵器を確認。稼働準備中のようです』
モニター上で、屋上の一点が小さな円で区切られる。それが脇の大きな円で拡大表示された。
「
利用できる資源の限られている辺境惑星では、資源の採取場所は、そこの稼働状況が悪化すれば即経済に波及するほど、重要な拠点だ。それ
「勿論、脅威にはならないわよね?」
ロクサーナが問えば、ヴァージルから答えが返る。
『イエス、マスター。しかし装甲は貫通しないにしても、傷が付く可能性は高いでしょう』
「うーん、それは嫌だわ。跳弾シールドは……飛翔体の速度不足ね」
『イエス。しかし、速度を合わせられたとしても、弾き飛ばすには質量が大きすぎます』
「だったら、破壊しましょう。周りの人はできるだけ傷付けないように。できる?」
『イエス、マスター』
明確なヴァージルの答えを聞き、ロクサーナは次の行動を決めた。
「よし。攻撃許可。手段は
『
ブリガンダインの右腰から脚部にかけて装着されていた、長さ六メートルに渡る長剣が逆手で抜かれた。すぐさまそれは、器用に半回転されて、順手に持ち直される。ブリガンダインで駆け出すと、大地を揺るがす振動で察したのか、建物へ進入しようとしていた仲間たちが退避してくれた。屋上にいる、
『
屋上より高いブリガンダインの巨体から、鋼鉄の剣が振り落ろされた。爆発するかのように
「さすがに、もう戦う気は失せたようね」
怪我人が出ていないことに安堵し、ロクサーナは深く息を吐いた。直後、足元の入口の両開きの扉が、内側から吹き飛ぶように開いた。中から飛び出してきたのは、大きな人影だ。それはロクサーナからは見えにくい位置にいるが、すぐにヴァージルによって拡大映像が中央に浮かぶ。
大人を一回り大きくしたサイズのそれは、機械の鎧をまとった人間だった。
「
ロクサーナの前に現れた
『
ヴァージルの報告に、ロクサーナは迷わなかった。
「威嚇射撃!」
『
そのやり取りの間に、ロクサーナはブリガンダインを操作し、足元を狙いやすいよう下がってスペースを作る。モニター上に、射撃に使われる武器と目標位置が上書き表示された。
「発射!」
『
息のあった呼び掛けに続き、ブリガンダインの左肩に備わった
凍り付いたように動きを止めた
「スピーカー」
『回線、開きました』
ヴァージルの言葉を待ってから、ロクサーナはスピーカーで
「無駄な抵抗は止めなさい! 次は当てるわよ」
こうして、武闘派を謳っていた盗賊団『アルスの群』は、実質一機の
◇◇◇
暗い坑道の中、『アルスの群』の
それに、大口の取引のためにと所持している麻薬を掻き集めたことが、不幸中の幸いとなっている。資産の大半が手元にあるのだ。組織は壊滅させられたが、これだけのグロイデン麻薬があれば、
最初から、大量の麻薬を抱えていると知られれば、相手に奪い取られかねない。それをどこかに隠した後、少しずつ売り
追っ手はすぐに掛かるだろうが、追い付かれるとはクトゥブは思っていなかった。拠点から坑道へと抜ける道も隠し通路にしていたのだ。それを見つけられても、複雑に入り組んだ坑道をどう進めばいいのかは分からない
とはいえ、現在進行形で荷物を押し続けなくてはならないのは確かで、当然身も心も安まらない。坑道を抜けた先に用意してある、脱出用の船に乗るまでは、休むのはお預けだ。
船は、元々補助用の運搬手段として使われていた運河を通る。狭いため、大量の資材を運ぶのには不向きで、かつての坑道からの産出物は正面の鉄道を使って運び出されていた。その鉄道は、遙か昔に線路を含めて解体されている。小さな運河がまだ生きていることを知っているのは極少数で、手下を含めて
その数少ない一人である従兄の息子を先に、クトゥブは船の準備をさせるために送り出していた。そのまま待っておくように伝えていたが、今になって、準備ができたら手伝いに戻るよう指示すべきだったと後悔している。
今も体力には自信があったクトゥブだったが、年を取って知らない間に低下しているのを実感させられているのだ。坑道の空気が良くないこともあり、どうしても息が切れる。
ようやく、行く手に出口の光が見えると、クトゥブは安堵の息を大きく吐いた。手助けを呼ぼうとしたが、息が切れて、大きな声が出せない。息を整えつつ、ペースを落として運び続け、ようやくへばっているのがバレないほど回復したなと思った時には、もう出口は近くだった。
出口から見える外は日は沈んでいたが、
その時、
「バカな! 何故、先回りを……」
すぐに思い浮かんだのは裏切りの可能性だ。しかし、この場所を詳しく知るのはクトゥブ以外には、従甥しかいなかった。そして、従甥に口を割らせるには、この場に来なくてはいけない。明白な矛盾に従甥への疑いは晴れるが、クトゥブの混乱は大きくなった。
『私たちを出し抜いたつもりだったのでしょうけれど、残念だったわね』
紫紺の
『クロちゃん、もういいわ。出てらっしゃい』
ロクサーナの呼びかけに、クトゥブの視界の端でカートの中の袋が反応した。もぞもぞと動き出したのだ。気持ち悪い事態にクトゥブが後ずさると、グロイデン麻薬の詰まった袋の間から何かが頭を出した。幼児の頭くらいの大きさのそれは、芋虫の頭のようだ。虫の巨大さに一瞬ぎょっとしたが、目の輝きからそれがロボットだと分かる。淡い灰色の体は機械的ではなく、表面は柔らかそうな素材で覆われているようだ。
『ミュ~ゥ!』
その芋虫が、何やら楽しげに鳴いた。
『ほら、その子があなたの居場所をずっと教えてくれていたのよ。あなたたちの目を盗んで、取り付いてくれていたの。鉱山の中はどう通ればいいのか分からないけれど、行く先に検討がつけば、先回りするのは簡単だわ』
ロクサーナの声を聞きながら、クトゥブは深い溜め息を吐いた。
「おじさん……」
後ろから、従甥が泣き出しそうな声を出した。
クトゥブは振り返らずに告げる。
「すまねえな、ここまでだ」
クトゥブは腰の後ろから
諦めると、重い肩の荷が下りた気がした。妙に新鮮な気持ちになったクトゥブは、眼前に
「いや、やっぱり……こりゃぁ柱だな」
さすがにファル・ハルゼの守護神と呼ばれるだけはある――そう、クトゥブは呟いたのだった。
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