第3話 レイピア少女とM.O.V.

 その時、入口の扉が開いた。

 外にいた見張りが飛び込んで来る。


「た、大変です! ボス!」


 ライフル銃を抱えた手下は、それ以上、言葉を続けられなかった。扉の近くまで下がっていた若い女――ロクサーナに足を引っかけられ、転ばされたからだ。

 手下のライフル銃が奪われ、マガジンと装填されていた一発が弾き飛ばされる。ご丁寧に銃口に小瓶をガッチリとくわえさせられ、ライフル銃は呆気なくその用をさなくなった。


 転ばされた手下が見上げながら、ロクサーナの手際に呆気に取られている。だが、呆然として状況についていけていないのは、部屋にいる他の男たちも同じのようだった。クトゥブ自身もそうだ。

 

 ロクサーナがライフル銃を床に転がすと、長槍ロングスピアを持った手下がまた外から入ってきた。


「敵襲――」


 この手下も言い掛けていた言葉を呑み込んでしまう。部屋の中の空気がどうにもおかしなものだからだろう。クトゥブは警告を発しようとしたが、遅かった。ロクサーナの籠手ガントレットをした手が伸び、手下のスピアが奪われる。その柄で払われ、その手下も転ばされた。スピアも部屋の隅へと転がされてしまう。奪った武器を、そのまま使うつもりはないようだ。


「何をやっている!」


 ここでようやく、クトゥブは手下を叱咤すべく声を張った。

 ボスの怒号に、ロクサーナに気を呑まれていた手下たちの顔が再び引き締まる。が、彼らが行動を起こす前に、ロクサーナの一喝が飛んだ。


「諦めなさい! M.O.V.ムーブ相手に敵うと思っているの!?」


 横目で見た手下たちが、一様にたじろいだ。


 M.O.V.ムーブは人が乗って操縦する巨大機械メカだ。刀剣での戦闘が基本の辺境惑星の基準では、ドラゴン相手と呼べるほどの桁違いの戦力差がある。そこに少数の銃器を足したところで、くつがえりはしない。ロクサーナの「抵抗しても無駄」という言葉が誇張でないのは、誰しもが知っている。


「何がM.O.V.ムーブ乗りだ! はがねの巨人に乗っていなけりゃ、ただの小娘だぜ」


 クトゥブは冷静に考えるよう努めた。こういう時こそ、頭を冷やさなくてはならない。それくらいの余裕は、まだクトゥブにはあった。


 クトゥブがした指摘に、手下たちの弱気は吹き飛んだようだ。本来、言われなくてもよく考えれば自明の理なのだが、そこでひるんでしまうほど、M.O.V.ムーブという存在感、威圧感は大きい。


「抵抗するなら……手加減はできないわよ」


 臆していないかのように言い放ったロクサーナに、手下たちは逆に余裕が出てきた様子を見せた。見張りに立っていた男たちを転がせた実力から、ロクサーナが腕に覚えがあるのは分かっている。しかし、自分たちには十倍以上の数の強みがある。対して、ロクサーナは丸腰だ。そしてどう見ても、若い女なのだ。


 手下たちは、ある者は持っていた棍棒クラブを構え直し、ある者は腰に帯びていたソード短剣ショートソード小剣ダガーを抜いた。


 それを眺め見るようにして、微かに、ロクサーナの意識的と思われる呼吸音が、淀んだ空気を震わせた。


「我が手に来たれ!」


 ロクサーナが明朗に命じ、その右手を横に伸ばした。クトゥブはその予想外の行動に驚き、彼女の手を伸ばした先を見る。そこは、ロクサーナから取り上げた細剣レイピアを横たえた部屋の隅だ。そして、その取り上げたはず細剣レイピアが、鞘を跳ね飛ばしながら、宙を飛んでロクサーナの元へ至るのを目撃する。


「こいつ、魔女か!?」


 度肝を抜かれたように、手下の一人が悲鳴のような声を上げた。他の者も戦意を失うほど動揺しているのを感じる。それを叱り飛ばすのは、やはり彼らのボスたるクトゥブだった。


「宇宙時代に魔法などあるか! ネオ・テクに決まっているだろ!」


 先鋭技術ネオ・テクノロジー。高い科学水準を維持できている地球テラやその近隣惑星――通称、内陣 サンクチュアリ――では実現可能なテクノロジーであっても、辺境惑星ではそうではない。こうした、辺境惑星では魔法として同一視されるほどギャップのあるテクノロジーは、隔絶した技術として認識されているのだ。


 魔法であろうと先鋭技術ネオ・テクノロジーであろうと、理解不能な脅威であることには変わりない。しかし、自分たちが何度も言葉として口にしたことのあるネオ・テクならば、対する恐怖心は少なくて済む。単純な手下たちが戦意を取り戻したことを皮切りに、クトゥブはロクサーナに対して突進を命じた。



 ロクサーナの動きには迷いが見られなかった。手下たちの攻撃が当たるのを待たずに踏み込み、先頭の一人の胸を突きにかかる。手下は武器を持っていない腕で払い上げようとし、少し逸らされた細剣レイピアの切っ先は、男の腕の付け根あたりに刺さったようだ。それはロクサーナにより、すぐに引き抜かれる。手下の傷は浅かったようだが、痛みと、刺されたというショックは当然発生している。刺された手下は呻きながらよろめき、膝をついた。後続の手下たちは、よろめいた男につまづき、押し合い、倒れそうになって止まる。


 だが、止められたのは一部だけだ。他の方向から迫った手下が、ロクサーナへと短剣ショートソードを振り上げた。


 手下に向けられた細剣レイピアの角度は変わらなかった。手下が突進してくる線上に刃の切っ先を残したまま、ロクサーナが体を捻ってかわす。驚くべき反射神経だ。片足を後ろから横に引き身を捻る無駄のない躱し方は、そう来るだろうと予測されていた動きにすら見えた。手下の片足が払われ、大柄な体が床に沈む。その下腿に、細剣レイピアの切っ先が勢いよく沈んだ。


 手下の下腿から引き抜いた細剣レイピアで、別角度から振り上げられた短剣ショートソードより早く、ロクサーナが踏みこんでいる。腕を切り払われ傷つけられた手下は短剣を取り落としはしなかったものの、その狙いは逸れ、ロクサーナはかすりもせずにその攻撃も回避した。


 手下たちはロクサーナに迫ろうとするが、傷つけられ、翻弄され、なかなか近付けていない。

 歯痒い思いをしながら見ていたクトゥブは、開かれたままの扉の向こうの異変に気付いた。夕闇の中に、複数の者がこちらに迫ってきている。見張りの者が警告した敵襲だろう。


 クトゥブは、扉の近くにいた手下に扉を封鎖するよう指示を出した。そして、腰の後ろに差していた拳銃ピストルを抜く。勿論、狙う先はロクサーナだ。若い女ゆえ、後でたっぷりと仕置きしてやることも考えていたが、じゃじゃ馬には鉛玉の一発や二発は必要だろう。


「チョロチョロと! これで仕留めてやる!」


 クトゥブの動きに気付いたのか、手下たちがその前から慌てて退いた。開けた視界に、若い女の姿がよく見える。ロクサーナもこちらの動向に気付いたのだろう、近くに迫っていた手下の腕を捻り上げると、それを盾にするかのように、クトゥブとの間に入れた。思ったよりも甘えた思考の持ち主ではないようだ。


 体の向きをこちらに変えられた若い手下と目が合う。


「ひっ! 止めてください!」


 クトゥブの行動を理解したらしい手下が、声を裏返して訴えた。手下がそんな訴えをする通り、クトゥブは捕まったドジな手下を気にする性格ではなかった。


 躊躇ちゅうちょせず引き金を引けば、銃口が火を噴いた。破裂音と共に弾丸がロクサーナへと向かって飛んでいく。


 瞬間、ロクサーナの辺りが突然光った。驚いた直後、ロクサーナから向かって左の壁で大きな音がした。壁に掛けていた木の札――一端いっぱしの盗賊団を気取って『アルスの群』という名と狼を模した印を彫った、いわゆる看板だ――が、跳ねたのだ。勿論、何の作用もなくそれが動くはずはない。


 クトゥブは銃を構えたまま、再びロクサーナに視線を移した。彼女の左の籠手ガントレットの甲に填められている水晶が光を放っている。


跳弾ちょうだんシールドか!」


 元は、宇宙船が高速で衝突しうる小物体デブリの悪影響から逃れるために開発された技術だ。高速の飛翔体のベクトルを曲げる技術は、当然戦闘にも転用されている。


 どうやら、ロクサーナの左の籠手ガントレットからその跳弾シールドが発生したようだった。跳ね返った弾丸が、盗賊団のシンボルを直撃したのだ。


「だが、携帯用なら連続では逸らせないはずだぜ」


 クトゥブは、今回も冷静に分析した。驚きから覚めると、次弾の狙いを定める。ロクサーナも当然、自身の防護壁の弱点を知っているのだろう、捕まえていた手下を前へ突き飛ばし、射線を切ってきた。再び射線が開いた時には、ロクサーナはその場にはいなかった。生じた隙を利用し、左横の階段を駆け上がっている。


ボス! もう持ちません!」


 出入り口を封鎖していた者たちから、助けを求める声が上がった。扉が外から押し破られようとしている。あっちもこっちも面倒が重なるものだ。クトゥブは更に二名を扉の方へ配置し、残りに上へと追うように指示した。


「上へ追いつめたぞ。捕まえて人質にしろ!」


 恐れていた相手がむしろ打開策になるという解法を示してやれば、手下たちは声を上げ、上へと突進した。が、すぐに先頭の一人が転がり落とされ、彼らの勢いが止まる。


「頭を下げろ!」


 クトゥブは言い放つや否や、手下たちがちゃんと反応したのを確かめもせず、銃を放った。威嚇射撃だが、用は果たした。ロクサーナの姿が、階段の上から部屋の奥へと消える。これで、あの若い女は袋のネズミだ。


 二階は主に寝床として利用している部屋が二つある。一つはクトゥブ用のベッドのある部屋、もう一方はベッドはなく、雑魚寝である。布団として利用している毛布や布切れが散乱しており、格闘戦を繰り広げるには適していない。


 クトゥブも手下と共に二階へ上がり、ロクサーナが入った部屋に踏み入った。手下たちが雑魚寝する部屋の方だ。気丈に細剣レイピアの剣先をこちらに向けながらも、ロクサーナは激しい立ち回りをする素振りを見せず、部屋の端へと退いていく。背後には、小柄な女なら容易く通り抜けられる窓が開いている。だが、それは逃走用には全く不向きだ。


「はっ、よりによって、こっちを選ぶとはな。お前さんも運が悪かったぜ」


 部屋いっぱいにつ多重に広がった手下たちの中央に、クトゥブは立った。

 拳銃ピストルで女の後方の窓を示してやり、続ける。


「そこから先は崖になっていてな。七八メートルほどの落差がある。飛び降りて逃げるつもりかも知れないが、打ち所が悪けりゃ死ぬぜ」


 ロクサーナは顔の向きを変え、横目で窓を見たようだ。覗き込まなかったので、本当に崖になっているかは見えないはずだが、そこまでするとかなりの隙を作ることを分かっているのだろう。ここまでの行動を考えると、この女はそこそこ女だ。殺すのが惜しいくらいに。


「ああ、そうだった。谷底は別にきれいに整地にされているわけじゃなかった。岩だらけだから、打ち所が悪くなるのは確定だ。つまり、死ぬぞ」


 クトゥブの発言に、手下たちがゲラゲラと笑う。そんな男たちに呆れたように、ロクサーナが肩をすくめた。次いで、細剣レイピアが手離される。足元に散らばっている薄い布の上に落とされた細剣レイピアは、布越しでも重厚な音を立てて横たわった。


 とうとう抵抗を諦めたのだと、クトゥブは女の行動に満足した。しかしそれは束の間だった。ロクサーナが身をひるがえし、後方の窓から飛び降りたのだ。


「ちっ!」


 クトゥブは舌打ちし、窓へと駆け寄った。捕まるくらいなら自ら死を選ぶ潔さに感心する一方で、人質に取れなかった苛立ちもあった。


 今になって、女をあさりに行ったと思っていた大柄な男の狙いが分かった。女たちの部屋に閉じこもることで、既に捕らえていた女たちを人質に使えなくしたのだ。つまり、この拠点にはもはや、人の防壁は存在しない。自分たちは、練られた敵の作戦にまんまと嵌められたのだ。


 クトゥブの中で様々な考えが入り混じった感情は、次の瞬間たちまち驚きで吹き飛んだ。窓から外を覗き込む前に、ロクサーナが向こうから顔を出したのだ。笑顔で手を振っている。


 同じように驚き「ひっ!」と上がった悲鳴は、手下の誰かが発したものだ。死んだ直後の霊だと思ったのだろう。クトゥブにも、ちらりとその考えが浮かんだ。だがロクサーナの姿がはっきりし過ぎていることと、向こう側に見えた紫色の壁のようなものに、結論を保留する。


 更に近付き、窓から僅かに顔を出して見えた光景に、クトゥブはようやくそれが何なのかを理解した。


M.O.V.ムーブ! ほかにもM.O.V.ムーブ乗りが居やがったのか!」


 ロクサーナは濃い紫色の人型M.O.V.ムーブ の掌の上に乗っていた。このM.O.V.ムーブの大きさは十メートル以上だろう。谷底に立っているはずだが、胸から上は谷から出ている。


「よりによって紫紺しこんM.O.V.ムーブ……『ファル・ハルゼの守護神』か?」


 クトゥブは手下たちに聞かれぬよう呟いた。詳しい経緯こそ知らなかったが、ひと月ほど前に都市ファル・ハルゼの危機を救った新参のM.O.V.ムーブ とそのパイロットがいることは聞いていたからだ。その特徴は、紫紺の塗装。感情を排した人の顔を模し、ヘルムを被ったような頭部だ。


ボスゥ! む、M.O.V.ムーブですぜぇ!」


 部屋中の手下たちは一斉に狼狽うろたえ出していた。士気が落ちないよう、クトゥブは『ファル・ハルゼの守護神』について告げなかったが、それでも手下たちの士気はズタズタに崩れている。


狼狽うろたえるんじゃねえ! まだこっちには地の利がある!」


 クトゥブが一喝すると、ひとまず手下たちの混乱は停止した。冷静に考えさせる暇を与えず、クトゥブは矢継ぎ早に指示を出す。


「ドリアン、お前はA.S.H.E.アッシュを出せ! 他の奴は上へ行って大型弩砲バリスタの準備をしろ。守りきれば勝てる!」


 手下たちの顔から不安は完全に消えなかったが、叱責で働かせていた日常のお陰で、条件反射で彼らが動き出す。それが止まらないよう睨みつけながら、クトゥブは逆に撤退について考えを巡らせ始めていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る