第1話 廃坑への導き

「さあ、中にお入りください」


 セバスターは杖に重心を傾け、自身の曲がった背を僅かに反らせながら、案内してきた客二人に木製の扉を示した。この石造りの二階建ての建物は、かつて労働者たちの詰め所として機能していたものだ。その役目として相応ふさわしく、ぽっかりと口を開けた坑道のすぐ脇に建てられている。


 案内人セバスターの姿を見て、仲間の男が両開き扉の片側を開けてくれた。扉を挟んで逆側にも、もう一人、男が立っている。扉を開けた者は長槍ロングスピア、もう一人はライフル銃を構えており、この建物の守衛を任されている者たちだ。


 惑星テクトリウスでは銃の流通はあまりない。入植からおよそ三百年しか経っておらず、まともに銃器を生産できる工場は稼働していないためだ。他に優先すべき産業があるからである。ゆえに、銃器は入植時に持ち込んだ物か、密輸品、あるいは正規の警備組織からの横流し品としてしか入手できない。それを備えているだけで、ここがいわく付きの場所であることを示していた。


「では」


 先に中に入って行ったのは、二人の客のうちの一人で、少し垂れ気味の目をした大柄な男だった。ちらと見た目の奥には不敵な光が宿っているように見えたが、に来るような男だ。それなりに場数を踏んできているのだろう。フードつきの上着であまり顔は見えないようにしているが、こういう場所を訪れる者にとっては、珍しいことではない。


 男に続くのは、小柄な女だ。こちらは更にフードを深く被り、口元も衣で覆っているため、今はほとんど顔が見えない。しかし、体を覆い隠すようなマント越しでも分かる線の細さと所作から、女性であることは端から見ても明白だった。


 二人が建物の中に入り、セバスターもそれに続く。背後で、表の男たちによって再び厚い扉が閉じられる音が聞こえた。




 夕暮れ時なので、屋内は薄暗い。


 中は広間ホールになっている。かつての玄関と居間と食堂をまとめた広い空間に、十名近くの男たちが待っていた。中央奥にある六人掛けのテーブルの向こうに、口髭をたくわえた男が一人座っている。セバスターも属する、この集団のボスだ。


 テーブルに置かれた唯一の光源であるランタンが、広間をぼんやりと照らしている。見渡せば、他の者は緩やかに広がった位置で立っていた。いずれも強面こわもてで、中には棍棒クラブなどの武器を手にしている者もいる。


 ここは今、自分たちの根城となっている。

 公営だった鉱山が閉鎖されると、回収業者がこの山の権利を買い取った。しばらくの間は採算が低くなっても小規模に採鉱を継続していたのだが、最終的には、施設の設備を解体し、素材として売りさばいたのだ。その後、権利だけを有して放置していたところを、ボス。確かにボスが言うように、首都ファル・ハルゼから近すぎず遠すぎないこの場所は、麻薬の集積地として再利用するには適しているのだろう。


 すぐに客人へと、近くに立っていた者が歩み寄ってきた。武器を渡すようにうながせば、大柄な男は背負っていたアックスを、女は剣帯で腰に下げていた細剣レイピアを素直に差し出してくる。それら武器は別の者の手を介し、部屋の隅の床に横たえられた。


 続いて、男が顔で両手を胸の高さに上げ、女の身体検査を始めようとする。が、フードの女が掌を相手に向け、それを拒否した。その手には、黒い指無しフィンガーレス・籠手ガントレットめられている。


 男が困ったようにボスの方に振り返れば、未だ座ったままのボスが、「構わない」と言うように頷いた。その指示を受け、にやけた男が残念そうに手を下ろす。セバスターは胸を撫で下ろした。折角連れてきた客に失礼が起こらなかったことは幸いだ。ボスとしても、取引前に余計な小競り合いは避けたい考えなのだろう。


 代わりに、と客の二人が持ってきた荷物を預けようと申し出てきた。相手を信用するという意思表示のつもりなのかもしれない。それに明確な応えがないうちに、二人が武器の置かれた隅に歩き出し、しかし武器に届かない位置で、背負っていた荷物を下ろした。大柄の男は、片方の肩に担いでいた袋。女は両肩紐で背負っていたバッグだ。


 そこで女がしゃがみ込んだ。置いたばかりの袋の口を開け、中から何かを取り出したのだ。それを見守っていたセバスターは、まさかと警戒して女を見つめた。周囲の気配から、男の何人かも、同様に警戒を強めたようだ。


 そんな空気の中、女がしゃがんだまま振り返った。害意が無いことを示すように、取り出した物を掲げる。それは掌に乗せても空間が余るほどの小瓶だった。中に何が入っているのかは分からないが、少なくとも武器ではなさそうだ。


 高まっていた緊張が緩和したことを感じながら、セバスターは女が立ち上がるさまをなんとはなく見ていた。その時、袋を覗き込んだ女の目元が微笑ほほえんだ気がしたが、再び振り返った女にそのような表情を見ることはできなかった。女の足元の袋は、口を締め直されず、開かれたままになっている。これまで何度か接してきた、丁寧な所作の女にはそぐわぬ違和感を覚えた。が、それを深く考え始める前に、客の男が大きな身振りと共に口を開いた。


「こういう時は、自己紹介から始めた方がいいのか?」


 大柄な男が発した声は、その体に似つかわしく野太い。


「いや、必要ない」


 応じたのは、ボスだった。


「あんたたちも、俺たちも、互いに素性を知られたくはない。だろう? だったら、紹介なんざ嘘っぱちだ。分かりきった嘘ほどつまらねえ物はねえよな」


 ボスの言い分は、セバスターにも納得のいくものだった。こういう裏稼業では、互いの名前ほどいい加減なものはないのだ。この名前だって、幾代目かのものである。


「そうね。お互い信用できるのはお金だけ。GEMジェムでいいのかしら?」


 そこで女が口を聞いた。

 媚びを感じない高めの声だ。凛とした、それでいて柔らかさを感じさせる若い娘の声には、ボスに対する怯えは皆無に感じられる。それが自信によるものなのか、無知によるものなのかは、セバスターには判断できなかった。


 銀河電子貨幣Galactic Electronic Money。日常的に使われる通貨は、植民惑星独自のものだ。それとは違い、惑星間交易で使用されるために基準とされる貨幣が、GEMジェムなのだ。


「へっ。そんな形のないものじゃ通用しないぜ。金貨か銀貨でないとな」


 ボスの言葉に、大柄な男が腰に下げた小袋を叩いた。貨幣が重なり合う小気味良い音が鳴る。袋の膨れ具合から、中にはかなり詰まっていそうだ。


 ボスが、満足げに頷いた。



 

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