第18話 制約

 王城はすぐに蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

「ドラゴンだ! ドラゴンが襲撃してきたぞ!?」

 それは半ば悲鳴のような叫びだった。

 すぐにあちこちで篝火が焚かれ、続々と大勢のモブ騎士の人たちがそこら中から湧いて出てきた。

「ドラゴンはどこだ!?」

「あそこです! あそこにドラゴンが!」

 王城の一部が崩れ落ちているのが見えた。

 その部分からドラゴンがゆっくりと鎌首をもたげて姿を現した。

 凶悪な双眸が眼下にいる騎士たちを鋭く睨みつけていた。

 ……おいおい。あれはさすがにちょっとデカくないか?

 遠目に見ても分かるくらいの大きさだ。カメレオンもどきと比べればもはや〝怪獣〟だろう。

 モブ騎士たちはドラゴンを見ながら叫ぶように言葉を交わしていた。

「あ、あの大きさ――中型級のドラゴンだぞ!?」

「くそ、なんでこんなところにいきなり中型級のドラゴンが出てくるんだ!? フェアリーはいま、ほとんど出払っているというのに……!?」

「い、いかがいたしましょう!?」

「仕方あるまい、すぐにミルカ様とシーレ様をお呼びするのだ! それまでは我々だけでやるしかない! 弓を持ってこい!」

 号令が飛ぶと、すぐに大きな弓を持った人たちがやってきた。

 ……は? ゆ、弓矢でドラゴンと戦うの?

 あの空飛ぶ戦車みたいなやつと?

 オイオイオイ。

 死んだわ、あいつら。

 モブ騎士たちが一斉に弓矢を放った。

 鳩に豆鉄砲くらいなら多少の効果はあるかもしれない。でも、ドラゴンに弓矢はさすがにまったくの無意味だろう。

 だが、いちおう矢はドラゴンに届いたらしい。かんかんと、硬い鱗に矢が当たるような音が響いた。

「グアアアアッ!」

 すると、ドラゴンが咆哮した。

 大口を開けると、矢のお返しとばかりに火の玉を発射した。

 火の玉は彼らのすぐ近くに着弾して爆発した。

 倍返しどころではない。爪楊枝で突っついたら、お返しに爆弾を投げられたようなものだ。

「た、退避だッ! 退避ぃーッ!」

 彼らは慌てたように逃げ出した。

 まさに蜘蛛の子散らすような感じだった。

 ……いや、そらそうなるだろ。火を見るよりも明らかとはまさにこのことだ。

 ドラゴンはさらに火の玉で追撃してきた。

 あちこちで爆発が起き、その度に悲鳴が響き渡った。

 辺り一帯はあっという間に地獄絵図と化した。

 ……あ、これやばいな。

 ここにいたら絶対巻き込まれるじゃん。

 さっさとにーげよ☆

「って待てや!」

「ぐへえッ!?」

 逃げようとしたら首が絞まった。

 ニグレドの伸びた尻尾が首に巻き付いていたのだ。

 力尽くで引き剥がした。

「てめぇ何しやがる!? 殺す気か!?」

「まさかとは思うがこの状況で逃げるつもりじゃねえだろうな!?」

「まさかとは思うけどこの状況で僕が逃げないと思ってるわけじゃないだろうな!?」

「いや逃げるのかよ!?」

「当たり前だろ! こんなところにいられるか! 僕は失礼させてもらう!」

「だから待てっつーの!」

「おぅほッ!?」

 同じ事になった。

 再び全力で引き剥がした。

「だからやめろっての!? ていうか汚い声なんて出したら僕の清純で可愛いイメージが壊れるからやめてくれる!?」

「どこか清純だよ!? この状況で逃げるってガチで悪の塊じゃねーか!? オレ様でさえびっくりだわ!?」

「ふん、悪とは人聞きが悪いな。僕はただ自分さえ良ければそれでいいと思ってるだけだ。他人がどうなろうが興味はない。それが僕の嘘偽りのない心からの本心だ」

「清々しいクズだな!?」

「何とでも言え。そもそも僕には関係のないことだ」

「オレ様が力を与えてやったことを忘れたのか? 今のお前は魔法が使えるんだぜ? つまり、お前にはドラゴンと戦うことのできる力があるんだ。それを使えば、連中を助けることが出来るんだぜ?」

「だから? 力があることと、それを人のために使うこととは、別の話でしょ? まぁ契約しちゃったこと自体はもう仕方ないと思ってるけどさ……じゃあ、その力をどんなふうに使うかは、僕の自由だよね? 悪いけど、僕は他人を助けるために自分を犠牲にするつもりはこれっぽっちもないよ。そういうのは、そういうのが好きなやつに当たってくれ。持てる者の義務なんて、僕には関係のない言葉だよ」

 それじゃ、とニグレドの制止を振り切って歩き出した。

 すると、後ろでクソデカ溜め息が聞こえた。

「はあ……ったく、。ならまぁ、しょうがねえ。こうしようじゃねえか。いまこの時点から、オレ様は眷属であるお前に〝制約〟を課すことにする」

「……制約? いきなり何の話?」

 思わず足を止めてしまった。

 ニグレドはニヤリと妖しく笑った。

「そうだな……なら、こういう制約にしようか。『助けられるはずの誰かを見殺しにした場合、代償としてお前の命をもらう』という制約だ」

「……は? ちょ、ちょっと待て。どういうことだよ、それ?」

「どういうことも何もない。そのままの意味だ。というわけでさっそく制約を発動させる」

「ちょ、待――」

 僕が言葉を言い終える前に、ニグレドがぱちんと指を鳴らした。

 すると、契約を行ったときのように、黒い影が僕の胸を貫いた。

 ものすごく痛かったけど……やはり一瞬だった。

 僕は自分の胸を見下ろしてから……ゆっくりとニグレドに視線を向けた。

「……もしかして、いま本当に僕にその制約を課したの?」

「ああ。これでお前は誰も見殺しにできなくなった」

「いやいやいやいや!? そんなの聞いてないよ!? 制約の代償に命をもらう!? 話が違うぞ!? 契約の対価は必要ないって最初に言ったじゃん!?」

「契約の対価は必要ない――が、思い出してもらおうか。後になって制約を課さないとも、その代償を貰わないとも、オレ様は一言も言っていないということをな……ククク」

「さ、詐欺だ! いますぐ警察に連絡してやる!」

 僕はスマホを取り出して110番した。

「もしもし警察ですか!?」

『ただいま圏外です』

「知ってるよッ!」

 思わずスマホを地面に投げつけていた。くそ、電波繋がってなかったら本当にクソの役にも立たねえ板だな!?

「オレ様はお前に力を与えた。その力があれば、この状況をどうにかすることができる。できるかできないか、じゃねえんだ。すでにこれはお前がやるかやらないか、という話でしかない。このままじゃ確実に誰か死ぬぜ? その時点でお前の命も終わりだ。さぁ――どうする?」

「ぐ、ぐぬぬッ!」

「ま、でもあれか。いっぺん自分で捨てようとした命だしなぁ? 今さら取られて困るようなもんでもねえか? むしろ自殺する手間が省けるってなもんだなぁ、んん~? もしかしてオレ様って超親切じゃねえか?」

「ぐぬぬぬぬぬぬッ!」

 僕は歯噛みすることしかできなかった。

 こ、このクソ野郎!?

 もう怒った! こいつはもう猫じゃない! これから僕はこいつを猫とは認識しない! クソ野郎と認識する! 猫に似ているからと思って優しくしたのが間違いだった!

 ちくしょう、やっぱりこんなやつに力なんて貰うんじゃなかった!

「分かったよ! やればいいんだろ、やれば!」

「そう、それでいい。じゃあこれに着替えろ」

 どこからともなくニグレドは服を取りだした。

 完全に異次元から取りだしたようにしか見えなかった。

 ちなみにそれはさっきまで僕が着ていた聖女の正装だ。

「どうして君がそれを持ってる!?」

「これくらいなら朝飯前だ。その気になれば世界中の女の下着だって手に入れられるぜ?」

「そんなにすごい力ならもっと他に使い道あるだろ!?」

「さあ、張り切ってみんなを助けようじゃないか。なぁ〝聖女様〟――きひひひ」

 ニグレドは楽しそうに笑った。

 こいつはいつか絶対〇す。

 僕はよりっそう固く心に誓った。

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