第2話 力が欲しいか?

 ……そして、今に至る。

 え? 全然話が繋がってないって?

 確かにそうかもしれない。

 さっきまで渋谷にいた僕が、どうしてこんな樹海みたいな森の中にいるのか。一見すると、まったく話は繋がっていないように思えるだろう。

 ところがどっこい。

 ちゃんと話は繋がっているのだ。

 そう、僕は目を覚ましたら、すでにこの森の中にいたのである。

 いやぁ、もう訳わかんないよね。自分でもさ。

 ははは。

 ……は。

 いや、全然笑えねえわ。

 果たしてここがどこなのか。

 わりと真面目に考えた結果、ぼくは先ほど、一つの結論に達した。

 それはつまり――ここが〝異世界〟だということだ。

「わりとマジで死んだかと思ったけど……どうもそういう感じじゃないしな」

 後頭部をさすった。不思議と痛みはなかった。あれほど頭をしこたま強打したのなら、普通はタンコブじゃ済まないと思うんだけど……そもそも打ったような感じがまるでないのはどういうことだろう。

 もしかして死んだのか? という可能性も考えた。

 じゃあ、ここがどうして異世界だと思ったのか――って?

 それは簡単なことだよ、ワトソンくん。

 僕は死んでも天国にはまず連れて行ってもらえないだろう。まず間違いなく地獄行きだ。それくらいのことをやってきた自覚はある。散々女装で男を騙して金を稼いできた僕が天国に行けるなら神の懐の広さは尋常じゃないと思う。

 でも、ここは地獄のような感じではない。

 周囲はただの森だ。

 夢にしてはやけにリアル。

 だとすると、考えられる答えはただ一つ――そう、ここが異世界だということだ。異世界なんて一見すると非現実的だがこの現実として目の前にある非現実的状況を説明するには異世界と思うことが最も現実的だと僕はそう判断した。

 やれやれ……我ながら完璧な推論かもしれないな。

「なんて、馬鹿なこと言ってる場合じゃないんだよなぁ……」

 ぐぎゅ~。

 腹の虫が鳴いた。

 ……さすがにあれだけ歩き回ったら腹も減るよな。

 喉もカラカラだ。

 さすがに少し焦ってきた。

「くそ、このままじゃマジで現実かどうかも分からん場所で野垂れ死ぬぞ……何かないのか……?」

 僕は自分の身なりや持ち物を確認した。

「バッグは落としてきちゃったみたいだけど……ポケットに入ってるものはそのままだな」

 服装はそのままで、財布とかスマホとか、バッグ以外の所持品はそのままポケットに入っていた。バッグに入っていたのはコスメばっかりだから、まぁ無くなっても困るようなものじゃない。

 うーん……にしてもここは本当にどこなんだろうか。

ワンチャン現実世界のどこかという可能性も考えて、とりあえずスマホで検索してみることにした。

「へい、シリリン。ここどこ?」

『オフラインです』

「だよね。知ってたよ僕は」

 やっぱり圏外だった。

 そっとスマホをポケットにしまった。電波の繋がらないスマホほど役に立たないものはない。こんなんじゃファンタジー世界では楯にもまな板にもなりゃしないぞ。

「くっそぉ……どうすんだこれ。異世界もので主人公が何もせず餓死するって斬新過ぎるだろ。誰が得するんだそんな作品」

 とは言え、いまの僕にはもうどうしようもない。なぜなら僕は生粋の現代人だからだ。スイッチ一つで全てが動く世の中じゃないと生きていけないか弱い生き物なのだ。生命力で言えばガガンボと同レベルだろう。つまり何もしなくても勝手に死ぬレベルということだ。

 本当にどうしたら……。

『――力が欲しいか?』

 必死にあれこれ考えていると、唐突に〝声〟がした。

「な、なんだ? 誰だ?」

思わず立ち上がってキョロキョロしてしまった。

しかし、周囲は薄暗い森の中で、誰かがいるような気配はまったくない。

 ……気のせいだったか?

『――力が欲しいのならくれてやる』

 そう思った途端、また〝声〟がした。

 こ、これはまさか――力を与えてやるおじさんの声!?

 よく分からないけどなにかイベントが始まったようだ。

「だ、誰か知りませんが……力をくれるんですか?」

 僕の問いかけは静かな森に吸い込まれるように消えた。

 かと思ったが、少し遅れてからちゃんと返事が返ってきた。

『――ああ、与えてやる。いくらでもな』

「ほ、本当ですか? ちなみにそれって対価を払えとかいうやつですか?」

『――いや、対価はいらない』

「え? 対価を払わなくてもいいんですか!?」

『――ああ。前払いも必要ないし、後から請求もしない。なのに貰った力は使いホーダイだ』

「本当ですか!?」

『――さぁ、我が力を求めろ!』

「あ、でも特に必要ないのでいりません。他を当たってください。それじゃ」

 僕はその場からすたすたと歩き出した。

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