第58話 紅羽先輩、横並びです

「着いたよ!」


「ここって…」


「うん!水族館だよ!」


 朝なのでライトアップはあまりされていなかったが、入り口からもうクリスマスの飾り付けがたくさんあって、今俺たちはクリスマスで一緒に過ごしているんだということを改めて実感させられた。

 紅羽先輩と一緒に水族館の中に入ると、室内は至る所で星のようにキラキラと明かりがついていて、イルミネーションのようになっている。


「水族館の中は基本的にずっと暗いから、朝でも関係なくクリスマス気分を味わえるかなって思ったんだ〜、グッドアイデアじゃない?」


「グッドです!」


「やった〜!」


 紅羽先輩は好きになった相手は俺が初めてだと言っていたが、おそらくは恋愛話というものは俺が想像できないほどしてきている。

 その経験がこういうところに生きているんだろうか。


「お魚さんだ〜!」


「群れを作って泳いでるのが綺麗ですね」


 ガラス越しに、魚たちが群れを作って泳いでいる。

 ただ泳いでいるだけなのに、規則性があって綺麗に思える。

 その後もしばらく色々な魚たちを見て歩いていると、紅羽先輩が周りを見回して言った。


「今日はやっぱりカップルの人多いね〜」


「そうですね、クリスマスはどこもこんな感じかもしれないですね」


「…周りの人たちみんな手繋いでるね〜」


 紅羽先輩が俺とは顔を合わせずに言った。

 だが耳を赤くしているのと、右手を出している…つまり。


「俺たちも繋ぎましょうか」


 俺は紅羽先輩の右手を左手で握った。


「っ…!嬉しい!」


「紅羽先輩が勇気出してくれてるのに、応えないわけないじゃないですか」


 もちろん俺も照れていないわけじゃないが、今日はクリスマス。

 クリスマスくらいは、俺もかっこ悪いところは見せたくない。

 手を繋ぎながら歩いていると、俺たちは水中トンネルに入った。


「わぁ〜!綺麗だね〜!」


「綺麗ですね、本当に水中に居るみたいです」


 紅羽先輩は一度立ち止まると、俺を見ながら口を開いた。


「新くんとこんなところに一緒に居るなんて、本当夢見たい」


「夢じゃないですよ、俺の方こそ紅羽先輩と一緒に居られて幸せです」


「…新くん、私が絶対に幸せにしてあげるからね」


 そう言いながら紅羽先輩は俺に抱きついてきた。


「何言ってるんですか、俺が紅羽先輩を幸せに────」


「そこだけは譲れないから!」


「は、は!?何でですか!?」


 紅羽先輩は俺に抱きついていたのをやめ、譲れないと強く強調するように言った。

 譲れないって…そこは別に譲ってくれても良いところじゃないのか?


「私が新くんを幸せにしてあげたいって思ったから!」


「俺だって思ってます」


 俺はただ本音を口にした。


「新くんは私より年下でしょ!」


「年齢なんて関係無いです!俺と紅羽先輩の年齢差は三歳差、俺が五日後に誕生日を迎えれば二歳差になります」


「あーもー!私は新くんの先輩なんだから、新くんは何も気にせず幸せになってくれれば────」


「紅羽!…さん」


「────えっ!?は、はいっ…!」


 思い切って呼び捨てにするつもりが、いきなり呼び捨ては良く無いと思ってしまいさん付けをしてしまったが…今はどうでもいい。


「紅羽先輩のことを、これからは紅羽さん…いや、紅羽って呼びます」


「え…!?」


「これで俺たちは、真に先輩後輩の関係では無く、横並びの関係になりました…それでも紅羽先輩は、何も気にせずただ俺に幸せになれって言うんですか?」


「そ、それは────」


「一緒に、幸せになりましょう」


 俺がそう言うと、紅羽先輩は俺の言葉が心に響いてくれたのか、下を向いた。

 わかってくれたならそれで────


「…新くん」


「なんですか?」


「新くんが言いたいことは、私に伝わったよ」


「それは良かった────」


「でもね、一つだけ腑に落ちない大事なことがあるの」


 腑に落ちない…大事なこと?


「それは…?」


「新くんは私と真に先輩後輩も無くなって横並びになったって言ったよね?」


「はい、言いました」


 俺はもう、今後は紅羽先輩のことを紅羽と呼ぶ。

 俺たちが今日、真に恋人として横並びになった証としてだ。


「…うん、やっぱり腑に落ちないよ」


「な、何がですか?」


 紅羽先輩は少し間を作ってから、大声で言った。


「どうして!名前は呼び捨てになってくれたのに!!まだ敬語口調なの!?」


「は、はい!?」


 俺はシリアスな空気から一転、紅羽先輩が何を言っているのか瞬時に理解することができなかった。


「それに語気ももっと強く紅羽!!とかでも良いし!さん付けなんてしちゃってるじゃん!」


「それはいきなりだったので躊躇しただけで今後は────」


「じゃあ敬語じゃなくてタメ口にしてよ!」


「そ、それは…いきなりは…」


「えー!」


 俺はしばらく紅羽先輩の願望を聞き届けたが、いきなりタメ口になるのは難しすぎるためタメ口は諦めてもらうといった形で、ちょうど水族館の出口に近づいてきたため出口から外に出た。

 …朝から本当に賑やかで楽しいクリスマスだ。

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