バイト先の明るくて美少女な先輩にバイト辞めますと言ったらヤンデレになった

神月

第1話 先輩、バイト辞めます

「先輩、ちょっと話したいことがあるんですけど今大丈夫ですか?」


「え?うん、大丈夫だけど…どうしたの?」


 このバイトに入ってからの約半年ほど、高校二年生でバイト未経験の俺に仕事内容を端から端まで教えてくれた陽織ひおり紅羽くれは先輩に、一番最初に伝えないといけないことを伝えようとしていた。


「先輩にはこのバイトで今まで何から何まで教えてもらいました」


 俺にとって本当に憧れの先輩だ。


「どうしたの?急に改まって!」


 先輩はその明るい赤色の髪の毛とオレンジの目と同じように性格も明るく、俺がミスをしても笑って見過ごしてくれたような優しい先輩だった。


「だから先輩には感謝してるので…一番最初に伝えないとと思ってたんです」


「何を?」


「────俺、このバイト辞めます」


「…え」


 先輩は珍しく動揺した様相を見せた。

 それも当たり前だ、長い間手塩にかけた後輩がなんの前振りもなく辞めるなんて言い出したらいくらいつも明るい先輩でも少し濁ってしまうだろう。


「な、なんで辞めるの?私の教え方何か悪かった?」


「絶対にそんなことはないです!」


 俺は強く否定する。

 教え方が悪かったなんてことは一切無い、むしろ教え方が良すぎて俺にだけ時間をかけてもらうのは悪いと常々思っていたほどだ。


「じゃあどうして、かな?」


「それは…実は引越しが決まって、もうここに来られなくなるからです、だからまた引っ越し先の近いところでバイトを始めることにしました」


「…それって次のバイト先で私じゃない別の女にまた仕事なりなんなり手取り足取り教えてもらうってこと?」


「え、女…?性別はまだわかって無いですけど、バイトを始めるってことになるならそういうことになると思います」


 ここのバイトはキッチンのバイトだったけど、経験を積むという意味では次は接客のバイトをしたいから、やはり誰かに教えてもらうことにはなる。


「そんなのダメだよ」


 先輩は俺を見ているようで俺のことを見ていないような目をしている。


「ダメって言われても…もちろん俺だって辞めたくて辞めるわけじゃ無いですよ、でもこればっかりはどうしようも無いんです」


「そうじゃなくて、私以外に仕事教わるなんてダメだよ」


「…もちろん先輩のことは尊敬もしてるし憧れですけど、先輩と俺はあくまでもバイト先の先輩と後輩じゃ無いですか?」


 俺がその言葉を放った瞬間、先輩の中で何かが切れたかのように先輩は目のハイライトを消した。


「…へぇ、そっか、あらたくんにとって私ってそんな程度の女なんだ」


「その程度…?違います、本当に先輩のことはちゃんと尊敬してて、憧れで────」


「そんな言葉要らないよ」


 先輩は俺の顎を自分の右手で持つようにして俺の目を覗き込んできた。


「先輩…?」


「分かったよ、私もずっと先輩後輩だって君に思われてるっていうのは分かってたし、あらた君がそう思ってるならって我慢してたけど、いざ言われるとやっぱり我慢なんてできないね」


 先輩が言葉を発してるけど、その目が俺の知ってる先輩とは違いすぎて話の内容が全く頭に入ってこない。


「お、落ち着いてください、先輩」


 俺が思っていた以上に先輩は俺のことを気にかけてくれていたのか、その顔を見るに少なくとも俺が今まで見た中では一番動揺しているように見える。


「落ち着けないよ、なんで新君は落ち着けるの?」


「俺だって落ち着いてないですよ、でも別に今の時代最悪距離があってもスマホなりなんなりで連絡はできるじゃないですか」


「会えなくなるんだよ?」


「…また俺が大学生とかになったら、その時は会いに行きます」


 先輩は今大学二年生らしいから、俺が大学生になった時でもまだギリギリ大学生のはずだ。


「じゃああと二年間は会えなくなるってこと?」


「二年って言っても、もう秋なのであと一年と半年くらいです」


「そんなこと言ってるんじゃなくて…」


 先輩は大きな声をあげようとしたが、それを途中でやめた。


「…そうだね、仕方ないことだもんね」


 心苦しいが、これを否定することはしたくてもできない。


「…もう次のバイト先とか、引っ越すんだったら転校先の学校とかももう決まってるの?」


「はい、一応決まってます」


「じゃあ後で私にその場所のメッセージ飛ばしといてよ!今度軽く覗きに行きたいし!」


 先輩はいつも通りの先輩に戻った。

 …いつもの先輩を知っている俺にはそれが表面上のものだとわかったが、それでも表面を取り繕えるくらいには落ち着いてきているという証拠だ。


「わかりました、後で送っときますね」


 その後家に帰り、約束通り俺の次のバイト先と転校先の学校を先輩に送った。

 …先輩が思いの外動揺していたから俺がなだめることになったが、俺も本当に寂しく思っている。


「…でも、仕方ないよな」


 そもそも引っ越す原因になったのは両親の仕事の原因で、俺にはどうしようもなかった…少しだけ姉も理由にはなっている。


「…一人になると考えても仕方のないことばかり考えるな」


 悪い癖だ、今日はもう寝よう。

 その一ヶ月後…俺はバイトを辞めて、予定通り引っ越しを完了した。

 その直後、予想だにもしないことが起こった。



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