第22話闘神流奥義 

「貴様ッ!! 何者だ!! 人間でないことなど分かっている!!」


 えるしぃちゃんが出会った第一村人は現代風にアレンジされた軍服で統一されていた。まだ、気温が高い初秋の時期なのでジャケットを肩に羽織っている。


 しかし、その服装はエルフ的嗜好にあっていたのか、えるしぃちゃんは呑気にも。


 ――アニメで見たカッチョイイ制服だ!!


 大正ロマンを感じさせる詰襟の黒い軍服に、中に着ているのは白のシャツの上に黒いベスト。胸元にはワンポイントの『なんかすごい事をしたで賞』らしき勲章がきらりと光っている。


 ツボった、えるしぃちゃん的にツボっちゃった。


 絶対にお店で売っていたら必ずお土産に買って帰ろうと心に強く決心する。


 じぃっと制服に見とれていたえるしぃちゃんは規格品である軍刀らしき物で切り付けられた。


 数人がかりで切りかかって来るものの条件反射的に紙一重で回避していく。何度も何度も攻撃を繰り出す男達――退魔士は慄いた。


「ちょぉ……(ちょっと、待って、本当に待ってってば、何もしていないって! ――結界は壊しちゃったけど)」


 残念なことにえるしぃちゃん会話が不成立。久しぶりに炸裂したコミュ障は空気を読まずに軍刀でぶった切られそうな場面である。


 本人も改善しようと頑張っているつもりなのだが、こればかりはどうしようもない。内なる女神は溜息を吐きつつえるしぃちゃんのコミュ障改善には時間が掛かる事を理解し諦めていた。


「言葉すら交わせぬか! 面妖な被りモノをしている事から見せられぬほど醜いツラなのであろう! 魑魅魍魎の雑魚めッ!! とっとと切られて死ねぇぃ!!」


 襲い掛かって来る男達のあんまりな言葉。えるしぃちゃん自身は何もしていないのに襲ってくる上に罵声を浴びせられるとは……。


 カチンときた。きちゃった。えるしぃちゃん自身はナルシストのつもりはないのだが、容姿にはとっても自信を持っている。むしろ、褒め讃えちやほやする義務があるとすら思っている。


「――あ゛?」


 えるしぃちゃんキレた。とっても、とってもオコなのだ。


 邪悪な気が周囲を漂い始めた。退魔士の精鋭部隊たちは即座に後方へ退避、尋常ならざる存在だと改めて認知した様子。


 えるしぃちゃんの感情の高ぶりにより殺戮の闘神がひょっこり顔を出してくる。それもまた自分なのだから。


 被っていたバイザーヘルメットを外し異空庫へ収納する。


 ヘルメットに押さえつけられていた銀髪をふぁさりと振りかざし、太陽光で照らされた美貌と神々しさに退魔士たちは数瞬固まった。


 しかし、瞳の虹彩は真紅に染まっており、吊り上がった眼は憤怒の感情で染まっている。


「おうおうおうおう。こんな美少女捕まえといて醜いツラだのクソ雑魚とはどういう了見かぁ……? ――貴様ら、明日の朝日を拝めるとは思っとらんじゃろうなぁ……?」


 ――ゴォッ!!


 発生した重圧は衝撃波を伴い退魔士たちが吹き飛ばされた。アスファルトが放射状に砕け散り大気が振動により震えている。


 発生源の闘神はプレッシャーを操り“敵”を制圧する事は容易なのであろう。しかし、下等生物に“醜い”と扱き下ろされたのだ。


 全ての人格が“美”に対して強烈な括りがある。闘神は特にプライドが高く人間に見下されることが大っ嫌いなのだ。


 人格の明確な分化がその感情に拍車をかける事となった。彼女はいつもえるしぃちゃんと同じことを感じ、同じものを見ている。――だから。


「シィッ!」


 一拍分、息を吐きコンマ以下の世界の中で縮地を行う。――闘神流・崩拳の構え。


 いつの間にか目の前に邪悪な気配を放つ少女がいた。気づいた時には腹部にそっと拳が添えられていたように退魔士の男には見えただろう。


 退魔士たちの技術の中には、なにかしらの方法で身体を強化する術があった。それを闘神は理解していた。残念ながらそれが原因で彼女から“手加減”という慈悲を取り去ってしまった。


「いっぺん死んどけ――」


 ――キュボッ。


 拳が触れている場所を起点に衝撃波が男の後方に広がり周囲の建物を崩壊させる。


 退魔士の男の身体が紙切れの様に飛んで行くと平屋の壁を破壊し、勢いは止まらず外壁の角のぶつかるとピンボールの様に空へ打ちあがる。


 身体が人形のようにくるくると回転すると地に叩きつけられ何度かバウンドしたのちようやく止まった。

 

 闘神の技術は神がかっていると自負している。例えば外見に一切の負傷を負わせずに内部破壊を行う事も出来るし、大気を掴み離れた位置からの攻撃も容易だ。


 退魔士の男は四肢が捻じ曲がりぐちゃぐちゃに骨が砕けていても、ギリギリ生きてはいるのだから。

 

「善治ぃいいいぃぃっ!!」


 今、吹き飛ばされた男の名前を同僚が叫んでいるのだろう。闘神はつまらなそうに冷静さを失い切りかかって来る男をじっと見つめている。


「待て!! 冷静にな――」


 リーダー格が錯乱している男を止めようとするも。


 ――もう遅いわ。たわけ。

 

 指の先から爪が鋭く伸び振り上げた状態で停止している。


 綺麗に揃えられた≪肉切り手刀≫――無手の状態でも戦闘を継続できる闘神が生み出した術だ。その威力は頑丈な骨すら両断し断ち切る。


 そして、彼女の攻撃はすでに――終えているのだ。


 ずるり、と切りかかって来た男の両腕が地に落ちた。切り口は鋭利な刃物で切り裂かれたように綺麗で、分かたれた細胞達は死んでいる事に気付いていない。


 血の花が咲く、彼女は首から湧き上がる噴水の様な景色が一番好きなのだが……。――殺しは辞めておいてやろう。

 

 指を一つ鳴らすと両腕の切り口から噴き出していた血液が止まった。そのワンアクションで止血と延命効果のある魔法をかけたのだ。まさに絶技。人体を修復させたりする技術は超難度の技術として有名だ。


 ほいほい、魔法名を唱えればにょきにょき生えて来るような簡単なものではないのだ、魔法という奇跡は。


 切断された手が握る軍刀を拾うと嬉しそうに微笑む闘神、血を噴き出し倒れている男に軍刀についていた腕を興味なさげに放り投げた。


 闘神はやはり鞘が無いと格好が付かんのぉ、と呟きながら。男の腰に佩いている鞘を回収しようと歩いていた。


 その意識がそれたタイミングでリーダー格の男が退魔士の部隊へ撤退を命令した。


「…………。おい、貴様らは逃げろ。この鬼の怒りを買ったのは俺のせいだっ……! 早く行けぇっ!! ――ああああああああああッ!! ちぇす――とぉぉぉぉ!」 


 軍刀を掲げるような示現流の構え。裂帛の気迫で死を顧みぬ一撃を幼き少女の頭上へ放つ。刀を扱うもののふとして人生最高の一撃――だったのだろう。


 リーダーの男は呼吸が狂い混乱した。それほどの妙手を見たからだ。この際この少女の皮を被った化け物が刀身を指二本で摘まみ止めている事はどうでもいいとでも思っている。


 自身が放つ生涯最高の会心の一撃を、一番力が刀に乗る一瞬前に止められたからだ。――こいつは刀という物を熟知し腕前も師匠以上、いや、神域に達している。


「ほう、ほうほうほうほうッ! ――善き! 善き一撃じゃなッ! よぅ、鍛えられておるわい。善きものを見せてもろうた手土産と言う訳でもないが……いただきを見せてやろうかの?」


 反撃もせず刀身から指を離すと後方にトンッとジャンプして男との距離を開けた。


 先程強奪した鞘に納められた軍刀を腰元に佩き、腰を落とすと抜刀術の構えを取る。


「う~む、見えないと手土産もクソも無いからの。物凄く遅く見せるから瞬きをするでないぞ?」


 ゾクリ。 


 先程までの邪悪な雰囲気が児戯の様に思える殺気が村一帯に広がる。生きている事が信じられなくなるほどの気配で、気が弱い者がもれなく失禁しながら意識を手放した。

 

 闘神の鞘からゆっくりと、亀の歩速と同等かそれ以下の速さだ。最初は意味が分からなかった。だが――男は馬鹿にすることなく刀線をジィっと見つめていた。


 鞘から抜けて行く刀は左逆袈裟切りの形に切り上がっていく。


 ゆっくりと見えている。確かにそうだ。亀の歩み寄りも遅い


 ――なぜ俺の身体が動かない? 世界から音が聞こえないのだ!?


 にちゃり、と。闘神が笑う。


 ――そうか。言葉の通り“遅く見せられている”のだ。この俺自身だけが!!


 刀が胸部ほどの位置に上った時に生きた気がしなかった、すでに諦めの境地にすら男は立っている。


 ズ、ズ、ズ、ズ、ズ、ズ、と。黒い闇の様な刀線が大地に描かれ、それが男の直ぐ傍を通って背後に向かっているのだjから。


 ――恐ろしい! 考えるだけでも恐ろしい!! あの太刀筋が、刀線が、登り切った時には一体この村はどうなっているのかを。


 そしてついに刀が天を向き停止した。


 すでに男は急激な加齢を起こし、頭髪が抜け始めていた。眼に隈はでき頭髪のいたるところが白髪と化していた。


 轟音。


 男の感じる世界の時間が戻った瞬間に鼓膜が破れるほどの轟音が響き渡った。


 もう男には背後を見る勇気も気力も残っていない。どうか、どうかこの村を、日本を滅ぼさないでくれと泣きながら懇願するしかないのだ。


「どうじゃ? 我の刀技はっ!? “初めて刀を扱った”んじゃがうまくできたかのぅ? 抜刀術とか超カッコ良くて憧れてたんじゃよ!?」


 すっごい嬉しそうに褒めて欲しそうに笑顔で喜ぶ闘神ちゃん。


 そうなのだ。異世界には刀という武器も扱う技術も存在していなかったのだ。敵を殺せばそこらへんに転がっているのは種類は多いが“剣”なのだ。槍も選択肢にあったのだが剣の方が圧倒的に使用率が高かったのだから。


 必然と闘神は剣技を習得し神の領域まで極めて行った。


 剣の叩き切ると刀の引き切るは根本的に違うのだが闘神は――包丁とおんなじじゃろ? と、今起こした神技を繰り出したのだ。


「――――え」


 男は純粋に少年のような声で疑問の声を上げ心の中でトチ狂った。――え。まじ? うっそだろおい。もう死んだ。はい、終わった。日本終わりました。おにぎり食いたいな、と。


「暴れたらスッキリしたのう。そうじゃ! 今回はこれくらいで手打ちとしてやるぞ? なんなら、女性用の貴様らが着ている軍服と軍刀を数セットずつおみやげに欲しいんじゃが……お土産屋さんに売っておるかの? ここに友達を迎えに来たついでに観光に来たんじゃが、記念に欲しくてな? もちろん、ちゃんと金銭を払うぞ?」


 ――観光……お土産……? 


 男の脳がシャットダウンしてしまった。考える事を放棄したともいう。


「なんかいきなり切りかかって来たからぶっ殺そうかと思ったが、一人も死なぬようにしておるぞ? これからはちゃんと『観光ですか? 侵略ですか?』と、聞くようにせんといかんぞ?」


 闘神ちゃんは抜刀術を披露できて大満足。そして男が振り返った先には大地と天を結ぶかのような全てを裂き断つ刀線が走っていた。


 そんなぶった切られた地球さんの傷跡をぱしゃぱしゃと撮影しツブヤイターに投稿するのであった。


『初めて刀を扱って抜刀術をやってみたんじゃがうまくいったかの? 一応山を切ったんじゃが……ちなみに、お土産はなんか軍服っぽいものと軍刀を買って帰るのじゃ』


 軍刀を構えたカッコいい姿と、地にこうべを力なく垂れている男を背景に自撮りで撮影した。それを、合わせて数枚ほどツブヤイターに投稿したのだ。


:…………うわぁ

:[神の一太刀ですな! お見事!]

:[アイヤー。この世の終わりあるネ]

:あーあー。相手をちゃんと見ないから……

:えるしぃちゃんしゅごいのぉ

:これは、闘神様の所業だなぁ

:え、これCGなの? ガチ?

:【きらら】軍刀かっこよ! お土産持って帰ってきたらえるしぃちゃん一緒にコスプレしようね!!

:日本政府さんえるしぃちゃんにはゴマ擦っておきましょうや

:損害賠償(山)www

:いい亀裂走ってますねぇ……

:すっげぇ、闘神流奥義ってやつか

:日本政府震えてますwww

:イエーイ見てるー?(日本政府)

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