第23話君に会うことがこんなにも長く感じる
ほくほく、ほくほく、ほくほく、ほくほく。
ベッキベキに粉砕された四肢と、ぶった切られた両腕をアブラカダブラ~と、カップ麺より早く治療したことによりお土産に女性用の軍服と軍刀の予備品を快く譲ってもらったえるしぃちゃんはとってもゴキゲンであった。
村中の人間が股間からジョバババであった為、えるしぃちゃんの友達は自分で迎えに行ってやってくれと案内を拒否されてしまった。
退魔士の精鋭部隊しか意識を保っている人間は存在しておらず『肝っ玉が小さい奴らじゃのぉ』と、言ってやるとみんな泣き崩れていた。
ちなみに『ヴァイスリッター氏はどこかの?』と聞いたらしいのだが『そのような名の者はいないはずだ……』と疲れた様子で否定された模様。――おかしいのぉ、あっちから反応があるんじゃが……。と、あほぅな子は呟いていたそうな。
とっとことっとこと村の端にある大階段を登っていく。
急斜面にわざとらしく石段が積み上げられ、修行の為なのか来るものを拒む為なのかどちらか分からないが、とても嫌らしい作りをしている。
下手をすると石段を使わずに整備されていない山道を登った方が早いかもしれない。
丁度、大階段の中腹当たりで立ち止まり背後を振り返ると風景がとても綺麗で、これは弁当を食べながら眺めなきゃな、と。休憩する事に決めた。
「ひぃひぃ、ふぅふぅ。――ちょっと休憩っと」
異空庫から取り出したるは『ぷりっぷりいくらと、とろサーモンたっぷり弁当』膝にハンカチを敷き弁当を乗せるとゆっくりと蓋を開いた。
「ふわぁぁぁぁっ!! こ、これは! つ、強い! 強すぎる!! 絶対、わたしの舌が
弁当に敷かれたツヤツヤのお米の上には、一枚一枚丁寧に並べられたとろサーモン、トドメに弁当の枠からはみ出しているぷりっぷりのいくらだ。
付属されていた割り箸を不器用にメキリと割り開き『いただきます』をする。その様子をスマホを宙に浮かせてショート動画として撮影する。
:あ、それ絶対美味い奴やん
:それ有名な奴だよね
:美味そう。メシテロやん
:麦の飲み物www
:いい風景だねぇ、でも石段が長すぎるw
:いくらととろサーモン……じゅるり
とろサーモンの上に乗せたイクラを小さなお口へといっきに放り込んだ。
舌の上で溶けていくサーモンに歯と歯の間で身をもって旨みを爆発させるいくらのコラボレーションが脳髄へ駆け巡っていく。
お米がいくらの旨みとサーモンの脂身を見事に調和させており、まさに、この弁当は完成されていると言っても過言ではない。
とろサーモンとお米で食べると麦の飲み物と相性がとても良く、いくらとお米では旨みの中に清涼感すら感じさせてくれる。
ツブヤイターには弁当名とショート動画が無造作に投稿されており、いかにえるしぃちゃんが弁当に夢中なのかを物語っている。
魔法でキンキンに冷やした缶のプルタブをカシュッと開くと、シュワシュワな泡が弾け出て来る。地に零すような愚行は厳禁であり、行儀悪くも溢れ出て来る泡をちゅるると啜る。
その啜った泡だけでも鼻を突き抜ける酒精がとっても癖になる。もう一口もう一口とお代わりをしていると、いつの間にか弁当と麦の飲み物を完食してしまっていた。
「おいしゅうございました――この弁当、帰りに追加を買っておこうな? 本当に美味しかったなぁ~」
――さてさて、ヴァイスリッター氏を迎えに行きますかね。
◇
バイザーヘルメット――おっけー
新品の軍服――おっけー
腰の軍刀――おっけー
お土産の駅弁――おっけー
先程快く譲ってもらった新品の軍服と軍刀を装備して初めてのお友達であるヴァイスリッター氏のお家への訪問だ。
大階段を登り切った先には澄んだ空気の漂う境内のような場所であり、奥の方まで赤い鳥居が何十本も連なっている。
さわさわと、木々の葉が風に揺られ、落ち始めた枯れ葉が石畳の上を走る。
静かな境内には誰もおらず、奥には宮大工が建築したような立派な建物が建っている。瓦の手入れが良くされており建物がとても大事に整備保守されていることが伺える。
その建物の姿は美術的とも言えばいいのだろうか。この風景を肴に日本酒などをゆっくりと飲むのも中々乙なものだろうなと独り言ちる。
コツコツ、小気味よい石畳の反響音を聞きながら玄関口である門扉の前に着く。
えるしぃちゃんは考えた、友達の家で最初にすることといえばなんだ? と。
フレンドリーに行けばいいのか、畏まってご機嫌を窺えばいいのか……三秒だけ悩んでもういいや、と門扉をバッカンバッカンぶっ叩いた。人差し指の指先で。
「ヴァイスリッターちゃーーーーん!! えるしぃが遊びに来たよーーーー!!」
今度は、中指の第二関節だけでノックする。
バッカンバッカン、バンバンババンババン!! ババババババン、バッババン!!
返事が無いようだ。――元気が無いのかな?
ギュッと握りこぶしを作り軽くノックする。
ゴォンゴォンッ!! ゴッゴッゴッゴッ!! ドッゴォッン!!
出てこない。――中には人の反応があるのに……イラッとするなぁ。
「返事をしないなんて……――舐めとんのか、あ゛!?」
正拳突きの構えをする。――闘神流戦闘術・鎧どおし
ぬるりと拳を門扉に接地させ瞬間的に発生させた衝撃波を門扉の向こうへ伝播させる。
下手をすればえるしぃちゃんの生きてきた年数よりも、古くからの血筋や家系が受け継いできた和風建築物が――粉々の木片へと爆散した。
空に舞いハラハラと木片が周辺へ吹き飛んでいった。
紅葉に混じる木片は余り風情はないが、世の儚さを感じる。きっと、何百年も大事に、大事に整備して娘や息子、孫やひ孫などに受け継がれたのだろう。
その時その時の当主たちの苦労が容易に想像できる。
きっと、子供の頃、絵巻を読み聞かせして貰ったり、境内でかくれんぼや鬼ごっこもしたのだろう。
一際大きな木片が、カンッ! カタンカタンと、転がって力尽きる。
「ヴァイスリッターちゃーーーーん!! えるしぃが遊びに来たよーーーー!!」
んな、どうでもいい歴史なんぞ知るかと言わんばかりにヴァイスリッター氏を呼ぶえるしぃちゃん。その顔はとっても意地が悪い顔をしており、ニヤニヤが止まらないようだ。
人間の反応があった場所に“なるべく”被害が行かないように調整はしたのだが、闘神ちゃんの塩梅なんて結構適当だからなぁ、と他人事のように考えている。
あえて分かりやすいように、構えた拳の先にこの山全てを消し飛ばすほどの力を籠め始める。
すると慌てて数十人もの家の中に隠れていた連中が出て来る。なにか会合でもあったのか偉そうな雰囲気の爺婆が多い。警備担当なのか先程戦闘を行った軍服を着た連中も大勢いるようだ。
軍服連中を盾にしながら一番偉そうなジジイが口喧しく罵って来た。
「貴様!! この由緒正しき
――ほう?
さらに力を込める。石畳が割れ始め赤い鳥居がガタガタと軋み始める。
「や、辞めろ! 今やめるなら許してやらんでもないぞ!!」
もっと力を込める。重力異常を発生し始め石畳が浮かび上がり始めた。
「か、かかかか、家族をッ! 貴様の家族を殺し尽くしてやるぞ!! 末代に渡り呪い殺してやる!! い、今なら貴様が頭を垂れ儂に従えばペットとして扱ってやるぞッ!? ほれ、金も食い物んもたんまりある――」
――――。
溜め込んだ力を指先に圧縮――――解放。
キュァ――ボパッ。
家族を殺すと宣言した老害を熱線が焼き尽くし、背後に存在する山諸共、魂すら残さず消し飛ばす。――死すら感じられぬ虚無へと去れ。痴れ者め。
爺の背後にあった山の中腹は数百メートル程の巨大な空洞が出来上がり、ドロドロに溶けていた。だが、ヴァイスリッター氏の居る方向に向けないだけの理性は残っているようだ。
爺を中心に熱線を放ったため辛うじて生き残っている人間が数名ほど存在している。――こいつらにヴァイスリッター氏の事を聞かねばな。
「おい、我が問いに答えよ」
うめき声を上げながら辛うじて声の出る人間を選別した。
◇
――話を聞く度に何度怒りで我を忘れそうになったことか。
話を聞き終わったこいつの首を軍刀で刎ね飛ばしそこらへんに放置しておく。
『日本には退魔士という日本政府が秘匿している暗部が存在しており、大妖怪の封印に使用する生贄という制度があるらしいのう。証言をショート動画に上げるから拡散させて欲しいのじゃ』
ツブヤイターに上げられた真に迫る男の証言に半信半疑の人間は多い。退魔士という存在すら永きに渡り隠蔽されており、それがばれてしまえば連鎖的に世界に秘密すら一般人に知れ渡ってしまうからだ。
しかし、歴史上に鬼払家という血筋は存在しており、えるしぃちゃんの普段の行動で奇跡の様な事をポンポコ起こしているので“もしかしたら”と考える人間は結構存在した。
『しかも生贄がヴァイスリッター氏だったのじゃ……これはいかな我とて許せぬ、もし日本政府が喧嘩を売って来るのならば全力を持って応戦しようぞッ!!』
その、憤怒の念が強烈に込められたツブヤイターのコメントは呪的性質を持ち、日本中を震撼させた。各地にある火山の活動が活発的になり、大妖怪の封印が解けかけ、日本列島は雷雲に覆われ、小規模な地震が頻発した。
:え、それマジなん!?
:証言動画にモザイク掛かってるけど……
:[日本政府め……ろくでもないことをしおって。神の怒りを思い知るがいい]
:[早く謝れアル日本政府ドモ。こっちの霊脈もマジでヤバイあるヨ]
:地震が起きているよ……
:火山が噴火した!! なんでぇっ!
:えるしぃさん私達の一族が鬼払家処すんで勘弁してほしいっす
:雷が凄いんだけど
:これってなんで異常現象が起きてんのぉ!?
憤怒の状態でヴァイスリッター氏に会うのは不味いよな、と。頑張って心を静めるえるしぃちゃん。
えるしぃちゃんは関係者に詳しく話を聞いたところ、実はヴァイスリッターではなく
霊脈の中心地にある滝でたった一人で死ぬことが確定した修行を行うなど、人間の所業ではない。沸々と再び怒りのボルテージが上がりかけるもヴァイスリッター氏の、いや、蓮ちゃんのデニムからはみでた半ケツを思い出す。
しばらく歩き続けると目的の滝へ到着する。なんとなく居場所は分かってはいるが逸る気持ちを抑えながらゆっくりと歩み寄っていく。
馴れ馴れしく話しかけたら嫌われないだろうか、とか、わざわざ遠くまで会いに来るとかキモイと言われないだろうか、など。えるしぃちゃんはすんごいネガティブな感情へ偏っていく。
友達が少ない人間は距離感が大体バグっている、らしい。
ヴァイスリッター氏の背後に回り込み気配を消しながら様子を窺う。――もしかして生贄になるのは生き甲斐なんだぜッ! とか、言われたらどうしよう……。親戚っぽいの全員消滅しちゃったし。
ヴァイスリッター氏がボソボソとなにか呟いている声が聞こえた。
「――えらい楽しかったなぁ。えるしぃちゃんとこれからもいっぱい遊びたいわ。……寂しいわほんま。ウチを攫ってくれたらずぅーと一緒におって、あんなことやこんなことをなんでもしてあげるんやけどなぁ」
えるしぃちゃんの心の中でリフレインする。
『ウチを攫ってくれたら』『なんでもしてあげる』と。
「――マジ!? 嘘じゃないよね!! 『嘘だっぴーマジにしてやんの!? ぷぷぷ』とか言わないよね! ね!?」
「――――――は?」
話しかけられたことに驚き、えるしぃちゃんに顔を向けると唖然として口を開けたままでいるヴァイスリッター氏。
打たれていた滝の水が冷たそうなのでえるしぃちゃんが結界を展開したようだ。
ようやく友達である彼女と会えたのだから、えるしぃちゃんの感動もひとしおであった。その証拠に、金色と銀色のおめめからは涙がポロポロと零れ落ちていた。
「――迎えに来たよ? ヴァイスリッター氏――いや、蓮ちゃん!!」
えるしぃちゃんの小さな体は弾丸のように蓮ちゃんの胸の中へ飛び込んだ。
だが、冷たい滝の水に打たれて体力が極端に落ちていた蓮ちゃんは受け止め切れずに二人とも滝壺へと落ちて行った。
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