第17話世界が嫌いだ (※残酷な描写あり)
慈愛の女神は身投げをしようとしていた女性を見て思い出していた。
戦争で周辺国に略奪された村が多数存在していた。
急いで食料を届けに兵士達と共に向かい、ようやく村に辿り着いた時に腕に何かを抱えた女性に声を掛けたのだ。
女性はゆっくりと振り返ると腕の中にはカラカラに乾いた乳児の亡骸があった。
その女性自身も餓死寸前で立っているのが不思議な程に頬がこけ、目がくぼみ骨と皮の状態であった。
蚊が鳴くほど小さな声でエルシィにこう呟いたのだ。
『なぜもっと早く来てくれなかったのか――』
女性はそのまま衰弱して亡くなった、命の灯が消える瞬間まで大事そうに子供を抱きながら――エルシィへと底知れぬ増悪をぶつけながら。
その後、再びその村へ略奪しにやって来た他国の兵士へエルシィは柄にもなく悪鬼となった。なるべくたくさん苦しめるように。後悔するように痛めつけ。四肢を切り取り傷口を焼いて延命させたり。足を切って井戸の底に突き落としたり。
命乞いをされた、良心へ問いかけられた――なんで命を弄ぶようなことが出来るんですか? と。
戯言を言う敵国の兵士の首を即座に刎ねてやった。
そして共にやって来ていた兵士の中に友達が居た。そいつの嫁さんとも仲良くなっていて三人で良く鍋を囲んだり釣りに行ったりしてよく遊んだりしていた。早く、戦争を終わらせて嫁さんと結婚式を挙げるんだって言っていた。なら、私が神父役でもしなきゃなと笑い合っていた。
――でも、死んだ。
私が怒り狂って敵国の兵士との戦闘になった際に、いつもフォローしていたのに独断専行で敵兵を殺し尽くしていた隙を突かれてしまったのだ。私は隊長であり部下へ正確な指揮を行わなければいけない立場だったのだ。
そして兵士達にこう言われた――なにやっているんですか? と。
その時の眼差しは覚えている。とても、そう、とても冷たい眼だった。
戦場から帰って友達の嫁さんに戦死の報告へ行った。刺された、何度も何度も、痛かった、その時にはちょっと私の再生力が人より強くて死ねなかったんだ。そしたら友達の嫁さんに言われたんだ『お前みたいな化け物が死ねば良かったのに』ってね。
何かが壊れた音がした――――
なんで死んだんだろうって思いました、早く来てくれって意味がわかりません、結婚するって言っていました、何やっているんですかって言われました、何やっているんですか私は、子供が死にました、母親が死にました、友人が死にました、死ぬって何だろう、何でこんな簡単に死ぬんだろう、死が分からなくなりました、死って重たいんですか? 重いですよね? 捨てる何てできないですよね、私――――正しいですよね?
――――何かが私を直してくれた。けれどもツギハギのままに。
身投げしようとしていた女性は嘔吐しながら屋上の柵にもたれ掛かっていました、何か、何かこらえきれない程のものを幻視したのでしょう。
ああ、そういえば問いかけている最中でしたね。では、もう一度問いかけるとしましょう。
『――アレを見てあなたはまだ――まだ、命を軽々に捨てようとするのですか?』
慈愛の女神は壊れている。どう足掻こうとも逃れられない死もある、ふとした瞬間に零れてしまう命もある。理不尽、世界の全てが理不尽でできている。
慈愛の女神はとってもとっても世界がだぁーい嫌いなんだ。
◇
繁華街を一望できる一番高い屋上の角に腰を下ろし、えるしぃちゃんは泣いていた。声を大きく上げながら、大粒の涙をボロボロと落としながら、泣いていた。
「ひっく、えっぐ、ひっぐ、ひっぐ。――ふえ゛ぇぇえ゛ぇぇぇぇえ゛ぇえ゛ぇぇえ゛ぇん!!」
感情の整理が付かない時えるしぃちゃんはよく一人で泣いていました。地球へ帰って来てこんなに泣くのは初めての様です。
「ぐすっぐすっ――ふぅ。終わりっと」
急にピタリと泣き止むとズビビビと鼻をかみ、屋上から鼻水付きのティッシュを投げた。地に向けて落下する汚物は地球の運命に捕らわれているようでなんかムカっとしちゃったようです。
「シャー!! コノヤロー!! 気を取り直して次へ向かいますか。――よっと」
先程の女性は死ぬことを思い直して帰って行きました、良かったですね。だけど凄く顔が青ざめていたのでえるしぃちゃんは少しだけ心配になりました。なので、適当に金運と健康運がぐんぐん上がる加護を与えておいたので勝手に助かってくれるでしょう。――それでも死ぬなら私が嫌いな運命と言うものなんでしょう。
――ダイブ・イン・ザ・スカイッ!!
最上階から飛び降りると落下中に建物の窓から外を見ている人間と目が合い驚愕の表情をされる。そういえば気配は遮断できても姿が見える事をえるしぃちゃんはうっかり忘れていたようです。
引力という名の運命は嫌いだけど、この臓腑が持ち上がる落下の感触は癖になりそうだ、と危ない性癖が芽生え掛ける。
着地の際にコンクリートを粉砕するのはお約束となり、縁の反応がある建物へ突撃していく。
向かう先にあるのは高級タワーマンション。縁の反応がある階層は二十階付近から発せられている。
ベランダの手摺を足場に垂直飛びをしていく、たまに踏み損ねて金属手摺がへこんでいるが共用部の修理費から出してね、と心の中で謝罪する。
目的の階層に辿り着き突入するベランダを探すが、窓の上部がすりガラスで室内が視認できない。
――ぶち割ってもいいよね? ストレス溜まってるし。
金属手摺の上で器用にグッと軽く屈むと窓ガラスに蹴りを放つ。踵から触れるように蹴り足を調整して一気に――――ぶち抜く!!
なかなかの高さのマンションだったので、高層階のベランダに使用されているのが強化ガラスなのか踵に硬質な感触を感じた。
爆発したような破砕音が周囲に響き渡り、ガラスの破片が室内へ散らばっていく。ベランダからダイナミック入室したえるしぃちゃんは室内の様子を見渡して確認する。
そこには衣服を破かれ動けないように縛られた女性が二人と、バッチリ撮影機材を用意し今にも女性に襲い掛からんとする裸の男性が五人程いた。
――キュイィィン!(口で言っています) えるしぃちゃん
突然、窓をぶち破って突入してきた不審者に女性も男性も固まっており、なんならガラス片が男性の身体につき刺さっていた。
「な、なんだてめ――カフッ!」
女性を襲う男共は盗賊です。人権は――ナシッ!!(指刺し現場猫風)
素早く近くの男性の顎を掌底でかちあげ、そのまま身体を側転させながら肘打ちを隣の男の胸へ――叩き込む。胸骨が砕ける音が響くも気にしない。生きていれば――ヨシッ!!
「クソッ! そいつをどうにか――」
――うるせえ黙れ。
四つ指を揃えた貫き手を臭い息を吐く男の喉へ突き込む、鳥軟骨みたいな感触を指先に感じながら、瞬時に蹴り足を水平に畳み込み――放つッ!
腹部を蹴り上がられた男は石膏ボードでできた室内の壁をぶち抜いて隣室へ飛んでいった。腰骨が折れていそうだが生きていれば――ヨシッ!(二回目)
残り二人。男共は絶望の表情をしているがここからが
近くにあった撮影機材の三脚で殴り掛かって来るも素早く足を上げ踵で受け止める。そして逆の足の蹴りで三脚を巻き込み空中で回転、後ろ回し蹴りの踵を側頭部へ叩き込んだ。
傍から見れば綺麗にニ回転をしたであろう、えるしぃちゃんは自画自賛で恐らく最高にカッコいい後ろ回し蹴りが再現できただろうと満足する。
おっと、最後の一人は小物らしく銃器を隠し持っていたようだ。
なまじ戦闘を経験したことがあるのか警告も脅しも無しにノータイムで胴体を狙ってきた。近接戦では頭部を狙うよりも確実に命中する胴体を撃ち抜きその後じっくり止めを刺すつもりのようだ。
男がトリガーを引くと銃口から弾頭が放た――//思考加速//――れ火花と薬莢が排出されるも、世界の時間がゆっくり流れて行く。
空中で空気を掻きまわしながら回転している弾頭を優しく摘み取った。
銃を構え発砲している男は早漏なのか加速するえるしぃの思考世界の中でマガジンに内包している銃弾を全て撃ち切る。
えるしぃちゃんが思考加速を終了させると、撃ち尽くした銃器のトリガーを半狂乱になりながら引き続けている。
平気な顔をしているえるしぃちゃんに目を剥いて驚いており、わざとらしく摘み取った弾頭を手の中からパラパラと見せつけるように床へ落とした。
銃器を投げつけ逃走を図ろうとしたので接近し、背後を見せたので膝裏を踏み抜いた。床に倒れて足を抱えて恐怖していたのでゆっくりと近づいて行く。
「や、やめろ!! 俺は鎌瀬組の若頭だぞッ!! 生きている限りてめぇらを追い詰めて――」
――それは大変だ、記憶を飛ばさなきゃ。
寝転がる男の頭部目掛けて蹴り足をゆっくりと引いて行く。見せつけるように、死刑を宣告する死神の様に。
「お、おい、やめ、辞めろ、死ぬ、死んじまう、死んじまうって言ってんだ――ガッ」
鈍い音が室内に響く。――ゴッゴッゴッゴッゴッ、と。蹴り続けた靴には男の汚い血液が付着し不快そうに顔を顰めるえるしぃちゃん。
ようやく男共も鎮圧し女性を解放しようとベットの方へ目を剥けると、次に殺されるのは私達なのだろうか? と、勘違いした顔で震えながらえるしぃちゃんを見ている。
――はぁ、救助したけれどおちんぎんはこの子達からは貰えそうにないや。
会話がまともに彼女達とできないし後処理が面倒だと思いながら男達のお財布を探し始めた。
かませぐみを たおした!
じょせい ふたりの いふのめを かくとく
えるしぃ は 150000えんを てにいれた!
縛られた女性の拘束を解放し部屋のお風呂場で汚れた手と血塗られた靴を綺麗に洗う。顎に掌底を食らわせた男の眠りが浅かったのでついでに止めを刺しておいた。その際に、女性にビビられた様子。
せっかく女性を颯爽と助けたのに締まらないなぁと、えるしぃちゃんは世の理不尽を呪うのであった。
だが、これでお家賃を稼ぐことが出来たとうんうんと頷くも、結局追いはぎと変わんねえな、と。ぼやくのであった。
彼女は壊れてきている事に気が付いていない。
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