第15話ミッション発動
警察に連絡を入れ詳細な説明を行っている最中に母親の居場所が判明、なぜか救急搬送されているとの事、あんまりにもあんまりな状況だったので問答無用で一時保護が決定された。もちろん、母子ともに住んでいた住居の住民たちへの聞き取り調査や、通っていた学校への調査も裏取りで入るらしい。
次の日の朝には保護してくれる施設の関係者がお迎えに来てくれるらしく、えるしぃちゃんと少女は一緒に朝ごはんを作り食べさせっこをしている最中であった。
「ほ~ら、特売で買い過ぎた卵で作ったサンドイッチだぞ~美味しいぞ~」
おひとり様ひとつ五十円の卵(Lサイズ大玉)を欲張って五パックも購入してしまったために、えるしぃちゃん一人では食べきれなかったのだ。
「んまんまんま。――美味しい。あいがと」
「ふふっ、どういたしまして」
どう考えても子供が食べきれない量をドンドコ食べさせているえるしぃ、消化吸収を魔法で促進させ、少女の身体を急速に健康体へと促している。
おこうさんだねーと頭をよしよしすると、嬉しそうにくすぐったがっている。えるしぃちゃんも可愛いけど、この子も可愛いよね、と。内心思っている。
食事を取り終えた頃に保護施設の人間が少女を迎えに来ると手を繋いで車へと一緒に乗ろうとしていた。その時少女が足を止め、えるしぃちゃんに声を掛けた。
「――また、また一緒にご飯を食べてくれる?」
ふふふ。と、えるしぃちゃんは全人類を魅了するような優しい微笑みで答える。
「いつでもご飯を食べに来て良いのよ? ――あなたが大人になっても、おばあちゃんになってもね」
いつまでも変わらない関係性をえるしぃは言葉に示す。幼い少女には言葉の真意までは理解できないだろうが、その返事に少女は大満足し笑顔で去って行った。
誰もいなくなった瞬間、顔が青ざめゲロを吐きそうになっていた。
少女の前ではコミュ障クソ雑魚エルフの一面を見せまいと一生懸命我慢していたのだ。少女との別れの時に邪悪なバイザーヘルメットを被らない良識はギリギリ存在していたらしい。――だって、かっこいいお姉ちゃんって思われたいじゃん。と、自身に言い聞かせ頑張っていた。
「――すぅ。――ふぅ。――すぅ。――はぁ」
自宅のドアを開け室内に入った。えるしぃちゃんはゆっくりと深呼吸をし、最後に深く深く息を吸い込んだ。
「――――おちんちんぷるぅんぷるぅん!! おちんちんぷるぅんぷるぅん!!」
ズッコンバッコン腰を前後に振るいながら両手を万歳し、白目を剥きながら奇声を発した。
えるしぃちゃんはシリアスが大っ嫌いだった。背中が痒い痒いになるほど大っ嫌いだった。ハッピーエンドは大好きだけどバットエンドは大っ嫌い。
シリアスなんてぶっ壊せ!! 幼子に最高のハッピーを!! 人生なんて毎日コメディでいいんだよ!!
次に開始した奇行は、少年の頃、誰もが経験した事であろう。
「しゅっしゅっ! しゅっしゅっ!!」
天井に着いているおんぼろ照明から伸びる、紐の先端に付いている玉を的にしてシャドーボクシングを開始する。
――シリアスブレイクッ! シリアスブレイクッ!!
デンプシーなロールを展開しながら激しいワンツーパンチを繰り広げる。
ヒンヤリとしたシリアスムーヴを強烈なストレートでノックアウトしたと判断したえるしぃちゃんは残り少ない麦の飲み物を――カシュッ。一気に飲み干した。――カァーッ!!
激しい運動が終わり良い汗掻いたな、と。額に流れる汗を手で拭う。
さて、エフ・ピー・エスのしゅーてぃんぐゲームを練習しようかなっと、ゴキゲンに座布団へ座る。そして、テーブルに置いてあった銀行の通帳が目に留まった。
「あ、家賃」
Mission 開始である
◇
占い~占いは、いらんかね~? 安いよ~? 正確だよ~?
蚊の鳴くような声で宣伝するえるしぃちゃん。しかし、誰も、気づかない。
お家賃の支払いのタイムリミットは十二時間を切ってしまっている。
おちんぎんを手に入れる為、攻略難易度をちょっと上げ、ようやく常連となったコンビニへ向かうとガラス越しに兄ちゃん店員に念を送る。
『いま、あなたの、頭の中に、声を、届けています』
ビクンッ。と、背筋を伸ばし驚く兄ちゃん店員。お昼時を当に過ぎておりちょっと暇な時間帯であり、うつらうつらと居眠りをこいていたようだ。
キョロキョロと視線を回し声の発生源を探すと、店舗のガラス越しに怪しい人物がこちらを見ているのだ。
『千円下さい』
いきなりバイザーヘルメットを被った不審者に金銭を要求され、緊急通報ボタンを探し始めた兄ちゃん。
『あ、待って、通報しないで、占うから、占っちゃうから』
あ、こいつ。えるしぃちゃんってやつだ!!
兄ちゃん店員は流行に敏感なぱーりぃぴーぽーだったので即座に気が付いた。占いが超絶貴重で的中率百パーセントな事実を知っていたので何を聞こうか悩み始める。
『ふむふむ。言わずとも分かります――彼女はあなたの言葉を待っていますよ』
再びドキリと心臓が止まりそうになる兄ちゃん。実は、長年付き合っていた彼女にプロポーズをする切っ掛けにと就職活動を行っていたのだ。しかし、本当に俺なんかと結婚してくれるのか考えていると鬱になりそうになっていた。
『あなたの縁を辿り彼女の想いが伝わってきました。試しに彼女が抱いている想いをあなたにも感じてもらいましょうか』
次の瞬間、兄ちゃんは胸が切なくなり、とても彼女に会いたくなった。共に年齢を重ねおじいちゃんとおばあちゃんになっても仲睦まじく共に生きて居たいと想ってしまった。――そうか、そうだったのか。
兄ちゃんの胸の内の不安や悩みは一瞬にして晴れ渡り、人生最高の幸福に包まれた。――これが、愛なんだな。
『ふふふ。あなたの悩みは晴れたようですね。――お返しを貰うのはわたしも心苦しいのですが、お家賃代を稼ぐために千円を頂けると、わたしとっても嬉しいです』
なんか、イイハナシダナーの空気が漂っているが現実はコンビニの窓越しに不審者が兄ちゃん店員に念話で金銭を集っているようにしか見えない。
コンビニ制服のポケットに入れていた財布からお札を抜いてコンビニの外へ出てきた兄ちゃん。気遣いのできる性格イケメンであった為、少し離れた位置からえるしぃちゃんにお札を渡した。
「コミュニケーションが苦手だと聞いております。ですので一方的ですがあなたには私から人生最大の敬意と感謝を」
パパッとお金を渡してキッチリと丁寧なお辞儀をすると店内へ戻っていった。
えるしぃちゃんは渡されたお札の絵柄を見て驚愕した。
――ハイパーエリートゆきっちーやんけ!!
コンビニを後にしながらニシシシシと邪悪な笑みを浮かべ『楽勝やんけ!!』と、調子に乗り始めていた。
そのあと、パチンコの当たる台を予想したら、その人からおこづかい貰えるんちゃうか!? と、閃くも頭の上に植木鉢が命中した為断念する。あまりに邪な考えをするとなぜか頭が物理的に負傷するのであった。――ふふふ、オイタは駄目よ?
どっかの内なる女神に怒られながら、次の獲物を見定めるえるしぃちゃん。
先程試みた、離れた場所から念話で声を掛けちゃおう大作戦は成功した。視線はバイザーで防御しながら念話で占い、おちんぎんをパパッと受け取るだけでいいのだ。
食いつきがよさそうな獲物はおらんかね~?
――むむぅ!!
裏路地から裏路地へと隠れ潜むように移動をしているえるしぃちゃんは男子高校生がカツアゲに合っている現場を目撃してしまう。トコトコトコ足音を潜め接近していく。
異世界生活で、えるしぃちゃんはとあるスローガンを掲げていた『盗賊はお財布です』と。
男子高校生の胸倉を掴みながらチンピラ三人は金銭の要求をしていた。金を出さないと躓いて怪我をしちゃうかもね? と。脅しながら。
「ほら、早くお祈り料金を支払いな。無事故の安全祈願つってな! ギャハハハハ!!」
「早くお布施しないとイタイイタイしちゃうぞぉ!」
「バッカお前、そんな事言っちゃうと俺らがカツアゲしているみたいだろ? 自主的に寄付をするのが大事なんだ。なぁ、ボーイ」
震えながら返事をすることもままならない男子高校生。その態度にイラついたのか掴んだ手を前後に激しく揺らし、要求が激しくなってくる。
「や、辞めて下さ――ヒィッ! な、殴らないで!」
「あ゛? なら分かってんだろ? ほれ。早くし――」
会話の途中空からダンプカーが地面に激突したような轟音が響き渡る。音の発生源へ四人は顔を向けると、バイザーヘルメットを被った不審者がいた。
その足元にはアスファルトがバキバキに粉砕され、巨人が地面を踏みしめたように陥没していた。
『動くな』
凍り付く。チンピラたちに下された命令に身体が呼吸する事を忘れ、体温が下がっていく。
『ふむ、確か。早くお祈り料金を支払いな。無事故の安全祈願つってな! だったか? ほれ、我に有り金を支払うといいぞ? 自主的に寄付を行うのが大事なのであろう?』
呼吸ができるようにはなってはいるが、ジワジワと地球に押し付けられるような重圧が数秒ごとに強くなっていく。
『早くしないと事故とやらに合うらしいな。――はようせい』
すでに立つことすら困難な状況になっているチンピラ三人組、この状況を逃れるために地面に這いずりながら財布に入ったお札を献上しようとする。
『遅い。遅いぞ? そこな青年の気持ちをよく理解できたか? これに懲りたのならば下らぬ事をせぬよう心掛けよ。――命を失ってからでは遅いであろう?』
えるしぃちゃんの足元に散らばったお札を全て回収した時には、チンピラ三人組は気を失い失禁してしまっていた。
儲かった儲かったとニコニコしながらお札をポッケにないないする。
『そこな青年。ああいう理不尽はどこにでも存在する。回避する
この惨状に声も出せないまま傍観していた青年は脳内に響く声に驚いたままであった。だが、心に響く励ましの声に小さな勇気が湧き始めて来る。
『うむ、強く有れ。自分に芯を持て。さすれば物事は好転し、全てが歓喜となる。人生は長い旅路だ。全力で楽しめよ、若人』
そう言い残すと、バイザーヘルメットウーマンは裏路地を抜け出し、去って行った。
この時の青年は後に武術家として大成することになる。人生を全力で楽しみ、爺になるまでに何十人と言う愛人を囲い、沢山の孫に見守られながら老衰で亡くなる。百二十歳という大往生であり、亡くなった時はとても幸せそうな顔であったそうな。
◇
「むっひょー!! 盗賊狩りは儲かりますなぁ~」
カツアゲをされていた青年に後方師匠面をしながらカッコ良く去って行ったえるしぃちゃん。またしても次なる獲物を探しに街を練り歩いて行く。
Mission Complete まであとちょっと
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