第13話お金がない!

 ――マズイ。


 エフ・ピー・エスというジャンルのがんしゅーてぃんぐを配信する為に、ちょっと練習するぞな!! と、ピコピコ頑張っていたら配信する事を忘れ、夏が終わりかけていたでござるの巻。


 ――マズイ。


 二週間分の食料を買い込み暗闇の中でオンラインゲームをする毎日。麦の飲み物とツマミがとっても美味しくてスーパーに追加で何度か買い物に行っていた記憶だけ残っている。


 ――マズイ。


 あ、そういえば家賃の振り込みが明日だったなと思い出し、銀行のATMへ振込に向かい通帳に入れていたはずの貯金残高を確認しにいったのさ。


 ――マズイ。


 引き落としされるはずの金額が一切残っていませんでした。残っていませんでした。残っていませんでした!!(憤怒)


 ――オゥッ。オゥッ。オゥッ。


 思わずオットセイの鳴き声を銀行の無人ATMで叫び散らし、預金残高のレシートをビリビリに破り捨て、ゴミ箱に叩き込んでやったのさ。


 インフラ関係の振り込み――問題無し。


 食料関係――ギリ問題無し。


 家賃振り込み――アウトォ!!


 かの、邪智暴虐なる大家の婆さんによる、強制家賃取り立てまでのタイムリミットは三十時間程。あの心に余裕のない婆さんは二十四時を過ぎた瞬間にマスターキーを使い、エフ・ピー・エスを快適にプレイできるお気に入りのノートパソコンを搔っ攫て行くはずだ……。


「えるしぃちゃん……。もう駄目かも……」


 自宅への帰り道、力なくトボトボと歩きながら強力な味方であるヴァイスリッター氏へ連絡するも何故か繋がらず。


 そうだ、マッサージでおこづかい貰おうと閃くも、駄菓子屋のシャッターには爺さんと婆さん達でちょっと旅行に行ってくっから! と、張り紙が張られて会えずじまい。


 えるしぃちゃんの住んでいるボロアパートは立地がやや良い為、家賃が八万円と強気のお値段。


 ――そうだ。ユアチューブ君が悪いんだ。


 しかし、ユアチューブ君のCEOに呪詛を吐くもおちんぎんは入ってこない。


 【えるしぃちゃんねる】の登録者数が三百万人を超えようとも収益化の停止が解除されない限り一円の得にもなりやしない。日本国内の登録者ランキングに名を連ねるもここまで貧乏な自称Vチューバーはおるまい。


 極貧生活で山で取れた山菜と公園の生水で生活するのは問題ない(大問題です)


 しかし、リハビリを兼ねた配信活動はえるしぃちゃん的にとってもお気に入りだったのだ。

 

 特に最近、練習してうまくなったエフ・ピー・エスなるゲームで、リスナー達にかっこいいプレイを見せつけ、ドヤ顔で自慢するつもりだったのにまだ達成できていないのだ。


 ――なにか。なにか金策はないものか……。


 ここで世の中のギャンブラーだと、雀荘や競馬、パチンコ店に駆け込むのであるがえるしぃちゃんは可愛くてかしこいのでそんなことはしない。いや、できないのだ。


 致命的なまでに運が悪いから。


 街を歩けばチンピラに絡まれ、旅行に行けば盗賊に襲われ、国を発展させれば戦争を吹っ掛けられる。


 良く財布を落として泣きながら帰ったことなど両手の指で数えきれないほどだ。


 人と接するのは苦手なのでなるべく会話をせずに稼げる仕事は……。


「募金をお願いしま~す! 恵まれない子供たちの為にどうか愛の手を~!」


 帰り道に学生さんらしき若者達が一生懸命声を張り上げながら募金のお願いをしていた。それを見かけてかしこいえるしぃちゃんはピコンと閃いた。


 ――にちゃり。


 邪悪な笑みを浮かべながら良い事を思いついたお礼に財布の中に残っていた小銭を全て募金箱にダンクシュートした。――フッ、釣りはいらねえぜ。


 あやしいフードを被ったえるしぃちゃんに学生は戸惑うも『あ、ありがとうございまーす』と、キチンとお礼をした。――ええんやで。


 かっこよく去っていく小物エルフはスーパーの裏手にある廃棄ダンボール置き場からミカン箱を一つ失敬する。


 家に持ち帰ったダンボールに『一言占い千円ポッキリ。わたしえるしぃちゃん』とマジックペンでカキカキすると以前使用した近未来SFバイザーをシャキーンと装備した。


 ――いざ行かん。


 お客さんとコミュニケーションが取れなかった際の保険を兼ねて、小窓サイズに切り取った二次元変換枠MK2(ダンボール製)を小脇に抱え、夜の街へ繰り出していった。







 Mission はちまんえんをかせごう


 場所は人通りの少ない住宅街。というかえるしぃちゃん家の近所の公園の入り口付近だ。いきなり人通りの多い場所へ行くにはえるしぃちゃん的に難易度がかなり高かったのだ。


 以前の夏コミへ行く際に電車にも乗れたりはしたが、ヴァイスリッター氏への恩とかなり生活費が切羽詰まっていたからだ。


 公園の電灯の下を商売の場所と見定める。


 フェイスラインが緑色に光り顔が一切見えないバイザーを降ろした不審者が、家から持ってきた座布団を道路に敷き、ミカン箱を前面に配置する。


 ――準備完了だ。これで家賃が稼げるハズ!


 いらっしゃっせ~いらっしゃせ~と、心の中で呟きながらお客さんを待つ。


 人が通るたびになるべく道路の端を通り、回避されていることにえるしぃちゃん気付いていない。


 今日はバイザーヘルメットの上に黒いパーカーのフードも被っている為、不審者度が二百パーセントを突破している。


 一時間程待てどもお客さんが来ない……。焦ったえるしぃちゃんはダンボールに書いた文字が見えにくいのかな? と、こてんと首をひねった(違う、そうじゃない)


 ならば! と、人が通るたびに。


 パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンッパパンッ!!

 

 リズムよくダンボールを叩いて主張し始めた。その姿は壊れたおもちゃをたたくチンパンのようで、もし、リスナーがこんなえるしぃちゃんの姿を見ていたら涙を誘っていたであろう。


 稀にOLのお姉さんが悲鳴を上げながら逃げて行ったので、そんなにわたしの占い人気が無いのかな? と、半泣き状態に移行する。


 ミカン箱の上にこてりと頭を力なく置き項垂れていると、視線に影が掛かる。なんじゃろほいと顔を上げてみると、幼い少女がえるしぃちゃんに向けて百円玉を渡そうとしていたのだ。


 小学校低学年くらいだろうか? 遅い時間帯でもないがちょっと不用心だなと思いながら会話をしようとする。実は、コミュ障えるしぃちゃん。子供の相手は大得意であり、まともに会話が成立しちゃったりするのだ。


 シャコッとバイザーを上げて声を掛ける。


「どうしたの? 占って欲しいの?」


「……うん。これで足りる?」


 拾ったのかどうか分からないけれど、ちょっと土が被った百円玉を差し出してきた。少女が来ている洋服も良く見れば擦り切れてボロボロになっており生活環境が良くないことが伺える。


「問題ないよ? 何を聞きたいの?」


「――おかあさんはどこにいるの?」


 その瞬間、全てを理解した。少女の母親は逃げ出したのだ。


 貧乏ながら集合住宅に母親と二人で生活をしていたのだが、母親が再婚をするためには自らの娘が邪魔だった。相手の男性に子供がいる事を隠して交際していたため住んでいる場所も娘も放置して失踪。この幼い少女はここ一か月ほど学校の給食のみで飢えを凌いでいたようだ。


 日頃からインフラ関係の支払いが滞っていた為、水道以外は全滅。このような幼い少女が水風呂を浴びながら母親の帰りを待っていたかと思うと心が苦しくなる。

 

「そ、れは。わかるよ? ――その前に答えて欲しい。おかあさんは好き?」


「…………おとうさんの方が好き。でも、死んじゃったから」


 少女は一生懸命、感情を言葉にしようと頑張っている。家族の愛が少ない子供は言葉に不自由すると聞いたことがある。


「おなかが空いて。だからおかあさんを探しているの」


 理解した。もう少女に母親に対する愛情は残っていないようだ。


「……おいで。お姉ちゃんがなんとかしてあげる」


 バイザーヘルメットを外してゆっくりと優しく少女を抱き締める。幼い身体に異常が出ていると大変なので全力で彼女へ癒しの魔法と幸福の加護を付与していく。


 衰弱していたのか抱っこしてあげると腕の中でスヤスヤと眠ってしまった。


 ――今だけはゆっくり眠りなさい。


 占いの為に用意したダンボールを回収し、少女を寝かせるために家へ帰宅する。

 

 ――家賃のお金稼ぎは明日頑張りましょうかね。


 初日で躓くも幼い少女に救いの手を差し伸べれるのならそれも悪くないかな? と、本物の女神の様な微笑みを浮かべたえるしぃちゃん。背に背負う少女の身体はとても。とても心配になる程軽かった。

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