第12話ゴーストといえば(囁く? バスター? 硬貨?)
【えるしぃちゃんねる】の登録者数は二百万人を超え、なおも伸びてきている。そんな事を全く気にせずコミュニケーション能力を回復させるリハビリ程度にしか捉えていない神聖存在えるしぃちゃん。
実は今、とっても機嫌がよろしい。
夏コミのイベントでヴァイスリッター氏と共に稼いだ軍資金で、そこそこ高性能なノートPCを購入(ヴァイス氏チョイス)
もちろん、念願のオンラインゲームなるもののアカウントの取得や、通話アプリケーション、便利なサイトやソフトをヴァイスリッター氏にお任せして入れて貰っている。
お返しに全力で占いをしたり、最強エルフ流の極上マッサージをお返ししてヴァイスリッターは、えるしぃちゃんにアヘ顔を晒したりしている。――後ほどこってり怒られています。
そこで、えるしぃ考えた。
解像度マシマシになったウェブカメラでなにか面白い企画でもしてやんよ。
時期は丁度お盆の季節。せや! 肝試ししたろ、と。
ただいまの時刻は丑三つ時、引きこもりエルフが最高に活性化するお時間である。バーバリアンエルフの名に嘘偽りはなく荒れた山道をズンドコ歩いて行く。
なんか不思議なパワーでノートパソコンと、セットしてある高解像度カメラを空中に浮かばせ、超絶可愛い自身を撮影している。どう考えても不思議でおかしい現象にリスナーはツッコミたくなるも『こいつには言ってもキリがねぇな』と、諦められている。
「ふんふんふんふん。へぇ~、ダムの建設の時に村人に縛られて置いて行かれたんだねぇ。ふんふんふん、処す? 処しちゃう? え、もういいって? いい子だね~。ほいじゃあ、とびっきりの祈りを送っちゃう! ほいっ! ――では、次の方~。ん? 君は悪い子だね。数百人もの人間を巻き込んでいるね。波ァッ!! ――ったく、無限地獄で永劫に後悔してなッ! ――ほいほい、次の方~。え? 怖いって? 大丈夫だよ~怖くないよ~。早い! うまい! 気持ちいい! の三拍子だよ!!」
:……
:…………
:……おい、なんか言えよ……
:ぅん……。なんだろ
:肝試し企画ってこういうのでしたっけ?
:最怖企画ではなく最強企画なのでは?
:企画だおれ余裕です
:さすえるしぃ
:なんか違う
:なんか、黒い影の人間が行列作っているように見えるのは俺だけ?
:いや、ちゃんとみえてるよ
:ちゃんとって……なんだよ……
:もういやん
:怖いけどなんか怖くない
:幽霊は本当に要るんだなって証明されたな……
ズンドコ山道を進んで行くにつれ、えるしぃちゃんの周りには強力な力を持つ悪霊や、不幸な境遇の幽霊、物の怪の類がぞろぞろと集い始めていた。
神聖な雰囲気を纏うえるしぃちゃんに救いを求めに来たり、その力を奪い取らんと百鬼夜行が現代に蘇ろうとしていた。
普段生活しているアパート周辺にも魑魅魍魎の類はいるのだが、感知されないように、結界を癖で常時展開している為、今回の様な異常事態は起きていない。
肝試しを企画したので張り切って結界を外し、分かりやすく気配を全開で発した所このような状況になってしまった。
解像度が無駄に高いカメラで撮影を行っている為、力の強い幽霊の姿がくっきりと映ってしまう。
四肢が欠損していたり、リアルな髑髏頭だったり、リスナーはスマホやパソコンの前でガクブル震えていた。
「う~ん。キリがないなぁ。範囲指定。善悪識別。自動浄化。発動――≪四神結界≫」
――キュォォォオオ
あらゆる悪霊や妖怪の断末魔が響き渡る。
肝試しの為に心霊スポットを念入りに調べていたえるしぃちゃん。これだ! と、選んだ廃トンネルの周囲数キロが完全に浄化されてしまった。撮れ高など全く気にせず我が道を行くだけなのである。
だが、えるしぃちゃんのうっかりはそんなものではないのだ。ちゃんと、おわかり頂けているだろうか……
:なんか窓の外を見たら天に上る光の柱が見えるんだけど
:奇遇だな、俺もだよ
:私の家からも見えた
:都内在住のリスナーはみんな見えているな
:きれーだねー(棒読み)
:こうしてひとつの心霊スポットが消滅するのであった
:ツブヤイタートレンドに #光の柱 がランクイン
:まぁーた、えるしぃちゃんだよ
:はいはい、えるしぃえるしぃ
:あぁあぁあぁあぁあぁぎゃああぁぁあぁぁあぁ
:え……幽霊さんも見ているの?↑
:こわっ
:おいっ! 光の柱の広がりが止まらねえぞ!
:来てる来てる来てる!
:暖かい……おかぁさん……
東京都全域とまではいかないものの、一つの区が丸ごと光の柱に飲み込まれて行き、墓地や病院に住まう地縛霊や邪悪な霊、隠れ潜み人間の血や命を啜り食っていた妖怪共が消滅していった。
墓地や病院の陰気な場所は、キラキラと清浄な空気が漂い、澄んだ雰囲気となってしまった。だが、人間の負の念や死者の念は油汚れよりも頑固な汚れで構成されており。数週間もすれば清い地域にドンドコ流れ込んでくる。
最近なんか空気綺麗だよね? と、ちょっと朝の占いで良い事が書かれていたぐらいに受け止めると良いと思う、
「ふぅ。頑固な汚れがスッキリサッパリすると気持ちいいよね? ――あ゛ぁ!?」
:むらむらしなくなりました。責任取ってください
:あぁ……えちち本読んでいたけどオラの心は汚れちまってたんだな
:強制賢者モードになりました。オコです
:うちのとーちゃんいつも殴って来るのに、さっき頭撫でられて抱き締められた
:おじいちゃん年齢のウチの犬がピンシャン駆け巡り始めたのだが
:病院に入院していたんだけど周りの患者さんがスクワットし始めてる
:自首します
:これ、ウチの区でもやってくれないかなぁ……
「雰囲気悪くて肝試しに最適だった廃トンネルが新築のピッカピカになっているんだけど……」
トコトコ歩いて行った先には立ち入り禁止の看板が立てられている、暗くてボロボロのはずの廃トンネルが、淡い光を放つご利益抜群の神聖スポットへと生まれ変わってしまっていた。
おそらく、頑固な汚れが溜まっているスポットにえるしぃちゃんが無意識に力を注ぎ込んでしまったのだろう。ウェブカメラに映し出されている廃トンネルを見てリスナー達がキャッキャと喜んでいる。
「うーん、企画倒れ。喜んでくれているならいいんだけど……。突発でなにをすればいいか安価しようかな!! 3チャンネルでも安価は絶対って言ってたし。あ、安価って言うのはね、なんか、その通りにしなければいけないっていうだけで、わたしも良く分かってはいないんだ。ほれほれ、して欲しい事ガンガン書き込むが良い。十秒後にスタートするぞい」
:安価キター
:レスアンカーの意味だろうけど
:安価来ました
:【ヴァイスリッター】やめぇい!
:【きらら】わくわく
:わかってんねぇ!
:[安価とはなんだ? 値段の事なのか?]
:[日本の文化は難しいネ]
:ひゃぁっふう!
:あ・ん・か! あ・ん・か!
:いっくぞー!
かしこいかわいいえるしぃちゃんはズンドコズンドコ言いながらちっさなお胸の前で握りしめた拳をくるくると回して踊り始めた。
背後には綺麗になった廃トンネルが映し出されており、途轍もなくシュールな光景となっている。
「ずんどこ~ずんどこ~ずんどこ~ずんどこ~。スタァップッ!!」
:バッタの踊り食い
:アヘ顔ダブルピース
:[キラキラしたやつもう一回見たいネ]
:【ヴァイスリッター】ウチとでぇとや!
:ノーパンノーパン
:おパンティ様公開
:[うちの国のカタコンベを浄化してくれ]
:【えるしぃ】ここぉッ!↑
:【きらら】あの、一緒にお出かけを……
:廃トンネルを全裸で走破
:リスナーが来るまで帰れまテン
「リスナー共、結構ヤバい事いってんねぇっ!! みんなひどいよ!! あ、【ヴァイスリッター】氏も【きらら】ちゃんもコメント惜しかったね! ――ふんふんふん、え~と、[うちの国のカタコンベを浄化してくれ]だねぇ。これって[一番規模が大きい所でいいの? ちょっと、その指定場所を想像してくれないかな~?](外国語)」
海外勢のコメントを流暢な発音で読み返す。かしこいえるしぃちゃんに不可能なことはないのだ! たぶん。
:えっ。外国語喋れるのえるしぃちゃん
:[え? えーとココです]
:翻訳すると……浄化場所を指定しているようだね
:また、リスナーが分かりづらい事を……でも、世の為にはなるんだろうね
:【ヴァイスリッター】個人的に誘ったろ
:【きらら】ううぅ……ニアピン……
:[何言ってんのぉ!? 司教様激怒すんぞ!?]
:なんか違う意味で大炎上しそうな予感
「ふんふんふん、ちょっと時間かかるけど――――[長き時に渡り、戦乱の世と、混沌とした世に苦しめられし魂よ、汝らに救いを、汝らに未来を、その想い、その魂は、真なる国の礎となれッ!! ≪魂魄還元/国礎錬金≫]
撮影しているウェブカメラではとらえきれないほどの光量が発生し、映像が眩い光に包み込まれる――
◇
えるしぃちゃんの帰って来た地球は実のところ、すこぉ~しだけ世界線がズレちゃっていた。その結果、元居た世界よりも不思議な能力者や魑魅魍魎がズンドコ存在している。
カタコンベの浄化? 楽勝でしょ~。観光地で有名なやつよね? ふんふんふん、と気楽に考えていた。実際の所、対処不可能なほど邪悪な魔や悪霊が湧き出てきており、年間通してかなりの人数の対魔機関の人間が犠牲になっていた。
対魔機関である神聖アクデゥキレウス正教の精鋭は、地下から湧き出てくる魔なるものを聖術式を使用し、辛うじて封じ込めていた。
「くそッ!! 年々、魔の力が増加してきてやがる!? こんな事に任命されるなんて体のいい生贄じゃねえか……。――シャルロット。父ちゃんそろそろ家に帰れなくなっちまうかもしれねぇな……」
三交代制で地下への入り口から邪悪なものが溢れ出るのを抑えているが、この国の人間達の業が深くなればなるほど魔なる物は力を増す。カタコンベには過去の英雄や国の礎となった偉人すら眠っている。だからこそ、国を乱し、祈りや願いを踏みにじった民衆への憎しみがドンドン増加して行っているのだ。
「あ。やべぇ。終わったわ――」
展開している聖術式に亀裂が入る。急激な負の増加速度に、現代までに培ってきた聖術式では耐えれなくなってしまったのだ。封印を行っている精鋭の男性の腕は正教内でもピカイチの人物である。
だが、お忘れだろうか?
三交代制を利用してユアチューブの【えるしぃちゃんねる】を同僚がリスナーとして視聴し、コメントで運命を引き当てたことに。
ギリギリ封印が破れそうなときに【えるしぃちゃんねる】を視聴していた同僚が駆け込んでくると聖術式を精一杯展開した。
「オイッ! ジョン! もしかしたら助かるかもしれねえぜッ!! えるしぃちゃんが! えるしぃちゃんがやってくれるっ! やってくれるかもしれねえんだ!!」
「おいおい、死に際に助けに来てくれたことは嬉しいが、寝ぼけてんじゃねえのか? せめて死ぬ前は、シャルロットを抱っこしながら妻とのんびり紅茶を飲みたかったなぁ」
「バッカ!? おめぇ!! えるしぃちゃんを知らないなんてモグリだな。彼女は現代の大聖女なんだぜ!? ――――おっと。我らがプリティーエンジェルは間に合ったみたいだぜ!? 空を見てみな!」
聖術式を展開しながら精鋭の二人は暗闇に包まれる空を見上げた。
――神の一撃
――女神降臨
――天界落下
後に様々な呼び方をされる大事件、いや、救国の女神が舞い降りた。
「エドウィン。空から、空から女神が降ってきているんだが」
「ああ、そうだともそうだとも。ははっ、ははははははっ、えるしぃちゃん、いや、えるしぃ様は本物の女神だったんだ! ははっ、ははははははははっ!!」
「おい、大丈夫か? まぁ、巨大な女神の形をした光が降ってくれば自分の頭が正常か疑っちまうよな……。神よ。救いをありがとう――」
ジョンとエドウィンのいるカタコンベの入り口へ、国中から視認できるほどの巨大な女神の形をした光が直撃した。
その瞬間二人は女神に抱擁されたような暖かさと強烈な神聖力を得る事となった。
地下深くに蔓延る魔の勢力は塵すら残らず消滅し、英雄や偉人たちは国の大地へと還って行った。
すぐさま神聖アクデゥキレウス正教に連なる関係者を緊急招集が成され大規模な調査が開始された。その結果、新たなる聖人クラスの精鋭の誕生と、カタコンベが聖域と化してしまった事実だけが残った。
その聖人二人はえるしぃ様を絶対の神として讃え、正教内で異端審問に掛けられることとなる。だが、聖術式を行使できる聖人クラスの実力者の為、不問とされることになった。
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