第11話世界がゲロインに気付いた

 1Kのボロアパートの一室。電気を消して暗闇の中にションボリな雰囲気を漂わせているポンコツ可愛いエルフちゃんがいた。


 近年インターネットのコンテンツが普及し、視聴する事が少なくなったTV番組をボケッと口を開けながら見つめている。キラキラの銀髪は絡まってボサボサになり、長いお耳も心なしか垂れ下がっている。


 視聴している番組は昼頃に放送されているニュース番組で、先日、夏コミで起きた人質をとった犯人に対しての反応と、本当に隠す気があるのかツッコミたくなるほどの雑なモザイクを掛けられた謎の美少女・自称VチューバーL.Cさん(年齢不詳)とテロップが添えられている。


 超スローモーションでえるしぃちゃんが行った瞬歩と、犯人に触れることなくぶっ飛ばした映像が専門家により検証されている。


 撮影された映像をいくらコマ割りしても瞬間移動としか思えない移動方法に専門家たちはウンウンと頭を捻り、凶器である包丁の柄を超絶技巧で蹴り飛ばした瞬間に賞賛し、拳圧で吹き飛ばしたところで驚愕する。(モザイクが全く仕事をしていません)


 検証企画として、東京ビックリサイトの撮影スペースのえるしぃちゃんが瞬歩を行ったアスファルトの地面が映し出されるとスタジオの出演者は絶句する。


 アスファルトの地面が陥没しバキバキに罅割れていたのだ、明らかに人外の脚力で踏みしめられたと思われる場所には小さめの足跡がくっきり残っていた。


 拳大に陥没したアスファルトは瞬間的に数十トンもの重圧がかからなければ陥没しないことが科学的に証明された。


 ゲストとして招かれたどっかのハゲた専門家が目をギラギラさせながら美少女の足を鑑定していた。いわく、人類の到達点である超人なのかもしれない、と。


 超絶無敵流の総師範代もゲストとしてやってきており『彼女に勝る素晴らしい“武”を今まで見た事が無いッ!』と、大きな声を上げて大絶賛である。


 そして、辛うじてカメラで捉えられた犯人の拘束する手をやんわりと払いのけ、次の瞬間に犯人は撮影するカメラから消え去っていた。


 そこでいつもなにかと難癖を付けている胡散臭いコメンテーターが『過剰防衛だ! 暴力女め!』と、喚き散らし冷ややかな目で見られている。


 さすがに、触れてすらいないのに傷害罪だのなんだの言うのは言いがかりを超えていたので、こっそり喧しいおばさんのマイクのスイッチが切られた。


 実際、スピーディーに人質を救出し犯人を撃退したえるしぃちゃんを称賛する声が世間では大多数を占めている。


 その結果はチャンネル登録者数にも表れており【えるしぃちゃんねる】の登録者数は二百万人を突破している。


 ――だが。


 映像が切り替わり犯人も警察官に捕らわれているシーンが映し出された、そしてリポーターが駆け寄り英雄に対してインタービューを試みる。


 美しい顔面が食用の味乗りを張り付けた方がマシなモザイクで彩られ、抑えきれない美貌が全国へ晒される。


 リポーターがマイクを突きつけ質問を行った後“例のシーン”が、放送規制音(ピー)処理され荒めのモザイクが掛けられた。


 その映像をみるスタジオの出演者達は苦笑いしながらも『ちょっと……欠点がある方が人気が出ると思います』と、雑なフォローをする始末。


 もちろんノーカット、ノーモザイク版はネット上に大量に拡散してしまっており、超人的な武も、人間を超越した美貌も、世間の人間に知られてしまっている。


「――お゛~んお゛んお゛んお゛ん! リスナーどもぉッ!! わたしをおもちゃにして飯がうまいかッ!? うまいんだな!? そうなんだろう!?」


 ガチで半泣きぎみのえるしぃちゃんはノートパソコンに向かって叫び散らす。実は、ニュース番組を同時視聴するという企画を行っており、TV番組の放映権など知った事かとウェブカメラで一緒に見ているのである。


 えるしぃちゃん的には雑なモザイクに自身の汚点を国中に放映しているのだから、たんまり出演料を毟り取りたい気分だ。


:日本的人気に嫉妬してまう

:大・人・気!

:圧倒的ゲロイン

:涙拭けよ

:現場で見ていたんだけどマジ凄かったわ

:飯がうまい

:マジメシウマ

:えるしぃちゃんはマジで神

:えるしぃちゃんは女神

:え神

:え神

:涙目可愛い

:髪の毛ぼっさぼさやん

:部屋の明かり付けな―


「いいもん! ヴァイスリッター氏がわたしの為に手取り足取り介抱してくれた上に、夏コミの打ち上げで超高級焼肉店に行ったんだからね!?」


 リポーターのマイクに神聖ゲロをぶちまけた後、即座にヴァイスリッターはえるしぃちゃんを確保、会場の医務室に駆け込み汚れた衣装や身体をふきふきしたあと、寝て居るえるしぃちゃんを優しくなでなでしてあげていたのだ。


 えるしぃちゃんに事情聴取を警察官は行おうとしたのだが、ヴァイスリッターが激怒、犯人を撃退した英雄は深刻な対人恐怖症と主張し代わりに受け答えを行った。


 目を覚ましたころにはイベントは終了しており、えるしぃちゃんはヴァイスリッターに高級な個室完備の焼肉店へ連れて行かれる。


 ぱっくぱっくと幸せそうに高級和牛を頬張り、肉一枚に対して異常な量の白ご飯をかきこむ姿は貧乏性が抜けていないことを見て取れ、ヴァイスリッターはホロリと涙した。


 その際にイベントの収益を全て渡そうとしたのだがえるしぃちゃんは拒否、キッチリ折半しそこそこ高額な報酬を得ることに成功するのであった。


 ちなみに、自宅バレをヴァイスリッター氏にはしているがえるしぃちゃんからの信頼が厚い為問題は無い。それからお互いの連絡先を交換して、えるしぃちゃんはうっきうきであった。なぜなら使い古したスマホの連絡先に友達が皆無であったからだ。


「でも売り子さんを頑張ってもらった報酬で支払い関連が終わったのは超うれしぴい。出演料を支払っていないTV局はマジ許すまじ」


:あ、やっぱり貰ってないんだ

:宣伝してやってるんだって思っていそう

:他局がやってるからウチもええやろ精神

:電気料金払えてえらい

:家賃回収をまぬがれたんやな

:これが自転車操業というものなんですね

:なお、収益化

:収益化とはいったい

:【ヴァイスリッター】美味しいお仕事あったら連絡するでぇ

:ユアチューブ君……


「お゛ん? ヴァイスリッター氏はマジ神。コミュ障クソ雑魚ナメクジの唯一の友達です」


 ヴァイスリッター氏との友情アピールを忘れないえるしぃちゃん、バインバイン美女との繋がりを切ってなるものかと必死なのである。


 突然、暗い室内のテーブルにコロコロとダイスを振り始めた。


:どしたん?

:暗い部屋でテレビの明かりが照らされている横顔怖いw

:一体だれを呪うんだい!?

:TV局の責任者逃げて~

:なんかダイスに黒い霧が纏わりついている

:ひぃっ!

:逃げろぉ!


「ふむ、ふむ、ふむ。誰とは言わんが――悪意を持ってわたしを利用しようとした人間の股間が排泄の度に激痛が走る呪いを掛けて置いたよ~きゃぴぃ」


:きゃぴい(痛い)

:あいたたたたた

:現代科学では解明できない仕返しw

:傷害罪を立証できないw

:ざまぁ!

:急なぶりっ子

:えるしぃちゃんもう化けの皮はがれてるで!

:猫ちゃん被れていませんよ

:最初期の「えるしぃちゃんでぇ~す」はどこに無いなった?


「きゅんきゅん☆きゃぴるぅん! えるしぃちゃんでぇ~す! ――なんか、もう、いっかな~。全国区でゲロぶちまけちゃったし…………。お゛ろろろ~ん、お゛ろろろ~ん」


 実は結構ダメージがでかいえるしぃちゃん。思い出すたびに半泣き涙目になっています。ヴァイスリッター氏も配信を見ながらお世話したくてたまらない模様。


:泣かないで

:まぁ、うん、もし自分だったら耐えれないわ

:でも、新たな性癖が目覚めそうだよあの映像

:美しいモノはなにをしても美しいのだと思った

:あのゲロマイクはもはや聖遺物

:気分転換に占いしよー

:切り替えて行こうよ

:応援してるよ

:助けてくれてありがとう


「ぐすっ、ぐすっ。んぅ? おお、リスナーの中にあの時の人質になったえちちなお姉さんがおるやん。早く怪我が良くなるよう祈るねー≪継続治癒≫」


 暗い室内にポウッと、緑色の光が輝く。それはとても暖かく神聖な光を伴っていた。


:あの子がおるんや

:ああー、神聖おパンティ様のレイヤーさんか!

:あの子有名な子だよね

:本人が名前出してるから言うけど【きららちゃん】だよね?

:唐突の治癒魔法ワロタ

:えるしぃちゃんならできるんじゃないかと思ってしまう

:これ、マジなん?

:手からLED光

:フォースの輝きですね

:【きらら】痛みが……無くなりました!

:まじぃ?


「急速に治ると不都合がありそうだし、その方が痕が残らないように治るからね? まぁ、えるしぃちゃんの気まぐれと思ってね? ――さて、気分を変えて占っていこっかな~、わたしがコメントを打って指定するから気になる質問を記入してね」


 登録者数二百万人の中にはニュースを見た海外勢も存在しており多種多様な言語も入ってきている。


:彼女が浮気しているかどうか

:災害予想を聞きたいね

:ノト6の当選番号!

:ノ

:[私を占って]

:[俺も俺も]

:おお、海外ニキ、ネキもおるんやな

:ノ

:[奇跡を見たい]

:【えるしぃ】ここぉ↑

:勝たせてもろてるお馬ちゃんの予想!

:明日パチンコで勝てるかどうか


「ほんほんほん。奇跡を見たい……とな、先程、治癒を見せたタイミングといい運命と言う名の縁がリスナーにはあったのかもしれないね~。ちょっと、待ってね」


 ゆっくり、ゆっくりと顔の前に合わせた手を掲げ目を閉じるえるしぃちゃん。合掌した手の隙間から濃い緑色の光が溢れ出していく。


「ん~、ちょっと死にたくなるほどの激痛が走るけど我慢してね? ――我が祈り、我が願い、縁を辿り、彼の者を癒せ≪欠損再生≫」


 配信を見ているリスナーには理解できないだろうが米国の病院に入院している高官である軍人の欠損した利き腕が緑に輝き、切り落とした部位から筋繊維と骨が伸びて行き再生していっている。もちろん、神経が通っている為とんでもない量の脂汗が流れ、高官軍人の絶叫が病院内に響き渡っている。


 入院している軍人の叫び声に気付いた関係者がその光景を見て『オーマイゴッ!』『アメイジング!』『神は存在したッ!』と、大騒ぎになっている。


 ちなみにそれっぽい呪文をえるしぃちゃんは呟いてはいるが、本当は必要なく、神聖っぽい空気と凄さを演出したら褒められるんじゃね? と、かなり打算的である。


「うんうん。たぶん? 届いていると思う。たまにちょろっと人を助けて自己肯定感が増すのはいいよね? よっし! 気分転換できたし今日の配信はここまで~! ば~いび~! エンディングッ! ――って無いんだけどね。もし誰かわたしのエンディング映像作ってくれて送ってくれたら占ってあげるよ~? よろ~」


:ばいび~!

:ばいび~

:どんな奇跡が起きたんだ……

:[なんか神々しさを感じたが……]

:[次を期待するか]

:ばいびー

:エンディング作れば占ってもらえるだとぉ!

:えるしぃちゃんツブヤイター始めたらいいのに

:メールフォーム見ていないだろ彼女

:【きらら】ばいび~

:【ヴァイスリッター】髪ぐらいちゃんとしいやぁ~

:ばいび~


 高度な映像技術を持つリスナー達が一斉に動き出す。神絵師と呼ばれるリスナーもチャンネルのバナーやオープニングに使用してもらえるかもしれないと作業を開始した。この、情報は瞬く間に拡散されツブヤイターのトレンドランキングに、#えるしぃちゃん公募、#えるしぃエンディング募集、#神の奇跡、と、海外のツブヤイターでもランキングに上昇し始めていた。


 傷病軍人の腕が生えるという奇跡も、病院関係者や入院患者たちの口をふさぐことができず、証拠の画像付きで拡散する。その、神の奇跡ともいえる魔法の様な行為にえるしぃちゃんが教会関係者や政府組織、軍人達からも目を付けられる。


 毎回、ツブヤイターでも大炎上を起こしていたえるしぃちゃんだが今回は桁が違った。大国が、世界が、えるしぃちゃんの価値に気が付き始めたのだ。


 そんな渦中のえるしぃちゃんは、出入り禁止されていない近所のスーパーへ行き、おひとり様一つ限定の卵の特売を、店を出てもう一回購入するというせこい行動を繰り広げているのであった。

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