第10話歴史的瞬間(不名誉)

「ふんふんふんふんふんふんふん――ふはッ! 髪の毛が鼻の中にッ!」


 ショートカットの黒髪バインバインアネゴ系美女、ヴァイスリッターの香しい体臭を吸うのに集中する余り、髪の毛で鼻の穴をおファックするという高度なプレイを展開するえるしぃちゃん。


「なにしとんねん!? えるしぃちゃんも随分遠慮がなくなってきたなぁ~、体臭嗅ぐんのもええけど、ウチがしとるコスもよう見て欲しいわ」


 背が高くスタイル抜群のヴァイスリッターのコスプレは、美しい肩を出したピッチピチのラバー素材で、股に食い込む黒のハイレグが最高にえちちである。それに、ローライズのデニムから見えるおケツの割れ目が見えている。――思わず、少佐ァッ! と叫びたくなるのを心のゴーストが我慢する。

 

 一生懸命ヴァイスリッターに抱き付いて、周囲のオス共の視線からこのお尻を守るのだッ! と、えるしぃちゃんは股座に感じるお尻の柔らかさを感じながら決心する。


 ちなみに、えるしぃちゃんの神官ローブの中身は肌にピッタリ吸い付くボクサーパンツを愛用している。女性物の下着である、おパンティやショーツを履かない主義――ではなく、そのような知識が皆無なのである。


 そんな貧乳でハイなエルフは当然――――ノーブラである。ノーブラである(重要)


「すんませーん、この子が撮影したいらしいんでお願いしてもええですか?」


 軽いジャブとしてちょっとえちちなふとともが見える姫騎士衣装コスドレスアーマーの女性と撮影交渉をする――ヴァイスリッターが。


「おっけーです! どの子が撮影を――!」


 背後に子泣き爺の様にへばりついているえるしぃちゃんに気付いたコスプレイヤーは固まった。レイヤー界隈でも【えるしぃちゃんねる】のリスナーは多く存在し、多大な影響力を持っている。実は、夏コミの間にえるしぃちゃんのエルフ姿がツブヤイターで拡散され、チャンネル登録者数がシレッと百万人を突破しているもよう(収益化は停止したままです)


 登録者〇〇万人突破記念配信? そんなもの一度もした事ありません。


 ざわ……ざわわ……と、周囲の空気がざわめき始める。リスナー達は未だに決めかねている。本当にえるしぃちゃんがコミュ障クソ雑魚ナメクジ……なのかと。


 ものは試しだとヴァイスリッターの背後にいる超絶可愛いハイなエルフにコスプレイヤーさんが近づくと――面白いようにブルブルと震え始め、冷や汗を掻き始めている。


 よーしよし、と言いながらヴァイスリッターが、えるしぃちゃんのちっさなお尻をぽんぽんと叩いた。


「と、いうわけやんな。ちょっと離れてからやけど撮影ええか?」


「ええ、もちろんです! 気にせずドンドン撮影してくださいね!」


 様々なえちちポーズを目の前で取ってくれるコスプレイヤーさんをカシャシャシャシャと激しく連続撮影しいやらしい笑顔を浮かべる変態エルフ。色んな衣装を撮影する為にスマホのストレージを埋め尽くしてやると企んでいるようだ。







 これもう実質セックスじゃね? 実質セックスじゃね?(がいます)


 ヴァイスリッター氏の背中の居心地が自宅の万年床であるせんべい布団を超えた瞬間から、童貞ボーイ(処女ガール)ぽい妄想が全開になっていた。


 スマホのストレージが『もうだめなのぉ、お腹一杯ではいんないのぉ! んほぉ』と悲鳴をキャンキャン上げ始め発熱していた。


 コスプレ撮影と実質セックスの板挟みで、えるしぃちゃんは気づいていないが周囲には物凄い人数のコスプレイヤーや撮影者、夏コミイベントの撮影にTV局からリポーターが生中継で放送を行っていたり、事故や事件の防止のために少数だが近場の警察官もやって来ていた。


 ヴァイスリッターの背中のラバー素材にむわんとした汗をたっぷり掻いているときに“それは”起きた。




 ――きゃあああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあっ!!


 

 

 現在いる撮影エリアからやや遠い位置で女性の悲鳴が上がった。それに続き男性の怒号が聞こえたり様々な叫び声が飛び交っていた。


 それに気付いたヴァイスリッターはえるしぃを関わらせるのは危険と即座に判断し建物の中へ避難しようとするも、いつの間にか背中に張り付くのを辞め険しい顔をした彼女が地に足を付け遠くを眺めていた。


「なんか起きたみたいやな、えるしぃちゃん! 建物の中に避難するで!?」


 細い腕を優しく引っ張って誘導しようともビクともしない。


 ――なんやこの雰囲気。下半身にビリビリくるやん。メスになってまう。


 キリリとした切れたナイフのような気配が周囲に漂い、えるしぃちゃんがえるしぃ様となっていた。


 その空気の伝播に周囲が気づき始めると自然と道を開け、えるしぃロードが出来上がっていく。


 ――これは……ついて行くしかないようやな。


 えるしぃちゃんの少し後方に臣従する配下の如くついて行くヴァイスリッター、ちょっと騎士ごっこができて満更でもない様子。


 悲鳴が上がった現場に近づいていくと怒号を上げ周囲の野次馬を散らしている警察官と現場の状況をTVで生放送しているリポーターと、騒動の原因である犯人が人質に刃物のようなものを首に突きつけている様子が視界に入って来た。


「離れないさいッ! 犯人は凶器を持っている! 撮影をして犯人を刺激するんじゃないッ! そこのTV局もだ!」


「ただいま現場は騒然としております! 先程、撮影中犯人と思われる男が女性コスプレイヤーに近寄ると突然刃物のようなものを出し、背後から首元に突きつけているようです! 偶然近くにいた警察関係者が犯人と交渉を試みており未だ膠着状態が続いております!!」


 警察官が説得するもTV局は報道の自由を叫び、耳に入ってくるいざこざに犯人すらイラつかせている。


「うるっせぇぞっ!! 貴様らぁ! 黙って道を開けやがれ! 俺はきらりちゃんと二人で幸せな家庭を築かなければいけないんだよ! ふひ。ほら、どけよ? どけっつってんだろぉぉぉおおおおぉぉぉ!!」


 叫びながら人質であるきらりちゃんの首元の包丁を当てながら引きづっている犯人。当然、刃が食い込み首からは少なくない血液が漏れ出している、さすがにヤバいと思ったのか野次馬である撮影者たちが混乱して蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「やめろ! 逃げるのを邪魔をしないから人質の女性の怪我だけは気を付けてくれ!   首から出血しているんだ!?」


 これ以上刺激すると人質の生命が危険と判断しじりじりと交代をし始める警察官たち、周囲には野次馬がまだ存在しており銃器を持って威嚇も発砲も出来ない最悪の状況だ。


 さすがにTV局のリポーターも先程より離れた位置からちゃっかりと撮影を再開している。   


 リポーターが再び状況を繰り返し説明を始めようとすると――脳内に極大の警告が走る、人間の獣の本能と言うべきか、声を発する事ができなくなる。


 ――どけ。

 

 ぼそりと小さな声を発したのも関わらず周囲の人間達は迅速に行動を移した。えるしぃロードが広がっていき犯人の驚愕する顔を確認できる位置にまでハイなエルフはやって来た。


 現場の最前線にいる警察官達は犯人と交渉しながらどうやって取り押さえようかとヤキモキしていると周囲の様子がおかしい事に気が付いた。


 後方からやって来る常人が持ち得ない凄まじい“気”の持ち主があどけない少女であったからだ。警察官は武道を修めている人間が多く存在しているが、その中でも激しい訓練の末に人間の気配というものを読み取れるようになった達人が現場にはいた。


 ――なんだ、なんなんだあの少女は……ウチの師匠どころじゃねぇ、全身から凶器としか思えない気配を発してやがる。近づけば――殺られる。


 しかし、強靭な精神力を持つも気を感じ取れない警察官が一生懸命少女に声を掛けた。


「君! 近づくと危険だ! 下がりなさい!」


 頑張った。この警察官は頑張った。なんかおっかない空気を放つ美少女が居るんだもん。ちょっと、尿漏れしたけど頑張った。


「――うむ。任せよ」


「はっ! お任せいたします! 閣下!」


 ラノベのメインヒロインの様に即落ちニコマ楽勝です。対ありでした。


 なぜか言葉に従いたくなり甘く抗えない忠誠心が若手の警察官に発生した。うっかり、お任せしますと発言した辺り後日始末書ものになりそうだ。


 犯人とえるしぃちゃんの距離が声を掛ければ届く距離にまで近づいてしまった。周囲の警察官も抗えない威圧に現場の推移を窺うばかりだ。


「!! 貴様は、貴様はなんなんだよぉぉぉぉおおおぉぉぉ!!」


 根源より来たる抗えない恐怖が犯人の魂から発せられる。手に持った包丁はプルプルと震え、えるしぃちゃんへと向けられる。


 スーパー異世界戦士である、えるしぃちゃんは巧みな仕草だけでヘイトコントロールを行い、犯人の意識を自らへと誘導していたのだった。


「――おんし。自首するのならば五秒待とう。我が許すはそれまでよ」


「! うっせ! ぶっ殺すぞ! 来るなよ!? 来るなよぉぉおぉ!!」


 えるしぃちゃんは自首し悔い改めるのならば暴力的に行かなくて楽ができるかな? と、思っていたけれど犯人は諦めていないようす。


 ――三。二。一。


 心の中で律儀に五秒を数え、犯人の短い寿命を刈り取る死神が起動する。


 ――シュッ――コォンッ!


 自首を促していたえるしぃちゃんの姿が瞬きの間に消えており、犯人が振り回していた包丁が宙を舞い地面へ音を立てて落ちて行った。


 金糸の美しい神官のローブから透き通るようなおみ足が太もものスリットから出ており、犯人の拳のすぐそばで止まっていた。恐らく絶妙な力加減で包丁の柄を蹴り上げ強制的に武装解除したのだろ。


 犯人も人質も引き攣った顔でえるしぃちゃんの顔を見て尿漏れする。地獄の悪鬼すら裸足で逃げ出す凄みを感じたからだ。


 のちに犯人はこう語った――――死ぬ瞬間ってああいうものなんですね。ええ、罪を償い社会貢献できるよう努力していきます。だって、一度死んだんですから。


 えるしぃちゃんはぬらりと右腕を引き絞り、左手を目標身向かって掲げ弓を番えるような構えになった。


「――歯ぁ、食いしばれ」


 放たれた拳は犯人の永久歯を粉々に粉砕し後方へ吹き飛んでいった。十メートル程滞空したのち地面に頭と身体を何度もぶつけるように回転し、会場のコンクリート壁にぶち当たり停止した。


 もちろん人質を掴んでいた犯人の手を、掲げていた左手でふわりと優しく解除してからの攻撃であった。


 ちなみに、犯人の顔面には触れておらず拳圧での攻撃だ、もし触れていようものなら犯人の頭部が弾け飛びスプラッタ―な現場となっていたであろう。


「うむ、人質を解放し、犯人を撃退した――ほれ、動け」


 完全停止していた周囲の時が動き出した。犯人の上にドカドカと警察官が覆いかぶさり手錠を掛けて行く。女性警察官が人質だった女性に近づくと応急処置を始めた。


 犯人確保までの一連の状況を見ていた野次馬共は歓喜した――えるしぃさんかっけー!! と。


 ――うぉぉぉぉぉおぉおおぉぉぉぉぉぉ!!


 周囲からの拍手と褒めたたえる歓声が上がる。


 その状況の中、TV局のリポーターは犯人を撃退した美少女を見て、これ、数字と取れるんちゃうか!? ゲヘヘと、えるしぃちゃんへと突撃していった。


 その愚かなるリポーターの行動にヴァイスリッターは対応が一歩遅れてしまった。えるしぃちゃんの絶技を見て股間がびしょびしょであったからだ。


「――あのっ!! 犯人を撃退した時のお気持ちをお聞かせください!!」


 プツン。周囲はその時そう聞こえた、張り詰め緊張していた何かが切れてしまった事を。


 えるしぃちゃんがリポーターを前にして田中菊次郎モードに戻ってしまっていたのだ。超絶可愛いかしこいえるしぃちゃんに不遜にもぶっといマイクを突きつけたリポーター、だが、コミュ障クソ雑魚ヨワヨワエルフちゃんがTVの撮影など耐えれるはずがない。耐えれるはずがないのだ。

 

 顔色が血の気の通わない真っ白な色になり、首元からドンドン青くなっていく。


 周囲の野次馬と警察官達の視線が、陽の者であるリポーターの期待する視線が。えるしぃちゃんの許容限界値を超え、ぶっちぎってしまった。


 TV局で現場の生中継に野次馬のツブヤイターでの動画で膨大な人数がこの事件に注目していた、その数は数万、数十万人へとなってしまっていた。


 美少女が華麗に犯人を撃退すれば英雄と持て囃され賞賛されるであろう、だが、だが、ここでえるしぃちゃんはやってしまう。――後世、ネットでその時の画像や動画でずっとおもちゃにされていくことになる。


「――う」


「う? もっと大きな声でお気持ちをお聞かせください!」


 リポーターは、ずずい、とマイクをえるしぃちゃんの口元に近づけてしまった。


「げぼぉォ※※※※――。※※※ッ――」


 えるしぃちゃんから分泌された神聖ゲロは高性能マイクにぶっかけされ、トッピングされてしまった。


 もちろん、嘔吐の瞬間は高性能カメラにも納められ日本国民数十万人が決定的瞬間を目撃してしまった、マイクからは生々しい音が数十秒にわたり美少女の公開ゲロを伝えてしまう。


 生中継されているスタジオも、TVを見ている国民も、現場にいる人間にも、コミュ障エルフの身体を張った時魔法がかけられてしまった。


「えるしぃちゃぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああんっ!!」


 超絶可愛いかしこいえるしぃちゃんの二つ名に不名誉なものがついた歴史的瞬間であった。


 えるしぃちゃんは薄れゆく意識の中最後に聞いたのは、こちらを心配するような優しいヴァイスリッターの叫び声であった。

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