第6話いざ、キャバクラ

「どうしよう……」


 えるしぃちゃんは悩んでいた。


 とってもとっても悩んでいた。


 さっきまで配信を行っており『夏コミ攻略完了! 楽勝じゃ~ん!』とほざいていたのだが、よくよく考えると東京ビックリサイトの会場に行くためには電車に乗らなければいけないのだ。


 ――なにか、なにかいい手はないのか……。


 そこでえるしぃちゃんは部屋の隅でホコリを被っていたあるものを発見し、ピコンと閃いた。閃いちゃったのだ。


 そして“ソレ”を加工する為にボロアパートの室内に神気が漏れないように結界を張り巡らせる。そして手先に細かな魔力を纏わせると錬金術を発動させた。


「ふふふ、これで電車は問題ない筈――――フォーォォォオッ! か、かっこいい……。えるしぃちゃん大天才っ! これで食っていけるんちゃう?」


 えるしぃちゃんの適当に勉強した高位技術である錬金術で加工、製作されたサイバーチックな超未来SF的な装備。


 綺麗で細長く美しい手の中には、カッコよく生まれ変わった――――バイザー付きフェイスヘルメットが。


 無駄に蛍光色で光るグリーンのフェイスラインがフォースの輝きを感じさせ、稼働タイプの目元のバイザーには自身の神殿で使用されていたレリーフが刻み込まれている。


 息が苦しくならないように自動で酸素の循環を行い粉塵、毒性のガス等をシャットアウトする魔道具化された口周りの高性能ガスマスク。シュコォ――シュコォ――と不気味な呼吸音を立てているがえるしぃちゃんは気にしない。


 立派な長いお耳が痛くならないように側頭部は綺麗にカットされている。


 防御力は求めずに人間達の視線と無駄に高性能な嗅覚をカットする事に全力を注いでしまった。


「えーっと、あれはどこにいったかなー? 地球に戻って来た時に来ていた服~」


 えるしぃちゃんの地球へ帰還の際に着ていたお洋服とは、大神官や高位の大魔導士が一本の糸に生命を掛け、大量の魔力や神聖力を注いで作成されたレガシー級の一品である。


 それを貰った本人は神殿内をひょこひょこ散歩する際の普段着程度にしか思

っていないが。







 人の賑わう駅前広場。今日は休日なのだがブラック会社へ通勤するおっちゃんやおばさん、キャピキャピ(死語)している若者達で賑わっている。


 ――シュコォ


 酒に酔ってベンチで朝までベンチで寝て居るホストの兄ちゃん、喫煙所でブラックコーヒーと煙草を嗜むくったくたのスーツを来た営業系のサラリーマン、早朝駅前でナンパ即ハメチャレンジをしているチャラ男系ユアチューバーも居た。


 ――シュコォ 


 休日の為普段より賑わっている広場に異質な存在がカツカツと歩みを進めていた。


 周囲の空気が急激に重くなり暗黒の霧に包まれる。


 あまりの恐怖に煙草の火種が指につこうとも動けないおっさん、即ハメ兄ちゃんの兄ちゃんがバヒュンと縮こまり、下等存在たる人間共はみな歩みを完全に止めた。


 ――シュコォ


 暗黒空間の中に一筋の光の様な存在感を醸し出す。純白の神官系のローブには金糸が丁寧に施されておりキラキラと光が地面に零れ落ちて行っている。


 ――シュコォ


 神聖な輝きを放つ神官系のローブだけであればとても貴き存在と認識できたのだが、顔面を覆う近未来的な裏ボス系で邪悪なバイザー付きフェイスヘルメットから放たれる――強大な畏怖、威圧、絶望。

 

 救いと絶望のアンサンブルが人々の死生観をぐちゃぐちゃに歪ませる。


 死んだかと思えば生きている、絶望したら救われた。そこに存在するだけで神を信じていない日本人に本物の高位存在という物を見せつけ、信仰させる。


 ――カツンッ


 止まった。


 歩みを止めたのだ。


 高位存在が我々下等な存在の前で歩みを止めたのだ。


 不幸にも歩みを止めさせた存在――即ハメチャラ男系ユアチューバーだ。


 ちなみに生配信中で、数万人のリスナーのコメントも停止してしまっている。


『「おい、東京ビックリサイトへ行くには――――どの電車に乗ればいいのだ? 答えよ」』


 高位存在に声を掛けられた兄ちゃんの身体はマッサージ機の様にブルブルと震えていた。問いかけられた言葉の内容を理解しようと、イモムシレベルの『ずのー』をフル回転させた。人生で初めて経験する命を懸けた、本物の『一生懸命』とはこの事だろう。


 周囲の人間達は兄ちゃんに対して。――早く答えろっ! 答えるんだっ! と、股間を湿らせながら懸命に祈り願う。


 周囲から向けられる視線に兄ちゃんは、小学生の頃学校の先生を『お母さん』と呼んだ時以上の羞恥心と恍惚感を得ていた。即ハメチャラ男系配信者としての活動はその時にビクンビクンと感じたエクスタシーを得るためであったのだ。


「はぁっ、ぅんッ! あちらのぉぉぉおっ!(ズッコン) 入り口をぉ!(バッコン) 入ってぇぇぇえっ!(ズッコン) 右ですんっ!!(バッコン)」 


 口元の端から涎を垂らし、前後にズッコンバッコンしながら兄ちゃんは一生懸命答えた。電車の案内をした兄ちゃんに周囲の人間達は尊敬を抱くとともに、兄ちゃんのピストン運動にドン引きしていた。――それはないやろ、と。


『「うむ、大儀であった。――どれ、褒美をやろう。忠実なる下僕共に我は寛容であるからな」』


 パチン、と指パッチンをした高位存在は兄ちゃんに加護のようなものを付与したのだ。


 即ハメ兄ちゃんは股間から煮えたぎるマグマの様な存在を感知した。エレクチオンした兄ちゃんの兄ちゃんは神々しく輝き、愛用しているスキニージーンズの布越しに存在感を主張し始めた。


『「性愛の加護を貴様に与えた。末代に渡るまで子孫が繁栄し、出産の際には安産となるであろう。子を育みこの国に貢献せよ」』


 魂の底まで染み渡る高位存在の言葉に兄ちゃんは歓喜し感動し涙を滂沱の如く流した。その使命を胸に刻み、アスファルトに跪いた。


「――ッ! イエス・ユア・マジェスティィィィィイッ!! この私『珍太郎ちんたろう』は命尽きるまで使命に殉じます!」


 騎士物のロボットアニメで覚えた、なんかエライ人にいうセリフらしいものを全身全霊をもって叫んだ。


 跪いたままの兄ちゃんの側を通り過ぎると、高位存在は駅の構内へ入っていった。しかし同じような事が駅中でも繰り返され電車に乗るまでの数人の『性愛の加護』持ちが誕生した。

 

 高い忠誠心と信仰心を持った加護持ち達はラノベハーレム物を現実で再現し、大企業のCEOとして大成功を収めるのであった。


 数百年に渡り日本と言う国を支え、導き、多くの子孫が繁栄していくのであった。







「ここか……。ついに……ついに到着したぞぉッ!」


 電車の中では自然に放たれる威圧感によって貸し切り状態になったのでとっても快適であった。引きこもりヨワヨワハイなエルフであるえるしぃちゃんは人ごみの中でとっても緊張したのだ。


 ゲロを吐きそうなのを一生懸命我慢した結果、邪悪な気が溢れ出すのを抑えることができなかったのだ。


 人に道を聞けばズッコンバッコン求愛行動を取られ、駅員に切符の買い方を教えて貰えばオタ芸を披露され、電車に乗れば入れ違いに降車してくる人々が一斉にラインダンスを披露しながら退避していった。――あまりにも綺麗なダンスだったのでスマホで撮影してしまったのは内緒だよ。


 東京ビックリサイトの駅前に到着するも【ヴァイスリッター】氏と待ち合わせの時間も場所も聞いていないことに気が付いてしまったのだ。 


 しかも、視界一杯に広がる、ヒト、ヒト、ヒト、時々ボインちゃん。


 コスプレイヤーなるものはイベント開始にならないと、えちちな衣装をタダで披露してくれないと事前に勉強している為に、心の中にそそり立つご立派様を一生懸命鎮めて行く。


 スマホのストレージの空き容量を確認しながらえちちな撮影に想いを馳せ、左右に残像が生まれる神速反復横跳びを披露する。


 このポンコツえるしぃちゃんの貧乏ゆすりは神級のクオリティになってしまうのだ。


小声「えちち、えちち、えちち、えちち……」


 邪悪なバイザー付きガスマスクを被った神官系ローブ不審者が小声で卑猥な事を呟きながら神速反復横跳びをしているのだ、目立たないわけがない。


 そんな不審者に気が付き、接近していくアネゴ系バインバイン黒髪美女が肩を叩き声を掛けた。


「よっ!」


ッ!?」


 卑猥な事しか考えていなかったえちちハイエルフの心臓が一瞬止まり、後方へバク転しながら空中でトリプルアクセルを決めた。


「うおっ! なんや、そんなびっくりせんでもいいやん」


「――【ヴァイスリッター】氏なのか!?」


 リスナーのコメント欄による縁を感じ取り、本人確認余裕のえるしぃちゃん。心強い恩人の出現に涙目になってしまう。


 エルフという種族は人の心や性根を感じ取り易く、ヴァイスリッター氏が善人で、世話焼き女房の気質があることを敏感に感じ取っていたのである。


 しかも、異世界から地球へ帰還した目的である、えちちでバインバインなメス属性と出会ってしまったのだ。


 ヴァイスリッター氏は背が高くスタイルがとてもいい。ボーイッシュな髪型は爽やかさとカッコよさが偏在し、なんかドキドキしてしまう。


 違う意味で緊張感が溢れ出しガチガチ固まってしまう。


「なんや、緊張しとるん? ほら、手ぇ繋いだるから行くよ」


 なんか変な関西弁と博多弁が混ざり合ったアネゴだが、暖かく優しいぷにぷにしたお手々の感触は一生の思い出になりました。マル。

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