第5話【おちんぎん】欲しいの
「わたし、復活。ドッキュンお寿司祭り開催! あったか~いお風呂ってこんなにも素敵で世界が輝いて見える! おかげさまで、わたしのおっぱいもバインバインのプルンプルンよ!!」
ゴキゲンな様子でちっちゃいお胸の前に手を当てて巨乳を表現するジェスチャーを行う。だが悲しい事にクライマーですら登頂を断念する絶壁エルフであった。
:なお、収益化はまだ停止の模様
:収益化停止
:収益化停止
:収益化停止
:貧乳乙
:バインバイン?
:プルンプルン!?
:こんなにも投げ銭をしたくてたまらなくなる配信者はいないと思う
:おいちゃんが電気代払っちゃるけぇ……
ふはははと高笑いが止まらないえるしぃちゃん。貧乳と罵られようともゴキゲンなものはゴキゲンなのだ。
おこずかいを手に入れたおかげで気が大きくなり、なんと値引きされていないパックお寿司を二つも購入してしまったのだ。
「な・ん・とっ! おリッチにも四百五十円もするパックお寿司を二つも購入してしまいましたの。おーほほほほほほ!! なんて贅沢! なんて豪華なのでしょう!!」
パックが開けられたお寿司に付属の小魚の形をした醤油ポットからピュッピュと寿司のネタに醤油を掛けて行く。
割り箸をパキリと割ると自慢げに箸でお寿司を掴みリスナー達に見せびらかす、そして本当に幸せそうにお寿司を小さなお口へ運んでいった。
しかも今回購入したパックお寿司には割引シールも付いておらず、お米が乾燥していないのだ!!
:涙が溢れてPCモニターがまともに見れねぇよ……
:えるしぃちゃん……
:お米が乾燥してなさそうで良かった……
:いくらでも自慢していいんやで
:うんうん、とっても美味しそうでくやしーなぁw
:俺、この子には幸せになって欲しいと真剣に思ったわ
:ママゾンには欲しいモノリストと言うものがあってなぁ
:貧乏でもひたむきに生きる、えるしぃちゃんスコスコのスコ
:ああ、投げ銭がしたい……
もぐもぐもぐ、とリスの様に頬を膨らませながら箸を進めて行く。リスナー達は娘を見守るような優しい気持ちになった。
「実は近所の駄菓子屋の婆さんとベーゴマファイトをしてね、偶然勝っちゃって豪華賞品を貰ったんだ~。ふははは!!」
お寿司の米粒を頬にくっつけながらドヤ顔で近況報告を始める、その姿がとっても可愛かったので誰も注意をしない。もちろん、その可愛い姿の配信画面をスクリーンショットで撮影をしてツブヤイターに投稿されている。
:おー、まじか! おめ!
:ベーゴマファイトw
:なぜにベーゴマ?
:ベーゴマってなんだろ
:豪華というからには図書券とか?
:駄菓子屋だしなあ
:高級お菓子詰め合わせとか?
:ああ、可愛いえるしぃちゃん
:テュイッチのソフトとか
:えるしぃちゃんテュイッチ持ってないよ
:ご飯を奢ってもらったとか?
えるしぃちゃんは歓喜の余り笑顔が溢れてしまう、その笑顔から想像するによほどいい物を貰ったのだろうとリスナーたちは期待する。
「ベーゴマファイトの前に全財産が五十二円しかなくってさ、駄菓子屋に着く前に五十円玉を排水溝に落としちゃったんだ。その賞品が無かったら公園の生水とたんぽぽで飢えを凌いでいたよ。本当に婆さんありがとうね~」
あまりにもあんまりな生活の危機的状況にピタリとコメント欄が停止してしまう。
けれどもウキウキで日常生活を笑顔で報告するえるしぃちゃん。
極貧生活だろうと挫けずに笑顔で居れる彼女はマジで尊いとリスナー達の心は異体同心となる。
「豪華賞品はなんと! 五百円分の駄菓子を貰っちゃったんだぞ~う! いつもは婆さんとの勝負に負けて残念賞のうまいスティック一本と、肩叩き一時間の刑なんだけどね? 残金が残り二円だったから本当にわたしのお腹的にギリギリセーフだったんだよ?」
:ブワッ
:ブワッ
:ブワッ
:勝ててよかったね……
:その笑顔プライスレス
:涙で前が見えません
:もっと賞品もってやれよ婆さん……
:(搾取され隊の名誉会長ですね)
:おい、言っていいのか?
:(言うな。幸せそうなんだからそっとしておこう)
:(婆さん……弁当ぐらい買ってやれよ)
:(言えない、普段から搾取されてるなんて)
「ちょっと賞味期限が一年ぐらい過ぎていたけど、あのジャンキーな味は空腹に最高のスパイスだったよ!! 五百円分の駄菓子でお腹は満足できたんだけど――ベーゴマファイトの前に食わされた賞味期限が三十年以上過ぎたきな粉棒と飴玉は許せん!! 怒ったからバキバキに噛み砕いて婆さんの顔面に叩きつけてやったわ。避けられたけど」
:婆さん……
:それ、廃棄品というレベルを超越している……
:三十年物www
:これはひどい
:これは叩きつけても許されるレベル
:婆さん容赦なし
:た・た・き・つ・け・たw
:行け! えるしぃ! 散弾銃だ!!
実は配信用にちょっとぶりっ子をしているえるしぃちゃん。
リスナーはとっくに気づいているのだが、えるしぃちゃんが被ったつもりでいる化けの皮がドンドンはがれて行っている模様。
そもそもガスを止められて水風呂を浴びる女性配信者の時点で猫を被れていない。
「それからなんだかんだで爺さん婆さん達をわたしのまっさーじで極楽へ導いたらおこづかいを貰ったんだよ。でも極貧生活が回避された訳ではないっ! 承認欲求強めのえるしぃちゃんが【おちんぎん】を稼げる超楽チンポンな副業は無い?」
【おちんぎん】の発音が少し危ういがえるしぃちゃんは本当に副業を探しているようで、投げ銭ができない今リスナー達はちゃんと考えてくれるようだ。
:副業ねぇ、配信者なら稼げるはずなんだけど……
:収益化停止がマジで痛い
:サッ【求人情報誌】働け
:コンビニとか?
:えちちなお店
:新聞配達?
:まず何ができるの?
:雑誌のモデル?
:えるしぃ教の創設
:お悩み相談室
:案件配信?
:通帳の振り込み先教えてくれたら直に投げ銭できるのに
「――ん? 何ができるって? 色々あるよ~? 水不足を解消する為に雨降らしたり、無病息災の加護を付与したり、ゴーストをバスターしたり。でも、なんでこうして配信活動をして稼ごうとしてるのには訳があってね。――ハイパークソ雑魚ナメクジのコミュ障なんだよね……いや、冗談抜きで。コンビニのレジで精算するだけでもマジ
:これはトンチですか?
:コミュ障とはいったい
:霊能力者になろう
:もう、大人しく奉られていなさいよ
:マジ? マジ?
:うせやろ! え、本当に?
:陽の者としか思えん
:【ヴァイス・リッター】夏コミで売り子してや
:雨乞いとか巫女さんだね
「お゛ぉんっ!? 三チャンネルで優しく丁寧に解除申請のやりかたを案内してくれた【ヴァイス・リッター】氏ではないかっ!? だっ、だがしかし、夏コミとは魑魅魍魎が集まる百鬼夜行で、大名行列な下痢便プッシャーが現れる恐怖のイベントなんであろう!?」
:ひどい偏見をみた
:それ、三チャンネルのネタじゃねえの!?
:プッシャー氏は……いたかもしれないが
:【ヴァイス・リッター】ほぉん? 恩を忘れたんやな……突っ立ってるだけで五は出すで?
:えるしぃちゃん売り子してくれんの!?
:まじ来て欲しいわ
:頼む! 祈りよ届け!
:カモォォン!
:こいこいこいこいこい!
:リスナー大歓喜
:愛してるぅぅう!
:超絶可愛いかしこいえるしぃちゃんなら来るよね?
リスナーにちやほやされるコメントが大量に流れ始めると、小物なエルフの承認欲求が満たされグヘヘと涎を垂れ流し始めるえるしぃちゃん。
調子に乗ったハイなエルフは唇に指先を付けてモニターに向けて無駄に投げキッスをし始める。
その仕草は古臭くて老人並みなのだが、絶対的な魅力のせいで様になってしまう。
:百合に目覚めました
:小物臭くて可愛い
:【ヴァイスリッター】ほな、明日展示場でな~
:えるしぃちゃん大丈夫?
:夏コミ明日だよ?
:コミュ障大丈夫?
:ポンコツ可愛い
「――はっ!? ちょっ! 待って! まじ、無理だって!! ――でも【ヴァイスリッター】氏には恩もあるし……あ゛ぁあ゛ぁ~。恩……恩……恩……。ハイなエルフは……恩を忘れない……あっあっあっ――――ゲロ吐きそう」
小物エルフが培ってきたコミュ障は数百年物である。女神モードでの民衆との対話は得意なのであるが、田中菊次郎としての素面なコミュニケーション能力が極端に欠如してしまっているのだ。
ネット弁慶な引きこもりえるしぃちゃんは、リスナーに対してだけ傲慢な態度がとれちゃったりするのだ。
ちなみに、エルフと言う種族は排他的で傲慢ではあるが受けた恩は決して忘れない。地球の一般人が感じる恩とハイエルフの恩の感じ方では極端に違いがあるのだ。
「どうしよう……ねえ、リスナー? 誰かえるしぃちゃんに変装して行ってくれたりしないよね!? 会場でわたしゲロぶちまけてもいいわけ!? えるしぃちゃんゲロ噴水になっちゃうよ!? いいの!?」
:マジ必死やな
:コミュ障ワイ共感する
:恩を感じて迷う当たり優しいよね
:頑張ろう(鼻ホジー)
:そんなんクッソ美少女何人もおるわけないで
:変装(おっさん女装)するか
:えるしぃコスプレ不可能
:神聖ゲロエルフ
:なんか……どきどきしちゃう
一生懸命ウェブカメラに向かて『くわっくわっ』とゲロビームのジェスチャーをするのだが可愛いアヒルにしか見えない。
「あ!? どうしよう……。わたしのVチューバー活動として致命的な問題がある――非存在系超絶可愛いかしこいハイなエルフ設定なんだけど? ヴぁーチャルな存在が夏コミに行ったらVチューバーじゃなくなっちゃう!?」
:……(いまさら?)
:Vチューバーってなんだっけ?(哲学)
:ほーん。ダンボールで枠作って持ち歩けば二次元存在やろ(適当)
:それだっ!!
:本当にするわけ……ないよね?(ダンボール)
:PC画面の枠(手作り)
「ダンボール……そ・れ・だ!!」
:え
:え
:え
:えるしぃちゃん……
:あいたたたたた
:伝説がまた一つ生まれようとしている
:こいつぅ……
:【ヴァイスリッター】ダンボール枠用意しとくわw
:あーあーやっちまった
:まじかw
:大草原不可避
:めっちゃ楽しみやわ
:ヒャッフォォォ!!
えるしぃちゃんの特徴的な銀眼がキラキラと輝き、最高のドヤ顔が炸裂する。リスナー達はその素敵なドヤ顔にこれ以上ツッコミを入れることが出来なくなってしまった。
こうして配信者をしているあたり本人は常識的な現代人ぶってはいるが、異世界に数百年も生活していれば現代的に割と非常識人と化している。田中菊次郎として三十五年生きてはいたがエルシィとしての生活は十倍近い三百年物なのだ。
異世界戦士としてのえるしぃちゃんは戦争が起きたら素手で城門をぶち破り、震脚でお城を粉砕し、手刀を振るえば大地が裂ける。
当時エルシィとして暮らしていたホッコリア王国と周辺国で起きた大戦争で、敵国との絶望的な軍事力の差を覆し、暴虐皇帝ヴァハネロスの支配する大帝国ヴァーハンを滅ぼした闘神エルシィとしても異世界では有名だ。
【慈愛の女神エルシィ】【殺戮の闘神エルシィ】
数多の屍を踏み越え、信仰されたエルシィは精神性が二極化してしまっている。
数千、数万、数百万もの人間を殺戮し、精神的におかしくなり狂ってしまった時期も存在した。
だが、穏やかなホッコリア王国の人々との交流により少しずつ精神が回復していく。
元々、子供や高齢者に好かれやすく、お爺ちゃんやお婆ちゃん、戦争で増大した孤児たちとのコミュニケーションでエルシィは持ち直した。
そして大戦争で殺し尽くした人間の数よりも、数えきれないくらいの人間を救い、導いて行ったのだ。
異世界では二極化した精神性をオンオフハッキリ切り替えていたのだが、地球に帰還してから性格がコロコロ変わりやすくとても不安定になってしまっている。
人を見下し破壊し殺戮する邪悪な性格も、穏やかに優しく導く神聖な性格も、配信者としてポンコツかわいいえるしぃちゃんも【エルシィ・エル・エーテリア】としての一側面に過ぎないのだ。
「ふんふふ~ん! 夏コミ攻・略・完・了! 楽勝じゃ~ん! ゆきっちー五人が待ってるわぁ~」
:スッ(祈る姿勢)
:スッ(手を合わせる)
:スンッ(チベットスナギツネのような顔)
:スッ(ハンカチを差し出す用意)
:スッ(癇癪に巻き込まれたくないので逃走の準備)
:スッ(会場でお布施をする為の素振りをゆきっちーで行う)
「じゃあ、貰ったおちんぎんで何を食べるか考えるから、また明日会場でね~ばいび~!!」
人はそれを『フラグ』と呼ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます