第3話合言葉は

「ステータスオープンッヌッ!!」


状態異常

【ガス料金6235円】【電気料金12456円】【水道使用料4532円】


 夢見る少年や中年達が異世界に転生したら一番最初に唱える魔法の言葉を叫びつつ、請求書を室内で高らかに掲げるえるしぃちゃん。


 請求書には『はよ払わんかいボケェ! 支払い期日過ぎとるんじゃ!』と書いてありとっても不愉快である。(エルフ翻訳です)


 仮にも美少女と自覚があるのでお肌と髪の毛の手入れを怠っておらず、ガス料金と水道使用料がちょっとお高めなのである。


 すでに状態異常を超え瀕死の状態にまで陥っており、几帳面なガス会社のお兄さんにガスの元栓を目敏くも閉められてしまった。


 こういう時ぐらいうっかり元栓を閉め忘れればいいのに……とガス会社のお兄さんへ呪詛を吐いていく小物エルフ。


 伝説の一人暮らしを始めたばかりの青年達は覚えておかないといけない三大要素がある。インフラ会社の堪忍袋はガスが一ヵ月、電気は二ヵ月、水道は三ヵ月、と覚えておくと良い。

 

 給料日前にパチンコ屋にありがねを全部ブチ込む猛者共にとっても必須の暗記事項だ! ここテストにでますよ!! 


 サバイバーの基本である呼吸は三分、水は三日、食料は三週間、の方が役に立つので間違えないでね?


 【えるしぃ通帳】に入金される予定であった【おちんぎん】は未だに振り込まれていない。振り込む詐欺を働いたユアチューブくんは彼女を裏切ったのだ……。


 ユアチューブくんの利用規約を読み飛ばし仕組みを理解していなかったえるぃちゃん。収益化停止を解除する申請のやり方が全くわかりません。


 苦肉の策で、スレッドなるものでボコボコに攻め立てられトラウマになりかけている三チャンネルの住民に協力を要請。


 偶然にも出会った心優しき三チャンネルの貴重な住民に親切丁寧に教えて貰う事に成功する。その奇跡の様な出会いが唯一の心の支えとなっている。


 頻度は多少落ちたが配信を継続して行っており、開幕の合言葉が光合成と水風呂しか勝たん!! になりつつある。


 えるしぃちゃんの貧乏生活の様子が語られると、絶望感と悲壮感がダブルで美味しく味わえる体験がリスナーに襲い掛かってくる。


 異世界にて心身ともに鍛えられたえるしぃちゃんは一か月の断食も震える寒さの水風呂も問題ないのだ……。


 しかし、電気料金とお家賃のリミットである一ヵ月以内におちんぎんを手に入れ支払いを行わなければ、アパートの一階に住まうオーナーである婆さんが怒り狂ってしまう。


 怒りで我を忘れた婆さんはマスターキーを使用して室内に入り込み、なけなしの物品を質屋に叩き込んでしまうのだ。


 Vチューバー活動(笑)は立派な職業なんやッ!! と収益停止されたえるしぃちゃんは主張しております。


 登録者八十万人を突破した超絶大人気【えるしぃチャンネル】。


 このままでは配信活動をするための神器であるおんぼろノートパソコンが、婆さんの魔の手によって質屋に入れられてしまう。


 さらに継続的な収入が無いとバレてしまうとおんぼろアパートですら追い出されてしまう。


 公園のベンチにダンボールを敷いて光合成と水道水だけのサバイバル生活を始めねばならなくなるのだ。


 その話を懇々とリスナーに語って聞かせたところ。


:競馬の結果を占って自分で当てればいいじゃん(笑)

:占いの天才なんでしょ?w

:ハハッ! 楽しみですねぇ~

:高性能ダンボール買ってあげるよ

:ベンチがお家のハイエルフw

:ああ、今日も飯が美味い!!

:投げ銭しようとしたのにできないなんて残念だな~


 と、鼻を鳴らしながら盛大にディスってくるのだ。


 唐突だが最高に可愛い賢いえるしぃちゃんの弱点を発表しよう。


「わたしが関わる金銭的な事柄には占いはできねぇんだよっ!! バーカバーカ!! リスナー共に通勤中に屁が止まらなくなる呪いを掛けてやる……全力でなッ!!」


 リスナー共と低レベルな争いを繰り広げながら、テーブルの上に有り金を全て放り出す。チャリンッ……カラン……。


もちもの

【52円】


 ――オマイガッー!



 スーパーでなんか凄いアイテムボックス。別名:異次元空間庫。その内部に大量の金貨や食料、家具や魔道具などを入れていたのにも関わらず。極大魔法で地球に転移してからいくら探しても見つからない。


 たんまりお金を貯めていたら銀行が倒産して引き出せなくなった時よりもひどい状況だ。


 ここ三日ほど水道水で空腹を誤魔化していたのだが、おなかが『限界だよぉ』と悲鳴を上げていた。


 腹ペココミュ障なエルフは食料を手に入れる為に一番近いコンビニへ行くことすら難易度が高い。


 何故ならばハイカラな店員さんの担当するレジに近づくことができないからだ。


 そこでエルフはピコンと思いついた。


 学校付近にある駄菓子屋の婆さんならばコミュ障のエルフでもコミュニケーションが取れる。そいつから五十二円分の駄菓子を購入する。それが貧弱エルフハンターによって狩りが成功するギリギリ確率だ。


 ゴムが伸びきったジャージの下半身に不審者御用達の黒パーカーを装備すると玄関ドアを潜る。意を決して外出するもギンギラギンに太陽が照りつけ、秒殺で溶けそうになった。やはり現実社会とはこのように引きこもりに厳しいのか……。


「あっちゅい」


 そう、今の季節はギンギラサマー!! 夏真っ盛りなのだ。


 この駄エルフ、スーパーに行く際も汗を掻く事も厭わずに不審者パーカーで買い物に出かける筋金入りの引きこもりコミュ障なのである。


 夏真っ盛りという事は少年少女共は夏休み期間に入っており、駄菓子屋さんには思春期野郎共がたむろしているのである。


 だが、コンビニの兄ちゃん店員よりはマシなハズだ……と、えるしぃちゃんは高い『ずのー』によって判断したのだ。


 重量を少しでも軽くするために小銭を抜き取った財布を床に放り投げる。財布の重量分エルフの敏捷性はコンマ五ぐらいはアップしている……ハズッ!!


 俯きながらコソコソと歩行する不審者は右手の指の隙間に五十円玉と一円玉を装備すると『ナックルダスターだぜぇ』と呟きながら冒険者ごっこをしている。

 

 外見だけは絶世の美少女百パーセントなのに、少年心を忘れない三百三十五歳であった。


 マンションの陰から陰へと素早く渡り歩き、余計な汗を掻きながら移動するちんまいエルフ。裏路地を抜けると間もなく駄菓子屋さんが見えてくるはずだ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ。もう、すぐ――おぇっ……うまいスティックと、はっちゃんイカが購入できる」


 真夏に黒パーカーと言う自殺志願者ルックで脱水症状に陥りそうになっています。


 食料(駄菓子)を購入しすぐ近くの公園の生水をごちそうになるという完璧なエルフ的サバイバル計画を、賢い高性能エルフ頭脳でピコーンと立てている。


 しかし、無情にも滴り落る大量の汗で『ね、チュー、しよう(熱中症)』に陥ってしまったっ!


 ちなみにリスナーから熱中症をゆっくりと言って下さいと懇願され、渋々発言した時の事をとっても後悔している。


『ね、チューしよう』などと言わせたクソリスナーには、下痢便の呪いを全力で掛けてやったので報復行動は完了している。


 実は、えるしぃちゃん魔法でお水を出せるのだが、神々しさが溢れ出し大変目立ってしまう。普段の生活ではなるべく魔法の使用を控えているのであった。


 ようやく駄菓子屋の入り口が見えてくると、死にかけていた瞳の中に希望の光が灯る。


 クソ熱い駄菓子屋に入店しようとするも、少年少女達ボーイ・アンド・ガールがキャッキャと『ボケッとモンスター』を通信プレイしており、えるしぃちゃんの行く手を阻んでいるのだ。


 テュイッチなる高級ゲーム機を楽し気に向け合い、贅沢にも高級品であるトン麺を啜りながらガリガリちゃんを齧ってやがる。ファッ〇クア〇ッ!!


「わたしなんて初代ボケっとモンスターの通信進化すらできなかったんだぞぅ……ジャリボーイにジャリガールめ!!」


 仄暗い学生時代の悲しき青春を思い出しながら子供達に呪詛を吐く。


 おちんぎんを手に入れた暁にはテュイッチとボケッとモンスターの最新作を購入し、リスナーと通信進化ごっこを楽しんでやると脳内タスクにメモをする。


 思春期症候群を発症している『ボーィ→エン↑ガールゥ↓(ネット翻訳風発音)』たちを退治するべく作戦を計画していく。


 しかし、生命力が低下している現在の状況でキッズ達を撃退するのに、ハイなエルフには難易度が高すぎる。


 パーリィピーポォ達には止まって見えるシャドーボクシングを駄菓子屋の入り口付近で披露し始める。――シュッ! シュッ!


 小声「(ォラッ! シュッ! 早くッ! シュッ! お家に帰ってッ! シュッ! マミーのパイオツでもッ! シュッ! チュパりやがれッ! シュッ!)」


 この、神聖ハイなエルフ。下水の匂いがするクソみたいな性格である。


 握りしめた金属硬貨が若干変形しかけているが気付いていない。


 駄菓子屋の婆さんがクソエルフに気付くと強烈なガンを飛ばしてきた。――だが、そのような婆の眼力に怯えるような事は高貴たるハイエルフにはないッ!!


 実はえるしぃちゃん良く閉店間際に来店し、ボソボソと数回程度の会話が成立するほどの超常連である。


 異世界でも強烈な信仰を獲得し民衆に拝まれ始めるまで、良く近所の爺さん婆さん達と茶をすすりながら世間話をしたものだ。(百五十歳頃)


 そのため『対爺婆GBさん耐性B+』が付いているのだッ!! もはや概念兵装と言っても過言ではない。


「あんたぁッ!!」


「ひぃぃぃぃぃいいいいい!!」


 婆さんの強烈な喝に対婆さん耐性B+をぶち抜かれ、握っていた五十円玉を投げ飛ばしてしまった。


 少年少女達に関わっちゃいけない不審人物と思われたのか、みんなで遊んでいたテュイッチをカバンに収納するとそそくさと退散していった。


「あんた、こんな時間に来るという事は…………素寒貧なんだね?」


「――ですぅ。小銭――落とし……た」


 びっくりして地面に尻もちを着いた時に、なけなしの小銭が排水溝に落ちる瞬間を婆さんは目ざとく目撃していたようだ。


 ――駄菓子屋の婆さんはサイコメトラーなのか!? と、えるしぃちゃんの聞き取れない声量にも関わらず意思の疎通が可能となっており『この婆さんなら仲良くしてやらんでもない』と傲慢にも思っているようだ。


「ほれ――食って行きな。賞味期限が過ぎちまってるけど多分食えるさね」


 なんかよく分からない当たり付きのカラフルな飴玉と、薄っすら蜘蛛の巣が張っているきな粉棒を投げ渡された。


 異世界の森の中で生活していた時は毒キノコを喰らい尽くしてきており、鍛えられたハイパー胃袋の前には賞味期限をぶっちぎった駄菓子など怖くもない。


 ちょっと色が悪くなりカチカチに乾燥したきな粉棒にガリリと齧りつく。


 ――これ、石みてぇに固いし無味無臭なんだけど。


 強靭な歯を持つえるしぃちゃんは様々な物を噛み砕けるが、無味無臭の硬化したコンクリートの様な物は――決して食べ物ではない。

 

 美味しくないものを食べさせられイラっとしたえるしぃちゃんは、婆さん顔面に砂利状に砕けたきな粉棒を『ポゥッ』と散弾銃の如く吹きかけ(回避されました)最期の救いメシ・アであるカラフルな飴玉に齧りつく。


 ガリガリと嚙み砕きじゅんわりと広がる甘味に感動する。――そうそう、これが食べ物という物質なんだ。


 砂糖に賞味期限は確か存在していなかったハズだ! と、クソ役に立たない脳内図鑑が答えをはじき出す。


 ――これがいつの商品なのか分からないけれど貴重なカロリーになっているよねっ!!

 

「ああ、その飴ちゃんは裏の倉庫を解体する時に見つけた商品なんだよ。数十年前ここに店を開きに引っ越して来た時に仕入れたモノなんだけどね」


「――テッメッ! ババアッ! ボッコボコにすっぞ!!」


 おい、貴様。何十年前の話だゴラッ!! さすがに温厚なハイなエルフである、えるしぃちゃんもプンスカトサカにきちゃう話である。


 この婆さんに義理人情と言うものは存在していないのだ。せっかく超常連の貢献者(千円分ぐらい購入)であるわたしを謀ったなッ!!


 にちゃりと笑う婆さんとの対決の火ぶたが切って落とされた。

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