第2話収益化停止……だとッ!!

 1kの狭いボロアパートに生息するえるしぃちゃん。


 超絶美少女TSエルフに転生する前に退職していた仕事の貯金でギリギリ生活する事が出来ていた。


 キャップにサングラス、ちょっと草臥れたパーカーにマスクを着用して近所のスーパーで値引き品の総菜とシュワシュワの麦の飲み物をこそこそと買い込んでいた。


 レジの店員さんとの接触すらしたくないえるしぃちゃんは、買い物カゴ一杯に一週間分の食料を敷き詰める。


 熱心な節約魂で愛用しているエコバックを肩に掛け、買い物に勤しむ地球に優しいえるしぃちゃん。


 本来は森の中でこそ真価を発揮するハイなエルフなのだが残念ながら都会に生えているのは高層ビルの森しか存在しない。心の拠り所がなく弱体化するヨワヨワエルフなのだがとっても大好物お高い麦の飲み物で心を震わせている。


「うぅ~、見てるかなぁ~、見てるよなぁ~。配信画面は人の顔が見えないし会話もしないから大丈夫なんだけどな~。絶対変な人だって思われちゃってるよぅ~」


 えるしぃちゃんの全身を引きこもりコーディネートで覆い隠しているものの、溢れ出る神々しさは隠しきれていない。むしろ空気が若干澄み渡ったりしている。


 都会の空気の汚染度が高い為、周囲の人間を森林浴している気分にさせる高性能空気清浄機えるしぃMK-Ⅱ。


 ひょこんと伸びている長耳はパーカーの側面をモッコリ膨らませている。


「おっ、おおっ!? パックお寿司が半額だぁ~。投げ銭が早く振り込まれれば贅沢できるのになぁ~」


 収益化したばかりなので投げ銭や視聴回数で発生する収益が確定しておらず、貯金しているお金がガリガリと削れていくばかり。


 自身の気分が向いた時に配信を行っていくスタイルなのだが、結構な頻度で配信をしているため結構な稼ぎを叩き出している。


 本人はVチューバーを自称しているが、視聴者は変なコスプレしている超絶美少女と認識している。長い耳の付け根を見ても特殊なメイクなんだろうなと一生懸命Vチューバーを主張するえるしぃちゃんを見てほっこりしているらしい。


 信じれない程の美貌にヴァーチャルでしかありえないと主張する派閥が一定の割合でいるらしい。


 配信する度に世間を騒がせ大炎上し順調に登録者数が増え、現在では三十万人を突破している。本人は『おちんぎんが増えるね!』ぐらいしにか思っていないようだが。


 先日行った配信で暴露されたアイドルの彼氏発覚事件では、事実無根と両者の事務所が主張するも。ユースケきゅんの五股が他の彼女によってリークされ大炎上。


 アイドルであるナナナちゃんもブチギレ、美しい長髪を断髪してから俳優業への転向を表明。もちろん、大炎上した彼ピッピは事務所を解雇され損害賠償を負わされたとかなんとか。


 視聴者の中にいた家族を殺害した犯人は警察へ自首し、自身の罪を全て認めているらしい。


 警察の発表では『えるしぃ様に救われました。家族に会わせてくれてありがとう』と、容疑者がコメントを漏らしている模様。


 そのニュースがテレビで報道されると『えるしぃ様とはなんぞや?』と、一般人の中で話題に。


 とってもあやしい自称・Vチューバーがまたしてもバズるのであった。


 よっこいせと、買い物カゴに敷き詰められた商品をレジの店員に渡し、一生懸命目線が合わないように努力する。


「レジ袋はご利用ですかぁ~?」


「ぃえ。これ、あり、あり、あり、ますっ」


 声が掠れながらも一生懸命、クイックイッと肩にぶら下げたエコバックを主張するえるしぃちゃん。


 えるしぃちゃんを担当したレジの店員さんは、旦那と良く行くパチンコ屋で大負けしておりとっても機嫌が悪い。


 しかも若い女性に対し嫉妬全開で態度が悪いと評判で、実のところ店長にクビにされる寸前の崖っぷちおばさんであった。


「は? いるの? いらないの!? ハッキリ言いなさい!!」


 またあのおばさんかよ、と隣のレジの若いにーちゃんや、周囲の常連さんが嫌そうな顔をする。コミュ障クソ雑魚ナメクジエルフえるしぃはそんな状況でさらにビクビクし始める。


 世界を救ったハイなエルフはコミュ障ではあるが、おばさんにビビっているわけではないのだ! ないのだ!!(二回目)


 一生懸命肩のエコバックを主張するも見ない振りをして、ねちねち問い詰めて来るおばさん店員。


 スーパーの店員としてあるまじき行為に、こいつマジかよと半ギレになる兄ちゃん店員がおばさんを注意しようと移動を開始した――その時。


 ――ズン。


 急に店内が暗闇に包まれるような邪悪な雰囲気が発生する。


 おばさん店員は身体に襲い掛かる重圧を感じた瞬間、大いなる巨人の掌に上から叩き伏せられるように、レジの会計台にたぷんたぷんの二重アゴを強烈に打ち付けた。


 周囲の常連客や兄ちゃん店員も真っすぐ立っていることが出来ず、地面に座り込んでしまう。


 異常な状況の元凶はハッキリと分かっていた。今までおばさんがねちねちと問い詰めていた女性らしきエコバックウーマンであった。


「――立て。ババア。早く。レジを打て。命令だ」


 勅命。神命。支配。脅迫。


 もし逆らえば死ぬ。魂の底まで理解させられ。命令に抗う事叶わず。


 かさかさに乾燥した分厚い唇の端から、汚い唾液を垂れ流しながらおばさんがレジに商品をタンタンと通していく。


 店内には『四百五十円』『二百五十円』『五割引き』とピッピコレジの電子音が淡々と店内に響いている。


 合計金額が表示された瞬間にしゅぱぱぱと、お札を数枚支払っていくエコバックウーマン。店員を介さずに清算が行える自動会計システムの為、自動でお釣りの小銭がチャリンと排出される。


 カゴに積まれた商品が目にもとまらぬ速度でエコバックへと収納されていく。


 スタスタスタとエコバックウーマンが出口を潜ると店内の雰囲気が通常に戻り、限界を超えた重圧に店内の人間は力尽きたように集団で地面に倒れ伏す。


 邪悪な空気の発生源の間近でレジを打っていたおばさんは一気に白髪化し、白目を剥き泡を吹いて崩れ落ちていた。


 この異常事態に店内は混乱の渦に包まれ大騒動となっていたのだが。その、騒動の原因であるえるしぃちゃんといえば――


「はぁ~失敗したなぁ~。あのおばさんがレジを担当しているのを確認し忘れるとは……。もう行きたくないな~あのスーパー。でも、お寿司の割引率が一番高いんだよなぁ、あそこのお店」


 店内にいる人が気絶したり泡を吹いたりした為スーパーは急遽一時閉店、大量の救急車が駆け付けるのだが、その犯人はまったく気づいていない。


 なまじ神聖存在に片足を突っ込んでいるハイなエルフなため命令することに存外慣れている。それなのに本人は意外と庶民的な性根のため、チグハグな精神性の希少動物へと化している。

 

 決してあのおばさんにビビってなんかいないんだからね! と自身に言い聞かせ心を強く保つ。


 今度お店に買い物に行った時は半額のお寿司を二つも買っちゃうぞっ! と、決心しているえるしぃちゃん。


 ちょっと先に未来で、あやしいパーカーを着たエコバックウーマンは、騒動が起きたスーパーに顔写真付きで出入り禁止を通告される絶望的な未来が待っている。傷害罪で訴えられないだけ温情であろう。


 そして泣きながらお家に帰ったえるしぃちゃんが買い溜めしていたカップ麺を啜りながら配信を始め、八つ当たり気味に政治家の汚職を実名と証拠の在りか付きで暴露して大炎上。


 ちなみに自宅に帰ってシュワシュワの麦の飲み物と一緒に食べたお寿司は、お米が乾燥してちょっと固かったようです。





 


「わたしは、わたしは、ぱーりーぴーぽぉっ↑」


 神聖で民衆すら感涙する美声がボロアパートの室内に響き渡る。


 口ずさむ歌の内容は『わたしの心の年齢はティーンエイジャーだよ!』と、一生懸命主張するとってもしょうもない内容であった。


 年季の入ったおんぼろノートパソコンが『もう限界だよぉ』と悲鳴を上げるも奴隷のように酷使してネットサーフィンを楽しむ。


 スッターンッ! と強くエンターキーを叩くのがとっても気持ちが良く、癖になっている模様。そのおかげでボタンがカタカタと外れかけています。


 ノートパソコンの画面にはお気に入りのVチューバーがゲーム配信を行っている様子が映っている。


 えるしぃちゃんは、ふんふんふんと頷きながら勉強しているつもりで視聴する。


 ちなみに自身の配信では勉強している内容が全く反映もされていない上に、低スペックのノートパソコンでは容量の大きいゲームはインストールができない。


 ゲーム配信なるものに挑戦してみちゃうぞ! と、配信方法を検索するも『ぐらぼ』なるものが無ければプレイできないと三チャンネルの住人にボッコボコに罵倒されてしまった。


 可愛い賢いえるしぃちゃんペディアには『三チャンネル』『危険』とインプットされてしまった。


 三チャンネルに書き込んであるコメントの内容に闇を感じた為、そっとブラウザバックし閲覧履歴を全て消去してしまう。


 消去と共にお気に入りのエロサイトの視聴履歴も消してしまったため、半泣きになってしまったえるしぃちゃん。悔しいッ……三チャンネルの住人共めッ!!


 これは配信でリスナー共に愚痴を叩きつけるしかない。


 視聴者なるものはリスナーと言う呼び方もあるんだよ? と三チャンネルスレッドにいた優しい人物に教えられた。


 エルフ脳に微妙に役に立つか分からない新情報がアップデートされはしたが、根本的に配信のスタイルがテキトーなえるしぃちゃん。


 配信開始ボタンを押していざ始めるぞ! と、意気込むも。


「――およ? 収益化が剥奪されている……。だとッ!! ひ、ひぃぃぃぃぁぁぁぁっ!!」


 【投げ銭】なる機能でおちんぎんが増えて行くたびに、一パック寿司、二パック寿司と楽しそうに数えていた庶民派エルフ。


 収益を稼ぐシステムが全てオミットされており顔の表情が固まった。


:祝・収益化停止

:開幕大爆笑!

:今日もメシが美味い

:投げやりな実名の議員告発がまずかったのか?

:マジでわろた

:野草採集が趣味の貧乏エルフちゃんなら大丈夫

:開幕ギャグ最高


 絶望の表情をするえるしぃちゃん。放心状態で口の端から涎が垂れている。


 コメント欄がドッカンドッカンと笑いの渦で盛り上がっていくも、とっても楽しみにしていた現金収入が得られない事実。


 どんよりと濁った銀眼からホロリと涙を流す。


「――わたしにはもう。光合成と公園の水道水しか生活する手段が残されていない。シュワシュワの麦の飲み物があと六本。冷凍うどんが三玉。貯金残高が――三百五十円……」


 その証拠に、自らの銀行通帳の預金残高をリスナー共に見せつける。


:ファーwww

:無事エルフ死亡

:ガチのガチやんけぇ!!

:グロ映像注意

:三百五十円www

:そして登録者数七十万人突破おめでとう

:収益化剥奪わろた

:水wウェwウェw


 未来に希望も抱けず絶望したエルフは銀行通帳を放り投げた。


「ユアチューブ君のCEOとやら……収益化剥奪なるものを解除しておくれ……ふふ、ふふふふ、はぁーはっはっはっは……――なんでだよぉぉぉぉおおぉぉぉ!! どぼじでぇぇぇぇ!! あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ!!!!」


:あかん

:結構な【投げ銭】の金額があったような……

:CEO!!

:やばいやつや

:発狂してもうたやん

:CEO逃げて~

:号泣不可避

:暴露されてまうでー


 じゃんじゃん投げ銭を稼いでいたハイなエルフは一夜にして、大物貧乏配信者として有名になった。


 ひんひん泣きながらリスナー共へ愚痴をぶちまけ、万年床のせんべい布団に潜り込むとふて寝を始めたえるしぃちゃん。


 えるしぃちゃんの貧乏生活はここから始まった。

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