5-2


夜明けの光は寝不足のフィーネには目に染みる。

どれほど時間が経ったのか。そんなことを考えることも煩わしくなる余韻がフィーネの体を包んでいた。

呆気ない顛末に不満も喜びもなく、ただ終わったのかという事実だけがそこにはあった。

ただそれでも目の前で倒れているヘンドリクセンに近づき、呼吸を確認する。

痛みで呻き、汗をかいているが呼吸はしていた。

フィーネとて後味の悪い終わりは好きでは無い。



【フィーネよ、こいつはどうする?】



すっかりいつも通りに戻ったノクスがフィーネに問う。

ノクスの内心が噛み殺しておきたいと言っていることにフィーネは気づき、困った顔を浮かべた。

だがフィーネは首を振り、本校舎のほうに顔を向けた。

瞬間、突風がフィーネ達を駆け抜けた。

思わずの強さに目を瞑るがその風はどことなく優しさを感じた。

これは知っている風だ。



「フィーネよ、無断外出は関心せんのう」



ルカが異変を伝えたのか、はたまたモエニア自身が気づいたのか。

モエニアは2人を見て眉を寄せている。

そしてその後ろには息を切らして駆けつけたチェンバレンが立っていた。

状況が掴めていないのか、チェンバレンはフィーネを捲し立てる。



「ブラック! これはどういうことだ!? なぜ

編入生のヘンドリクセン・ダウルが倒れているんだ!?」

「チェンバレン先生、詳しいことはわしが聞こう。ヘンドリクセンを医務室に運んでくれんかのう?」

「わ、わかりました…」



チェンバレンは困惑を残したまま、ヘンドリクセンを使い魔に乗せて飛んで行った。

その姿が見えなくなると一気に脱力感が駆け抜け、地面に倒れてしまう。

だが固い地面ではなく、受けた感触はふわふわの毛並みだった。



「ノクス…ありがとう…」

【大丈夫か?】

「なんか、緊張がいなくなっちゃって…」

「無理もあるまい。よく頑張ったのう、フィーネ」



モエニアはフィーネとノクスの頭に手を置き、優しく撫でた。

瞬間、目頭に大粒の涙が込み上げた。

モエニアと初めて話したあの日のような後悔や迷いの涙ではなく、今は自身の成長の涙だった。

そんなフィーネはぽつりぽつりと経緯を話した。

編入生のヘンドリクセンが列車の中で噂を流したこと。裏庭で上級生を操って襲わせたこと。フィーネに気づかさせるために日記を盗んだこと。

そして変身薬を使うために妖精の羽を奪っていたこと。

だがフィーネはヘンドリクセンが言っていた『あの方』については触れなかった。

あの方がフィーネのことを知っていて気に入っているのであれば、知り合いや身内の可能性が拭いきれなかったから。

知り合いや身内は数える程しかいないが確証のないものは伝える必要は無いとフィーネ自身で判断したのだ。

モエニアは苦虫を潰したような顔で話を聞き、フィーネに優しく笑いかけた。



「フィーネよ、強い相手に立ち向かい、事件の真相を見つけたことは素晴らしいことだ。じゃがのう、ただ一つ良くないこととすれば大事な友に黙って心配をかけたことかのう。わしより彼女達が怒る方が心に染みるじゃろう」



そう言ったモエニアはフィーネ達を撫でる手に魔力を込めた。

瞬きをした瞬間、風景は一変し、そこはアクリス寮の談話室であった。

モエニアの魔法に驚いたフィーネは尻もちをつき、談話室を見渡すしかなかった。

そして自分に起きたことをようやく理解し、次の行動を考える間もなく誰かが疾風の如くフィーネに抱きつく。



「フィーネ!!なんで!!〜〜っ!!バカ!!ホントにバカよ貴方!!」



それは目を赤く晴らしたルカであった。

フィーネに言いたいことがたくさんあるようだが涙と嗚咽と感情が混じりあっているのだろう。バカとしか言えていない。

そんなフィーネも言わなくてはならないことをたくさんあるのに。

何を言えばいいか、と考えていると今度は背中に温もりを感じた。

どうやら後ろから抱きしめられているようだ。



「……許さないよ、フィーネ」

「ティム…様…」



やっと出た言葉は情けなく、2人の温もりに視界が歪み出す。

2人を危険なことに巻き込みたくない思いで夜な夜な飛び出したが、それがどれほど2人に心配をかけ、そして危険なことだったのか。

2人の真っ赤になった顔や涙声が強ばっていたフィーネの心を溶かしていく。



「ごめん、なさい…っ。でも2人を危険なことに巻き込みたくなくて…!」

「今更だわ!そんなこと貴方の友達になってから分かっていたことよ!!フィーネが好きだから一緒にいるの!ルカ・ペリオンを舐めないでちょうだい!」



ルカは大粒の涙を零し、しかめっ面でフィーネの肩を強く掴む。

肩を掴む手が痛いがその痛みでさえ、今は嬉しい。

それに今ここにいること、死なずにまたルカに会えたことを実感させてくれるようだった。

そしてティムはルカが思いの丈をぶつけている間、黙ったままフィーネに抱きついていた。

程なくして満足したのか、冷静になったルカは顔を洗いたいと共同洗面台へ談話室を出て行ってしまった。



(………ティム様と2人きりになってしまった)



ルカ同様冷静になったフィーネの中には先程の安堵は消えていき、今は違う意味で緊張していた。

抱きしめる力強さといい、先程から無言といい、完全に怒っていることは明白だった。

加えて先程からこの談話室に誰も訪れないことを考えるともう授業の時間なのかもしれない。

そう、今この状況を止めることはルカが戻ってくるしか方法はないのだ。



「フィーネ」

「は、はい…」

「顔見せて」

「も、もちろんです…」



フィーネは緩んだ手を解き、ティムに向き直る。

ルカほどではないが、それでも泣いていたことはわかった。



「ティム様、ごめんなさい。私…」

「…フィーネはいつも頼ってくれるけどこういう大事な時は全部1人で行ってしまうよね」

「そう、でしたか?」

「そうだよ。だからずっと目を離さないようにしてたけど…本当に君は」



ティムの表情は何とも複雑だった。

嬉しいような悲しいような、そして悔しいような。

その表情にフィーネの心臓は一音、高鳴った。

初めて見る顔で、そんな表情をさせたのが他でもない自分であると考えると全身から汗が吹き出しそうになる。

するとティムはむすっと頬を膨らませてフィーネの頬をパンのようにこねる。



「ふぃ、ふぃむしゃま?」

「本当に反省してるの?」

「してまひゅ!」

「それにしてはムカつく顔してたんだけどなぁ」

「ひゃえ?!」



その時、フィーネがどんな顔をしていたのかは見ていたティムしか分からない。

だがティムの顔は年相応のニヒルな笑顔を浮かべていた。

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