4-3



「こんにちはぁ!マダムピルピンのドレス店へようこそ!」



店に入ると満面の笑みを浮かべ、鼻の上のそばかすが愛らしい女性店員が2人を迎えた。

フィーネも驚きながらも「こんにちは…?」と返す。

すると店員はフィーネとティムを交互に見た後にまあまあ!と言いたげに口角を上げる。

その反応にフィーネは慌てて手を離そうとしたがティムの手は固く一向に振り解ける気がしなかった。



(あれ……?もしかして私、いざっていうとき振り解けないんじゃ……?)



呆然としながら繋がれた手を見た。

先程の冷めた気持ちが幻に思えてくる。

今さながらとんでもない人の隣に立っているのではないか、とフィーネは顔を引き攣らせた。

すると店の奥の扉が開き、「お客様かい?」と首に測り紐をぶら下げた女性が現れた。



「聞いたくださいマダム! 今年もイルスターの1年生が来てくださいましたよ!」

「ああ、もうそんな時期だったか。それで私の店に何かお目当てはあったのかい、駒鳥さんたち?」



私の店ということはこの人がマダムピルピンなのだろう。

黒のボブショートの髪には所々翠色が彩られている。帝都でもこの街でも変わった髪色だ。

着ている艶やかな翠のドレスも相まって凛々しい女性を象徴しているようだ。

そんなマダムはフィーネ達を試すように見下ろしている。

結果的に自分でお店に入ることを選んだのだ。

ここでいつもの弱気を出してはきっとマダムに失礼に値するかもしれない。

フィーネはティムの緩んだ手を離して拳を握る。

雰囲気に呑まれそうになるがフィーネは頑張って黒いドレスに目線を向ける。

声も震えないようにお腹に力を入れた。



「あの黒いドレスに惹かれました」

「ほう? 珍しいね、あのドレスに惹かれる子がいるなんて。あっちの桃色や白のドレスじゃなくてあのドレスがいいのかい?」

「はい。綺麗だなと思いました」

「………」



すると何故か店に沈黙が訪れた。

何かおかしな事いってしまっただろうか、と慌ててティムのほうを見る。

ティムもフィーネを見返して首を小さく振っていた。

フィーネが何か言葉をかけようとした瞬間、マダムと女性店員が声を上げて笑いだした。

その笑い声に目を見開いて呆然とするしかできなかった。



「いやあ、すまないすまない! 私がそんなに恐ろしい怪物に見えたのかい?」

「い、いえっ、そういうことじゃなくて…!」

「わかってるよ。怖がらせたのなら悪いね。うちのドレスは『女の武器』として売っているんだ。だからへなちょこの男やコレクション目的で買う女には売らないようにしているのさ。だけど駒鳥というよりは雛鳥だねぇ」

「ごめんなさい、お客様。マダムはイタズラ好きなの、ふふっ」



2人の言葉に体から余分な力が抜ける。

どうやらフィーネの行動は間違いじゃなかったようだ。

するとティムが耳元に近寄り、小さく「良かったね」と囁いた。

フィーネもまた苦笑を浮かべて頷いて応える。

美しい人ほど圧は凄いことをフィーネはまたひとつ学んだ。



「さて雛鳥はあの黒いドレスがご所望だったね。エミリ、試着室の準備を」

「はぁい! 雛鳥様、ごあんな〜い!」



クスクスと笑っていたそばかすの女性店員、エミリはフィーネの肩を掴んで別室に押し進める。

フィーネは戸惑いながらエミリを見上げると「大丈夫よ!さあさあ行きましょ!」と言うだけだ。

ティムに助けを求めるが手を振って見送る体勢だ。ダメだった。

そして試着室に連れ込まれ、見事な手さばきで肌着だけにされた。

勢いに押されて言葉を失っているとマダムも部屋に入ってきて、エミリと共にフィーネに黒いドレスを着せる。

ドレスを着るのは生まれて初めてで感動するかもしれないとフィーネは思っていたが瞬く間に着せられてしまい、感情が追いついていけなかった。



「丈なおしをしたいが、その髪を何とかしないとねぇ。芋のままじゃドレスも可哀想ってもんさ」

「芋…」

「じゃあ化粧もしてみましょうか! うふふっ、やりがいがあるわぁ!」

「けっ、しょう…!?」



フィーネは鏡に映る自分に確かにと頷きそうになる。

ドレスを纏ったはいいが、風でボサボサになった髪と特徴のない顔では着られていることが如実に現れている。

それを自覚したフィーネは全てが終わるまで目を閉じた。

それから2人は魔法で針や化粧筆を動かし、巧みにフィーネを変えていく。

色素の薄い唇に桃色の紅を。余っていていた肩幅の布は華奢な肩に合わせられ。

まとまりのなかった黒髪は三つ編みを描きながら結われていく。

目尻には瞳と同じ色の紺色をのせる。

とても不思議な心地であった。

いつかのナターリヤもドレスを身にまとった日があった。

フィーネは父親似と言えど、ナターリヤの血も引いている。

あの綺麗だと思ったナターリヤに似ているといいな、と願いながらフィーネは目を閉じ続けた。



「できたぞ。やっぱり女が美しくなるところを見るのは気持ちがいいねぇ」

「我ながらうまくいきました! ほら見てください、雛鳥ちゃん」



フィーネは姿鏡の前に誘導され、ゆっくりと目を開いた。

そこには別人にでもなったような、紛れもない自分がいた。

あまりの変貌に目を見開きながら鏡に近づいたり離れたりする。

それと同時にフィーネは何とも言えない高揚感に頬が緩るんだ。

美しく着飾ったナターリヤにはなれないが、化粧をしたせいかどこかナターリヤの面影を感じた。

嬉しくなったフィーネはクルクルと回り、ドレスを靡かせる。

靴もなれないヒールだというのに不思議と足取りは軽やかだ。

もう一度鏡で見ようと振り返った瞬間、試着室に招かれたティムと目が合う。

お互いに目を見開き、無言になる。

さきほどまでの高揚感は一気に羞恥心へと変わっていく。



「フィーネ…」

「ティティティティム様っ!?あぁあうぅあ!?」



恥ずかしさで頭も口も回らず、壊れたからくり人形のように震えるしかできない。

顔を熱くなり、ついティムから背を向けてフィーネはしゃがみ込んだ。



(見られた…! あんなにはしゃいでるところを見られた!! あぁああああ!!)



そんなフィーネを気にすることなく、ティムは迷いなく近づいた。



「フィーネ、立てる?」

「いや、今はその…っ」

「見せて。ドレスは女性の武器なんでしょ? 僕にも見せてほしいな」



少し振り返るとティムの後ろにいるマダムとエミリがその通りだ、と言わんばかりに頷いていた。

確かにここで恥ずかしがってしまっては施してくれた2人にも失礼というもの。

フィーネは唾を飲み込み、ゆっくり立ち上がってティムに向き合った。

先程の笑みはまだ恥ずかしくて作れないが、向き合えたことには自分でも褒めたいくらいに進歩だ。

目の前のティムを見上げる。

そこには耳まで真っ赤になったティムがいた。



(……何故、ティム様が赤くなってるの?)



だがその表情から怒りによるものではなさそうだ。



「……ライバルが増えると困るんだけどなぁ」



ティムはそう言いながらも困ったように微笑んでいた。

その眼差しを直視できなかったフィーネは目を逸らして思う。

ライバルなんて現れても困るだけだ、と。

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