4-2
アクリス寮から胸を弾ませた1年生が走って出ていく。
皆、やはりエディキュール街に行くのが楽しみなのだろう。
この学校は閉鎖的故に娯楽は少ない。
それ故に久々の外出に皆楽しみなのだろう。
だがそれを眺めるフィーネの顔は暗かった。
何故なら今からティムとの買い物デートをするからだ。
するとルカがため息ばかりつくフィーネの背中を軽く叩いた。
「ため息ばかり吐いてると幸せを見失うわよ」
「私はその幸せが分からなくなってきたよ…」
「…フィーネ、そんな人生に疲れた大人みたいなこと言わないほうがいいわよ。にしても許せないわ! 私だってフィーネと出かけたかったのに!」
「でも馬術部の練習があるんでしょ?」
ルカは眉を釣りあげて「そうよ!」と憤る。
何でも馬術部で早くも期待の新人となったルカは大会の練習に付き合わされるとか。
さすがと頷きたいところだが今そんなことをすれば火に油を注ぐことになる。
「あ、そうだ、ルカ」
「何?」
「今日、帰るの遅くなると思う。チェンバレン先生のところに行くから」
「もしかして昨日の私の話と照らし合わせるために?」
「うん。きっとこれで確証が得られると思う」
フィーネは昨晩ルカからの話を聞いた。
話の内容はそばかす男子の証言と合致する部分が多く、着実に犯人との距離が縮まっている。
(きっともうすぐ日記を取り返せる…)
その話とティムとの話で生まれた違和感が噛み合いそうになったのだ。
あとはチェンバレンの証言を得れば真相に辿り着ける。
だから今日のデートは断った方がいいのではと後から焦りを感じたが、ルカはそれを否定した。
せっかくの休日に出かけられるなら出かけた方がいいと後押しされたのだ。
しかもノクスさえ、同じことを言ったのだ。休息が必要だと。
あの頑固な2人に言われてしまえばフィーネも頷くしかなかった。
すると「げっ」と窓の向こうを眺めたルカが声を上げた。
うんざりだと言わんばかりに顔を歪めている。
「どうしたの?」
「貴方の騎士サマ来てるわよ。寮門のところにいるわ」
「え!? 分かれ道の間で落ち合うって言ってたのに!?」
「迎えに来たみたいね。分かれ道の間までフィーネと一緒に入れると思ったのに邪魔が入ったわ」
「そ、その…仲良く! ね?」
「あの勝ち誇ったみたいな顔腹立つわね。殴ってもいいかしら?」
フィーネはこれでもというほど全力で首を振った。
深い息を吐くルカを宥め、出かける準備をした。
今日はどうか穏やかに過ごせるようにと祈るフィーネであった。
---
ルカと別れ、フィーネとティムはエディキュール街を散策していた。
エディキュール街は多くの魔法使いが住んでいる街で魔法使い専用の道具や玩具、帝国で流行っている本やお菓子なんかが売られている。
なんといってもエディキュール街の目玉は食べ歩きである。
ドーナツやチップス、ホットサンドが販売されている。
食べ盛りの学生には嬉しい種類の豊富さだ。
それはフィーネも同じでついつい財布の紐が緩んでしまう。
森ではベルティナが料理を作ってくれたのが野菜中心でお菓子はテイラー邸に薬を売りに行った時にティムや夫人が分けてくれる時くらいしか食べられなかった。
人生で初めての食べ歩きにフィーネは目を輝かせていた。
(ここは学校と比べて妖精が多いな)
中には妖精もおり、驚いたことに人間に混じって商いをしている者もいる。
街は学校と違って賑やかだ。
さきほどから妖精達もフィーネが珍しいのか、楽しそうに体の周りをくるくると飛んでいる。
【人の子だ!人の子だ!私達が見える人の子だ!】
【ここにいてよ! 一緒に遊ぼう!】
(ごめんね、今は遊べないの)
【つまんないのー】
【ねえねえ、2番通り行こうよー!】
【行こう行こう!】
フィーネは苦笑を浮かべた。
妖精達は良くも悪くも人間と違って楽観的で全てが他人事なのだ。
自分達が楽しければ興味の対象もこうしてすぐに変わる。
久々に妖精と話せたからか、賑やかな森にいた頃を思い出す。
瞬間、フィーネは父のある言葉を思い出した。
『妖精はね、祝福を授ける種族なんだよ。だから呪いに関してはとても敏感。もし妖精がいない場所があるならそこには近づいちゃダメだからね、フィーネ』
ずっと疑問だったのだ。
何故、どこにでもいる力なき妖精でさえ学校に居なくて静かだったのか。
カチリと鍵穴に鍵を差し込んだ音がフィーネの中で響く。
「あ、そうだ!フィーネはこういうドレスがいいとかある?」
ティムの言葉に我に返る。
深く考えていたせいか、周りの喧騒さえ聞こえていなかったようだ。
フィーネは口の中のフィッシュチップスを飲み込み、口元についた油を拭った。
現実に戻ってティムの返答を考える。
本当はそんなのないです、と答えたいがティムを困らせるだけだ。
うーんと唸りながら空を仰ぐ。
昨晩、ルカに助言を求めたが驚くほどキリがなかった。
しかも当日どんな化粧を施そうかという話にまで発展してしまった。
フィーネの中では着飾るって難しいという結論が出て寝てしまったのだ。
「ごめん、困らせちゃったね」
「い、いえ! ティム様が悪いわけじゃーーあ」
「フィーネ?」
ティムに謝ろうと視線を向けた先に目を奪われてしまった。
美しい黒いドレスがガラスの向こうに飾られていた。
胸元と袖は繊細な刺繍が施された薄手の生地で肌がうっすらと見えるが下品さは全くない。
メインを飾る黒いドレスは目を奪われるようなデザインだった。
幕開けを示すような美しく大胆なレース。
また金色の糸の刺繍がより一層、上品さを引き立ている。
フィーネは可愛い洋服や流行りなどあまり興味を示せなかったが、このドレスは初めて心の底から着てみてたいと思ってしまった。
ティムのことも忘れて見入ってしまっていたせいか、隣からクスクスと小さな笑い声が聞こえる。
「このドレスが欲しいの?」
「え、あっ、いや…そんなことは…」
「素敵だと思うよ。僕もこのドレスを着たフィーネが見たいな」
「で、でもパーティーに黒のドレスって良くないですよね…」
「黒で来ちゃダメっていうルールは無かったよ。僕はフィーネが美しいと思ったものが良いと思う」
「これ、ルカの方が似合うかもしれないし…」
ドレスをよく見れば見るほど自分に自信が持てなくなる。
ルカのように目を引く美少女でもない。
こんな時フィーネはルカが羨ましくなる。
するとティムから笑顔が消え、真剣な眼差しがフィーネを突き刺した。
「どうしてルカの方なんだい? 今、僕はフィーネの話をしているのに」
「そ、れは…そうですね…ごめんなさい、私の話なのに失礼しました」
「ふふっ、別にいいよ。…確かにルカの顔は整っているとは思うよ。でもね、僕はフィーネにこのドレスを着てもらいたいな。それじゃダメ?」
「……じゃあ、お店に入ってもいいですか?」
「もちろん! 行こう、フィーネ!」
ティムとフィーネはチップスが無くなった空箱をゴミ箱に捨て、店に入っていく。
無意識なのか、意識的にしているのか、ティムが自然にフィーネの手を引く。
いつでもそうだ。
ティムはフィーネが殻にこもりそうになるとこうして手を引いてくれる。
森に引っ越してきた当初も父を失った直後も。
そうしてティムに何度も助けてもらった。
(きっとティム様にはもっと似合う人がいるはずなのに…)
もしも、ティムの隣に立てなくなった時が来てしまったなら。
フィーネはきっとこの手を振りほどくのだろう、とどこか冷めた目で見てしまった。
いつまでも隣にいようとする度胸はないくせに。
そんな自分がほとほと嫌になる。
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