4-1
翌日の午後、アクリス寮の1年生が談話室に集められた。
フィーネとルカは壁際に寄り、談話室を見渡していた。
午前授業が終わった頃にチェンバレンの梟が1年生は談話室に戻るようにと叫びながら校内を飛んでいたのだ。
原理としてはヴォルタがかつて寄こした花を使った伝達と一緒だ。
それが使い魔か花かの違いなだけである。
そしてフィーネ達はそれに従い、談話室で待機していた。
同級生達が何だろうとざわついている。
隣にいるルカも同様である。
だがルカは何となく察しているようで上がる口角を抑えることに必死なようだ。
(この時期に何かあったかな?)
ナターリヤの日記は全て読んだが事細かに内容を覚えている訳では無い。
しかも日が飛び飛びになっているため、1ヶ月丸ごと抜けてるところもあったりもする。
だからルカと違ってこれから起きることは予想できないのだ。
すると談話室の扉が開き、ワンピースドレスを靡かせたチェンバレンが入ってくる。
同級生達は話すのやめ、静かになる。
「全員いるな? ならば良し。週明けの初日に毎年恒例の1年生親交会パーティーを行う。初めての魔法試験への労りや他寮の生徒と親睦を深めるためのパーティーだ。明日からの休日の間に必要なものを麓のエディキュール街で揃えるといい。だが麓に降りる際には申請書が必要になる。寮長のチャンドラーに申請するように。以上だ!」
少しの沈黙が訪れた後、1人また1人と高揚感を抱えながら談話室を出ていった。
皆が浮かれているのは目に見えてわかった。勿論、隣で気合を入れているルカも含めだ。
だがフィーネは浮かれるどころではなかった。
談話室を去ろうとするチェンバレンを慌てて引き止めた。
「チェンバレン先生」
「ブラックか。パーティーの質問ならチャンドラーに」
「いえ、先日の裏庭のことでお願いがあるんです」
他の生徒に聞こえないように囁くように話すとチェンバレンは訝しげに眉をひそめた。
するとチェンバレンも「外で聞こう」と言い、談話室を出た。
フィーネは振り返ってルカに視線を送る。
それを受けたルカは浮かれるのをやめ、使い魔のランラにティムを呼びに行くように指示を出した。
そしてチェンバレンのあとを追った。
フィーネはチェンバレンの1歩後を歩く。
「それで願いとはなんだ?」
「私を襲った上級生に聞きたいことがあるんです。会うを許可をください」
「2度もないとは思うが襲われない保証はないんだぞ?」
「今度はテイラー様と行きます。少なくとも前回と同じようなことは起きないかと」
「そもそも聞きたいこととは何だ」
「上級生の方が私の部屋を荒らした犯人を知っているかもしれないんです」
チェンバレンの顔がより険しくなった。
恐らく寮長からの報告を受けたのだろう。
これはチェンバレンにとっても重要な話になるだろう。
断られる確率は低いだろうと分かっていてもフィーネを見下ろす眼光は恐ろしい。
黒いワンピースドレスも相まって威圧感は増すばかりである。
するとチェンバレンは目力をゆるめ、ため息を吐いた。
「良かろう。テイラーと合流でき次第、指導室に来い。そう長い時間は取れん、いいな?」
「はい、よろしくお願いします」
身を翻したチェンバレンは突風と梟の羽を残して姿を消した。
与えられる時間は短い。
フィーネは急いで本校舎へと向かった。
---
指導室で話を聞いた後、フィーネとティムは天体室にいた。
ランラから知らせが来ないところを見るとルカの調査は終わっていないようだった。
だがそれでもフィーネは震える指を抑えていた。
ティムが優しい手つきで背中を撫で続けてくれている。
話を聞いた結果としてフィーネの予想通りであった。
指導室にいたそばかす男子は包み隠さず話してくれた。
あの日、そばかす男子達がフィーネの噂を話していると見知らぬヒュドラ寮の男子がフィーネの見た目と図書館に向かう予定のことを話してくれたそうだ。
他の上級生達は間に受けなかったがそばかす男子はその話を強く信じた。
『何故か』突然フィーネと戦いたくなった。
だが噂とは全く違ったフィーネに激情に駆られてしまった。
(裏庭で出会った時とまるで違った…)
事件後のそばかす男子にあの時のような威圧感は無く、ただの少年だった。
謹慎を言い渡されて反省したのもあるかもしれないがまるで人が違うようだった。
だからこそフィーネはあの時とは違う恐怖を感じた。
フィーネを襲った時は眼光は鋭く、大きな敵意もない。
あれは彼の潜在意識だったのか、作られたものなのか。
だが見えてきたものがあるからこそ、フィーネの頭は酷く覚めていった。
「フィーネ、落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です…」
「犯人はヒュドラ寮の誰かになるね。僕として犯人は1年生じゃないかと思うよ」
「1年生ですか…?」
首を傾げて隣のティムを見上げた。
「うん、だってその時の列車はほとんどが新入生だろうから。上級生が広めたっていうのはちょっと考えづらいかな」
「それは、そうですね…」
ティムの言うことは可能性としてはあるのだろう。
だが何故だろうか。
フィーネの心にはその可能性がすんなりと腑に落ちないのだ。
脳裏にチェンバレンの険しい顔が浮かぶ。
どうやらまた会いに行かなくてはならないかもしれない。
「ところでフィーネ」
「何ですか?」
「親交会パーティーで僕のパートナーになってくれないかい?」
「…………ぅえ?」
「うえ?」
「あ、いや、何でもないです」
思わぬ話題の変化球にフィーネは目を剥いた。
まさかここでパーティーのパートナーのお誘いとは思わなかったからだ。
しかもフィーネはパーティーに参加する気はこれっぽっちも無かった。
だから自分を着飾るドレスもない。
そんな女が女子を虜にしてしまうティムの隣に立つのは戦争の合図でしかない。
「ティム様、私はパーティーに参加するつもりはなくて…」
「そうなのかい? なら僕も欠席しちゃおう」
フィーネは胸の中で悲鳴をあげた。
このパーティーでティムと『あわよくば』を狙う女子は多いだろう。
なのにそのティムが欠席となれば矛先は原因であるフィーネに突き刺さることになる。
それだけはあってはならない。
「私が参加しないのはドレスを持ってないからなので…!」
「なら明日買いに行こうよ、一緒に」
「へ……?」
「僕とデートしてほしいな、フィーネ」
優しげな顔で首を傾げるティムはゆっくりとフィーネの両手を握った。
着実にフィーネの外堀を埋められている。もはや外壁工事の職人技のようだ。
これに敵う女子はいるのだろうか。
もしかしたらルカなら胸焼けしそうだわ、と一刀両断できそうだ。
(いやいやそうじゃなくて!!)
現実逃避したくなる気持ちを捨て、何とか断れる理由を探す。
だが必死に働く理性と詰め寄ってくるティムの誘惑とほのかに香る甘い匂いにフィーネの体は熱くなっていく。
目も頭もぐるぐると回した結果、フィーネは頷いてしまった。
今のフィーネには上手く断る術は持ち合わせていなかった。
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