3-3
「ありえないわ。誓ってそんなことはしてない」
それはルカのそばにいたフィーネがよく分かっていた。
ふとルカが何かに気づいたのか、「そもそも」小さく呟く。
「なんでフィーネが入学するってバレたのかしら?」
「それは確かに…!」
「だって貴方達は列車を使わなかったじゃない。列車に教師が乗ってたけどあんな噂を流すような方はいないでしょうし。ハロルド様が大々的に発表したわけでもない」
「同じ領から何人か一緒に入学したけど、その子達には入学することを伝えてないし…なんでだろう…」
顎に手をあてるフィーネとは反対にティムが明らかに嫌悪感を表した。
ルカに「どういうこと?」と聞いている。
どうやらティムは列車の話は初耳だったようだ。
無理もない。フィーネもルカに話を聞くまで知ることなんてなかったのだから。
「列車でのことはある程度理解したよ。僕はとりあえず同じ領の子に話を聞いてみるよ」
「いいえ、その必要は無いわ」
「どうして? まさか噂を流した人を知ってるのかい?」
「そのまさかよ、って言いたいけどちょっと違うわ。噂を流した奴を知っている人に心当たりがあるの。だから私から話を聞いてみるわ」
フィーネは無言の拍手を送った。
こんなにも頼もしい少女と友達になれたことをフィーネは心の中で深く感謝した。
気を良くしたのか、ルカは胸を張って高笑いをし始める。
何故だろうか。やっている事は何も悪いことでは無いのにこんなにも悪役に見えてしまうのは。
ティムもまた呆れながら小さな拍手を送った。
どうやらフィーネに付き合ってくれたようだ。
「ああ…気分がいいわ…!」
「それは良かった。で話を戻すけど、ルカはその人物から話を聞く。僕とフィーネは上級生にどうしてフィーネと分かったのか話を聞く。とりあえずはこれでいいのかい?」
「ええ、異論は無いわ。今は情報が少ないもの。動けたとしてもこれくらいじゃないかしら?」
何故ティムと共に上級生と話を聞くのとになっているのかは謎だったが、万が一のことも考えての判断なのだろう。
フィーネは大きく頷いた。
初期試験が終わってもまた慌ただしい日々がやってくるようだ。
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3人で学食を食べたのち、フィーネは誰もいないアクリス寮の談話室で寛いでいた。
部屋で寛いでいてもいいが、今は1人になりたかった。
情報で溢れかえる頭が重い。
すると「こんばんは、ブラックさん」とフィーネ以外誰もいなかった談話室に寮長のフレンが入ってくる。
その姿はパジャマで寝る前にここに来たようだ。
「こんばんは、寮長」
「ここで何をしていたの?」
「えっと、頭を整理したくて…この時間なら誰も来ませんし」
「あら、ごめんなさい! 私が来てしまったわね?」
「いえ! ここは皆の談話室ですから!私こそ…す、すみませんっ」
「ふふっ、意地悪してごめんなさい。…でもあなたに話があって来たの」
ふと和やかだった空気は消え、重たい空気が談話室を包んだ。
フィーネは佇まいを正し、背筋を伸ばした。
周りに誰もいないことを確認した寮長はフィーネの横に座った。
ふわりと石鹸の香りが漂う。
風呂上がりのようで髪や睫毛が少し濡れていた。
同じ女だというのにこうも違うのかという気持ちと美人がすぐそばに居るという緊張で複雑な気分になる。
そんなフィーネの気持ちは伝わることなく、寮長は話を始めた。
「実は盗難があった日ね」
「…はい」
「あなたの部屋に入る人を見たの。丁度裏庭で事件が起きていたタイミングだったと思うわ」
「そ、れは…」
あまりの事実に息を呑まざるおえなかった。
やはり考えは当たっていたようだ。
だが寮長の顔は困惑のままだった。
「でもその時部屋に入ったのはあなただったの…」
「………は?」
ようやく犯人の手がかりが掴めるという高揚感は右肩下がりになる。
フィーネは目を見開いて寮長を見つめる。
すると視線に気づいた寮長は眉を下げて慌てた。
「えっとね!? その時は何も思わなかったんだけど裏庭のことを聞いて、なんだかおかしいと思ったの。本当はすぐに伝えるべきだっただろうけど試験があったし…集中してほしくて、伝えるのが遅れてごめんなさい」
フィーネの頭の中は情報がごった返し、もはや熱を持ち始めた。
この情報は大きな衝撃を与えた。
変身薬でアクリス寮の誰かに変身して忍び込んだのではないか、という推測だったがまさかの変身したのは『フィーネ』だった。
犯人のあまりの大胆さに呆然とするしかなかった。
「寮長、それって」
「……恐らく変身薬でしょうね。明日、チェンバレン先生には伝えようと思ってるわ」
「やっぱり変身薬って危険なもの何ですか?」
「そうね。変身薬は違法薬だもの。あの時のブラックさんが誰なのかは分からないけど侵入を許してしまったのは寮長である私のミスだわ」
ひたすら謝る寮長にフィーネは戸惑いながらも慰めの言葉をかける。
それよりも寮長が見逃してしまうほどの完成度の変身薬を使った犯人が問題なのだ。
完成度が高いだろうと低いだろうと強い副作用はやってくる。
大人の体でも酷い副作用が襲うというのに子供の体で使えばどうなるか、それは一目瞭然。
耐えられるわけがない。
かつて魔法界の法律がまだ完全に制定されていなかった頃、変身薬を使った子供が高熱に倒れて両目の視力を失った事例がある。
視力の他にも歩行能力や筋力、様々だ。
加えて犯罪に使われることがほとんどだった。
これを危険視したため、当時の魔法宰相が禁止法を定めたのだ。
そんな物がこの学校にいる誰かが使っているとなると大問題だ。
寮長がこんなにも怯えているのはそれを危惧し、しかも使っている犯人を見てしまっただからだろう。
(寮長は何も悪くない。…私が入学しなければこんなことには)
ここに来なければ上級生に襲われることも形見が盗まれることも人の目を気にすることもなかった。
寮長を巻き込んでしまったことに心の中に後悔の渦が生まれる。
このままでは顔にまで出そうだ。
フィーネは寮長にお礼を告げ、部屋に戻った。
部屋に明かりは点いておらず、ルカの寝息が小さく聞こえる。
森にいた頃も眠れない夜はこうしてベルティナの寝息を聞いたり、姿なき妖精達の眠り歌を聴いたものだ。
だがこの学校では妖精達の声が全く聞こえない。
静寂がフィーネの心に重圧をかける。
(ベルティナに会いたい…)
フィーネは零れそうになった涙を堪え、静かにベットに潜り込んだ。
枕の下に置いてあるベルティナからの手紙を抱えて目を閉じた。
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