3-1
フィーネは大広間に張り出された初期試験の結果を眺めていた。
評価は
数字がⅠに近づくほど実技成績が悪いとされる。
大広間では喜びや安堵の声、落胆の声が響いていた。
(Ⅳかぁ…)
裏庭の出来事から1週間が経過し、フィーネが待ちに待った成績がここに張り出されている。
同時に起きた盗難事件も含め、フィーネとルカは特別措置として試験は全て別室で行われた。
(まあ、結果としては五分五分か…)
裏庭事件は生徒の中ですっかり広まっていた。
それも相乗効果となりフィーネを天才の妹として見る者は少なくなった。
当初の目的は果たされたが逆にフィーネを遠巻きに見る生徒が増えていた。
そういう所は変わらず居心地が悪かった。
だが今のフィーネにはそんな事を考えている暇はなかったのだ。
盗難事件で奪われたナターリヤの日記を探すことしか頭になかった。
すると自分の成績を確認したルカが「フィーネ、成績どうだった?」と問いかける。
フィーネは苦笑いで返すしかなかった。
「Ⅳだよ」
「授業の時から薄々感じてたけど…まあ、その…これからよ! 私も付き合うわ! 特に飛行魔法は任せて!」
「ありがとう。ルカはどうだったの?」
「私はⅧだったわ。飛行魔法が大きな加点になったのかも」
「もしかしてだけど飛行魔法が得意って私のお母さんの影響だったりする?」
「そうよ。小さい頃に王都の建国祭で赤の魔女を見て、その姿がカッコよくて! だから飛行魔法はすごく練習してたわ!」
ルカは手に拳を作り、目を輝かせて熱弁する。
そんな姿がフィーネには少し羨ましく思えた。
ナターリヤの空を駆ける姿は確かにかっこいいと思っていた記憶はある。
だが母親として触れ合った時間は圧倒的に少ない。
だからフィーネにナターリヤの良さを熱弁されてもどこか他人事のように感じてしまうのだ。
憧れの人ではあるがとても複雑な気持ちになる。
「だからこそ日記を盗んだ犯人は許せないの!」
「あぁ…うん、そうだね」
「で、その事で話があるの。ティムも呼んであるから場所を移しましょ」
「え、どこに行くの?」
フィーネは手を引かれ、大広間を出る。
だがルカは少し歩いたのちにふと立ち止まり、静かに振り返った。
そこには眉を寄せて浮かない顔があった。
何か言い淀んでいるように言葉を選んでいる。
「フィーネ、裏庭のことはごめんなさい。私が無視すれば良かったのに…」
「それはもう大丈夫だよ。それにきっとあの時、無視しても結局巻き込まれていたと思うし」
「…今から行く場所に着いたら私の事、全て話すわ。だからフィーネも、全てじゃなくてもいいから教えて欲しいのよ」
その言葉にフィーネは目を見開いて気づく。
初期試験まで間、ルカは何も聞かずに協力してくれていた。
本当は色々聞きたかったのだろう。
だが入学当初にノクスに人の事情に勝手に踏み込むのは無礼だと言われ、我慢していたのだ。
そう思えば自分には勿体ない友人ができた、と胸が苦しくなった。
だがそんな事を口にしてしまえばルカはまた怒るのだろう。
フィーネは頷き、繋いでいた手を強く握返した。
「私もちゃんと話すよ。全ては難しいけど…」
「いいのよ。それに私はこれからフィーネのことを知れるのが嬉しいし、楽しみはゆっくり味わうものだってお父様も言ってたわ」
「もしかしてルカっていつも好きな物を後で食べるのってそういうこと?」
「ふふっ、当たり! フィーネは私と違って最初に食べるわよね?」
「そうなの。昔、イタズラ好きの妖精に楽しみにしていたお菓子食べられちゃって」
不安の気持ちが消えればいい、とルカに笑顔を見せる。
ルカもまた顔から不安の色は消え、目を細めて笑う。
廊下には2人の少女の笑い声が響く。
悩みなんて無くなってこんな時間がいつまでも続けばいいのに。
フィーネは濁り続ける奥底でそう願った。
---
フィーネが連れらてきた場所は今は使われてない旧校舎の天体室だった。
数十年前までここは占星術の授業で使われていたそうだが、受講するものは年々少なくなっために使われなくなってしまったそうだ。
旧校舎は部室棟として使われているが授業で使わない為、先生の出入りや生徒の出入りも少ない。
これから秘密の話をするには最適の場所なのだ。
フィーネは埃が被った本や天井に描かれた星の地図を眺めた。
「よくこんな場所見つけたね」
「ランラに探してもらったの、秘密の場所になれそうなところを。私の使い魔は優秀だからすぐ見つかったわ。ねえ、ランラ?」
気づかないうちに室内にいたようでにゃあ、と斑模様の猫が鳴き声をあげた。
ルカの使い魔のランラである。
ランラはあまりフィーネの前には姿を見せないがルカと共に行動しているとよく見かける。
ルカはランラを呼び寄せ、顎を撫でる。
気持ちがいいのか、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
やはりこういう光景はいつ見ても心が和む。
だが同時に撫でたい気持ちが強くなり、近づこうとしたがそれを拒むようにフィーネの影が揺れた。
心做しか、唸り声が聞こえてくる気がした。
(後でノクスをもふもふしてやる…)
フィーネは気持ちをぐっと抑えてルカの気が済むまでただ眺めた。
程なくして入口の扉が開き、そこには呼び出されたティムがいた。
フィーネの顔を見るなり、嬉しそうに微笑んでいる。
(……余計にややこしくなった気がする)
フィーネは近づくティムから半歩ほど距離を空ける。
だがティムは気にする様子はなく、離れれば離れるほど近づこうとする。
そんな事をしているとルカが何をしているの、と言いたげな視線を送る。
使い魔であるランラなんて鼻で笑いそうな表情をしている。まるで事情を知っているような猫だ。
「こほんっ」とルカは一つ咳払いをして空気を変える。
「日記のことを話す前にまずは私のことを話させてちょうだい」
フィーネは顔を引きしめて頷いた。
隣にいるティムの顔から笑顔は消え、真剣な眼差しでルカを見ている。
2人の眼差しを受けたルカは息を吐いて言葉を紡ぎ出した。
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