2-4
フィーネは校長室を出て、ティムと一緒に歩いていた。
校長室に入る時、先に帰るように伝えたのだがどうやらティムは要件が終わるまで外で待っていたようなのだ。
有難いのだが同時に申し訳なさも込み上げる。
「ホントに寮まで送らなくて大丈夫?」
「分かれ道の間までで大丈夫ですよ。それにアクリス寮とラドン寮は離れてるし」
故にフィーネは寮まで送り届けてもらうのは断り、3つの寮への分かれ道の間まででいいと申し出たのだ。
分かれ道の間はその名の通り、それぞれの寮に繋がる道へ続く広間だ。
そこから各々の寮へ向かうのだが、そこからでも寮までそれなりに時間はかかる。
「でも走れば門限に間に合うと思う。多分」
「私のせいでティム様が怒られるのは嫌です」
「…しょうがない、わかったよ」
もう説得は無理と感じたのか、ティムは苦笑いを浮かべた。
少しの沈黙が落ちたのち、フィーネはゆっくり口を開けた。
「ティム様、今日はありがとうございました。ティム様がチェンバレン先生を呼んでくださったんですよね?」
「うん。ノクスが急に唸り出してフィーネが危ないって言い出したから」
「助かりました。ティム様とノクスが来てくれなかったら私は…」
感謝を伝えなくちゃいけないのに、またあの時の恐怖がフィーネの心を蝕む。
体が動かなくなり、引きずり出されるように裏庭に放り出され、嘲笑と共に向けられる炎の熱さ。
少しでも保護の魔法が遅ければ大事故に繋がっていたかもしれないのだ。
この学校では私闘は禁止されているが生徒全員が守るとも限らない。
故に今日のような事態が起きたのだ。
するとティムが俯くフィーネの髪の一房を掬った。
突然のことにフィーネは奇声をあげそうになったが理性をフル稼働させ、呑み込む。
「髪が焦げてる」
「えっ…あ、ほんとだ…」
ティムが掬いあげた髪には焦げ目がついており、事件の時に炎が掠めたのだろう。
毎朝、ルカが仕方ないわねと手入れしてくれた髪があの一瞬で焦げてしまったことにフィーネは悲しくなった。
「ねえ、フィーネ。焦げている髪、僕が切ってもいい?」
「えっ…それは構いませんけど、もしかして今ですか?」
「うん。今がいいかな」
フィーネが不思議そうな顔をするとティムは可笑しそうに小さく笑った。
「僕は今こうしてフィーネと森の外にいることが嬉しいんだ。お互いに知らないことを知っていくことも、それを共有できることも」
そう言うティムは目を細めながら戸惑うフィーネを見る。
見つめられてしまったフィーネは何も言えず、微笑むティムから目を逸らせなかった。
フィーネが固まっているうちにティムは腰に差していた杖を取りだし、魔法で焦げた毛先を切り落とした。
切り落とされた髪は魔法で塵にして、吹き抜ける風に飛ばされて行った。
「でもこうして傷や怪我もしちゃうんだよね。だとしたら…僕も少し考えないといけないなぁ」
夜で暗いせいか、ティムの顔に影が落ちる。
表情もその言葉の真意も今のフィーネには見えない。
だがティムがあらぬ方向に行きそうになっていることだけはわかった。
焦ったフィーネはティムの手をつかみ、影が落ちている頬に手を当てた。
「フィーネ…?」
(ああああ!!勢いでやってしまった!!この後どうする!? どうしたらいいの!? しかもこんな事ベイリーさんに知られたら…!!)
焦った頭で感じたままに動いたらこれだ。
今度はティムが驚いた顔でフィーネを見ていた。
その顔は僅かに赤く染まり、目がめいいっぱいに開いている。
近づいてしまったせいか、顔が先程より鮮明に見える。
だがよく考えればここにはベイリーもいなければ他の生徒もいない。
フィーネの中でティムは大きな存在でもある。
そんな彼には笑っていてほしいと思ったのも、また事実なのだ。
「ティム様にはいつも助けてもらってます! 今日だって…今日じゃなくても。森に住み始めた頃もずっとずっと…」
「…うん」
ティムに心の内を話すのは初めて唇が震える。
だがここでちゃんと伝えねば後悔する。
フィーネはそう感じていた。
ティムもまたフィーネの思いを受け止めるかのように優しく相槌をして、言葉を待っている。
「なのに私はティム様に返せるものが無くて、見合わないといいますか…ティム様がくれるものはすごく大きくて、温かくて…力強くて…」
「うん」
手や額に汗が滲み出す。
ティムに手汗がバレてしまう。
ゆっくりと離そうとしてもティムはそれを許さず、フィーネの手を握り返している。
逃げ場がないのであれば最後まで伝えるしかないとフィーネは腹を括る。
「だから私もティム様を守れるような、たくさん渡せるような魔法使いになります! そうじゃなくても私の大切な人を守れる魔法使いになります!」
ティムは相槌で返すことなく、また目を見開く。
まるで長距離を走り切った後のような疲労感だ。
呼吸も浅く、顔が逆上せそうなくらい熱い。
「それではティム様、おやすみなさい!」
「えっ!? フィーネ!?」
フィーネはその勢いのまま手を離し、急いでアクリス寮へ続く扉に飛び込む。
羞恥と後悔と様々な感情が搔き乱れ、穴があるなら入って埋まりたい気分だ。
「フィーネ! また明日!」
振り返ると扉が閉まる隙間から、ほんの一瞬だけ嬉しそうに笑っているティムが見えた。
その日一番の笑みがフィーネの顔に浮かんだ。
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フィーネは疲労を抱えながらアクリス寮へ向かう道を歩いていた。
煌めく夜空を眺めながらぼんやりと裏庭でのことを考えていた。
(あの時、何でバレたんだろう…)
裏庭の事件にはいくつかの不可解がある。
まず何故フィーネがバレてしまっていたのか。
これに関しては隠していたが絶対ではなかった。
ちょっとしたきっかけでバレていたのかもしれない。
主犯である上級生達に聞かねば分からない。
2つ目は何故フィーネが図書館へ向かう廊下にいると知っていたかだ。
あの上級生達はたまたま出会ったという感じではなく、待ち伏せしていたようだった。
それも不可解である。それとも考えすぎなのだろうか。
「ブラックさん!!」
「フィーネ!」
呼び声にふと顔を上げると寮長とルカが顔を色を青くして走って来る。
その様子から恐らく良くないことがあったのだろう。
フィーネも疲れた体にムチを打ち、急いで2人に駆け寄る。
「寮長! ルカ! どうしたんですか!?」
「ブラックさん、急いで部屋に戻ってちょうだい! 貴方の部屋が荒らされてるの!」
「なっ…!?」
ルカが息を乱しながら「もしかしたら何か盗まれてるかも…っ!」と必死に伝える。
それを聞いたフィーネは2人を置いて自室に向かう。
部屋に着くと2人の言うとおり、フィーネの机とクローゼットだけが荒らされていた。
フィーネは盗まれたものがないか荒らされた部屋を調べる。
(もしかして…)
持ってきた金品類は少ない。それに12歳の子供の所持金などたかが知れてる。
なら金品が目的ではないのであれば?
フィーネには一つだけ心当たりがあった。
「フィーネ! どうだった…!?」
追いついたルカが調べるフィーネの傍に寄る。
フィーネは下唇を噛み締め、顔を顰めた。
「お母さんの日記が無くなってる…」
学校生活のヒントになるだろうと持ってきたナターリヤの日記だけが無くなっていた。
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