2-3




校長室には歴代の校長の肖像画がある。

他にも世界地図や年季の入った古書。机には書類が積まれ、そばには白い羽根ペンが転がっている。

しかも部屋の隅や机の下に猫が寝ていたり、じゃれ合っている。

校長室といよりは研究室のようで本やたくさんの家具に囲まれて過ごしたフィーネにとっては寮より親しみが感じられた。

そんなフィーネはソファーに座り、室内を眺めていた。

その隣ではノクスが寝そべって膝の上に頭を乗せている。

時々撫でてやると嬉しいのか、尻尾がふわふわと揺れる。なんとも可愛い使い魔である。



「校長室は面白いかのう?」

「ええ…はい。面白そうな本がいっぱいで」



するとモエニアは目を見開いた後、高らかに笑い始めた。

突然のことにフィーネは体を強ばらせ、笑っているモエニアを困惑の目で見る。

ただ感想を言っただけなのにおかしなことを言ってしまっただろうか。

引きこもり娘を自覚してる故の不安だった。



「いや、すまないすまない。君はかつてのソルオと同じこと言ったのでなぁ。ソルオも初めてここに来た時、今の君と同じように本を眺めておったよ」

「お父さんを知っているんですか?」

「無論、ナターリヤと同様教え子だったからのう。だがまあ、ナターリヤと違って穏やかで静かな子だったが」

「お父さんは昔からそうだったんですね」



モエニアの口から父の名前が出ると思わず、驚くフィーネだったが学生時代の父を知られたことは少し嬉しかった。

その感情がノクスに伝わってしまったようでふわふわと揺れていた尻尾がぶんぶんと元気よく揺れている。可愛いがこういうところはフィーネにとって少し恥ずかしい。

フィーネは尻尾から目線を外し、また棚に並ぶ本を見た。



(お父さんも通っていたって聞いたことはあるけど、何も教えてくれなかったからなぁ…)



ソルオは学生時代のナターリヤのことや妖精のことをよく話していたが自身のことはあまり話さなかった記憶がある。

質問すれば答えてくれたが詳しく話そうとはしなかった。

故に幼いながらフィーネは父に過去のことを聞かない方がいいという考えに至っていた。

父の弟であるヴォルタから聞こうにもヴォルタはイルスター魔法学校には通っていないのでソルオの5年間は知らない。

きっと知っているであろう母のナターリヤもこの世にはいない。

この学校に来てからフィーネにとってあまり良い事続きではなかったが、こうして両親を知る人に出会えたのは良かったとも言えた。



「ソルオやナターリヤのことは当時のハロルドから聞いた。葬式にも行けず、すまんかったのう」

「いえ……大丈夫です。そもそもお母さんの葬式は家族だけでしたいってお父さんの願いでしたから」

「だがハロルドやフィーネがここまで無事に育ち、わしが生きてるうちに会えたのは喜ばしいことだのう」



フィーネにとって祖父や祖母という存在は分からない。

だがもしも自分に祖父がいたのならこういう会話をしたりするのかな、とフィーネの胸がじんわりと温かくなる。

この学校には自分がどういう人になりたいのか、知りに来たがこうして両親の知らない一面を知るのも悪くないかもしれない。

そしてついに本題に入るのか、モエニアは1つ咳払いをしてフィーネの向かいに座った。



「さてフィーネよ。ここに呼んだ理由を話そうかのう」

「…はい」

「君がハロルドを意識しているのは生徒達で流れていた噂を聞いて分かった。だがわしはその後の行動について聞きたい。何故、名前を偽ったりしたのだ?」



フィーネは少し俯きながらもゆっくりと自分の気持ちやこれまでの経緯、裏庭での出来事を話した。

加えて協力したルカやティムは悪くないこと、もっと別の方法があったのではないかと後悔していることなど胸の淀みを吐露した。

話している間、モエニアは話を遮ることなく真摯に耳を傾けていた。

だが話せば話すほどフィーネは自己嫌悪に呑まれ、止まっていた涙が流れていく。

膝で寝ていたノクスがそんなフィーネの涙を舐め、優しく擦り寄る。



「私は不器用な自分が嫌いなんです…」



父が存命していた頃、こうしてフィーネが嫌なことがあって泣き出してしまうと優しく頭を撫でて話を聞いてくれていた。

だが今は撫でてくれる父もいない。

それどころか、人の輪の中に入れば面白がる目と噂の嵐。

穏やかに過ごしたい願望に突きつけられる真逆の現実にフィーネの心にある澱みは大きくなる。

ふと顔をあげた瞬間、微笑んだモエニアは刻印の入った指輪を光らせ、部屋の明かりを消してカーテンを閉めた。

部屋が真っ暗になり、静寂が広がる。

突然のことにフィーネはノクスを抱きしめて、体を縮こませた。

ノクスも唸りはしないが警戒の体勢になる。

するとモエニアの手の平に小さな光の屑が集まり、みるみると形を作っていく。

そして出来上がったのは光で出来た小さな雛鳥だった。



(鳥…?)



光を放つ雛鳥はテーブルに降り立ち、フィーネのティーカップをくるくると走り回っている。



「フィーネよ、この雛鳥はティーカップがどんな物かを知らぬ。ほれ、啄いたり観察しておるだろう? 何とも賢いじゃのう」

「…そうですね」



すると雛鳥はティーカップのふちに乗り上げ、中にはいっている紅茶をちょっとずつ舐め始める。



「おや、飲み物であることを知ったようだのう。少し成長したのう」



モエニアの言う通り、紅茶を満足した雛鳥の体は少し大きくなって小鳥になっていた。

小鳥は光をハラハラと零しながら棚やほかの机、本の上へと飛び移る。

飛び移る事に体は大きくなり、フィーネの近くの肘掛に止まった時には大きな鳥になっていた。

表情や目はないのにその鳥がフィーネに向ける眼差しは優しく、力強く感じた。

そして鳥は翼を羽ばたかせ、開いた窓から雲一つない夜空へと翔ていった。

フィーネはつられるように窓に駆け寄り、夜空を見上げた。

そこには煌々と輝く星があり、流れ星が流れていた。

あの鳥も星になったのだろうか。

フィーネはただ一心に見上げた。

するとモエニアも傍に近づき、フィーネの肩に手を置いた。



「フィーネ。わしはここで何年も飛び立っていくたくさんの生徒を見てきた。ある者は異邦の地へ、ある者は海へ」

「私は、どこに飛んでいけばいいのでしょうか?」

「それは君が見つけることだ。君はとても賢い子だからのう、きっと見つかるはずだ」

「…見つかるでしょうか」

「勿論。だがのう、フィーネよ。頑張る時を間違えてはならんぞ」

「頑張る時?」

「そう。フィーネは賢い子じゃからたくさん考えてあれこれ頑張ってしまう。周りばかりを見るのではなく、自分に問いかけてみよ。どうありたいのか」




モエニアは魔法で部屋を明るくした。

その顔は優しく微笑み、皺に中にある翠色の瞳がフィーネを映していた。

枝のように細い手は静かにフィーネの頭を撫でた。

その優しさが泣き虫のフィーネを揺さぶる。



「おやおや、もうこんな時間かのう。今日はご飯を食べてよく寝なさい」

「はい、わかりました校長先生」

「よい返事だのう。おやすみ、フィーネ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る