2-2



「お前がフィーネ・ブラックか」



ルカとフィーネの体が石のように固まる。

2人はただ図書室に向かう廊下の傍にある裏庭を横切ろうとしただけだった。

フィーネは横目でルカのほうを見たがルカも同じことを思っていたのか、フィーネの方を見ていた。

言葉に出さずとも呼び止めた彼らに付き合うとめんどくさい事になりそうだと感じたようで立ち去ろうとした。

だがそれは許されなかった。



「あとお前もだよ、ルカ・ペリオン」



フィーネのことならまだしもルカを名指しされては振り返らずおえなかった。

呼び止めたのは名も知らない男女の上級生、5人だった。

その中でもリーダー格らしき、そばかす男子が呼び止めたようだ。

見るからにフィーネとは相容れない集団だった。

心配したフィーネはルカをまた見たが、ルカの眉がつり上がっていた。

まずいと止めるのも遅く、ルカは振り返ってしまった。



「随分、失礼な先輩ですね。何の用ですか」

「怖い怖い! それも鬼の辺境伯の教えかよ?」



フィーネにはその言葉がルカにとってどういう効果になるのか分からなかったが、煽っていることは表情を見て分かる。

ルカはますます怒りの色を示していく。



「ルカ、もう行こう!」

「それは無理だわフィーネ。こいつ、私のお父様をバカにしたのよ」

「で、でもここであの人たちに乗ったかったら…!」

「ならフィーネは先に図書室に行って。私はあいつにお話してから行くわ」



ルカの腕を引っ張ろうとした瞬間、フィーネの体は自由を失う。

金縛りにあったかのように動けなくなっていた。

助けの言葉を出す間もなく、フィーネは廊下から裏庭に見えない手で引きずり出されたかのように転がり出る。

そのまま顔を上げるとそばかす男子がフィーネを見下ろしていた。



「何を…!?」

「フィーネ!」



ルカもまた裏庭に出ようとしたが、作られた透明な壁で廊下から出れなくなっていた。

フィーネがそばかす男子の周りの生徒を見るとそれぞれの刻印が光っていた。

フィーネを引きずり出した後にルカがこちらに来られないように魔法で壁を作ったのだろう。

助けようとルカが叫んで壁を叩いている。



「ペリオンに邪魔されるのは困るからな」

「何が目的なんですか…」

「そりゃあ天才ハロルド・ブラックの妹ならそれなりに強いだろうし、腕試ししたくなるのもしょうがないだろ?」

「そんなの、困ります! 私は勝負なんてしたくないです!」



フィーネは慌てて後ずさる。

背中から汗が滲み、手の先から冷えていくようだった。

恐れていた最悪な事態が起こってしまったのだ。

初期試験であまり良くない成績を出せば噂も消え、フィーネに興味を持つものはいなくなるだろうと考えていた。

だがその過程にこうして厄介なことに巻き込まれると考えていたが、あと3日ということもあって気を抜いていた。

しかも今はタイミングが悪いことにノクスもティムもいない。ルカも壁の向こうで叫んでいる。

正真正銘、1人だ。



「ほら、構えろよ。上級生の言うことは聞いておいた方がいいぞ?」



フィーネは震える足で立ち上がり、そばかす男子から距離をとる。

せめてノクスが帰ってくるまで時間稼ぎしようと思考を巡らせる。

その態度が不満だったのか、そばかす男子はフィーネに攻撃魔法を打ち始める。

フィーネは震える唇で「盾よ!」「弾きなさい!」と詠唱する。

手先は震え、今にも腰が抜けそうな足で立つことすらやっとだ。

反撃できる余裕はなく、フィーネはひたすらに攻撃を避けては盾で身を守ることを続けた。



「んだよ、もっと凄い技あるんだろ!?天才の妹なんだろ!?」



そばかす男子は変わらず乱暴に炎の弾を繰り出す。

経験したことない現状と浴びせられる罵声にフィーネの呼吸はどんどん浅くなっていく。

魔法に集中しないといけないのに頭の中でどうして? なんで私なの?といった叫びが響いている。

胃はぐるぐると掻き乱され、体に張り付くような汗が止まらない。

そんな様子を見ていた周りの上級生が罪悪感を感じ始めたのか、そばかす男子を止めようとする。

だが攻撃の終わりよりもフィーネの限界が先に来てしまった。

視界がぐらりと揺らいで防御魔法が崩れる。

崩れた向こうから投げれた炎は止められず、一直線にフィーネへと向かう。

ふわふわとした意識の中、ルカの叫び声や上級生の焦った顔は確認できたのに避ける力はもうフィーネには無かった。



(終わった…)



【終わらせぬ!!】



フィーネの耳に届いたその声はノクスであった。

ノクスは口から青い炎を吹き、放たれた炎を打ち消す。



「「不敬者を吹き飛ばせ!」」



その魔法が放たれた瞬間、上級生は裏庭の端まで吹き飛ばされる。

どうやらその魔法を唱えたのはルカとティムのようだ。

作られた壁はなくなり、駆けつけてくれたのだろう。

フィーネは倒れながらも涙で歪む視界で2人の顔を見る。

ルカが涙声で声をかけているが、上手く聞き取れない。

ティムはフィーネの体を起こし、傍に寄り添いながら静かに上級生達へ杖を向けていた。

フィーネを抱く手は強く、その顔はただ無表情だった。

ノクスは今にも上級生達へ噛みつきそうに唸っている。

上級生達からはノクスはやはりブラックドックに見えるようで青ざめて言葉を失っている。



「お前達!何をしている!」



渡り廊下から声を上げながらこちらに駆け寄ったのは副校長のチェンバレンだった。

チェンバレンは光沢のある黒いワンピースドレスを靡かせ、フィーネの傍にしゃがむ。



「ブラック、意識はあるか?」

「あります…」

「怪我はどうだ? 痛むところはあるか?」

「ないです…」

「ならば使い魔を引き下がらせて校長室に向かえ。モエニア校長がお前をお呼びだ。テイラー、付き添ってやれ」

「はい、先生。…行こう、フィーネ」



ティムに支えられながら立ち上がり、唸るノクスを見た。

幾分か落ち着いたフィーネは小さな声で「ノクス。お願い、傍にいて」と手を伸ばす。

主の願いに応えるようにノクスは唸るのをやめて伸ばされた手に頭や顔を寄せる。



「チェンバレン先生! 付き添いなら私も!」

「ペリオン、お前からはここで起きたことを聞かねばならない。私と共に指導室に来い。無論、お前達もな」



そう言われたルカは後ろ髪を引かれるような顔でチェンバレンの後を着いて行った。

するとフィーネを支えているティムがいつもの笑みを浮かべながら「歩ける?」と問う。

フィーネは小さく頷いて校長室へと足を向けた。


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