2-1
入学してから2ヶ月が経ち、フィーネは忙しない日々を送っていた。
アクリス寮の周りに咲く花々はすっかり、色を変えていく。
そんな季節の移り変わりを表すような花を眺めることがフィーネの癒しになった。
フィーネはじょうろに水を入れ、そんな花々に水を与えていた。
すると寮の門の方から男子生徒が3人ほど立っていた。
そして水やりをしているフィーネを見つけるなり、1人の男子が駆け寄って声をかけた。
「君、アクリス寮の1年生?」
「…そうですね」
「フィーネ・ブラックって子、知らない? 俺たちその子に会いたいんだけど」
「ブラックさんなら購買へ向かいましたよ」
「また入れ違いかよ!? 今度、ブラックに会ったらヒュドラ寮のヘンドリクスが会いたいって伝えてくれる?」
「会えば伝えておきます」
ヘンドリクスと名乗った男子は仲間を連れて校舎へと向かいだした。
するとそばにいたルカが半眼になりながら去っていく男子達を眺めて「人気者ね、フィー」と呟いた。
「最初の頃よりマシになった方だよ。最初の1週間はずっと偽名だったし」
「にしても徹底しすぎよ。私にはフィーって呼ばせるし」
「友達には親しみを込めて呼んでほしくて」
「とっ…! そうよね! 友達だものね!」
「…ルカ、変な男には気をつけてね」
「そりゃそうでしょ? 気をつけるわよ、普通」
入学当初、学内ではフィーネ・ブラック探しが始まった。
幸運なことにフィーネはハロルドのような赤い髪ではなく、どこにでもある黒髪だったため難航していた。
だがそれでもフィーネを探す者は絶えない。
フィーネは寮内でも人目を避け、尋ねられれば偽名を名乗った。
協力者としてティムにも事情を話したが厄介な条件を突きつけられてしまった。
それがフィーネを守るために授業を全て一緒に受けるという条件だった。
だが背に腹はかえられ無いわけで今も協力してもらっている。
それでも何とかのらりくらりと誤魔化し続けた。
今ではハロルド・ブラックの妹ではなく、謎の新入生になっていた。
(それもそれで困るけど…初期試験が終われば大丈夫…)
初期試験では実技魔法の評価が発表される。
教師の元で学べば変わるのではないかと頑張っているフィーネだったが、その才能は凡人だった。
イルスター学校は選ばれた魔法使いが通っているだけあって中には才能の塊のような生徒もいる。
ルカもその1人だ。特に飛行魔法は群を抜いてる。
(なんで私が選ばれたんだろう…)
現時点で誇れるような成績ではない。
ヴォルタはナターリヤやハロルドを追う必要はないといったが、それでもフィーネの中では憧れの魔法使いだ。
もしかするとナターリヤやハロルドの家族だからという理由で選ばれたのではないか。
そんな考えは1度考え出すと止まらなくなり、フィーネの顔を曇らせていく。
するとルカがふと「フィーのお父様ってどんな人なの?」と問いかける。
「お父さんは…
「あー! だからフィーも
「ノクスは色々あってね、成り行きだよ。お父さん、妖精と人間の薬師をしてたの。亡くなった後、私が引き継いでたけど」
「あっ、そう…なのね…。ごめんなさい、あまり聞かない方がいいわよね?」
さすがのルカも申し訳なさそうな顔をしていた。
出会った日に比べると少し丸くなったものだ。
そんな友人を困らせたくなくてフィーネは優しく笑いかけた。
「別に大丈夫だよ。お母さんとお父さんが亡くなってから何年も経ってるし」
「悲しくないの?」
「もちろん悲しいよ。でもいつまで塞ぎ込んでいられないし。それにお母さんが亡くなったのは私が小さな頃だったからあんまり記憶にないんだよね」
「私だったらずっと塞ぎ込んでると思うわ。フィーネは強いのね。……いや、鈍感なのかしら?」
褒め言葉にはなっていない励ましにフィーネは苦笑いを浮かべるしか無かった。
だがフィーネが言ったこともルカが言った『鈍感』も事実だった。
ナターリヤが亡くなったのは3歳の頃。
父であるソルオ・ブラックが亡くなったのは6歳の頃であった。
どちらかというとナターリヤを亡くした時よりソルオが亡くなった時の方が悲しみは大きかった。
しかも2人とも何者かの手によって殺されている。
犯人は捕まったが片方は自死、もう片方は雇われた魔法使いだっため理由は闇の中だ。
当時、ナターリヤは空挺魔法部隊の引退直後のこともあって話題にはなったが世間は亡くなった事しか知らない。
(2人の死について詳しく話しちゃダメって叔父さんから言われてるけど、これくらいなら大丈夫だよね…?)
大丈夫だろう、と言い聞かせながらフィーネは懐中時計で時間を確認した。
時刻は14時。ティムと落ち合う約束の時間だが、寮門には誰もいない。
その事に気づいたのか、ルカは口を尖らせた。
「フィーの騎士サマは来ないわね。図書室で勉強するって約束したのに」
「ティム様は人望がある人だから、他のお誘いにでも行くんじゃないかな」
「あー…それは有り得そう。でもその場合は使い魔を寄越すでしょ。あとは事前に言うとか」
「ティム様ならそうする人なんだけど…しょうがないよ。私達で先に行こう。ノクス」
フィーネはじょうろを物置小屋に戻し、自身の影に声をかける。
影は揺らぎ、ノクスが影から飛び出す。
【主人よ、何用だ?】
「ティム様に伝言を伝えて欲しいの。先に図書室に行きますって」
【承った。伝えたらすぐに戻る】
「うん、お願い」
初期試験まであと3日。
噂は流れ続けているがフィーネは魔法使いの卵。勉強はしなくてはならない。
たとえ、魔法の才能が見つからなくても。
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