星が昇った日

1-1



イルスター魔法学校はメルギス帝国に繋がる古代の谷を越えた先にある。

谷を越えるには様々な手段がある。

魔導列車だったり、浮遊馬車だったり、と様々である。

だがどちらも魔法使いしか利用できない。

それに倣い、フィーネも一般的な魔導列車を乗り継いでいこうとしたがティムとテイラー夫人が見事に阻んだ。

古代の谷は暗く霧に包まれていたが、学校に近づくにつれ晴れていった。

フィーネはティムと霧から姿を現したイルスター学校に降り立つ。

周りに目をやるとフィーネ達と同じ新入生が門をくぐっていく。



「すごいね、フィーネ! 噂には聞いていたけど廊下も広いし石像も大きいね!」



ティムは目を輝かせ、梟のように首を動かしている。

だがその姿はれっきとしたイルスター生である。

新品の制服に身を包み、羽織っている白いローブがよく似合っていた。

しかも顔の良さも相まって隣にいるフィーネにまで視線が突き刺さる。

できることならフードを被って顔を隠したいが余計に目立つので許されない。

歩いていくと上級生に大広間に案内された。

そして大広間にいた教師達が気持ちを昂らせている生徒達を並ぶように誘導する。

大人しく並ぶフィーネに倣ってティムも並ぶが高揚感が抑えられないらしく、犬のようにソワソワしている。

「何が起きるのかな? 楽しみだね」ティムが小声でフィーネに話しかける。


「恐らく寮分けだと思います」

「そうなの? フィーネは詳しいね」

「母の日記に書いていましたから」



刹那、扉から突風が大広間を駆け回る。

シャンデリアが揺れ、生徒達は動揺の声を上げる。

フィーネも風で荒れる髪を押さえ、目を細める。

そして風が止んだ瞬間、室内に花火が打ち上がった。



「1年生の諸君! 入学おめでとう! この花火は校長であるギャドリー・J・クロウ・モエニアからの餞別である!」



壇上にその姿を現した。

黒いマントで身を包み、白夜のように白い髪は1つに束ねられている。

一見、皺を刻んだ老人に見えるが放たれる言葉には威厳があった。

ギャドリーが軽く手を振るだけで花火は赤や青、様々な色彩で描かれていく。

大規模魔法を間近で見ている生徒達は言わずもがな、声を上げて大喜びだ。

だがフィーネは花火を見上げつつ、横目で壇上にいるギャドリーを見た。



(あの人がお母さんの恩師、ギャドリーさんなのか)



ギャドリーは魔法使い達の間でも人材育成で有名人だ。

彼を師とした魔法使いは多く、ナターリヤもその1人だ。

ナターリヤが学校を卒業して数年は親交があったそうだが、結婚してから連絡はとっていないらしい。

面識がないとは言え、恐らくハロルドのこともあってフィーネのことについては気づいているだろう。

するとギャドリーは手を叩き、花火を消した。

ナターリヤの日記が正しければこの後、寮分けが行われる。



「さて今から寮分けを発表する。ドキドキするだろう? これから5年間、共に過ごす仲間と出会うのだからのう! では今から諸君の目の前にネームタグ、部屋の鍵、各寮の腕章が現れよう。それを受け取り、今日はゆっくり休むように」



そしてまた手を叩き、魔法を発動させた。

するとフィーネたちの目の前に銀のネームタグ、部屋の鍵、腕章が現れる。

フィーネはそれらを受け取って確認する。

学校や寮の説明は出発する2日前に手紙で届いていたのだ。

寮は三つある。

ラドン寮。アクリス寮。ヒュドラ寮。

寮分けは前もって校長と教師達で決められるそうだ。

フィーネに渡された腕章は青色でヘラジカのようなマークが刺繍されている。

ナターリヤやハロルドはラドン寮だったので意外な結果にフィーネは安堵した。

ふと隣にいたティムの方を見るとわなわなと身体を震わせ、目を見開いていた。

その手元には赤い腕章があり、それはフィーネとは違うラドン寮を示していた。

嫌な予感を感じたフィーネは上手く笑えず、ぎこちない笑みが浮かべた。



「ティ、ティム様はラドン寮なんですね、おめでとうございます」

「……フィーネはアクリス寮なんだね」

「ええ…まあ、はい」

「先生に抗議してくる。僕もアクリス寮にしてもらわないと」

「ティム様だめです! 抗議しても無理ですよ!」



案の定であった。フィーネは慌ててティムの手を掴んで動きを止める。

フィーネはティムがどういう気持ちを抱いているのかは気づいていた。

直接告白されたわけではないが外堀を埋めようとしているのは分かっていた。

あえて有耶無耶にして気付かないふりをしていたことがダメだったようでティムの気持ちは大きくなるだけだった。



(分かっていたけど、ここまでとは…)



だが寮が別れたフィーネにとっては好都合であった。

寮が違えば必然的に今までのように会う時間も少なくなる。

ならばフィーネへの好意も薄くなるだろう。

ティムのことは嫌いでは無いがそう願わずにはいられなかった。




----



アクリス寮の寮長を筆頭に南館に向かう。

各寮は校舎から少し離れていている。

春の季節だからか、道端に花が咲いている。

これから通う時の楽しみになりそうだとフィーネは笑みを零した。

すると先頭を歩いていた寮長が振り返り、場をなごますように微笑んだ。



「挨拶が遅れてごめんなさいね。私はフレン・チャンドラー、4年生よ。改めて今から寮の説明するわ。もし分からないことがあったらその都度聞いてね」



アクリス寮の新入生は30人ほど。

そこから2人1組の部屋に別れて過ごすことになる。

寮の1階には談話室と4年生達の部屋、2階に3年生、3階に2年生、4階に1年生という図になる。

5年生は1年のほとんどが外部研修になるため、部屋は無いそうだ。

フィーネは話を聞きながら他の新入生の様子を見る。

誰もフィーネに視線や噂を送る者はいなかった。



(良かった…バレてない…)



フィーネが他の1年生と違って高揚感が少なったのはこの事にあった。

ハロルドとフィーネは見た目は似てないが兄妹であり、万が一にもバレてしまえば英雄の妹として注目の的になる。



(第一、お母さんや兄さんのように髪が赤いわけじゃないし。ブラックって名前もどこにでもある名前だし、杞憂だったなぁ)



寮の説明が終わると1年生は解散となり、自由行動になった。

明日のために英気を養うも良し、寮を探索するも良し、上級生と親睦を深めるも良しということなのだろう。

だがフィーネが選んだ行動は部屋で荷解きであった。

フィーネの部屋は415室の角部屋であった。

階段から遠いがフィーネとしては角部屋であることは嬉しかった。

これで一人部屋であればもっと良かったのだが寄宿学校である以上、それは難しい。

フィーネは階段をあがり、部屋の鍵穴に鍵を差し込む。

だが施錠されてはおらず、どうやら同居人はもう部屋にいるようだ。

その事実に心拍数が早くなり、体に力が入る。



(大丈夫、何度も頭の中では挨拶をした。大丈夫大丈夫…)



部屋に入ろうとドアノブに手を伸ばした瞬間、扉は開き、同居人が驚いた顔でフィーネを見ていた。



「部屋の前に誰かいると思ったら…アンタがフィーネ・ブラック? ハロルド・ブラックの妹って聞いてたけど、随分似てないのね」



フィーネの中で描いていた平和が崩れる音が鳴り響いた。



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