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フィーネはイルスター学校に行きたくないわけではない。

むしろフィーネの両親も兄もイルスター学校の卒業生である。

まだ両親がいたなら快く送り出していただろう。

少なくともハロルドの時、父親は笑顔で送り出していた。

では何故、悩んでいるのか。

それはフィーネの性格にあった。

元々フィーネは人付き合いが上手い方でない。

王都からこの森に引っ越してきて父と共に薬師を始めてからは多少マシになった。

だがそれでもあんまり知らない人と話したくもないし、人と話すなら妖精と対話する方がまだマシと思うほどである。

加えてハロルドはイルスター学校が生んだ天才魔法騎士として有名である。

今やハロルドはイルスター学校の星である。

それもフィーネを憂鬱にされることに拍車をかける。



「フィー様、荷物届いた」

「び…っ! くりした…」



茶会から帰ってきたフィーネは家に荷物を置いて森の中にある湖畔で寝そべっていた。

ここは誰も来ないと思っていたがどうやらベルティナにはお見通しだったようだ。

完全に油断していた心臓を落ち着かせて起き上がる。

ベルティナはわざわざ探しに来てくれたようだ。家に不在がちのハロルドと違ってベルティナのほうがよっぽど姉らしい。

いっその事、ベルティナに相談してみようか。

などと思ったがすぐに頭を横に振った。

家族も同然だがベルティナは妖精であって人間の複雑怪奇な感情は理解できないだろう。



「荷物って誰から? まさか兄さん?」



ベルティナは静かに首を振り、早歩きで家に向かい出す。

フィーネも慌てて追いかける。

もしかしたら配達員を待たせてるのかもしれない。

そしてその考えは当たっており、家に着くと中型ドラゴンと配達員が待っていた。



「すみません! お待たせしました!」

「あ、ブラックさん!帰ってきてすぐで悪いんですけどサイン貰えますか?」



フィーネは差し出された受取書に名前を書く。

ドラゴンが暇そうに欠伸をした後、フィーネに擦り寄る。

黒く岩肌のような皮膚を撫で「待たせてごめんね」と答える。



「パックはフィーネさんが好きみたいですし、大人しく待ってましたよ」

「ファブリアさんもすみません、待たせちゃって。しかも何か荷物が多かったみたいですし…」

「運送業からしたらこの重さは序の口ですって。あ、手紙も預かってます! ヴォルタ・ブラックさんからです」



ファブリアは手紙を渡し、パックの背に乗って晴天の空を翔けて行った。

手紙と荷物の差出人はフィーネもよく知る人物だった。

ヴォルタ・ブラックはフィーネの叔父だからだ。

ため息が零れそうになりながらも封蝋を外して中身を取り出す。

中にはスイートピーの花びらが数枚入っているだけであった。

普通の人なら悪戯か何かと疑うだろうが、魔法使いにとってはこれは一種の連絡手段なのだ。



「フィー様」

「ベルティナ、悪いんだけど荷物を中に入れて。私も後で手伝うから」



ベルティナは頷くと荷物の元へと向かった。

荷物を一瞥した後、フィーネはスイートピーの花びらを地面にばら撒く。

イヤリングの刻印に魔力を流し、唇を動かす。



「花は言葉を、蔓は姿を、咲き誇りなさい」



フィーネのイヤリングが応えるように輝き出す。

地面にばら撒いた花びらから蔓が伸び、次々とスイートピーの花が咲き乱れていく。

やがて蔓と蔓が絡み合い、人の形を形成していく。

人と言っても藁人形みたいなもので本来の叔父、ヴォルタの姿とは程遠い。

魔法使いじゃない人々の主な連絡手段は手紙だが、魔法使いは字よりも声にこだわる為にこう言った蔓植物を使ったものが主流だ。



「あーあー、フィーネ聞こえるかい?」



藁人形ならぬ蔓人形はもぞもぞと手を動かす。ヴォルタが向こうで身振り手振りをしているのだろう。

多少の雑音はあれど、スイートピーの花からヴォルタの声が響いている。



「聞こえてるよ叔父さん。荷物届いたよ」

「それは良かった! 入学祝いだ!おめでとうフィーネ!」

「叔父さん、入学祝いは嬉しいんだけど、その…私…」

「なんだ? 悩み事か?」



蔓人形が心配そうにフィーネの顔を覗き込もうとする。

その仕草は昔から優しいヴォルタの仕草そのもの。

その優しさにフィーネは言い淀んでしまう。

だが1度出てしまった不安は止まらない。



「…私、お母さんや兄さんのような魔法の才能ないの」

「どうしてそう思うんだ? 魔法使いの証である魔法刻印だって生み出せたし、12歳までで魔法を使えるものは少ないぞ?」

「ある程度はお母さんが残してくれた魔導書で勉強したからできるようになったけど、兄さんは12歳の時点で無声詠唱ができてた」

「そうだったな。そのことはよく覚えているよ」

「でも私、簡単な魔法しか使えない。何度も何度も本を読んで練習したけどダメだったの」



蔓人形の動きがピタリと止まる。

ヴォルタも何と言葉をかけるべきか困っているのか、花の向こうで「そうか…」と小さく呟いた。

ベルティナもフィーネの異変に気がついたのか、荷物運びをやめて不安げに見守っている。

妖精の声で騒がしかった森に静寂が訪れる。

そんな中、ふと我に返ったフィーネに後悔が襲った。

入学を祝福してくれている叔父に言うべきではなかった。ありがとうって言えばよかったと。



「フィーネ。お前の母、ナターリヤのように偉大な赤の魔法使いになりたいのか?」

「それは…わからない」

「ならハロルドのように天才魔法騎士になりたいのか?」

「…わからない」

「たくさんの人に出会い、知識を学び、自分を知る。学校はそういう場所だと俺は思っている。だからナターリヤやハロルドのようになるんじゃなくて、お前が魔女になりたいかを見つけることが大切だと思うぞ」



蔓人形は震えていたフィーネの手をそっと拾い上げ、優しく握った。

蔓に温もりはないのに握られた手から全身をじんわりと温められているようだった。



「どういう魔女になりたいか…?」

「ああ、何もナターリヤたちの後を追う必要はない。少なくともお前は兄さんに似て優しい子だからな。プレッシャーもあるだろう。もし学校が嫌になったのなら帰っておいで。俺が養ってやるさ」

「それならベルティナも一緒がいい」

「おう、もちろん!ベルティナもな!」



見守っていたベルティナのほうを振り返るとくすくすと小さく笑っていた。

先程からフィーネの中に立ち込めていた後悔と不安の暗雲は消え去り、笑顔が咲き誇っている。

フィーネの笑い声が聞こえたのか、花向こうで安堵の息が小さく響いた。



「それとフィーネ、荷物の中に白いトランクケースがあるだろ?」



蔓人形が入学祝いの荷物に指をさした。

確かに荷物の山の傍にあり、ケースの表面に取り扱い厳重指定のシールが貼られていた。

フィーネが疑いの目を向けるとケースがガタガタと跳ねる。

ケースの近くにいたベルティナは驚き、慌ててフィーネの背へと隠れる。

フィーネもまた目を大きく開き、駆け寄ってきたベルティナの手を握る。



「叔父さん、あの中に何があるの!?」

「なんだ、もう起きてしまったのか。悪いやつじゃないんだ。ただまぁ…あれだ…」

「まさか手に負えないからって私に押し付ける気!?」

「だ、大丈夫! 悪いやつじゃないから!きっとフィーネなら大丈夫! 力になってくれーーあっつ!?」



ヴォルタの異変と焦げ臭さに振り返る。

そこには蔓人形に火をつける怒りのベルティナがいた。ある意味、惨状である。

蔓人形に攻撃したところで本人が怪我をすることはないが、感覚は伝わってしまう。

故に今のヴォルタ自身は大惨事だろう。



「ちょ、え!? ベルティナ何してるの!?」

「フィー様を困らせるやつ、許さない」

「だからって燃やさなくても!?」

「フィー様、今日のおやつ、焼き芋」

「蔓人形で焚き火しようとしないで!?」



急いでフィーネは魔法を唱える。「水は穏やかに。熱を沈めよ!」

だが慌ててしまったせいか、魔力が力んで予想よりに2倍の水が蔓人形に降りかかる。

火は鎮火したが、今度は寒そうに身震いをしている。

せっかくヴォルタが勇気づけてくれたのに初歩的な魔法を失敗しまった。

フィーネは蔓人形から目を逸らした。



「あ、ありがとう、フィーネ…と、とにかく! そいつは入学には必要なやつでもあるから!それじゃまたなフィーネ! 入学おめでとう!」



ヴォルタは逃げるように会話を終わらせた。

もっと聞きたいことがあったがあのままでは無理だろう。

蔓人形は一瞬で干からび、花は枯れてしまった。

瞬間、トランクケースが開き、中で暴れていたものが姿を現した。

その場にいた妖精達は危険を感じたのか、一目散に逃げ出す。

それはベルティナも一緒で木の影に走り出してしまった。

現れたのクーシーと呼ばれる妖精犬だった。

だが普通のクーシーであるなら妖精達も逃げることは無い。

本来のクーシーとは違い、毛並みは黒くて青い炎が口から出ているのだ。



【人間】

「…私、ですか?」

【ヴォルタ・ブラックの姪か?】

「そう、です。フィーネ・ブラックです」

【人間は体だけ大きくなるものだな。むしろ心は小さくなっているとは】



何か失礼なことを言われた気がしたがフィーネは気にする事はなかった。

そんなことよりクーシーの姿を気にせずにはいられなかったのだ。

本来クーシーの毛並みは白く、妖精丘を守る番犬としての役目を担う。

この妖精犬はどちらかと言うとブラックドックに似ている。

不思議なことにブラックドックのような禍々しさは無く、特徴的な赤い目でもない。

こんな事なら無理にでもヴォルタから事情を聞いておくべきであった。



「クーシー、で合ってる?」

おれははぐれクーシーだ。事情あってこんななりだが主人の力になれよう】

「え? 主人? 私のこと?」

【主以外に誰がいる?】

「べ、ベルティナとか…?」



木の影に隠れているベルティナのほうを見たが首を振って全力で拒否している。

他の妖精たちにも目を向けるが皆、逃げ惑っているばかりである。どうやら違うらしい。



「クーシーの主人が人間って」

【それも事情故だ。兎にも角にも今日から己は主人の力になろう。使い魔の同伴は必須と聞いたが?】

「確かに入学に必要だけど…」

【なんだ? 先約でもあるのか?】

「な、ないです」

【ならば己で良かろう。黒い者同士、仲良くしようぞ】



何か解決したわけではないがそれでもここまで用意されてはフィーネに行かないという選択肢はない。

左耳の耳飾りがやけに重く感じたが、無情にフィーネの学校生活が幕を開けることとなった。

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