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かつてこのメルギス帝国は一人の人間と3人の魔法使いによって建国された。

人間は魔法を使えぬ王として君臨し、3人の魔法使いを従えた。

王は当時散り散りになっていた部族をまとめ、帝国を繁栄させていった。

魔法使い達はそれぞれ偉業を成し遂げた。

ハウル=スウィッチは王の右腕となり、王家と共に命朽ちるその時までメルギス帝国を他国から守り続けた。

メルティ・ホビットは花の歌謡いフロース・カントゥスの祖として人間と妖精や魔法動物を繋ぐ架け橋となった。

エインズ・シリウス・イルスターは古代の谷を超えた先に選ばれた魔法使いのみが通える寄宿学校を作り上げた。

イルスター魔法学校は今も尚、偉大な魔法使いを生み出している。

この話は代々親から子へと受け継がれている物語である。

それはこの帝国で生まれたフィーネも例外では無い。



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フィーネは3番街のマーティンの家に薬を売った後、テイラー邸に向かっていた。

心配して付き添おうとしたベルティナを家に帰し、憂鬱の気持ちで歩いている。



(茶会、かぁ…)



薬師として薬を売りに行く時なら足取りは軽いのだが、今回はフィーネ・ブラックとして呼ばれてしまった故に足取りが重い。

手紙の内容は午後の茶会にて大事な話があるとのこと。

こんなにも億劫になってしまう理由にフィーネは予想がついていた。

ふと顔を上げるとテイラー邸の門で手を振るティムがいた。

何とも元気なものだ、と顔に出そうになったがフィーネはグッと堪えて会釈をする。

気づいてくれたのが嬉しかったのか、ティムは笑顔を綻ばせた。



「遅かったね。フィーネが1番最後だよ」

「最後、ということは他にも招待されている方がいるのですか?」

「うん、招待客は『僕』も含めて15人だよ」



すると待ちきれないとばかりにティムは意気揚々とフィーネの手を引く。

この光景をベイリーに見られてはまた何を言われるか。

だがこの手を振り払う度胸もないフィーネはただ遠い目をしながら引っ張られるだけであった。

庭園の中央部に近づくほど薔薇は咲き誇り、その甘い匂いを強く放つ。

フィーネ達が向かった先にはまさしく美しい薔薇が似合うテイラー夫人が微笑んで2人を迎えた。

そんな夫人と目が合ったティムは名残惜しげに手を離し、フィーネに挨拶を促す。

それに合わせて右手を胸に左手でスカートを少し持ち上げ、頭を下げた。



「ごきげんようフィーネ、よく来てくれました」

「遅れて申し訳ありません、奥様」

「良いのです、時間には間に合っているのですから。さあ、2人とも席に着いて」



リフェクトリーテーブルにはたくさんの菓子と人数分の紅茶。匂いからしてフルーツティーだろう。

メイドの一人に促され、静かに席に着く。

夫人がいるから変なマネはしないとは思うが、フィーネの前にはティムが座った。



「全員揃ったわね。ダルク、本題にはいるから持ってきてちょうだい」

「かしこまりました」



夫人は隣で立っていたダルクは差していた日傘を若いメイドに託し、本館の中へと向かった。

その合図に周りの子供達が余計に体を強ばらせた。

だが何人かはフィーネと同様に勘づいている者もいるようで表情は様々だ。

喜びを隠し切れない者、なんとか心を落ち着かせようとする者など。

中には俯いて表情が見えづらい者もいる。

それを見ていたのはフィーネだけでなく、夫人も見ていたようで何とか和ませようと話を振るが相手は伯爵夫人だ。

庶民の子供が意図を汲んで堂々と話せる者は少ない。

子供たちは「はい」か「そうです」としか言えない人形のようになっている。

薬師としてよく茶会に呼ばれているフィーネはあえて会話に入らず、静かに淹れたての紅茶に口をつけた。

やはり子供でも飲みやすいフルーツティーだ。リンゴやイチゴの味が口の中で軽やかに踊る。

しかも貴族が出す紅茶なんて庶民が飲む紅茶より遥かに品質がいい。

ここで飲まねば損ではあるが緊張している子供は味わう余裕もないような気がする。



「奥様、お持ち致しました」

「ありがとう、ダルク」



会話が一区切りしたところでダルクがトレーに乗せた手紙を見せる。

端に控えていたメイド達は手紙を子供達の前に置いていく。

フィーネの前にも手紙を置かれたが置いてくれたのはダルクであった。

顔を上げるとダルクは皺の刻まれた瞳を細め、フィーネに笑いかけた。

不思議なものでダルクの笑顔には相手を和ませる力があるようだ。

無表情だったフィーネも自然に笑顔になる。

その光景がお気に召さなかったのか、ティムが不満そうに頬をふくらませていたがフィーネは気にすることなくジャムクッキーを食べる。

そもそもティムは斜め向かいの視線に気づくべきである。

先程から少女が夫人に目もくれず、熱心にティムを見ているからである。

偶にフィーネにも視線を向けるがあまり好感的なものではない。



「今渡した手紙はイルスター魔法学校の入学許可証です。つまりあなた達は魔法使いとして相応しいと選ばれました」



その言葉に子供達は驚き、確かるように封筒を開けて確認する。

フィーネもまた封筒を開けて中の手紙を広げた。

やはりそれは紛れもなく、イルスター魔法学園からの入学許可証であった。

嬉しくて泣き出す者や驚いたまま固まる者など三者三葉だ。



「1週間後まで必要なものを買い、荷物をまとめて出発してね。もちろん、拒否する権利もあるわ。ちゃんと家族と相談してから決めてね」



フィーネは入学許可証を見る。

確かに手紙には紛れもなく、フィーネ・ブラックの名前が書かれている。



(どうしよ…)



だが今のフィーネには相談できる家族など傍にいない。





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