第3章 獣に植物に聖女結衣

第21話 旅立ち -リュウコウに向けて-

「随分と早いな、しばらくかかると思っていたぞ」


 さっきまでの記憶。夢の様に霧散する……もやもやする心、グルグルする頭、ふわふわする思考。何もかもが抜けていく……。


「師匠、良くわからないんです。夢を潰されたような……なんて言ったらよいのか……」

「なんだと」

「時がくればきっと……。この言葉だけが頭に……」


 考え込むセレン……ふっと思い出したように頭を上げた。


「私の術を破るとは……異世界教には私を上回る実力者がいるようだ」


 巨大な力に抗おうとしているのかもしれない。心にモヤモヤと包み込むような影が心に不安を落とす。

 しかし! 結衣や光輝、そして雫。懐かしく温かな心をくれたミヅキに会いたい。


「それで異世界教の事を調べる気になったか」

「やります! ミヅキを……幼馴染のためにも僕は異世界教を調べます」


 テーブルを強く叩いた。どんな過去があったのか分からない。しかしいつかミヅキに、結衣に、光輝に、雫に……そしてこの現実を作り出した根源に会えるだろう。


「ハハーン」、にやにやする師匠「サクヤはミヅキに惚れているのか。彼女はいい子だよ……そうだな、今のサクヤと同じくらいの実力か」


 強くなったつもりでいたがまだまだミヅキを守れる力量はないということか。ウルフレッド3匹にほぼ敗北。助けを借りてようやく倒したんだもんな。


「よし! 頑張るぞ!」

「それでサクヤ、旅をするならその名前と容姿は好ましくないだろう。面も割れてるし私がなんとかしてやる」


 セレンに襲われた。強制的に服を脱がされた。剝ぎ取られ剥ぎ取られ剥ぎ取られ……遂にはパンツまで。


 強すぎる……抵抗なんて無駄。とうとう生まれたままの姿にされた。


「ほら、こっち向きな」

 セレンの言葉に従う僕。もちろん下半身は両手で隠している。

 

 セレンの手の中に灰黒色かいこくしょくの靄が溢れ僕の体に入ってくる。

「こ、これ体を乗っ取られてるみたいなんだけど」

 体中に感じる違和感……違和感、違和感。


 下半身を抑えている手の感触が……あるはずの物が小さくなっていく。

「む、胸が……」

 2つの山……胸が膨らむ。

「いてっ」

 肩にチクチク何かが刺してくる……髪が伸びていく。


 思わず膨らむ胸に右手を伸ばす……「や、柔らかい」


「下までは別にいいのか」

 セレンの言葉とともに感触を感じなくなっていた下半身のとある物が押し出してくる。


「ちょっと何をしてるんですか」

「いいからこれを着ろ」


 投げられたのは服。防御力の低そうな可愛らしい女性ものの服だ。


「ちょ──」手を伸ばすが間に合わず、僕が着ていた服はセレンの刃によって細切れになっていた。


「これからお前はサクラと名乗れ。シュッセルで名乗っていたそうだから直ぐに馴染むだろう。それに女性の方が動きやすいだろうからな」


 窓に映る姿、投げられた鏡、映る姿を見るとすっかり女性。モノクロの世界でも分かる『かなり可愛い』。


 セレンによって術が解かれ色が取り戻された。赤、緑、青……色があるって素晴らしい。そして僕が発した一番最初の言葉は……


「か、可愛い……」

 自分に惚れてしまいそうだ。青を基調とした服、艶々のロングヘアー、脛に伸びるムダ毛は綺麗に剃られ全て装飾が僕の容姿を引き立てている……あっ、でもとある部分だけはちゃんと男だ。


「自分に見とれるな気持ち悪い。大切な所は残しておいたぞ、心まで女になったら困るだろうからな」

 セレンは真剣な表情で話しを続けた「いいか、お前はサクラだ。全て結界内でやったこと、時間も進んでいないし、中のことを知っているのは私とサクラだけ、これを返しておくからリュウコウに迎え」


 渡されたのはギルドカード。カードにはレベルが1と刻印されていた。


「これは……」

「いいか、あまり軽はずみな行動はするなよ。私から修練を受けたことも秘密だ。本気で戦うと剣捌きでバレるからな!。先ずは仲間を見つけてサポートに徹すると良い」

「ちなみに、レベル1ってどの位の強さなんですか?」

「そうだな……子供レベルくらいか」


 子供レベルって……


「師匠、これじゃあ逆に目立っちゃうじゃないですか。せめて普通の大人レベル位にしておいて下さいよー」

「その方が良かったかもな……でもダメだ。ギルドカードには固定値を入れておいたから変更できん。そのカードを人に見せないように注意すればいいだけだ」


 隠そうとすればかえって目立つんじゃあ……師匠は頭が固いというのか考えなしに行動するというのか……きっとこのレベル設定も『まぁ、1なら誰も相手にしないだろうしいっか』位のノリに感じる。


「いてっー」

 師匠の手が僕の頬を捉えた。

「良からぬことを考えているのが顔に出ているぞ」


 しまった……つい僕は心の声が顔に出てしまう。


「分かりましたこれで行きます。それでいつまでこの姿なんですか。……ま、まさか修練の時のように常に魔法力を纏ってないとダメとかそんな荒行じゃ……」

「いや、それは関係ない。あれは魔法力を引き出す穴を拡げるためのものだ。魔法壁シールドも随分と強固になっただろう。容姿は来たるべき時にキチンと戻るから安心しろ」

「そんな曖昧な……」

 

 こうして僕……いや、わたしは異世界教を探るべく新たな旅に出るのだった。ん……なんだか視界も低くなったぞ。


「サクヤ、より強固な武器を作るために、素材を探し自己鍛錬も怠るなよ」

「はい、いつかは師匠を越えられるようにがんばります」


 バスリングは本島の西にある島国。リュウコウやユランダ・メシアのある本島へ渡るためには海を越えなくてはならない。

 移動手段は島と島を繋いでいる路、徒歩だとかなにの日数を要する距離である。馬車などの移動手段を持っていない者が利用する交通手段が『ひよりむ』という乗り物らしい。


 イメージはヒヨコ。人が乗れるサイズで足が妙に長い生き物。上部だけ見ると『かわいぃ(女子高生風に→)が足だけ見るとダチョウにしか見えない。


「シモフリまで1万ギラだよ。お姉ちゃん可愛いいから8,000ギラでいいよ」


 ふわふわした背中、肌触りの良さ、これは男の感性でもヤバイ。あまりにも気持ちよすぎて頬ずりしてしまう。


「お姉ちゃん可愛いね、ひとりだったら一緒にどうだい?」

「そのカットいいねぇ。永遠に見ていられそうだよ」


 ゴツい男やイケメンな男……色んな男からナンパされてしまった。しかし、容姿は女でも心は男なんだー。


「師匠に目立つなと言われたばかりなのにな……」

 でもこれは不可抗力、わ、わたしが悪いわけじゃない。さっさとギラを払って出発しよ。


 海を走る路、かなりゆとりをもって造られている。少しくらい蛇行しても問題ないほど、とは言っても調教されているようで乗っているだけで勝手に走ってくれる。


「シモフリに行ってからリュウコウか。うーん、向こうに到着したら色々と調べてみないとな」

 

 腕組みしてうんうん頷くと、ひよりむに乗った男が並走してきた。

「彼女ー、困ってるなら俺が助けてやるよ。一緒にシモフリで遊ぼうぜ」


 またか……こんな時に効果的なのが、

「ありがとうございますー。でも、シモフリで彼を待たせてるのでごめんなさいね」

 という言葉、ナンパされている時にあみ出した必殺技だ。


 男は舌打ちをするとひよりむを一気に走らせ去っていった。



 

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