第26話 プレゼント

 カッポンを開けることができたラクナシアは嬉しそうに指輪を眺めていた。その笑顔を見ているだけで癒される。


 カッポンを教えてくれた老夫婦が言いにくそうに声をかけてきた。その顔は神妙な面持ちだった。


「お姉ちゃんたちはウッドバーレンこの国は初めてなのかい?」

「はい、バスリングから来たばかりでこの国のことはあんまり」


「……そうかい。この国に入る時、大変だっただろう」


 お爺さんの言う通り入国するのウォットでの審査は大変だった。何時間も質問攻め、結局は町に1泊することになった。


「昔は優しくていい女王様だったのよ」

「婆さん、厳しくなってしまわれたのは2年ほど前じゃったかのぉ」

「その頃からだったわねぇ、異世界教を禁止したのは」


 なんだろう……モヤモヤする。正確が急に変わった……?


「そのお嬢ちゃんは獣人ですよねぇ」


 温かい眼差しで見つめる婦人に「はい」と頷く。ラクナシアは指輪を嬉しそうに見つめていた。


「その時じゃったかのー婆さんや」

「獣人を迫害するようになったのも異世界教を禁止した辺りからだったのぉ……仲良くしてはダメだという雰囲気がいつのまにか作られたのよ」

「昔は人間も獣人も思想も生い立ちも関係なく仲良くしてたんだけどのぉ」


 網目のように張り巡らされている記憶のネットワーク、あちらこちらに見え隠れするぼやっとした複数の点ひっかかり、ある程度のピースは揃っているような気がするが、それらを組み上げる大きなピースが欠けているようだ。


「それじゃあ、気をつけてのぉ」


 お爺さんは手を差し伸べて婦人を立ち上がらせると仲慎ましやかにお店を出ていった。


「さーて、僕たちは宿を探しに行こうか」

 

 街道を歩けばラクナシアに冷たい視線が突き刺さり、宿に泊まろうと思えば断られる。いくもの宿屋に断られたが街外れの宿屋の亭主が泊める変わりにと条件をだしてきた。


泊めてやるけど(小さな声で→)人の目があるからな、倍額出してもらっていいか」

はい、ギラなら多く(更に小さな声で→)支払いますのでお願いします」

よし決まりだ(小さく→)、演技するからな悪く思うなよ」


 亭主はカウンターを大きく叩くと偉そうな口調で見下ろした。


俺は優しい人間(わざとらしく大声で→)だから倍額で泊めてやろう」


 周りの人々にわざと報せるような大きな声。


 そんな言葉に純粋なラクナシアは落ち込んでいたが、周囲の人たちは「たった倍額で泊めてあげるなんて良心的ね」とニヤニヤとしていた。


 同じ心を持った生き物なのに……悲しいもんだ。


「オッケーだぞ、2階の角部屋使ってくれ」


 鍵を受け取って部屋に向かった。

 そこにはラノベ脳を興奮させる田舎的なナーロッパの雰囲気に興奮するばかり。


「ラクナシア、ギルドで情報収集してくるよ。夕飯は適当に買ってくるから鍵を締めて待ってて」


 ビクッとするラクナシア、首を大きく振ってガッシリしがみついた。彼女の手を通して細かな震えが伝わってくる。


 彼女の両肩を掴むと小刻みに震えていた。


「分かった。ひとりが不安なのかな。今日は行くのを止めておくよ」


 コクコク頷くラクナシア、僅かに目じりが下がり口角が上がった気がした。


「ご……ご主人様ごめんなさい……ひとりになるのが……怖いの」


 必死に涙を堪えながら声を震わせる。


 夕飯どうしよう。切り札の四次元バッグバッグを使ってみるか。

 出所の分からない……いつから入っているか分からない食べ物を口にするのはやっぱり怖いけど……。


 コンッコンッ──


 ノックされたドア、ラクナシアは走ってベッドの下に丸まった。


「俺だー、開けてくれー」

宿屋の亭主の声その声は……はい、今行きます」


 両手にトレーを持った亭主が立っていた。


「お金を倍払ってもらったからな、それにお嬢ちゃんを傷つけたお詫びだと思って食べてくれ」


 亭主はテーブルにワンプレート料理を2つ置いた。


「実は俺な獣人が好きなんだ。この場所で商売を続けるためには冷たくしなくちゃならん。すまんな」


 ドアノブに右手をかけて左手で拝む仕草をしながら扉を開いた。


「おっ、そうだ」──ポケットに手を入れてカッポンを取り出すと「お嬢ちゃんにやってくれ」と放った。


 豪華に盛り付けられたプレートを前にラクナシアはパァーッと顔を赤らめて喜んだ。一生懸命に顔に出さないようにしているので変顔状態。


「ラクナシア、喜びたい時は喜んで良いんだよ」


 そんな言葉に安心したのかスプーンを握って小さく「ありがとう……ございます」と食べ始めた。


 ニコニコ食べていたラクナシアの手が急に止まる。ポロポロと大粒の涙が流れ落ちた。


「どうしたの? 苦手なものでもあった?」 


 目線はミートボール、花見だんごのように剣形の串で3つ繋がっている。


「ご主人さまごめんなさい……パパとママ……戦士だったの……いつもみんなのためにご飯獲ってくれたのに……」


 黙ってしまった。口をの字にして必死に涙を堪えている。そんなラクナシアを守りたい。


「大丈夫だよ。これから僕が家族だ……まだやることがあるけど、それが終わったら一緒にのんびり過ごせる場所を探そう」

「ご主人さま……ありがとう……ございます」


 そういって涙で濡れた料理を食べた。


「しょっぱいけどとても美味しい」そんなラクナシアの言葉が愛おしかった。


「これ開けてみなよ」


 カッポンを指差す。ラクナシアはカッポンを握りしめると魔法力を使って中身を取り出した。


「わぁ~」


 笑顔。今までで一番だったかもしれない。中から出てきたのはネックレス、前に当たった指輪とお揃い。


「指輪とネックレスかぁ、華やかになったね」


 ラクナシアは指輪とネックレスを一生懸命に見比べている。

 指輪をポケットに入れるとトコトコと近づいてネックレスを首にかけてくれようと両手を伸ばした。


「くれるの?」


 コクコクと頷くラクナシア。頭を下げるとネックレスをかけてくれた。


「ありがとう」


 小さいながらも自分の居場所を一生懸命に探しているのだろう。いつしかラクナシアが安心して生活できる場所を探してあげたい。そんな風に考えるのだった。



 □ ■ □ ■ □


 翌日、ウッドバーレン全土に衝撃が走った。


 各所に掲示されたのは『長老ユニ神子の討伐命令』──成功者には多大は報奨と名誉を贈ると記された。


 マルコ聖堂を守る神子ユニを討伐すべくウッドバーレンのヴィクトリア女王勅令ちょくれいを出したのだ。


「ユニ討伐隊の総大将に聖女結衣様が任命されたそうよ」


 神子討伐というだけでも街中大騒ぎ、更に世界各地で困った人を助けている聖女までが討伐隊に参加するとなれば、それ以外の噂話なんて全く聞かなくなるほど騒がれていた。


 聖女結衣は幼馴染の結衣なのかそれとも同名なのか……シャンプからウッドバーレンに繋る橋で見かけた結衣。あの容姿はまさしく結衣だった。

 

 気になりすぎる。会って確かたい……絶対に結衣だ。結衣に違いない。

 討伐隊の募集期間は1週間、ラクナシアを連れて行けるのか……いや、結衣だったらきっと助けてくれるだろう。


 そんな思いに気づいたのかラクナシアは「ご主人様の好きなようにして下さい。リュウコウに行きましょう」と声を掛けてくれた。


──結衣に会えばきっと状況が好転するはず。


 そんな期待をこめてリュウコウに出発したのだった。




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