第25話 強制紋の契約書
「なんですか、胸の上にできた
「赤? ……アイヤー、間違ったアル」
この男は一体……普通に話したと思ったらおネエ言葉になって、何なんだ一体。
「ラクナシア、ちょっと見せなさい」
奴隷商は女の子の首元をめくった。
「あのー、どうしました?」
奴隷商はラクナシアの襟を掴んだままワナワナ震えている。
「間違ったのよ……」
「間違った?」
「そうよ、獣を買わせようと思ったから獣用の契約書と間違ったのよ。あなたの場合は青い紋がつかないといけないのよぉー」
そうか……興奮するとおネエ言葉になるのか。
「一体何を間違えたんですか?」
「赤い紋は強制紋、どんな命令にも従わないと従者はペナルティーを受けるのよ。この奴隷には青い紋を付与して隷属条件を決めるのっ!」
「それなら契約をやり直したら良いんじゃないですか?」
「それが出来れば苦労はないわよぉー、ギラの授受が終わって契約したら既に君のもの、私に手出しは出来ないのよぉー」
奴隷商は乱暴にポケットに手を突っ込むと束になった鍵を取り出して、イライラしながら錠前に一つの鍵を突っ込む。
勢いよく牢扉を開けるとラクナシアの腕を掴み引っ張ると押し出した。
「キャッ」
勢い良く腹に突っ込んできたラクナシア、両肩をキャッチして受け止めた。
彼女はうつむき、小刻みに震えているのが手に伝わってくる。
「やっちゃったものは仕方ない、その子は君の好きなようにして構わないわよ。何をしてもペナルティーを受けないからとっとと連れて帰りなさい」
震えるラクナシアの肩を抱き寄せて出口に向かった。
女の子の扱いいが分からないー。
震える彼女に掛ける言葉が見つからない。少しでも人の温もりに触れてほしいと肩に手を乗せることしか……。
無言のまま静かに出口に向かった。
「ちょっと待ちなさぁーい」
奴隷商がハァハァ言いながらブルンブルン腹を揺らして走ってくる。両膝に手をつき肩で大きく息をすると苦しそうに口を開いた。
「悪かったわね取り乱して。私はエリファス、生物専門の商人よ。ラクナシアは見ての通り獣人の子よ、この世界では歓迎されない存在だから気をつけなさい」
途切れ途切れの呼吸を整えながらの話、質問しようと口を開こうとするが更に説明を進めた。
「余計なことかもしれないけど、その子を育てようと思うなら生きる術を身に着けさせてあげなさい。そういうつもりじゃないなら好きにすればいいけど、あなたがいなくなったら彼女は酷い目に合って死ぬだけよ」
確かに可愛らしい耳、アライグマのような尻尾がついている。それだけで他は何ら人間と違ったところはない。しかしラクナシアは話しかけても震えるばかりだった。
「ラクナシア、何か食べたいものある?」
そろそろお昼の時間、まずは食べ物で釣ろうと考えた。
ふるふるする顔、髪と耳が一緒に揺れる。
「なんでも良いから言ってごらん。それを食べに行こう」
やっぱりふるふると顔を振った瞬間、「キャー」っと短く叫ぶ声とともにビクッと体を震わせた。
胸の前にある魔法円を抑えているラクナシアを見て気づいた。
命令に従わなければペナルティー、「もしかして……僕の問いかけが命令だったということなの……か」
彼女の叫びで一瞬集まった周りの目、冷たい視線……だが立ち止まることなく大衆は通り過ぎて行く。しかし視線の先にあるは尻尾や耳だった。
「言い方が悪かった、痛い思いをさせてごめん」
大きく頭を下げて謝った。
ざわつく周囲、微かに「獣人になんて頭を下げるなんてどうかしてるわ」。そんな言葉が風に乗って聞こえてきた。
ラクナシアは一生懸命に小さな手で頭を上げさせる。
「ごめんなさい……食べ物……なんて答えたらいいか分からないです」
黙って下を向いてしまった。
なるほど、外の世界を知らないから……って、考えてみればいきなり『何を食べたい?』って聞かれたら答えられない。
「よし、じゃああの食堂に入ろう」
ラクナシアの手を引いてお店に入った。お昼をだいぶ過ぎたこの時間、店内はガランとしていた。
僕たちを見るやいなや、店員は嫌な顔を見せた。視線はラクナシアの耳。
ラクナシアが気づく前に手を引いて空いている席に座った。
テーブルには定食メニューが描かれている。
「何が良い?……」
ラクナシアは目線をメニューと僕を交互に見比べて、お子様ランチのような色とりどりの料理に恐る恐る指を伸ばした。
笑顔で頷き、通りがかった店員に注文する。
「僕はこのハンバーグで、この子には
申し訳無さそうに僕を見上げるラクナシア、笑顔で返すと店員は「2000ギラだよ」と手を伸ばした。
1000ギラ硬貨を2つ取り出して彼女の手に乗せた。
表情一つ変えずに去っていく店員。これがこの世界の流儀なのだろう。いや、向かいの客にはしっかり愛想笑いをしている……歓迎されていないというわけか。
ほどなくして料理が運ばれてきた。メニューを見る限りこの店は全ての料理はワンプレートで提供されている。
程なくして運ばれてきた料理、注文した料理が僕の前に置かれ、ラクナシアの注文した料理はテーブルの中央に置かれた。こんな小さな子にまで嫌がらせをするなんて……。
ラクナシアは両手を胸の前で組んで引き寄せようと手を伸ばすが直ぐに引っ込める。そんなことを繰り返しながら周りに目線を向け、僕の顔を窺い……。
「遠慮しないで食べていいよ」
笑顔で頷いた。
ラクナシアは手を伸ばしてプレートランチを引っ張ると、スプーンをグーで握って食べ始めた。美味しそうに食べる彼女の様子が微笑ましい。
「んー?」
首を傾げてプレートに載っている拳大の玉をスプーンで刺すようにツンツンしている。
「それは料理かな? なんだろうね」
いじっていた丸い物体を拾い上げてノックするが響いた音が跳ね返るばかり。
「ああ、それは
隣で食事をしていた老夫婦の旦那が優しい声で教えてくれた。一緒にいる婦人が「子供は中身を手に入れるために一生懸命頑張るんだよねぇ」と笑顔。そのままニコニコ自分たちの世界に戻っていった。
「ラクナシア、魔法力だって」
一生懸命に力を込めて開けようとしている。力を入れすぎているのか顔の部品が中央に寄っいる。一生懸命なラクナシアの姿が可愛らしい。
「んー」
ビクともしないかっぽん。
「体の中にある力だけを出すようにしてみな」
「んーんーんー」
徐々に肩が上がってくる。次第にコツを掴んだのかヒビが入った。
中から出てきたのはオモチャの指輪。パァーっと顔が明るくなったラクナシアは穴が空くほど指輪を見つめていた。
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