第23話 異世界教から逃げた女

関所での質問はまるで尋問のようだった。


「君は異世界教徒との関わりはあるのかね?」

「君のギルドカードはどこで作ったものかね?」


 様々な問いかけにこの国は異世界教を嫌っているのが分かる。

 数時間も異世界教や様々な思想について問い詰められた。やっと開放されたのがついさっき、『とっくにライフはゼロよ』と叫びたくなったがそんな元気すらもうない。

 今日中にシモフリまで行きたかったのに……疲れ果ててもう動きたくない。


ウォットこの街に1泊するか」


 ──港町ウォットからシモフリを経て首都のリュウコウへ到着する──


「はぁ、お腹すいた」


 こんな小さな街に随分と宿屋があるもんだ。

 もしかして宿屋を潤わせるために入国審査に時間をかけているんじゃないよなー。


「まさかね。宿も決めたしご飯食べに行こ」


 どこの食堂も大盛況、その中にあった適当なお店に入った。お金の余裕は心の余裕に繋がる。どこかの偉い人が言った言葉である。


 店内はラノベでよく見るジョッキ片手に大声を張り上げている者を中心に、商人ですと言わんばかりの服装を纏った人などイメージ通りの風景が広がっていた。


 隅にポツンとある座席につくと通りがかったウェイトレスにお任せで注文した。

 運ばれてくるのを待っている間、何気なく周りの声に耳を傾けた。


「よー姉ちゃん、ひとりだったら俺たちと一緒に飲まないか。飯ぐらいおごってやるぜ」


 屈強そうな男がガハガハジョキを持って声をかけてくる。


「ごめんなさい、シモフリに彼を待たせているのでお断りさせていただきます」


 常套句必殺技を使って丁重に断るが、酔っぱらいに話しが通じないのは世の常だ。


「なんだてめぇ、優しくしてりゃあお高くとまりよってよー」

「おい止めろよ。そんな子供に何ムキになってるんだよ」

「邪魔すんじゃねぇ。これは俺と彼女の問題だ」


 殴り合いの喧嘩が始まってしまった。

 心の中ではオロオロ、客たちはそんなのお構いなしに取り囲んでお互いを囃し立てた。


「「いけいけー」」

「「そこだ、やれー」」


 一瞬だった。ふたりが宙を飛んだのは。


 その場に立っていたのは料理を運んできたウェイトレス。


「ケンカするなら外でやって下さい。ここは食事をする場所であって暴れる場所ではありません」


 待ってましたと言わんばかりに周りから響く指笛と喝采。


「さすがサナンだ。彼女の強さを知らねー輩が暴れて吹っ飛ばされるのを見るのが楽しみなんだー」

「カッコいいぜー、サナンー」

「サナンが来てからここも平和になったよなー」


 得意気に腕組みをする女性、この女性どこかで見たことある。


「田中……さん」


 ピクリと反応したウェイトレス。料理を持ったまま奥に引っ込んでしまった。それから彼女がお店に出てくることはなかった。


 料理が出てきたのはこれから30分後、ご丁寧に見た目に合わせたレディースの量、美味しかったが少し物足りなさを感じたままお店を後にした。


 その後も何人かの男たちに声をかけられたが丁寧に断った。無理強いしてくることはない。さっきのウェイトレスが抑止力になっているようでチラチラとカウンターを見ていた。


 食事を終え宿に戻ろうと店を出た時だった。


「よーねーちゃん」


 ごっつい手で肩を掴まれた。振り返った先には見覚えのある男。


「さっきお店でウェイトレスに投げられた人だ」

「うっせー。油断しただけだ、調子に乗りやがって」


 何もやっていないし……ウェイトレスでは無くこっちに来たということは……「推し量れるな(ため息をつきながら)


 普段ならこんな男に絡まれたら震えていただろう。


「師匠のおかげかな」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる」


 次の瞬間。男が宙を舞った。


「あなたたちも懲りないわねー。私が相手になるわよ」


 服装が違うので一瞬わからなかったが、その女性はまさしくウェイトレス田中さん


「また、お前か。今日のところは勘弁してやる。覚えてろよー」


 お約束の捨て台詞を残して逃げていった。


「あなた、ちょっと付き合ってくれない?」


 連れられたのは町外れにある建物。この街の店員はシモフリに自宅がある人がほとんどで、多くはこの街で寝泊まれるように小さな別荘を持っているのだと教えてくれた。


 部屋の中は質素で簡易的な内装。

 

「あなた、なんで私の本名を知ってるの?」

「田中……早苗さん?」


 知っていて当然だ。高校では同じクラスだし……そんなこと言えないけど。


「どう考えても私はあなたを知らない。でもあなたは私のことを知っている」

「僕の名前はサクラ。心花コノハナ サクラ


 一人称を僕にしたのは正解。なにより話しやすい。


「桜……さん? あっちの世界の人よね。この世界をあまり知らないようだし……モイセス様のリンゴを……いやそんなはずないわ。ティアのリンゴを食べた人かしら」


 ティア?リンゴ?なんのことだ。


「田中さん、君の言っていることが良くわからないんだけど」

「私はモイセス様からいただいた異世界林檎でこの世界に来れるようになった。あなたはティアさんのリンゴを食べてこっちに来た人かと思ったんだけど……」

「リンゴ? 一体何の……?」

「まぁいいわ。言いたくなければ。ただ私が異世界教徒だったことは黙っていて欲しいの。今は脱退してサナンとしてここで暮らしているの。お願いだから私の平和を奪わないで」


 彼女は祈るように懇願した。涙まで流して……

 

「あの……僕は通りすがりだし余計なことを言うつもりはないよ。良ければ異世界教のことを教えてもらってもいいかな」

「いいわ。交換条件というわけね」


 そんなつもりは無いけど……黙って聞いた。


「私は異世界教を逃げ出した。本当は目的は平和ではない気がして怖くなったの」

「違う目的?」

「そうよ、異世界教徒は火水風地の4属性を持って無くてはいけない……普通はね」

「普通は?」

「私は違った能力を持っていたの」


 四属性……違った能力。まさしくラノベのようだ。

 サナンは続けて口を開いた。


「特殊部隊として扱われいろんな使命を言い渡されたわ。なんでか細かいことまでは覚えてないんだけど」


 やっぱり異世界教は記憶を……


「なんか矛盾してるね」

「そうね、四属性とは違った能力を受けたから雫さんのように迫害されるかと思ったわ」

「雫もこの世界に来てるのか!」

「あなた雫さんも知っているのね。彼女はなぜか他の街に追いやられてたけど……属性をルールにしたのは、私のような特殊能力を持った人間をふるいにかけて見つけるためだった……何度か任務をこなしているうちに怖くなって異世界教を嫌うこの国に逃げてきたってわけ」


 そうか……異世界教はセレンさん師匠の言ったとおり魔物を復活させたのか。いや、そこまで飛躍するのは早計だろう。


「ありがとう、君のことは秘密にするよ。異世界教をを調べている僕……お互いに内緒にしよう」

「分かったわ。でも桜さん、あんな男に絡まれて何も出来ない位だったらどこかでのんびり暮らしたほうが良いと思うわ」

「そうだね、考えてみるよ」


 彼女の部屋を後にした。

 いろいろと考えてしまう。異世界教の真の目的……魔物の復活? 短絡的に考えることないか。


「さーて今日はもう寝よう」


 知り合いに会えたことが嬉しかったのか、興奮してなかなか寝付けなかった。

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