第20話 運命の再会

  放課後──約束した公園に向かっていた。ペダルを漕ぐ足にも力が入る、

 学校帰りのこの時間、向かってくる風がとても冷たかった。


「雫が待ってる、急がないと……」


 雫の言葉が繰り返される……同時に光輝や結衣のことが思考にまとわりついてくる。


「雫の過去に何があったんだ……」。


 公園を通るたびに思い出してしまう。漆黒の中で降り立ったピエロ、禁断の果実、不思議な少女。すべてはここから始まった。全ての点が線になりそうで繋がらない。


「なんなんだ一体。何が起こってるんだよ」


 公園の駐輪場に来ると聞きなれた声が風に乗ってふらふらと耳に入った。


「これを食べれば……朔也……解散……るわ」

「ホントぅ……こ……きん……食……ればいいの……」


 雫と……沙羅の声だ。


 嫌な予感がしてならない。スタンドもかけずに自転車を乗り捨て走った。

 倒れる自転車、吹っ飛ぶバッグ。これらは事象として起きているだけで意識は目の前にしか向いていない。 

 

「いた!」


 対面して話している沙羅と雫。

 雫の手には……「禁断の果実!」


 苦しい……息が出来ない。なんでこんなに苦しくなるほど走っているんだ。

 声にならない声をあげて必死に走る。ふたりはこちらに気づいていない。

 雫は禁断の果実を口に運んだ。


「しずくー」


 存在に気付いたふたりが振り替える。雫はニコリと微笑んで軽く手を振ると風のように消えていった。


「朔也」


 沙羅の悲しげな声、寂しそうな表情。


 既に肺の酸素は消え失せ呼吸が出来ない。それでも必死に走った。そんな小さなことより雫が禁断の果実を食べたという事実……スピードを落とすことなく沙羅の元へ足を進ませた。


「朔也、雫はあっちの世界で光輝や結衣を助けに行ってくれるって」


 声が震えている。


「雫がそんなことを……でもなんで沙羅がこんなところに」

「通りがかったのよ、そうしたら雫さんに声をかけられたの。朔也の助けになりたいって」


 なぜだろう体が震える。雫まで巻き込んでしまった……彼女は一体何を伝えたかったのだろう……。

 体の力が抜ける……へたりこんでしまう。


「大丈夫よ、異世界教をもっと大きくして光輝と結衣を助けてあげましょう」


 起き上がらせてくれる沙羅、しっかりしなさいとばかりにバシンと背中を叩かれた。


「そうだね。異世界教を大きくして光輝の助けを増やしてあげないとな。光輝ならいつかは結衣を救ってくれるはずだ」


 大きくうなずいてくれる沙羅に心が安堵。理解してくれている、そんな気がした。


「あとは雫も一緒にこっちの世界に戻してあげないとね」


 光輝の仲間も随分と送り込んだ。雫まで行ったのなら百人力だろう。



■ ■ ■ ■


 ある日の夜。


 なんで沙羅は禁断の果実を持ってあの場所を通りがかったのだろう。

 禁断の果実はエデンで1度だけしか実っことはない……沙羅は大事に金庫にしまったはず。


「持ち歩いていたの……か? それとも沙羅も生み出せるのか……」


 いやいや、そんなはずはない。異世界林檎を生み出した数だけ異世界教徒が誕生している。もしかして知らない異世界教徒もいるのか……疑念の渦がグルグル巡る。


 一体……何が正しくて何が間違っているのか。考えれば考えるほどわからなくなる。

 ベッドにボフン。天井を見上げた。白い天井がキャンパスとなって思い返される雫の声。


○。○。○。○。

わたし思い出したの! 中2の時に何があったか……あなたは沙羅に騙されているのよ。

○。○。○。○。


 ファサーと聞こえてくる風の音。


「エデンが僕を呼んでいる……」


 目を閉じてエデンへと向かった。……揺らめく樹木。多くの葉がザワザワと爽やかな音を奏でている。いつも通りだ。……いや、木の裏に気配を感じる。


「人!? もしかしてあの時に見かけた女性か」


 大樹の陰に隠れる人影に向かって走った。

 木の10メートル程手前、いきなり女性が大きく樹木を揺らす。

 揺れる幹、散りゆく葉、ブランブランする異世界林檎。


 ポトリ……


 異世界リンゴが枝と別れを告げ、地面に落ちると足元にコロコロと転がってきた。


 不思議な光景に立ち尽くす。足に当たった異世界林檎。足元でゆらゆら揺れる異世界林檎を拾い上げる。


「あれ?……」


 異世界林檎に触れた瞬間に現実に引き戻されるはずだが戻らない。それどころか大樹を中心のぼやけていた風景が鮮明になっている。


「ここはどこ……だ」


 どこまでも広がる世界、良くわからない場所に夢を覚まそうと必死に頬をつねり頭を振ってみる。しかし残ったのは頬の痛みとふらふらする頭だけ。

 

 一歩、二歩……徐々に早くなっていく足。高原を下り池を越え森に入る。どの道が正解なのか分からない。心の向くまま兎に角走った。 


 いくら走っても世界の終わりは来ない。何も変わらない……それどころか森を抜けることさえ出来ない。


「ハァ、ハァ……」


 息が切れる。喉も乾いたしお腹も空いた。

 見知らぬ台地に生える植物や木の実を食べるのは怖い。それどころか熊や猪なんかにでも遭遇したら無事でいられるか……。

 わき出る恐怖が足をすくめ疲労を思い出させる。自然と両手が|ひざに乗り大きな溜息が噴き出した。


 手に握られている異世界林檎、琢磨くんたちが美味しそうに食べていた風景が頭に浮かぶ。


「これ、食べちゃおうかなぁ」


○。○。○。○。

『僕と沙羅に与えられた使命と約束』

 ①異世界リンゴをより多くの人に分け与える。

 ②使命を受ける者は異世界リンゴを食べてはいけない。

 ③赤ではないリンゴは確実に保管しておく。

○。○。○。○。


 こんな時に生真面目に思い出してしまう自分が嫌になる。


 ゴクリと唾を飲み込む。体は水分を欲し胃は食物を欲する生理現象が大合唱。


「異世界に飛ばされたところで隠れていれば大丈夫だろう……どうせ戻ってこれるはずだし」


 空腹が正常な思考を妨げ正当化しか出来ないほどに憔悴していた。


 ガブリ……一気に食らいつく。


 みんなが口を揃えて言っていた言葉『うまい』のひとこと。例えることの出来ない旨味が口の味覚を刺激して優しい香りが鼻から突き抜ける。

 気づくと完食。一つしかないことが悔しいほど美味しかった。


「ん?」


 特に体が変化した様子はない。違うのは満たされた喉、満たされた腹、満たされた心。ゲームでいう体力満タン薬を飲んだような心地よさ。一言でいえば完全回復。


 大の字になって草の絨毯に寝転んだ……優しく吹き抜ける風が頬を掠めて吹き抜ける。ゆっくりと流れる雲を眺めていると、エデンに監禁されているような恐ろしさが徐々に薄れ瞼が重くなった。

 


 ○。○。○。○ 。。。


「ん……んん…………。ああ、いつのまに眠っちゃったんだ」


 目を擦りながら横になっている体を起こした。


「あれ? ここはどこだ?」


 さっきの場所と違う……深い森、微かな木漏れ日が地面を照らしているだけ。

 見慣れる地という不安を薄暗さが増幅させる。


「なんだこれ……」


 不思議な力を感じる石碑が目の前にあった……そこに掘られているのは文字? 絵? 良くわからない記号のようなものが描かれていた。


「そこにいるのは誰!?」


 女性の声が心に突き刺さる。明らかに不審者に浴びせるような口調。声のする方向を見ると……


「雫!!!」


 まさしく雫………………頭が歪む…………雫……雫……



○。○。○。○。 視界が……

 ○。○。○。○。 あれ……なんで見下ろしているんだ……

  ○。○。○。○。 夢から引き戻されるような感覚が嫌だ……戻りたくない。


 『ずるはダメですのよ。ちゃんと思い出す努力をするですの……時がくればきっとあなたは……』


  誰だ……君は誰なんだ。目がずいっと近づいてくる。怖い……主観と客観の混在……いったい……なにが……


  ○。○。○。○。 

 ○。○。○。○。 

○。○。○。○。 



「戻ってきたか」


 ここは……あれ?……目の前には師匠がいた。


──第2章  完



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