第19話 呑まれる理性、変えられぬ運命
「おっ、憲久、早いな」
「まぁね、
珍しい憲久の冗談。ふたりの余裕に一瞬気圧される。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
玄関を開けるといつものようにルーセットさんがお出迎え。全てが欺瞞に満ちているよう。
「あら、朔弥様どうされましたか? 顔色が優れないようですが」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるのかな」
「そうだよなー。俺たちこれから楽しい話をするんだから」
「そうでしたか。それは失礼しました。後でお茶をお持ちします」
全てが嘘のよう。でも……とにかく異世界教の事を聞かなければ始まらない大丈夫大丈夫。心の中で何度も唱えリビングに座った。
「あっちの世界で得た
座るなり発した琢磨。声も表情もご機嫌そのもの。
「とは言っても半分程度の力しか出せないけどな」
ふたりは身振り手振りを交えて語りだした。
「まぁでもこっちの世界ではこれで十分だな」
頷く琢磨。多弁に話しを続ける。
「俺の能力は地系の硬化武装、一時的に体の一部を硬化する能力だ。普通の人間じゃあそうそう破れないぞ」
「僕は風系の空間透視だね、思念をドローンのように飛ばして覗くことが出来るんだ。視力低下のデメリットがあるが思念で見ればなんら問題ないよ」
そういえば憲久くんの眼鏡が変わっている。今までよりレンズが厚い。
憲久は視線を感じたのかクイッと眼鏡をあげた。
「俺のデメリットは打たれ弱さだな。硬化してないとガッツリダメージを受けてしまう。だから硬化が遅れる奇襲は苦手なんだよー」
「それを僕が後方支援するんだ」
「そうそう、あのシュ……なんとかの町の時だって……」
琢磨と憲久の話に終わりが見えない。
──ふたりの話しから分かったことは3つ。
・金銭は異世界と現実世界で共有されている。
・スキルと同じ系統の魔法を使うことが出来る。琢磨くんは地系、憲久くんは風系。
・光輝と共に結衣を探す旅をしている。他の異世界教徒は何らかの方法で結衣探しを手伝っている。
──
「凄いよな、あっちでお金を稼げばこっちの通帳のお金も増えてるんだもんな」
「琢磨はがっつきすぎだよ。僕は必要最低限で十分、それよりも硬貨を念じるだけで出し入れできる方が便利だよ」
「そうか? 硬貨だけって不便だろ。
「
あっちの世界……あの時公園で見た少女は異世界の事をビシュミラーと言っていた。異世界林檎が実る場所とふたりの言う異世界はつながっているのか……それとも全く別の世界なのか……。
「そういえば憲久くんが最初に言っていた異世界教徒の監視ってやってるの?」
「あれ、明智さんに聞いてない? 都度伝えているんだけど……まぁいいや。怪しい動きがないか監視しているんだ。いくつも思念を飛ばして悪行を感知しているってわけ。そしてルールを破ったものには……ロックオン」銃を指で形作ると「エアーバレット」と一言。
ペットボトルが弧を描いて吹き飛びコロコロと転がった。ペットボトルはひしゃげ中身が床を濡らした。
そうか! この間絡んできた
高校生Aのパンチを右手で受け止め、左腕を硬化武装して竹刀を折った。高校生Bの持つ竹刀を粉砕したのが憲久くんの思念から飛ばしたエアーバレットというわけか。
「朔也くん、内緒にしてくれよ。僕の力は明智さんと相談してケルビンの裁きとして活用してるんだから。おかげで能力持ちは一切のトラブルを起こさないよ」
笑顔になる憲久、その笑いにつられるようになぜか笑みがこぼれてきた。
「ふふふ……」
この感情……こんなに凄い能力を持つ教徒たちの上に立っているという快感。能力の源となる『異世界林檎』を生み出しているという自信。ダメだと分かっていても湧いてくる悦びに抗うことが出来ない。
「「必要があったらいつでも言ってくれよ、こっちの世界では《俺/僕》たちが神子を守るからな」」
琢磨くんと憲久くんの言葉が心地よい。認められ崇められることがこれほど気持ち良いものだと思わなかった。
異世界教徒を増やせばもっともっともっと強くなれるんだ。
■ ■ ■ ■
その後も信者は増え続け異世界教は更に大きくなった。
知名度が上がってくるとテレビの取材や警察の捜査が入ることもあったが、沙羅が介入すると徐々に騒ぎも沈静化した。
信者が増えるにつれて増加する通帳を見ると見たことがない桁に不安を覚え、幾度となく沙羅に「もう少し良い方法はないのか」相談してきたが、今では大きくなっていく数字に悦びすら感じる。
「朔也! 異世界教を続けるのは光輝と結衣を助けるためなんでしょ。最近の姿を見ていると欲望に吞まれてしまっているように見えるわ。しっかりしなさい」
雫の声も煩わしい。いくらグレていようが居合剣術を習得していようが教徒たちにかかればイチコロだ。
「雫、これは異世界教の神であるケルビンの裁きだ。お前の言う通り光輝と結衣は助けてやるから黙ってみていろ」
「さ、く、や……お願い……目を覚まして……あの時の優しかった朔也に……」
傷ついても傷ついても異世界教を抜けるように説得を続けてくる雫……繰り返される説得に心を取り戻しかけていたある日だった。
”リーン、リーン……”
相手は……「雫!」、あまりにも熱心に食い下がる彼女に鳴り響く着信音が悲痛の声にすら聞こえる。
「僕はもう雫の傷つく姿を見たくないんだ。諦めて見守っていてくれないか。そうすれ──」
テンション高く遮る雫。
『──わたし思い出したの! 中2の時に何があったか……あなたは沙羅に騙されているの。いい、今日の放課後あの公園で待ってる。分かった! 絶対に来るのよ!』
電話は切られた。雫が何を言っているのか分からない……、沙羅が騙している? 思い出した? なんのことだろう。
「とりあえず放課後に行ってみるか」
”リーン、リーン……”
「あれ、また電話……」
スマホの画面を見ると今度は沙羅。
『おはよう朔也。今日の放課後にちょっと付き合ってほしいところがあるんだけどいいかな』
「ごめん沙羅、さっき雫と放課後に約束しちゃってね。なんか中2のことを思い出したとかなんとか言われてさー、気になるから行ってみるよ。終わったら支部に向かうから待ってて」
『…………』
無言……沙羅からの返事がない。
「さ……沙羅?」
…………………。
『ああ、ごめんなさい。考え事しちゃって……分かったわ、雫さんとの話しが終わったら絶対に支部に来てね』
電話の内容を思い返しつつ『雫の話し』が何なのかモヤモヤするのであった。
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